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第156話 戦間期に戦う者たち




「ヴラトリアが不穏?」


 フォートラント国王ウォルトが聞き返した。


「噂にございますれば」


「そうであろうな。出所は……全部か」


「はっ、ヴァークロート、フィヨルト、さらには我が国、あるいはヴラトリア自身があり得るかと」


 宰相はあっさりと言うが、ひどい話である。フォートラントは一枚板ではない。辺境派と呼ばれる者たちが、常に暗躍を続けているのが実情だ。こうなると、一応でも中立派であったクロードラントを失った事が、どれだけ大きなことか。


 例えば、例えばだ。ヴァークロートが侵攻し、ヴラトリアが情勢不安を理由に資金援助を断り、辺境派が日和見を決め込んだと同時に、フィヨルトがサウスダートを攻め込んだとすれば。そんな都合の良い事が同じタイミングで起こるとは思えないが、それでもやってしまいそうな怖さが、フィヨルトにはあった。


 事実、前回の侵攻を見事に跳ね除け、クロードラントを堕とした上で、停戦交渉までやってのけたのだから。



「正直に、フィヨルトを羨ましくも思うな」


「あちらは政争がある様子がありません」


「ライドとフォルフィズフィーナか。あの二人が手を結ぶと、ここまで手強くなるとは」


「聖女の存在も大きいかと」


「フミネ・フサフキか……」


 当のフミネが聞いたならば大きく困惑することだろう。だが、外から見ればそれは事実だった。フォルテの片翼となり、彼女を羽ばたかせたからこそ今がある。でなければ、今頃はライドが大公となり、おおよそ連邦に好意的国家となっていた可能性が高いのだ。


「朗報もございます」


「ほう?」


「技術部において、新型甲殻腱の研究が成果を上げたようです。実物には及ばないものの、従来の甲殻腱に比べ、強靭でソゥド伝達性も向上したとの報告が上がってきております」


「『スラスター』はどうなのだ?」


「再現は出来たものの、運用には届いておりません」


「先に甲殻腱の目途が立つとはな」


 それは偶然の産物でもあった。フィヨルトの甲殻腱を破壊的分析した結果、様々な素材が用いられていることは分かっていた。だがその構成比率が分からない。彼らは、結果を求め過ぎていたのだ。最初からの完成形などあり得るはずも無いと言うのに、目の前の完成品に目を奪われたのだ。


 王に咎められ彼らは焦った。そして責任の押し付け合いを始めてしまった。そこで彼らはスラスターの増産を始めたのだ。モノは作れた、運用はウチの責任ではない。そういう事だ。そうして甲殻腱の研究は、下っ端に押し付けられることになった。


 この一連の流れ、フミネが居たら「研究舐めんな」と激怒していたことだろう。


 その下っ端がやらかした。自棄になった彼らは、色々適当に、ソレっぽく混ぜ合わせたのだ。まさにそれは、ファイトンがやって見せた手法であった。そしてその結果、ある程度のモノが出来上がってしまったのだ。生憎フミネがいないため、それ以上先は遅々としたものであったが。



「運用は出来そうなのか?」


「すでに試験騎体で実証実験は始めているそうです。効果は確実にあるとも」


「確かに朗報だな。期待は出来るのか? 褒章も考えよう」


「御意にございます」


 褒章を与える相手は、技術部高官である。下っ端? そんな者に、このような結果を出せるはずがないではないか。その結果、甲殻腱研究が阻害されることになろうとは、国王も宰相も考えてはいなかった。だが一歩目が踏み出されたのは、紛れもない事実だった。



 ここに『ジェムリア事件』による影響が、フォートラントにも波及し始めていた。



 ◇◇◇



「どんな感じですか?」


「相手も警戒はしているようです。何とかこのまま緊張状態を維持致します」


「お願いいたしますわ」


 旧クロードラント南西部、サウスダート王国との国境近くである。従来ならば同じ連邦として、殆どフリーパスな地域であるが、今は第11騎士団による警備と、陣地構築作業中であった。


「騎士団が前線で工兵となるのは当たり前ですわ」


「フィヨルトの風は速いんですよ?」


「ははっ、上手い事を仰る」


 半分欺瞞で半分本気な陣地構築は、第11騎士団の工兵能力の向上と意識改革も意図していた。なにせ、大公閣下直卒の第8騎士団が土に塗れるのだ。他の部隊に出来ないとは言わせない。



「サウスダートは何か言ってきているのでは?」


「遺憾の意が沢山来ていますわ」


「そうでしょうな」


「当然、当方に侵略の意図なしと、そう伝えていますよ」


「それもまあ、そうでしょうな」


 カークレイド・スカー・クロードラント男爵が呆れた様に繰り返す。


「考えたのはシャーラですわよ。わたくしたちはそれに乗っただけですわ」


「そうそう」


 そんなカークレイドの表情を見て、フォルテとフミネは切り返した。



「フィヨルトは才媛だらけですな」


「そこにケッテも混じっていますわよ」


「あの娘は、辺境伯となり私の手から飛び立ちました。今後ともよろしくお願いいたします」


「当然ですわ!」


「フィヨルト最強の軍師ですから」


 父が娘を頼むと言う相手にはちょっと違う気もするが、それでも娘の才能を最大限に買ってくれている二人に、カークレイドは感謝していた。



「さて、最前線で戦っている第11騎士団を励ます宴会ですわ」


 フォルテのそんな一言で、宴会が始まった。最前線で戦っている? そうだ、戦っているのだ。


「やっぱり、仮想敵の目の前でやる宴会は良いねえ」


 フミネの何だかよく分からない発言はスルーである。ニホンの文化は奥深く、時に理解されないものなのだ。


「あら、貴方がたは」


「大公閣下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」


 彼らは、先のクロードラント解体会議において、爵位を投げうって兵役を希望した7名であった。


「どうです、元気にやっていますの?」


「はい。様々な事を学ばせていただいております」


 彼らはここで大公に媚びを売って復権しようと等は、思っていなかった。それはしっかりとフォルテにも見て取れる。


「励みなさいな。貴方がたが活躍する日はそう遠くありませんわ」


「はっ!」


 彼らは縋ることもなく、立ち去って行った。


「カークレイド男爵。中々行き届いていますわね」


「恐縮です」


「旧クロードラントが真にフィヨルトとなれば、例え連邦全部が相手であっても戦えると、わたくしはそう考えていますわ」


「震えるほどの強敵ですな」


「まあ、ライドとシャーラ、それにドーレンパートがそうはさせないですわ」


「頼もしい事です」


 カークレイドが苦笑を零した。



 ◇◇◇



 翌朝、跳び去っていくオゥラ=メトシェイラを第11騎士団全員が見送った。そして思う、スゲェ、ヤベェ。


 昨晩の宴会は、サウスダートの連中にどう思われたであろう。そういう風に想像させてしまえること自体が彼女たちの戦前なのだろう。


「全く、凄い時代に生きてしまったものだ」


 カークレイドが零す。そしてその渦中にいるであろう一人娘を想ってしまう。ケットリンテは必ず歴史の表舞台に立つ。いや、並び立つのだろう。ならば自分の為すべきことは。



「第11騎士団総員! 作業開始だ。土と泥に塗れろ! それがフィヨルトだ!!」



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