第115話 世界は動かないけど一部は動く
「まずはだ。これ以上のフィヨルトへの侵攻は行わない。一同良いな!?」
「……」
沈黙が、肯定を示した。ここはヴァークロート王国首都、ランダルタ。ランダルタ城のとある会議室である。
季節は12月を迎えるが、雪は山岳地帯が精々だ。大陸西方は比較的温暖であるため、冬でも雪が積もることはない。故に、晩夏に麦を刈り取り冬に戦争を行うのは、この地域の常態ではあるのだが、今年はちょっと状況が異なってしまっていた。
「で、フィヨルトを落とすなどと言った大バカ者は、どうなったか。灰になって帰って来た。なんでも女大公閣下に直接首を取られたそうだ。名誉ではあるな」
フィヨルト攻勢を渋っていた東部派閥の貴族が言った。実際フォルテは切っていない。ビンタで首を捻ったわけだが、大した違いはない。
「と、とにかく国境を維持するのだ。100騎以上を喪失したのだぞ。国境は大丈夫なのか?」
「よくもまあそのようなクチが聞けたものだな」
連邦融和派、つまり今回の策謀に乗っかった貴族が叫ぶが、交戦派は冷徹に返す。お前らが面倒なことをしなければ、という思いは根強い。連邦の働きかけを受けて南部貴族を扇動した者、それに乗って大敗した者、無視していた者。全員同罪のようなものだ。
結果ヴァークロートは、グダグダしたまま東部戦線維持ということで、まとまった。いや纏まっていない。問題の先送りをしただけだ。
◇◇◇
「婚姻に変わりはありません」
「しかしだな、彼は大公の座を失ったのだぞ?」
「それよりも良い結果が出ているではありませんか」
「噂の女大公か」
「フォルテ、いえ、フォルフィズフィーナ様は、知勇を備えたお方です。もしフォートラント中央がフィヨルトにちょっかいをかけたならば、それを粉砕し、逆撃するような傑物です」
「お前は、それほどと見るのか?」
「それ以上の評価です。彼女の傍には聖女様、フミネ・フサフキ様もいらっしゃいます。そして、ケットリンテ様もアーテンヴァーニュ様も。大公閣下の婚約破棄騒動を切っ掛けに、傑物がフィヨルトに集まりつつあります。これはもう、中立を取るべき状況ではありません」
「……シャラクトーン。お前がそこまで言うのならば認めよう。嫁げ。そして、公国の未来を作れ」
「畏まりました。お父様」
シャラクトーンとヴラトリエ公爵親子の、なんとも政治色極まりない会話であった。
◇◇◇
「帝国?」
「は、陛下の治世において、連邦を帝政とすべきかとご提言いたします」
「理由を述べよ」
「不幸な出来事もありましたが、近年の連邦諸国の在り方、私には思わしいとは思えません」
「中央への反目、ということか。確かにガートラインの婚約破棄はいささか突然だったな」
フォートラント王国ケースド=フォートランの王城において為されているのは、若き新王陛下と宰相の会話であった。ただし、直近の王の言葉に宰相は苛立つ。お前が先にフィヨルトとの絆をぶった切ったではないか、と。
「……不詳の息子の致しましたこと。誠に申し訳なく思っております」
「よい。想えぬ相手との婚姻など、不幸であるからな」
王とて分かっているのだ。だが宰相は再び思う。貴族の婚約を何だと思っているのか!?
「それで、帝政というわけか。中央集権を固め、辺境の権限を弱め、結果、国としてを強固とする」
「ご明察でございます」
愚鈍ではないのだ。この新王はモノが見えてはいる。やらかしたことを踏まえた上で、先を見ている。専横を為していると批判される宰相であるが、連邦を自らどうこうしようとは思っていない。ただ、王の元でどのような国家体制が望ましいのかを考えたの上だけのことだった。そして、この新王、ウォルトワズウィード・ヴルト・フォートラントと宰相、ストスライグ・ゲージ・オストリアス侯爵は目指す方向が近似していたのだ。
◇◇◇
各国が思惑をそれぞれとしている頃、フィヨルトでは。
「行けるっ」
ロンド村南方、第8騎士団駐屯地秘密試験場で、フミネがやらかしていた。
甲殻獣の骨と皮と腱を繋げて、三角形の翼を作り上げ、その下に取っ手を付けて、ついでにハーネスもくっ付けた。ハンググライダーと呼ばれるモノだ。搭乗する当人の両腰には個人用スラスターが装備されている。すなわち動力が推力が付加されていた。
「おーっほほほ! わたくしは飛んでいますわ! 鳥の様ですわ!」
結構ここまでは時間がかかった。最初は凧を作ってみた。四角いヤツじゃなくて、三角形のをだ。航空力学を知らないフミネは、研究員たちと実験を繰り返した。大空に飛び立った凧を見て、ちびっ子たちは歓声を上げ、研究員たちは涙した。
「次は人を乗せるわ」
「本気でやるんすかい?」
「本気よ」
数日後、3倍以上の大型化された凧に人と同じ形と重量を持った人形が括り付けられ、それは飛んだ。ならばということで、志願兵を募集したところ、全員が一歩前へ足を踏み出した。同調圧力かと、正直フミネは疑ったが、ヤツらはマジだった。で、飛んだ。普通に空に飛び立ってしまった。フィヨルトの民が忍者となった瞬間だった。
「次よ!」
「これで十分じゃないんですかい?」
「まだまだここからよ。凧糸を外すわ」
「!?」
そうして数々の試験を経て、中には墜落して「死ぬかと思ったぜぇ」とか言うバカも含めて、それは完成した。ハンググライダーを駆り、スラスターで自在に空を飛びまわる者たちである。
そんな彼らを称して『ニンジャ』。フミネはそう名付けた。いや、凧に人が乗った段階でそう思ったのを口にしてしまったのだ。
「フミネ様、ニンジャとは!?」
「た、凧に乗って、自在に空を飛ぶものよ」
「では、我らも」
「まだよ。凧糸に縋っているようでは、まだまだだわ。糸などに捕らわれず、自分の意志で空を飛んでこそニンジャと言えるのよっ!」
取り返しのつかないことになったと、フミネは震えた。
そういう訳でフィヨルトニンジャ部隊が誕生した。フミネは責任を放棄した。ここに、フィヨルトに高速伝達手段が確立されたのだ。
◇◇◇
そして、フミネはぶっ壊れた。フィヨルトを勝たせるために、幾らでもやってやるという決意は、そもそもあった。大公夫妻が喪われてから更にその思いは強くなった。だからさらに先に行く。
「ねえ、ケッテ」
「あ、あれがあれば、情報伝達が、速度が」
「ねええ、ケッテ」
「な、なに? フミネ」
「あれをさ、もっと大きくて頑丈にしてさ、甲殻騎が乗れるようにしたら、どうなると思う?」
「ひっ!?」
「森や川やちょっとした山や、城壁を無視して空から舞い降りる第5世代甲殻騎が、ざざざって着地してさあ、羽をパージして、即、戦闘状態に入るの。名付けて、空挺甲殻隊! あはははははは!!」