第136話 フォルテは会議を踊らせない
こいつらヤベえ、というのが観戦者側の素直な感想だった。
甲殻騎戦闘ならまだ分かる。性能差が明確だったからだ。だがこの光景はなんだ。80対200で互角の戦いを演じた上で、首魁たる女大公は涼しげな顔をして立っている。何なんだ、アレは。
1時間後、城内会議室に戻された彼らは、ズタボロながらもどこかスッキリとしていた。ついでに観戦武官やら、はては敗戦捕虜までがその場に案内されていた。
「皆様ご苦労様でしたわ」
清々しくフォルテが言った。一人だけ異次元にいるかの如く、平然とその場で屹立していた。
「まずは勝敗について述べましょう。と言っても、わたくしがこの場に立っているのが証左ですわね。ケットリンテは貰っていきます。よろしいですわね?」
「うん、ボクはフィヨルトに行くよ。そして強くなって、必ずクロードラントに尽くしてみせる」
「お嬢……」
「お嬢様」
クロードラントの戦士たちが、さめざめと泣いていた。湿っぽい。ケットリンテも涙していた。同時に心の中では、してやったりの気分も大きい。ケットリンテもまた悪役令嬢だった。
「次は、戦闘についての感想ですわ。一言で言えば両者お見事という他ありませんわ。まさかわたくしに手を届かせるとは、思ってもいませんでしたわ」
これは、現段階ではフィヨルトにしか通じないであろう、それでもクロードラントに対する最大限の賛辞と言えた。伝わってはいないのだが。
同時にフィヨルト側は意味が通じた上で、どんよりとしていた。不甲斐ない。そんな思いが皆の胸に共有された。じゃあ、明日からも頑張ろう、そう刻み込む。それがフィヨルトだ。
「さて、頑張ったクロードラント皆さんにご褒美ですわ。クロードラント伯爵を東方辺境伯として遇しますわ。クロードラントは、我がフィヨルトの東の要にして穀倉地帯。一旦事あれば即応性が求められますわ」
それは、東方辺境伯として、ある程度の自由裁量権を認めるというものであった。
「心して事に当たりましょう」
侯爵改め伯爵改め、クロードラント辺境伯が頭を下げた。まあ、これはフォルテの中では出来レースだったわけだが、下げてから上げることで、ちょっとは良い感情を与えておきたいと言ったところだった。
◇◇◇
「さてケッテ、準備は出来ていますわね?」
「うん」
ケットリンテのフィヨルタ行きの話ではない。今後のクロードラントの在り方だ。そんな事前通達など行ってもいなかったが、フォルテはケットリンテが準備をしていると信じていたし、逆もそれを求められるだろうと確信していた。ツーカーである。
この場にいるのは、フォルテと辺境伯、フミネとケットリンテ、後はクーントルトのみだ。悪いがクロードラントの文官には、まだ聞かせられない。
「最初は国境線だけど、軍事重視、つまり守り易い所に線を引くよ」
「同感ですわ。殴られたから殴り返しただけで、別に領地が欲しかった訳ではありませんわ」
殴るついでに領地を持って行かれてしまった辺境伯は、微妙な表情をしている。クロードラントとは一体。
「とは言え、一度得た土地ですわ。守る義務が発生いたしますわ。最優先は民ですわ」
「うんうん」
フミネも頷く。そういうところがフォルテなのだ。辺境伯も、その点ではフォルテを信用していた。
「だからこそ、民は渡しませんわ。ケッテ、線引きであぶれる人口はどれくらい?」
「1200くらいだね。新規開拓地候補は有るけど、大丈夫?」
「麦の刈り取り直後というのが良いですわね。暫く第3騎士団は畑仕事ですわ」
「了解したよ」
クーントルトはあっさりと頷いた。普段から貴族共の利権入り乱れたやり取りを見ていた辺境伯やケットリンテは、こういうサクサクとした進行が心地よくて仕方がない。しかも、フォルテはケットリンテの国境線案すら一切修正していないのだ。
「ああ、専門は専門家に任せるっていうことですよ」
察したフミネが辺境伯にそう言った。それが出来る上がどれだけ居るのか?
「守備には第2騎士団を置いていきますわ。防衛と甲殻獣の狩猟に上手く使いまわしてくださいまし」
「ありがとう」
領軍と併せて150騎弱、しかも第5世代騎だ。ケットリンテはやれると踏む。
「軍制はどうする?」
「当面はこのままですわ。第5世代を順次回すから、その後で指示を出しますわ。ある程度固まった後は、辺境伯にお任せいたしますわ」
「よろしいので?」
「辺境伯っていうのは、そういうものでしょう?」
余りに大らかに軍権を譲渡してくるフォルテには、底が見えない。辺境伯は素直に恐ろしいと、感想を抱いてしまう。
「確かにそうですが、いえ、お預かりいたしましょう。配慮に感謝いたします」
「第2騎士団長のサイトウェルを補助にしますわ。堅実ですから重宝しますわよ」
「並べて感謝を」
◇◇◇
「最後は停戦条件ですわね」
他にも細かな事を話し合ったが、最後に来るのはやはりソレだった。終戦ではない、停戦だ。
「こっちとしては、捕虜の引き渡しと、一部割譲で終わりにしたいけど」
「ガラクタを全部付けても、無理ですわね」
「うん」
今回の戦争は、名目ではフィヨルトの利敵行為という事で始まっている。本来の意味では、中央派によるフィヨルトの弱体化と、新王の名声のために始まった。つまり現状、王陛下の面目は丸潰れと言うことになる。引けるはずがない。故に終戦はあり得ない。
「今回は、ターロンズ砦っていう地の利があったし、強襲降下っていう荒業が仕えたもんね」
久々にフミネが発言した。流石に飛空艇の存在までもは明らかにはなっていないだろうが、それ以外は大体タネが割れたと言ってよい状況だった。ああ、あとニンジャの存在もバレてはいない。忍ぶ者は健在だ。
「いずれは何処かでバレるし、鹵獲されるよ。そこで優位はお終い」
フミネの危惧は共通認識であった。それにフォートラントはまだまだ国力を残している。連邦の他国とて、どちらに回るか分かったものではない。
「どの道、仲介は必要ですわ。外務卿とシャーラの助言は聞くけど、とりあえず思いつくのは、ヴラトリア公国とサウスタード王国ですわね」
片や、シャラクトーンの母国であり、何とも胡散臭い中立派。もう片方は。
「塩利権だね」
「そうですわ。サウスタードとしてはフィヨルトに塩を売りたいし、フォートラントへの流通路も確保しておきたいはずですわ。だからあえて、借りを作っておきますわ」
「報告では聞いているが、塩田があるのでは?」
ケットリンテとフォルテのやり取りに、イマイチしっくり来ない辺境伯が聞いた。
「いざとなれば塩を絶てばいい、なんて思わせておくのですわ」
「では纏めますわ。国境線はケットリンテの案で。住民たちは即時移動。食料と開拓はフィヨルトで持ちますわ」
フォルテがまとめに入る。
「新しい国境は、領軍と第2騎士団で守りますわ。停戦材料としては、捕虜と甲殻騎の残骸を返還と、領地の一部割譲、通商の確約ですわ」
圧勝したにしては、随分とお優しい提案であった。
「停戦交渉は、仲介をヴラトリアとサウスタードに打診。フィヨルトからは外務卿とライド、シャーラ、それと辺境伯を出しますわ」
「御意!」
とりあえずの方針は決まった。この間、たったの1日であった。