第135話 喧嘩祭りだ!
晩夏の風が訓練場を舞っていた。ついでに、面白そうだからとフォルテに呼び出された、フォートラント第4、第6、第7連隊の主要メンバーと、各国の観戦武官は何が始まるのか、訳が分からないでいた。
「大丈夫なのですかな?」
「嘘はつきませんわ」
「いえ、そう言う事ではなく」
ひそひそと、侯爵改めクロードラント伯爵とフォルテが会話をしていた。
「うーん、良いねぇ。多対多のステゴロバトル。燃えるねぇ」
フミネはバキバキと指を鳴らしていた。瞳にはすでに、炎が宿っている。こういう熱血は大好物なのだ。
「フ、フミネ。あの、これって」
「大丈夫、大丈夫。最悪ケッテは、フォルテが守るから」
動揺するケットリンテに、何でもない事のようにフミネが返した。何だかそれで安心してしまうケットリンテは、不思議な感覚に身を委ねてしまっていた。
「わたしが守るって、言ってくれればいいのに」
◇◇◇
フォルテを取り巻く悪役令嬢たちは、それぞれが秀でたものを持ち、お互いがそれを尊重しあっている。だが、その中で実は、フミネは凡庸な部類に入るのだ。冗談と言うなかれ。
だがしかし。
フォルフィズフィーナは言うまでもない。高慢にして傲岸不遜。だが、彼女はフミネを相方とし、絶対の信頼を寄せている。そもそもフミネが居なければ甲殻騎に乗る事すら出来ない。
アーテンヴァーニュは戦士1級試験の時に、バチバチとやりあった仲である。超越しているフォルテを除けば、丁度かみ合う手合いなのだ。ソゥドのアーテンヴァーニュ、技のフミネ。実は訓練でも仲良く切磋琢磨している。
シャラクトーンは、フミネに頭が上がらない。しっかりとライドを立ててくれているし、フォルテのように開けっぴろげで根拠があるのだかよく分からない信頼ではなく、ちゃんと思いを聞いてくれて、その上で肯定してくれる。
そして、ケットリンテは言わずもがなだ。ニホンの知識とその運用。フミネが聞けば止めてくれと言うだろうが、ケットリンテにとってフミネは間違いなく『創造の聖女』なのだ。なんだかんだでフミネの悪役ムーブはケットリンテに刺さっている。そして、命の恩人でもある。
要はフミネは本人のあずかり知らないところで、悪役令嬢ズのバランサーとなっていたのだ。知では、シャラクトーンとケットリンテには敵わない。武では、アーテンヴァーニュに及ばない。ましてやフォルフィズフィーナなど。
出来ることは、ニホンの知識を小出しにして、フォルテの左翼であることだけだ。だが、本人は自覚していない。彼女の本質、悪役令嬢最年長にして繋ぎ手。『繋ぎの聖女』、それがフミネ・フサフキ・ファノト・フィンラントだった。過去にフォルテとオゥラくんを繋いだ、蒼く輝く指貫グローブは伊達ではない。
◇◇◇
さて、前置きが長くなった。
片やクロードラント勢、貴族子息たちと平民上がりの士爵を合せて約200。そしてもう一方はフィヨルトから選抜された約80名。なぜフィヨルトが少ないかと言えば、何と言うか、圧力がかかったためである。具体的には。
「まさか同数でなどとは、思ってはいませんわよね?」
フォルテの一言で半数が脱落した。
「俺の分は取っておけよ」
「わたしはやるぜぇ、やるぜぇ」
「ふむ、久々の対人戦闘だ、楽しみだな」
「わたしも頑張るよ」
第3騎士団長アーバント、アーテンヴァーニュ、クーントルト、フミネの順である。意とするところは「無様さらすんじゃねぇぞ」。それを見て、さらに数名が脱落した結果、80対200というよく分からない構図が出来上がった。
「貴様らは前に出ろ、絶対にケットリンテ様を守るのだ!」
クロードラントのうんたら男爵令息が、高飛車な態度を取った。
「ああっ? あんたらに言われるまでもない。お嬢は俺たちが守ってみせる」
「な、なな、なんだその態度は?」
それに対して平民上がりの騎士が答える。というか、相手をするのも面倒そうだった。
「知ったことですか、でございますよ。わたしもわたしで、お嬢様には出身の村ぁ、助けてもらいましたんで」
さらに女性兵士もご丁寧に決意を表明した。
何だか物騒な雰囲気を醸し出す、クロードラント陣営であった。
「俺たちがまず、軟派な貴族どもを叩きのめす。お前らは戦士たちを押さえつけろ」
「ちゃっちゃとやっちゃってくださいよ。ゆっくりしてると、こっちで得物を食い尽くしちまいますよ?」
「言ってやがれ」
敢えて『戦士たち』という単語を使ったアーバントの指示に、とある騎士がぶっきらぼうに返した。これぞフィヨルト流である。
つまりは、一部を除いてお互いノリノリだという事だった。
◇◇◇
「あー、えー、それでは両者、怪我の無いように正々堂々と戦ってもらいたい」
過去に聞いたような情けない声で、クロードラント伯爵が開始を宣言した。
「うおらあああああ!」
「ですわあああああ!」
まずは、戦士たちの正面衝突であった。
「良い空気ですわ」
「そうだねぇ」
のほほんとフォルテとフミネが会話をしている。
「信じていいんだよね?」
「もっちろん」
「当たり前ですわ。フミネの作った悪役令嬢の絆は、簡単には千切れませんわ」
そこに入って来たケットリンテに対し、二人は簡単に返す。だが目の輝きは、それが決して嘘ではない事を明瞭に示していた。
「シャラクトーンも、リリースラーンとラースローラも。もしかしたらスラーニュも、見たかったって言うと思いますわ。ああ、ファインとフォルンも」
「一部、参加したそうな人もいるね」
「フミネが来てから、毎日が大騒ぎですわ」
「人を諸悪の元凶みたいに言わないでよ」
「あら、相手の貴族組はもう終わったみたいですわ」
「ちょっと! ああ、アレはちょっと可哀相かも」
誤魔化そうとするフォルテの視線の先では、クロードラントの貴族子弟がアーバントやアーテンヴァーニュ、クーントルト達にボコボコにされていた。
「でもこちらは押され気味ですわね」
「そりゃそうでしょ。人数が倍以上なんだから」
簡単に言えば平民組が押され始めていた。ならば出番という事になる。
「アーバントさん、クーントルトさん、ヴァーニュ! そろそろ戻って! ここから本番ですよ!」
◇◇◇
「ぜはぁ、ぜはぁ。いやあ、楽しかったねぇ」
「フミネ様……、ぶっ倒れて言う事かい?」
「クーントルトさんこそ、嬉しそうじゃないですか」
「まあねぇ」
辺りには、色んな連中が寝っ転がっていた。アーテンヴァーニュもアーバントも、そしてクロードラントの戦士たちも。誰もが皆、どこか嬉しそうな表情だった。今回の戦いで出番も無いまま、ただ負けた、降伏した、ケットリンテを人質に出せと言われた。そして、力でねじ伏せられた。
「ウチのお嬢を、頼めますかい? 大公閣下」
「当たり前ですわ。ケッテには指先ひとつ、触れさせませんわ!」
とか言いつつ、ケットリンテの腰を抱き、一人無傷で立ったまま快活に笑う、そんな悪役令嬢がそこにいた。