第123話 動乱の起点
「よっしゃあ、王都だ」
「あのまま『アインスラーニュ』に乗っていれば、フィヨルトから3日くらいですわね」
「ソゥド持つのかな?」
フォルテの言葉の意味は、フィヨルトから3日で誰にも気づかれず、王都ケースド=フォートランに空挺降下をかけることが可能であるということだ。
「もう少しだけ大きくして、操船要員を増やす方向かも」
フミネはフミネで、改善点を模索している。
「やっぱり二人が揃っていると、事が大きくなるね」
オゥラ=メトシェイラの右肩に乗るケットリンテは、もうため息はつかない。あわあわしない。現実を受け止め、それをどうすればいいのかを考慮する。ちなみに道中ずっと彼女は肩の上で、馬車には乗っていない。侯爵の心中はいかに。
「……書類に不備はございません。お待たせいたしましたお通りください」
門の通過にもなにも問題は無かった。流石に3回目の天丼は、ね。
というわけで、侯爵一行と大公一行はここで別れることになる。ケットリンテは残念そうだが、致し方あるまい。とは言えケットリンテとしては、王都での式典が終わり次第フィヨルトに舞い戻る気マンマンであった。
「皆さまご無沙汰しておりましたわ」
王都大公邸にて面会しているのは、女大公フォルフィズフィーナと学院に通っている学生たちだった。ほとんどが『金の渦巻き団』に属している世代である。
「フォルフィズフィーナ様の大公ご就任、おめでとうございます」
一人が学生たちを代表して言った。中にはライド派もいたのかもしれない。だが、ライド自身が納得した以上、彼らに異議はない。全てはただフィヨルトのために。てなものだ。
「さて、式典は明後日でしたわね。明日の内に引き出物は渡しておいてしまいましょう」
「面倒ごとになる?」
「いいえ。担当官に渡すだけですわ」
「そりゃ重畳」
「っこここ、これはっ!!」
「先のドルヴァ紛争の際、バラァト南部に現れた大型甲殻猪の核石ですわ。包んでいる素材もお判りでしょう?」
翌日、担当官の元を訪れたフォルテが提出したのは、大型甲殻猪の革に包まれた無色の大型核石であった。めちゃくちゃ意趣返しであるが、担当官は気づいていない。そりゃそうだ。ほれ、お前らがけしかけた甲殻獣の核石だぞ。
これがあれば大型甲殻騎を1騎組むことができる。十二分以上に価値がある代物だった。担当官は震える手で、物品と目録を受け取ることになった。
◇◇◇
明けて翌日。王とアリシアの結婚式典当日である。式次第はフィヨルトとは逆順であった。まずは大聖堂にて上級層に対するお披露目を行い、その後、沿道にてパレードという流れだ。どちらがどちらというわけでもない。
「日の光と、大地の恵みと、水の輝きと、火の灯りと、風のざわめきと……」
普段よりは微妙に長い祝詞が続く。文武100官と言っても過言ではない人々が大聖堂に集っていた。フォートラント連邦の首脳たちだけではなく、ヴァークロートや砂の国の重鎮までもが揃っている。
王陛下ウォルトワズウィード・ヴルト・フォートラントと、伯爵令嬢アリシア・フィッツ・ランドール=サラストリアが、婚姻の誓いをそれぞれ述べた。
平民アリシアが王と結婚するのは、全く問題ない。そもそもフォートラント王国自体が平民の英雄によって建てられた国であるという言い伝えが残されているからだ。だがまあ、建前もあるわけで、アリシアはとある中央派の伯爵令嬢として、王との婚姻を結ぶことになった。式場の片端では、実父と実母が見届けている。権威主義に陥っているフォートラントとて、それくらいの度量はあるのだ。
「まあ良い式典、だっと思えばよいのかしら?」
「どうなんだろう。でも、わたしね」
「なんですの?」
「こういう場合、ヒロイン、アリシアさんが嫌なヤツで、わたしたちがやっつけるっていうのが定番なんだけどさ」
「彼女は真っ直ぐですわ」
「そうなんだよねぇ」
「これじゃまるで、わたしたちが悪役みたいじゃない」
「あら、わたくしたちは自ら選んで、悪役になったのですわ」
「あはは、そうだったね!」
◇◇◇
アリシア・フィッツ・ランドール=サラストリアは、ここまで来てしまったかと苦悩していた。自分はただ、甲殻騎が好きで、それを操る騎士になりたくて、ただそれだけのために突っ走って来た。だけど、いつの間にか王太子殿下に見初められ、そして彼を愛するようになっていた。婚約者たるフォルフィズフィーナ様がいながら。側室でも妾でも構わなかった。だけど、あんなことになってしまい、そしてこんな舞台に立つことなど、想像もしていなかった。
ふと観客席を見てしまう。
そこにフォルフィズフィーナがいた。目を見れば分かる。
「その立場、わたくしから奪ったのではありませんわ。王陛下が勝手に転んだ結果ですわ。ですが、わたくしが負けたのもまた事実。アリシアさん、今あなたは勝者ですわ」
なんて長台詞をフォルテの目が語る。俗にいう乙女会話だ。
「勝ったなんて思っていません。だけど、わたしだって、フォルフィズフィーナ様に負けたくありません。甲殻騎で!!」
結婚云々ではなかった。ただの甲殻騎オタが負けたくないという、そんな意思をフォルテに叩きつけた。
「そんな長ったらしい名前で呼ばなくてもよろしいですわ。わたくしは、フォルテ! 今後はそうお呼びなさい!」
「っ! わかりました。わたしは、負けません」
どうして目線だけでここまで会話できるのかは謎であるが、出来てしまったものは仕方がない。
そうして彼女たちは意思を共有した。戦うべきライバルとして、死線を越えてずっとずっと、どこまでも。
◇◇◇
披露宴が終わればパレードだ。沿道に出た一同は、一応格式順に列に加わって王都を移動していった。
「目立っていますわね」
「そうだけど、決まり事なんでしょ?」
各国、各領地から1騎づつ、とびきりの甲殻騎を参列させるのが、通例であり、今回もそれを変更する理由は無かった。本当を言えば、変更したかったというのが、中央の立場だ。だが、格式という名のよく分からない何かがそれを阻んだのだ。
よって、濃灰色でありながら、やたらめったら目立つその甲殻騎士。
大型騎でもさらに目立つ意匠。胸の中央には、紫の花を咥えた白銀の狼の姿と、それを下から支えるような2本の骨がクロスして飾られている。その下に横に伸びる紫の線が4本。フィヨルトの紋章だ。右胸には、白い羽。左胸には、蒼い掌。両背からは、それと同じ意匠のバナーが翻されていた。
これぞ、オゥラ=メトシェイラ、儀仗装甲である。まあ、バナーを外せば普段からこんな感じではあるのだが。
◇◇◇
そしてパレードも終わり、王都の中央広場にて、王陛下による婚姻の宣言がなされた。
「親愛なる臣民諸君。本日私は横にいるアリシアと婚姻をなした。かくも盛大な祝いを有難く思っている」
群衆が静かにそれを聞いている。
「そして言おう。私はこれまで以上に、フォートラント王国を強大なものにしていくことを!」
その言葉の意味がどれくらいの人々に伝わっただろう。王陛下は、王国と言ったのだ。連邦とは言わなかったのだ。後にこれが『フォートラント連邦動乱』の始まりだったと、そう言われるようになる。