第140話 そうだ、あの村に行こう
「融和とは相互理解だと、わたしは思います」
半月程後に開催された悪役令嬢の会での、シャラクトーンの発言だった。
ライドたち外交使節団が戻って来てから、満を持して開いた会合であった。
ちなみに停戦協定にまつわる経緯を聞いたフィヨルト上層部では、ライド夫妻の評価が急上昇中である。フミネを人質に差し出せと言ったフォートラント王に対し激昂して立ち向かったライドは、一躍忠国の義士と讃えられ、ちょっと困っていた。そして両者を嗜め、停戦を勝ち取ったシャラクトーンも評判もまた、うなぎ登りである。
「うーん、とは言えねぇ。向こうはフィヨルトの事を蛮族の集団だと思っているみたいだし」
「失礼な話ですわ」
でも心の中でフミネは否定できないでいた。ビンタを食らわせれば和解できると考えている節のあるフォルテがトップの国家なのだ。もれなく相手は服従を余儀なくされる。それを文化交流とは言わない。
「ん? 文化交流……」
「何か思いつきましたの?」
「さわりだけね。ケッテ、フォートラントとフィヨルト、正直どっちが法的に優しいと思う?」
フミネがケットリンテに水を向けた。
「言いにくいけど、税制はフィヨルトの方が優しくて、懲罰は厳しいと思う」
「それって、平民にとっては良い制度ってことだよね」
「飢えてさえいなければ、だよ」
「それはこの冬で解消されるよ。なら良いことづくめじゃない」
「そうだね。だけど」
「実感できるかどうかだね」
「うん」
ポンポンと会話が続く。殊にケットリンテの言葉は短めなので、テンポが速い。
「そもそも、クロードラントは王国の穀倉庫なんて言われているのに、寒村があるのに違和感があったんだよ。やっぱり税制?」
「ごめん、力が足りなかった」
「別にケッテを責めてるわけじゃないよ。そっか、そっかあ」
フミネは持ち前の悪い笑みを浮かべた。
「やれますの?」
何をと聞かないのがフォルテだ。信頼は言葉を必要としない。
「うーん、シャーラ?」
「何ですか?」
「公国だと慰撫とかの文化あるんでしょ? 歌とか踊りとか」
「ありますね。ヴラトリアは文化の結節点、と言われることもあるくらいですし」
「つまり、この世界にも通用するか」
「なあ、わたしには何もないのか?」
アーテンヴァーニュが参加をしたそうに、こちらを見ていた。だが、今は。
「ごめん、ヴァーニュ。今は無い」
「……そうか」
しょげた犬の様に、アーテンヴァーニュは項垂れる。これは後でフォローが必要そうだ。いや、アーテンヴァーニュこそ、フミネの狙いにストライクだ。
「後で出番があるよ。むしろ主役」
「本当か!?」
「うん」
カチカチとフミネの中で、ピースが嵌っていく。それを囲む悪役令嬢たちは、彼女の次の言葉を固唾を飲んで待っていた。
「フォルン、『渦巻き団』と『天秤団』から人員を選抜して。年齢も性別も性格もなるべくバラけさせて」
「お姉様、わかりましたわ!」
「フミネ、わたくしは年配の方々を選べば良いのですわね?」
「うん、よろしく。全部で50人くらいがいいかな。あんまり多いと先方の負担になっちゃうし」
フミネの考えは、すでにフォルテに伝わっていた。
◇◇◇
「閣下、この予算はなんですかな」
「新領地の慰撫ならびに宣伝費用ですわ、ディーテフォーン」
国務卿ディーテフォーンに、フォルテはあっさりと答えた。
「ああ、以前お話のあったアレですか。ですが、いささか」
「全ての村を回るからですわ。それとフィヨルトもですわ」
「……苦しい所を優先し、さらに公平性を、ですか」
「流石は国務卿ですわ。理解が早くて助かりますわ」
「恐縮です」
その金額を見て、渋い顔をする国務卿であったが、同時に必要性も理解出来た。
「フミネとしては、毎年冬の恒例行事にしたいみたいですわ」
「ぐふぅっ!」
国務卿の胃にダメージが入る。
「あと、巡業することになりますわ。多分ひと月ほど空けることになりますわ」
「閣下……」
「ライドを残していきますわ」
何かと便利や扱いされるライドであるが、それはフォルテがライドを認めているに他ならない。そのことが分かるだけに、国務卿も黙ってそれを受け入れた。
◇◇◇
そうして、準備やら練習やらで1か月。ついに出立の日がやって来た。
「皆さん、よく集まってくださいましたわ」
ロンド村南部にある第8騎士団訓練場である。
『慰撫と宣伝よ。ケッテを助けた時の、あの村を思い出して』
フミネの言葉から始まったプロジェクトは、多くの人々を巻き込み、動いていった。
「わたくしの挨拶が長くても仕方ありませんわ。ここからは隊長たるフミネに譲りますわ」
「ご紹介に預かりました『臨編フィヨルト慰撫宣伝部隊』隊長の、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラントです」
フミネが前に一歩を踏み出し、堂々と語り出した。
「みなさんは今日までの間、辛く厳しい訓練、ご苦労様でした。今日この日を持って、みなさんの苦労は報われます。ですがここからが始まりです。厳しく過酷な任務となるでしょう。中には甲殻獣を相手にしてた方が楽だと思う、そんな人もいるかもしれません。この任務が持つ重要性は、それだけの意味を持っています」
綺麗に整列した約50名の人員が、フミネの演説を傾聴していた。
「わたしたちの任務は、人々に笑顔をもたらすことです。倒すことではなく、喜びを与える、そんな任務です。そういう意味では、兵士たちよりアレッタやコボルたちのほうが、慣れているかもしれませんね」
ちょっとした笑いが起きる。
「そしてもうひとつ、目的があります。それはわたしたちもまた、学び、笑うことです。物事や感情は一方通行ではありません。相手から何かを学び取ってください。心から笑わせてもらってください。それが交流というものです」
大真面目な顔で笑えと言うフミネの言葉には、迫力があった。皆がゴクリと喉を鳴らす。
「この場には、性別、年齢、性格、さまざまな職種、特技を持つ方々が選抜されて集まっています。自信を持ってください。誇りを持ってください。そしてわたしは信じています。あなたがたが、わたしの期待に応えてくれることを」
この手のアジテーションはフミネの十八番だ。手振りを交えて堂々と語りつくす。
「総員搭乗! 『臨編フィヨルト慰撫宣伝部隊』出撃!!」
「了解!!」
各員がそれぞれの思いを胸に、飛空艇に乗り込んで行く。
今回の編成に組み込まれたのは、第8騎士団から3騎、オゥラ=メトシェイラ、クマァ=ベアァ、そしてウォーカミ。ケットリンテとシャラクトーンもいる。さらに随伴歩兵18名。ならびに、フィヨルタから2個楽団小隊。さらに各地から集められた多種多様な人々。その中には、フィヨルト少年少女合唱団も含まれる。最後に、マスコット枠として、フェンリルトファングも堂々と飛空艇に乗り込んで行った。
今、人々を笑顔にするための部隊が出撃する。