第163話 フィヨルト第8騎士団より1騎で参上!
「おーおー、燃えてる燃えてる」
今、『ドライファイトン』に搭乗しているフミネは、眼下を見て気安く言った。フィヨルト側は茶番なので、最小限のどうでも良い施設だけに火を付けた。サウスダート側にしても、事前に綿密な調べを入れ、最小限、多分人死にが出ない程度の火災に抑えてあった。だが、深夜であることもあり、必要以上にその火災は派手に見える。さらに言えば、上空からだと『どっちがどっちだか分かりにくい』状況だった。
「では、第8騎士団第1中隊、第2中隊、鎮火活動向けて降下開始ですわ!」
『ですわ!』
フォルテの掛け声の下、第8騎士団18騎が空挺降下を開始した。もちろん、サウスダート側に向けてだ。幾ら火災で地面が見えるとはいえ、夜間にも拘らず落下傘なしの、スラスター降下であった。第8騎士団の練度がうかがえるというものだ。
どずぅん、どずぅん。
いきなり空から降って来た甲殻騎に、サウスダート陣営は大混乱を起こした。ついでに、フォートラントから国境に派遣されていた第10連隊2個中隊もだ。
「な、なんだ? 何が起きている」
「空から甲殻騎が? まさか!?」
「黒? いや濃灰色! フィヨルトかっ!」
森を背景に黒々とした甲殻騎が炎に照らされていた。
「あらー。上から火災が見えたので降りたら、サウスダートでしたかー。折角ですので、鎮火のお手伝いをしますよー」
凄まじい棒読みであるが、まあ、フミネの行動だ。煽るためにワザとやっている。さて伝わるか?
「貴様らの仕業か!? 何のつもりだ」
「何のつもりもありませんよー。隣国なんですから助け合わないと」
「戯言を!!」
「言い合いをしている場合じゃありませんよー。第8騎士団鎮火作業開始です」
「了解!」
フミネの声を聞いて、各騎が鎮火作業を始めた。消火活動ではない。そもそもここには大量の水などないのだ。故に壊す。延焼を避けるために壊す。だが、それは相手からしてみれば、破壊活動にも見えるだろう。
「ええい、何をするかあ」
「だから鎮火活動ですってばー」
「フミネ、無駄ですわ」
ここで遂にフォルテが口を出してきた。
「どうやらこちらの方々は視野が狭いようですわ。折角の救援活動ですのに……。これは抗議せねばいけませんわね」
「抗議!? 何をだ」
「無論ありのままをですわ。相手は当然、国王陛下ですわね」
「っ!!」
相手指揮官は絶句して、言葉も出ない。
「では行ってきますわ。第8騎士団各員、鎮火活動が認められない様ですので、即時撤退ですわ」
「了解! ご武運を」
副団長バァバリュウが代表して、第8騎士団は撤退を開始する。
そして、膨大な熱風を纏い、オゥラ=メトシェイラは飛び立った。
◇◇◇
サウスダート王国は、フィヨルトが空挺降下を行う能力を持つことを理解していた。それが故に、王都には多数の光核石型投光器が設置され、夜間は航空監視を行っているわけだが、それはフォルテとフミネにとっては、単なる灯台でしかなかった。
「王城が一番厳重で一番明るいね。分かり易くて助かるわぁ」
「さあ、行きますわよ!」
王城の中庭向けて、オゥラ=メトシェイラが降下を始めた。
きぃぃぃ。
「何の音だ?」
「さあ」
王城の警護にあたる、近衛騎士たちの台詞であった。ローテーションでの夜間警備だ。彼らの耳が、聞いたことも無い異音を捉えた。
ごぉぉぉ。
「お、おいっ!」
「まさか、まさか!?」
ずどおっぉぉん!
綺麗に生え揃えられた芝生を、豪快にぶち壊しながら、黒い人型の何かが王城中庭に登場していた。思わず城壁にいた兵士たちが、投光器をそちらに向ける。
「歓迎有難く思いますわ」
「うん、綺麗にライトアップしてくれたね」
そこに照らし出されたのは、濃灰色をした大型甲殻騎だった。黒々とした騎体は下半身が細く、逆に上半身は分厚い、そこかしこに筒状のものが装着され、あまつさえ巨大な翼のようなものを背負っている。そして、その胸にはとある紋章が描かれてた。
「フィ、フィヨルト、それにフィンラント紋章!? 大公家だとぉ!」
「あら、博識でございますのね。西方の蛮族と呼ばれているわたくしたちを知っているとは、光栄ですわ」
「な、何事だあ!」
「陛下、危のうございます!」
「ええい、何事だと聞いているのだ!」
夜着なのだろう、バスローブのような恰好をした、小太りの中年男性がテラスに身を晒し、こちらを睨んでいた。
「これはこれは陛下。わたくしから自己紹介させていただきますわ。わたくしは、フォルフィズフィーナ=フィンランティア・フィンラント・フォート・フィヨルト。現、フィヨルト大公を預かっておりますわ」
「わたしは、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラントです。一応、異界からの聖女らしいです」
「んなああああ!」
「そのようなお声を出すものではありませんわ。セイサラーンケーン・ジェスタリア・サウダー陛下」
相手が名乗るのを前に、フォルテはちゃっちゃと挨拶を終了させた。
「大変な誤解と中傷を受けたので、真意を問いただしに、フィヨルト第8騎士団長として1騎にて参上した次第ですわ」
「ななな、何をだ!」
「いえ、国境付近にあるフィヨルトとサウスダートの陣地両方が、燃えていたのですよ。間違いなく火付けですわね。そこでわたくしたちはサウスダート側に間違って降下してしまったのですが、せっかくなので鎮火のお手伝いをしたところ、かなり邪険な扱いを受けてしまいまして」
「知らん! というか、ここの所の噂はなんだ!? あれはフィヨルトが流したのであろう!!」
「それこそとんでもない誤解ですわ。人の口に戸は立てられぬモノ。真実が含まれているものとわたくしたちは考えておりますわ。丁度良い機会です。そちらについても『釈明』していただきたいものですわ」
悪魔のような笑顔で悪魔の証明を要求するフォルテは、それはもう見事な悪役令嬢っぷりであった。才能があったとは言えここまでに育ったかと、思わずフミネは目頭を熱くする。それでいいのか?
「まさかとは思いますが、貴国がジェムリア事件の黒幕ということは?」
「あり得ん! ふざけるなあ!」
「ですがわたくしも国を預かる者故、全ての可能性を考慮しなければなりませんの」
「先の戦争を仲介した恩をわすれたかあ!」
「無論、恩は感じていますわ。だからこそ鎮火活動にも協力いたしましたし、こうして単騎にて、お心を伺いに参上いたしましたわ」
「そういう行動が、おかしいと言っているのだ!!」
「はて?」
フォルテが首を傾げる。
「国主たるもの臨機応変でなければ、それがフィヨルトですわ。それで、繰り返しになりますが、先の事件にサウスダートは関与していないと?」
「当たり前だ。どうせ中央に決まっておろう! そちらとて情報は掴んでおるはずだ」
王は言ってしまった。だがもう遅い。
「言質を頂きましたわ。サウスダートは先の事件はフォートラントの起こしたものと、そう認識しているわけですわね」
「いやっ! それはっ」
「まあ、良いですわ。正直を言えば、フィヨルトも同様に考えておりますの」
そこでフォルテは真顔に変わる。
「1か月程の後、フィヨルトはフォートラントとの戦争状態となりますわ」
「……そうだろうな」
「ですので、こちらに構っている暇はありませんの。例えば、空から急に降って来て、そちらの大規模塩田を破壊し尽くすなんてことは、したくありませんわ。わたくしたちも困りますもの」
「脅すか」
「ええ、堂々と脅しますわ。貴国は静観してくれるだけで構いませんわ。戦後、勝った方に適当に協力していたフリで十分ですわ」
「あのなあ、この城に中央の目と耳がないとでも、思っているのか?」
さすがに国王も呆れて、フォルテの物言いに言い返した。
「知ったことではありませんわ。貴国はフィヨルトに脅された。しかも、首都、王城に直接攻撃を加えられた。それは事実ですわ。このわたくしが保証いたしますわ」
「……あい分かった。戦後、仲介が必要ならば申し出よ。貴国は得意先故にな」
「感謝いたしますわ。ではこれにて」
オゥラ=メトシェイラがぶわりと空に浮かび、そして北方へと飛び去って行った。
残された王や周りの者たちは、暴風が去って行ったことに安堵すると同時に、今大戦は荒れると、そう確信して恐怖した。