第120話 大公弟の結婚と、招待状
某日吉日、フィンラント大公弟ファーレスヴァンドライド・ファイダ・フィンラントと、ヴラトリア公国公爵令嬢シャラクトーン・フェン・ヴラトリネとの結婚式がフィヨルタにて執り行われた。以後、シャラクトーンの名はシャラクトーン・ファノト・ヴラトリネ=フィンラントとなる。
地域密着型国家ということで、結婚式は初手から民衆にさらされた。というか、一度公都の外に出て、正門から馬車で入場することになっている。列の先頭は儀仗装備に換装された、甲殻騎にのる軍務卿と、第1騎士団から5騎。その後ろに、大公家の馬車に乗る新郎新婦。新郎は濃灰色の軍服を派手にアレンジした正装で、新婦はヴラトリア公国の国色であるカーキ色を主体にしたドレス姿であった。
フィヨルタの大通りを闊歩していくフィヨルトの主力たちに、そして大公弟夫妻に観衆は声援を送る。
「おめでとうございますー!!」
「お幸せにー!!」
どこからか持ち込まれたのか、ライドとシャラクトーンの馬車が通り過ぎるたびに、花弁がまき散らされた。
そして第2から第7騎士団代表が通り過ぎた後から最後尾に、3騎の大型甲殻騎が現れた。『ウォーカミ』、『ベアァくん』そして『オゥラ=メトシェイラ』だ。誰が乗っているかは言わずもがなである。それを見て、また爆発的歓声があがる。
「大公さまー!!」
「国を頼みますぜぇ!!」
特にオゥラ=メトシェイラはハッチを開け、フォルテが立ちあがり手を振っていた。フミネが左右を兼務出来るからこその荒業だ。それに応えるように、観衆の声援は大きくなっていった。大公弟夫妻の結婚祝いなのだから、もう少しその手心をと言うか。
◇◇◇
さて、多数の神々を持つこの世界の冠婚葬祭は、派手派手しいものではない。
「万物に宿りし神々よ、婚姻の儀を行う一組の人間に祝福と戒めを」
それだけであった。
ここに一組の夫妻が誕生した。後の歴史教科書に載ってしまう、そんな夫婦だ。
「フォルテは結婚するつもりないの?」
「今は考えていませんわ。フミネもいますし」
「……わたし、いついなくなるか分からないんだけど」
「それでも、それまで、フミネはずっとわたくしの翼ですわ。甲殻騎だけではなく、並んで走り続ける両翼ですわ」
「そこで、歩くって言わないあたりがフォルテだね」
「ですわ!」
「それでライドとシャーラは予定通り?」
「ええ、ライドは国務卿補佐兼農務卿補佐ですわ」
「そしてシャーラは国務卿補佐兼外務卿補佐、かあ」
腕を組んでうんうんの頷くフォルテと、頭に後ろ手をやり天を仰ぐフミネであった。
「二人とも、大きくなって欲しいですわ」
「大丈夫だよ。お義父様とお義母様が言ったじゃない、太平の世であればライドが大公だって」
「ライドには国を豊かにする才能がありますわ。だからわたくしは決めていますわ」
「何を?」
「とっととこんな動乱は終わらせて、大公をライドに譲るのですわ!」
「そうしたらフォルテはどうするの?」
「元帥なんて肩書が付くでしょうけど、フィヨルトを守り続けますわ」
「うん。似合ってる。そこにわたしはいるのかな」
「……」
珍しくフォルテが苦い顔をしていた。
「……その時フミネはここにいてはいけない気がしますわ」
「そっかあ、そうかもね」
フミネも理解する。歴代の聖女は両名とも『役目を果たし終えたら』帰っている。ならば自分の役割ってなんだろうと、フミネは考えてしまう。なんとなく、それがフィヨルトの安寧である気がするのだ。その時自分はどう思うのだろうか。
そうして、大公家の結婚式は終わった。
◇◇◇
「面倒くさいですわ! 行きたくありませんわ!! 名代でライドに任せますわ!」
「無茶を言いなさる。名指しでの招待状ですぞ」
国務卿が面倒くさそうな顔で、フォルテを説得していた。
ライドとシャラクトーンの結婚式から1週間、王都からの招待状が舞い込んだのだ。王陛下とアリシアの結婚式への案内状である。
「閣下は新婚1週間の弟様を王都に行かせると仰るのですか?」
「ふ、二人で行かせますわ!」
「姉に愛されぬ弟。古今東西、国が割れる理由としては十分ですな」
「フォルテ、諦めなよ」
「……行けばいいんでしょう、行きますわ!」
国務卿とフミネがため息をついた。
「飛空艇を使って日程を短縮しますわ」
「まてーい! あれは国家機密なの!」
「山脈越えを出来るかの試験運用ですわ」
「……じゃあ、中間をとってフォータル山脈越えが出来るかどうかだけで。いい?」
「仕方ありませんわね。それで随伴ですけど、クーントルトとヴァーニュで行きますわ。あと、ケッテも運びますわ」
ついにケットリンテは荷物扱いになった。いや、王陛下の結婚式なのだ。当然クロードラント侯爵も呼ばれているに決まっている。ケットリンテにはフィヨルトの凄さと、それを利用したクロードラントの調略の役割がある。連れて行く理由には十分だった。
「それでは、軍務卿代理はどうされますか?」
国務卿が聞いてくる。
「それは当然、フィート=フサフキですわ」
「そう、ですか。あの、ひとつ進言なのですが」
「なんですの?」
「此度の一件が終わりましたら、その功績を持って、軍務卿を伯爵に、第一騎士団長を子爵に、どうでしょうか?」
「そうですわね、陞爵も悪くないですわ。手続きはやっておいてくださいませ」
「ははっ」
これであの苦労人の第一騎士団長も報われるだろうと、国務卿はほっとしていた。本人に言わせれば余計なお世話である。
◇◇◇
後日。
「というわけで軍務卿には姫様の随伴をお願い致します」
「ん。了解だよ」
「ライントルート卿」
フィート=フサフキ第1騎士団長のことである。
「貴方は此度の一件が終われば、子爵となることが内定している」
「それはいいね。わたしも少しは楽が出来そうだ! いっそ軍務卿にならないか? わたしは第8に戻りたいんだよ」
「本当に、本気で、勘弁してくださいよ」
フィヨルトの若きフサフキは、武には優れていても、内臓へのダメージには弱いようだった。