第128話 口合戦とて負けるわけがない
「今までありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
そして当日、ターロンズ砦駐屯部隊の部隊長同士の挨拶であった。思い返してみれば、3回目は空からスルーされてしまっていたが、それでも2回、フォルテたちが宴会を繰り広げ、両者は笑いあっていた。普段から、何度も顔を合わせた。それが今この瞬間を持って敵同士となる。
「では、お互いに」
「ああ。健闘を祈る」
そうして両者は背を向けた。戦争が始まろうとしている。
◇◇◇
フィヨルトとフォートラントの両駐屯部隊は即座に撤退した。戦闘部隊は別に存在しているからだ。ただ、フォートラント側は門扉を破壊し、フィヨルト側は逆に堅く門を閉じていた。両者の戦争目的の違いであった。もちろん、砦内の非戦闘員はすでに撤収を終えている。残されたのは無人の砦に吹く風のみだった。
そこに事前に配置されていた、フォートラント第6、第7連隊が突入してきた。開け放たれた門を潜り粛々と隊形を展開していく。対するフィヨルト側には、動きが見られない。
「いいかぁ、予定通りだ。地図は頭に入っているだろう。持ち場に急げ!」
連隊長が叫ぶ。その声に突き動かされて、甲殻騎の進軍は続く。およそ200騎が砦内に侵入しつつあった。
「さて、舞台は整いましたでしょうか?」
そんな女性の声が響いたのは、フォートラント軍が砦の半分程度まで押し寄せた時だった。
そうだ。我らの主人公の登場だ。
「準備は出来ましたかー!」
妙にお気楽な声も届く。
さらに『悪役聖女』のお出ました。
いつの間にか、フィヨルト側の城壁の上に30騎程の甲殻騎が並んでいた。まるで、最初からそこにいたように、飄々と堂々と。
「まずはご挨拶をいたしましょう。わたくしはフォルフィズフィーナ=フィンランティア・フィンラント・フォート・フィヨルト。フィヨルト大公にして最強を名乗る者ですわ」
「わたしは、フミネ・フサフキ・ファノト・フィンラント! フォルテの片翼です」
二人が名乗りを上げる。その勢いに敵軍が思わず聞き入ってしまっていた。だが、それに付け込むフィヨルトではない。そんな無粋な真似はフォルテが許さない。
「ふぅ、まったく。わたしの名は、クーントルト=フサフキ・ジェイン・トルネリア! 一応フィヨルトの軍務卿をやらせてもらっているよ!」
「リリースラーン・ジェイン・サーパス。第4騎士団長です」
「フォルフィズフィーナ様の槍、ラースローラ・ジェイン・シュッタートだ。第6騎士団長を拝命している」
クーントルトを始めとして、続々とトップたちが名乗りを上げていく。とは言え、彼女たちは友情出演だ。第8騎士団だけでは示しがつかないと、強く強く立候補をしてこの場にいた。団長騎が単独で参加しているから始末に悪い。
「第1中隊長、バァバリュウ・ケルド・シャクドラ」
「第2中隊長、アーテンヴァーニュ・ササノ・サイゾゥだよっ!」
「第3中隊長、ファインヴェルヴィルト・ファイダ・フィンラント!!」
第8騎士団の中隊長たちも名乗っていく。ファインがいるならば、当然フォルンもいるわけで、この場には、ライドを除くフィンラント家の4人が揃っていた。これがフィヨルトである。
◇◇◇
「名乗りはそれまでか! こちらは蛮族どもに名乗る名など持ってはいない。時代錯誤かっ。とっとと掛かってこい!!」
「あらあら、余裕のないことですわ」
敵指揮官の煽りを、さらりと流すフォルテである。こういう会話になった時点で、フォルテとフミネの独壇場だ。相手は舞台に立ってしまっていた。
「ねえフミネ、こうやって数に任せてワラワラとやってくる甲殻騎の群れ、何かを思い出しますわ」
「ああ、アリンコとか、そういう?」
「まあっ、敵対する相手をアリ扱いとか酷いですわ」
「そっちが振ったんじゃない!」
二人の煽りが始まった。
「黙れ黙れ! 騎士失格だったものを、たまたま左翼を見つけたからと、つけ上がるな!」
「……ちょっと、ムカっときましたわ」
「まあまあ、相手の隊長さんは、わたしたちが特級騎士だって知らないんでしょ。フォートラントの情報ってどうなっているのかな」
「仕方ありませんわね。ですがまあ、これからの戦いでそれははっきりするでしょう」
「貴様らあ!」
「落ち着け。言葉に踊らされるな」
敵指揮官の同僚なのか、副官なのかは不明だが、そんな感じの人物が嗜めに入った。
「時間稼ぎでもしようというのかな?」
そして彼もまた、舞台に上がってしまった。
「まさかまさか。フィヨルトに小出しにするような戦力はありませんわ。まったく、こちらの全戦力の同じくらいを引き連れて来て。下品としか言いようがありませんわ」
「なんでも情報だと、300騎くらい来てるんでしょ。10倍だよ10倍。クーントルトさんも何か言ってあげて」
「ふむ。10倍で負ければ、とんでもない恥になるねえ。そういう立場になる覚悟は出来ているのかな? 出世どころか、人生を棒に振りかねないよ」
煽り担当にクーントルトも加わった。彼女の場合、素でイケるから怖い。
「たった30騎で戦うつもりか。確か第5世代だかを名乗っているようだが、驕ったか」
「あらまあ、こちらが30騎だけだといつ申し上げました?」
「先ほど小出しにする戦力など無いと、言ったではないか!」
比較的冷静っぽい副官らしき人物と、煽りをモロに受け入れる指揮官が、それぞれ頭に血を登らせていく。
「さあ、どうでしょう。わたくしは悪役令嬢。もしかしたら城壁の背後に100騎くらい隠れていて、それを知った上で嘘を言っているかもしれませんわよ」
「戯言を!」
「大公閣下、いい加減にしようよ。口喧嘩もいいけど、時間の無駄じゃないかい?」
「クーントルトさん。口喧嘩は大切なんですよ」
「フミネ様、そりゃどういう?」
「まったく、かーちゃんの教えはどうなっているんだか。クーントルトさんだってフサフキなのに」
フミネがため息をつき、最後の煽りにかかる。
「いいですか、会場にお集まりの皆さん。フサフキは全部で勝つんです。力でも速さでも技でも、心でも、頭でも。そして口先一つでも、勝つんです。全軍、心がけろ!!」
『了解!!』
「流石はフミネ、良い訓示ですわ。では皆さま、戦いのお時間ですわ。お覚悟はよろしいですわね?」
フォルテの声色が変わる。獰猛な甲殻獣が笑みを浮かべるような、そのような姿が幻視出来る。あり得ないのに出来てしまう。
「では参りましょう。フィヨルト第8騎士団」
「それと愉快な仲間たち」
「出撃ですわ」
『ですわ!!』
フィヨルト第8騎士団、すなわち『暴風の騎士団』が突撃を開始した。以後、フィヨルトの戦士たちの代名詞となる突撃の掛け声、『ですわ!』と共に。