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第112話 馬鹿が甲殻騎でやってくる




「馬鹿は来る」


 何故か胸を張って、腕組みをしながらフミネが断言した。言いたかっただけだ。


「本当にですの?」


「いや、自信はないけど、来そうな気がする。そして馬鹿は本物の馬鹿だと思う」


「そりゃそうだよ。ヴァークロートにそんな戦力を抽出できる余力なんて無い」


 ケットリンテが冷静に突っ込む。


「伝令が参りました」



 あれから2か月が経っていた。クロードラントからの移民はロンド村へ、ヴラトリア公国からの者たちは南部に送った。さぞや働き甲斐があるだろう。


 そして、飛び込んで来た伝令だ。


「どうぞ、ご報告なさいまし」


「はっ!」


 大公執務室に現れた伝令は、迷わず文面を読み上げた。


「ドルヴァ渓谷北方より、甲殻騎の進軍を確認。色は赤褐色! 数60程度!! 接敵想定は3日後とのことです」


「下がってよろしいですわ」


「はっ!!」


 疲労困憊のはずの伝令は下がっていった。別室で休んでいることだろう。問題はだ。


「本物の馬鹿はいるものですわ」


 フォルテの言葉が全てであった。



 ◇◇◇



「父上の死は無駄ではない!」


 侵攻の2週間ほど前、父親の死を受けて正式に伯爵となったラッカストン・バイン・マイントルートが訓示を述べた。


「フィヨルトごとき弱勢は、先の攻勢により死に体である。よって、今回の征伐によりフィヨルトから莫大な権益を得ることが出来るであろう」


 この訓示を聞いているほとんどの兵、つまり前回の侵攻を経験して、捕虜になって、帰国した者たちが思った。何言ってやがるんだこいつ。馬鹿か、あのよく分からない濃灰色の悪夢が出てきたら、たとえ100でも無駄死にだぞ、と。


「さて、では今回の、いや最後のトドメを刺す侵攻部隊長を紹介しよう。ラシュランサ・ヴイト・シュラード子爵である」


「紹介に預かったラシュランサである。乾坤一擲。弱敵とまでは言わない。だが、確実に損耗している相手でもある。不当な停戦交渉を覆し、我が国の威を知らしめる必要があるのだ。全軍戒めよ!」


 こんなやり取りが為されていたのだが、兵士たちの士気はどん底であった。大将たる伯爵は引っ込んだままかよ。



 ◇◇◇



 翌日、フォルテたちはドルヴァ砦にいた。


「兵が哀れですわ」


「そうだね」


 すでにドルヴァ渓谷北部は、罠塗れである。至る所に強化甲殻腱が張り巡らされ、行動を阻害している。


「で、相手は中型騎が殆どで、大型騎は3騎くらいだって話だよね」


「むりやり抽出したのでしょう。多分騎乗しているのは、前回の戦いから返還された者たちですわ」


「何て罰ゲーム」


 対するこちらは、第5騎士団、オレストラ・グラト・ジェイカー子爵率いる3個中隊28騎と、フィヨルタから派遣されたリッドヴァルト・グラト・ウィルターン子爵の第7騎士団2個中隊、18騎。それに第8騎士団からオゥラ=メトシェイラ。総指揮は軍務卿クーントルト=フサフキ・ジェイン・トルネリア女子爵。同数以下であるものの負ける要素が見当たらない。


 ちなみにドルヴァ砦工廠にて、新型甲殻腱に随時換装され、中にはスラスター装備の甲殻騎も存在している。ドルヴァ常駐の第5騎士団は、フィヨルト最強部隊と言っても問題のない装備を獲得していた。


「やるぜぇ、おれはやるぜぇ」


「ヴァークロートめぇ、叩き壊してやるわ」


「絶対に許さない」


 フィヨルト軍は、めちゃくちゃ士気が高かった。



「それでは総指揮官訓示ですわ!」


 フォルテがクーントルトを促す。


「諸君! 今回の戦だが、実は戦ではない!」


 クーントルトのあんまりな台詞に、兵たちに動揺が走る。そして理解する。ああ、戦と呼べるような代物じゃないってわけかと。


「そして、諸君らが行きつくだろう答えも、またハズレだ。今回は『模擬戦』である。非常に、非常に遺憾ながら、奴らには無事に逃げ帰ってもらうことになる」


 血が流れそうなくらい拳を握りしめたクーントルトは、泣きそうな表情で言い切った。


「わたくしの決定ですわ。わたくしが決断しましたわ」


 言葉に詰まるクーントルトに、フォルテが続いた。


「理由を説明いたしますわ。これは政治的判断になりますわ。簡潔に言えば、これ以上ヴァークロートが弱くなることは、フィヨルトにとってよろしくないと判断いたしましたわ。想像してごらんなさい。前回と今回で200騎もの甲殻騎を喪失したとしたら、フォートラントがどう行動するか」


 フォートラント北東戦線が動く。結果、ヴァークロートが落ちる可能性が出て来る。もしくは連邦入りも。そうなるとフィヨルトの周りの情勢がどうなるか。


「いつかはそうなる時がくるとは思いますわ。ですが今では困るのです。3年、わたくしの言った3年。その間に力を取り戻し、中央が手を出すことの出来ない状況を作り上げなければいけませんわ!」


 そう言って、フォルテは頭を下げた、横にいるフミネも、そして軍務卿、第3騎士団長、第5騎士団長も。



「前脚だ。前脚を両方叩き切って、それを肩に乗せてやった上で後ろ脚でお帰り願え。罠の配置は頭に入っているな。そこに追い込め。ただしこちらの損耗は許容できない。危険と判断した場合にのみ、完全破壊を許可する。良いか、騎体を壊さず、相手の心を切れ。捻じり飛ばせ。叩き折れ!! それが今回、我々が為すべきことだ!」


 クーントルトが吠える。



 おおおおおおお!!



 兵たちが意気を高揚させる。


「やつらにかける言葉はたった一つだ。『こっちは狩場だ。お前たちは東へ行け』。それだけだ!」


「つまらない訓練に付きあわせてしまって、申し訳ありませんわ。お詫びに、わたくしたちが半分を始末いたしますわ。その後砦で大宴会ですわ。フミネが新曲を披露してくれるはずですわ!」


「こっちにふるなし!!」


 場が笑いに満ち足りた。



 ◇◇◇



 翌日、戦闘結果が出た。ヴァークロートは12騎が中破、35騎が小破し、潰走した。死者は5名。対するフィヨルトは中破2騎、小破11騎。重傷、死亡は無し。


 侵攻軍部隊長ラシュランサ・ヴイト・シュラード子爵には、フォルフィズフィーナ・フィンラント・フォート・フィヨルト手ずから親書が渡された。



 文面など説明するまでも無いことだろう。



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