第132話 コウモリだから何だ?
ケットリンテの放っていた斥候は優秀だった。戦況を完全に把握した上で、山から森を抜けて、最速でその情報をクロードラントにもたらしてくれたのだ。そしてその結果、ケットリンテはクロードラントの窮地を知る。フォートラントが破れた事などどうでも良い。問題は、フィヨルトがどこまでやらかしているのかだ。
「参加していたのが、第4、第6、第8騎士団だけ……」
あのフォルテが、人命を捨ててまで出し惜しみをするわけがない。フィヨルタの第1騎士団とドルヴァ砦の第5騎士団はまだ分かる。では、第2、第3、第7は何処にいる? 決まっている。
「もう、来てる」
宣戦布告前の20日もあれば、フィヨルトは何処にだって行ける。いや、それ以前から動いていたかもしれない。スラスターを装備さえしていれば、山越えなど容易いし、飛空艇を使えばなおさらだ。そして、フォルテとフミネならば。
「彼女たちも来る!?」
ケットリンテは、テーブルの上に置いたクロードラント及び周辺の地図を凝視した。何処だ? 何処にいる? 何処から来る?
「真っすぐ来る」
忘れもしない、彼女たちとケットリンテが出会った場所だ。あの森、領都まで1日足らずの西方の森に、フィヨルトが潜んでいる。通常ならば甲殻獣のテリトリーだが、相手はフィヨルトだ。そんな事はものともしないだろう。
ケットリンテは身を震わせた。そして考える。この戦争の終わり方を考える。終わらせ方ではない。それはもうケットリンテの手を離れつつあった。
◇◇◇
「いいかぁ! 拘束索は3重確認だ。絶対に怠るな!」
ターロンズ砦では各広場に飛空艇が着陸し、甲殻騎の拘束作業が行われていた。『アインスラーニュ』、『ツヴァイパッカーニャ』、『ドライファイトン』の3機である。工廠組は勝手に名を使われたわけだが、案外満更でもなかったようだ。特に3機目となる『ドライファイトン』は大型化され、5騎を積載可能となっていた。但し航続距離は短くなってしまっていたが。
「ファインとフォルンには悪いけど、砦の指揮をお願いしますわ。分からない事は、リリースラーンとラースローラに教わって。学びなさいな」
「うん」
「分かりましたわ」
指揮と言ってもお飾りであるし、本人たちも工兵紛いの事もするだろう。だが、それでいい。兵と一緒に土にまみれるのも、またフィヨルトだ。
ここから出撃するのは、フォルテとフミネ、クーントルト、バァバリュウ、アーテンバーニュ、他7騎となる。合計11騎が史上初の作戦に挑む。
「出陣ですわ!」
「了解! 係留索外せ! 飛空艇離床体勢」
相変わらず旗艦とされている『アインスラーニュ』のアイリス・ロート艇長がご機嫌で声を張り上げた。
「さあ、たった1日の空の旅だが、お客人を丁重に扱うんだよ!」
◇◇◇
「我が軍が破れたですと?」
「はい」
「クロードラント侯。お嬢様の戯れは笑えませんぞ?」
「笑う必要はない。事実だ」
ターロンズ砦の戦いから2日後、クロードラント親子は領都に駐留していた第4連隊指揮所を訪れていた。『味方』の敗戦報告を伝えるために。中々敗北の事実を認めない第4連隊長に対し、クロードラント親子は状況説明を繰り返す。ただし噓八百の。
少なくとも、今回の戦いでフィヨルトの負けはない。後はあちらが留まるか、攻めて来るかのどちらかだ。そして、ターロンズ砦の詳細を鑑みれば、攻めて来る可能性は非常に高い。
「第6、第7連隊は共に敗走しています。ですが、我が特殊部隊の手引きで、連隊長はご無事です」
「それは重畳」
ケットリンテの言葉に、第4連隊長が鼻を鳴らす。
連隊長が無事な事以外は大嘘だ。第6連隊は騎士達こそ多くが助かったが、1騎たりとも甲殻騎は戻ってこない。第7連隊にしても40騎が戻って来れれば良い方だろう。300騎以上で攻め込み、残余40騎。大敗などというのも烏滸がましい惨敗だ。
大切なのは、クロードラントが手助けをしたという事実と、それを第4連隊長に明かしたということだ。クロードラントはキッチリと協力したのだ。いいね。
「たとえ敗走が事実だとしても、我が連隊を投入すれば良いのではないかね?」
「それにつきましては、閣下のお考え次第です」
「クロードラント侯。少々ケットリンテ嬢に任せ過ぎではありませんかな?」
「これは失礼した。だが贔屓目ではあるのだろうが、存外娘は優秀でな。私が話すより速いのだよ」
「小娘の浅知恵で申し訳ありません」
ここでケットリンテは引いた。クロードラントの言い訳は十分だからだ。第4連隊の処理はフィヨルトに、フォルテたちに任せよう。例えコウモリであってもクロードラントを守るのに、ケットリンテは躊躇したりはしない。
◇◇◇
「甲殻騎が現れました。数は目測で100弱! 色は濃灰。濃灰色です!!」
城壁にいた歩哨からの緊急報告が届いたのは、クロードラント侯爵と連隊長との会談の、たった2時間程後であった。フィヨルト来たる。
「来たか」
「来たね」
クロードラント侯爵領軍は2個大隊100騎程であるが、その多数を領地に分散させており、現在領都にいるのは30騎程度である。これはもちろんケットリンテの策謀だ。領軍の被害を最小限とするための措置であった。
そして問題の第4連隊160は、城壁の外に120、内に40と言ったところである。
「外での戦いは、話にならないよ」
「それほどか」
城と一体化した領主邸で親子が会話をしていた。
「うん。あの規模になったら、20や30の差なんて問題にもならない。殲滅まである」
「問題は内側か」
「こっちは70。だけどフォルテなら来る」
「しかも空からか。どうする?」
侯爵は判断を娘に委ねた。それが一番であると信じているからだ。
「まず領軍だけど、壊乱してもらうかな」
「おい?」
「領民を避難させて、城前の広場を空ける。そして『空から女大公が降って来るから城の防御に専念』。それだけで士気崩壊して、手も出せなくなるよ」
「ケッテ……。一応我が精鋭なのだぞ」
「模擬戦でコテンパンにやられたね」
「……それで、連隊指揮所は大公閣下にお任せか。全くお前ときたら。敵に頼り過ぎだぞ」
侯爵のため息が止まらない。
「そりゃ、頼りない味方より、信頼できる敵の方がよっぽどマシだよ」