第143話 ソゥド・フィヨルト!!
「ソゥドレッド!」
「ソゥドブルーっ!」
「ソゥドグリーン」
「ソゥドイエローです」
「ソゥドブラックですわ!!」
「五人揃ってっ!」
『ソゥド・フィヨルト!!』
どうしてこうなった。ソゥドイエロー、もといシャラクトーンは深く深く後悔していた。
◇◇◇
「ヒーローショーよ!」
「何ですのそれ?」
「ちびっ子たちに大人気の演劇みたいなのだよ」
「採用ですわ!」
「面白そうだね、わたしもやりたいよ!」
まず、アーテンバーニュが乗った。
「それならボクも」
「じゃ、じゃあ、わたしもやりたい、かもです」
そしてケットリンテもシャラクトーンも。乗った。乗ってしまった。
「んじゃ、やるからには徹底的にだよ。みんな覚悟はいいかな?」
この段階で、シャラクトーンは失敗を自覚した。
「そこ、動きが鈍い! もっと綺麗に崩れ落ちて」
「だー!」
「うん。そっちは良いね。そんな感じで攻撃して。敵が強くないと面白くないからね」
「だー!」
「あ、あの、フミネ様?」
「ん、何?」
「どうしてあちらの皆さんは、同じ言葉しか言わないのですか?」
「そりゃ当たり前だよ。戦闘員なんだから」
「だー!」
シャラクトーンの後悔は始まったばかりだった。
◇◇◇
「大変な問題に気づいてしまったわ」
第8騎士団駐屯地の会議室で、『臨編フィヨルト慰撫宣伝部隊』出し物進捗会議にて、フミネは深刻そうな顔で言った。
実際、ここの所のフミネの働きは、凄まじいものがあった。幾つもの曲や歌を、楽団小隊やフィヨルト少年少女合唱団に教え込んだ。また、甲殻騎によるアトラクションも彼女の発案だ。さらには、今回のヒーローショー。まさに独壇場である。そんな彼女が見落としていたものとは。
「敵がいないの」
「ええ、わたくしたちは無敵ですわ」
「フォルテ、そうじゃないの。強大な敵がいて、苦戦してその後に勝利を掴むのが基本なの。……どうしよう。完全にわたしのミスだわ」
「今の段階で気づいたのは幸いですわ。適任者を探しましょう」
「そうだね。ありがとう、フォルテ」
「そういうわけで、悪役が必要なんです」
ヴォルト=フィヨルタに集められた面々は、ひっじょうに渋い顔をしていた。
「えっと、必要なのは3人ですね。悪の大首領と、幹部を男女1名づつ。です」
「……それが我々だと」
「あ、いや、国務卿さん、ちょっとかなり顔が怖いですよ。でもいいですね。それです、そういうのが欲しかったんです」
「顔はどうでも良いのです。ここの所、大公閣下がフミネ様と行動を共にしており、執務が中々滞っておりましてな。どうしてもこういう表情になってしまうのですよ」
「それは、何と言うか」
さすがのフミネもこれにはタジタジであった。
「いやあ、わたしはやってもいいんだけどね」
「私は無理です勘弁してください」
クーントルトは残念そうに、第1騎士団長フィートは土気色の顔で言った。
「軍務卿には軍の再編をお願いしたはずですが?」
「睨まないでよ。やるからさあ」
国務卿のひと睨みでクーントルトは引き下がった。それほど今の国務卿は怖い。ソゥドが黒かった。
「苦労しましたわね」
「うん。怖かった」
ロンド村に戻ったフミネをフォルテが労っていた。
「それで、どうするんですか?」
「うーん」
シャラクトーンは心の中で、中止になるといいなあって思い始めていた。
「そうだ、仮面だ! これなら行ける」
「さすがフミネですわ。何か思いつきましたのね」
「えっと、そうね、アレッタとコボルを呼んで。あと、ゴパッドさんも」
「了解ですわ」
大公閣下直々のお呼び出しであった。
◇◇◇
そして話は冒頭へと戻る。
「助けてー」
「助けてですわー」
「おねえちゃん、たすけてー」
人質役のファインとフォルン、それと何故か再び抜擢されたリミちゃん7歳であった。
「卑怯ですわ! 人質を取るなんて、このソゥドブラックが許しませんわ」
どの口がそれを言うのかというツッコミは置いて、彼女の格好は騎乗服を少々アレンジし、漆黒に塗られていた。ちょっとタイトで身体にぴっちりとしたスーツになっているのだ。これがまた、ソゥドイエローもとい、シャラクトーンの精神を削っていた。
「お前たち、やっておしまいっ!」
「だー!」
「おめえら、やっちまえ!」
「だー!」
悪の大幹部、狼の仮面をかぶったアレッターダとゴパッドンが命令を下すと、戦闘員たちがソゥド・フィヨルトに襲い掛かった。
「みんな、行くわよ!」
「おうっ!」
『みんな、返事はすべて「おうっ!」よ。それ以外はあり得ないから』
皆の胸には、フミネの言葉が刻み込まれていた。意味は分からないが。
「とうっ!」
「だー!?」
『みんな、跳躍するときはすべて「とうっ!」よ。それ以外は考えられないから』
皆の心には、フミネの命令が行き渡っていた。当然意味は不明である。
激闘の末、戦闘員は全て排除された。殆どの者は場外に去っていったが、中には動けない戦闘員もいた。だがそれも、他の者に引きずられて退場していった。遂に5対3である。
ちなみにすでに人質は解放されて、ソゥド・フィヨルトの応援に回っている。そもそも人質の意味は皆無であった。普通に戦闘をしていたわけだし。
「くっ、お前たち、やれっ!」
熊の仮面を被った悪の大首領コボルーザが、悪の大幹部2名に命じた。
その時、いきなりBGMが流れ始めた。楽団小隊による演奏だ。そしてフィヨルト少年少女合唱団と選抜されたのど自慢たちが歌い始める。ソゥド・フィヨルトの主題歌、タイトルは「たたかえ、ぼくらのソゥド・フィヨルト!」だ。作詞、作曲フミネ・フサフキ。ただし曲はパクリで歌詞は替え歌だ。
『もしぃも、ソゥドが、なーかーあーったらー』
危ない。
戦いは悪の大幹部との局面に入っていた。
「そうりゃあ!」
「死ねっ!」
ソゥドブルーとソゥドグリーンがアレッターダに挑む。グリーンはちょっと病みぎみだ。
「えーい!」
「ですわっ!」
ソゥドイエローとソゥドブラックはゴパッドンの相手だ。その間、ソゥドレッドが何をしているのかと言えば、腕を組んで突っ立っていた。リーダーの矜持である。
「ぐわー!」
「あがー!」
結果として、悪の大幹部は倒された。ゴパッドンはガチで、アレッターダはほぼノーダメで吹き飛ばされ、動かなくなった。さすがはアレッタ、もといアレッターダ。次期フサフキを目されているだけはある。
「さあ、残すはお前だけだ。悪の大首領コボルーザ!!」
何にもしていなかったソゥドレッドが、びしっとコボルーザを指さした。
「みんなっ! ファイナル・フィヨルトよ!!」
「おうっ!!」
ソゥド・フィヨルトの必殺技『ファイナル・フィヨルト』、5人がタイミングと心を一つに合せ、一斉に攻撃を仕掛けるという、恐ろしい技だ。
「ぐわっぱあああぁぁぁ」
それを食らったコボルーザは、謎の悲鳴を上げて舞台から消えていった。
「悪は滅んだわ!」
「これが正義の力だよ!」
「悪は許さない」
「えっと、コボルさん大丈夫かしら」
「悪役令嬢だけど正義は勝ちますわ!」
『我ら、フィヨルトの守護者。ソゥド・フィヨルト!!』
◇◇◇
悪は滅んだ。そして、観客はバカ受けであった。こうしてフィヨルト発祥の新しい文化、ヒーローショーが誕生したのだった。