第108話 海辺の村
王都でライドとシャラクトーンが煩悶していることは、フォルテには関係無かった。問題は目の前にいるケットリンテだ。彼女による、東部併合論と北伐論が展開されたが、当然却下である。とりあえず、防衛重視の案を出せと。なんとかその場を収めたいフォルテがため息をつく。
「いいケッテ、わたくしは貴女の誠意を買いますわ。ですが、手柄を得ようとする方策は様々ですわ。今のフィヨルトに必要なのは、元通りの安寧ですわ」
「国を危機にさらすことが、見えている安寧でも?」
「その上で策をお出しなさいな。その時こそ秘密結社『悪役令嬢の会』の出番ですわ!」
「あ、あははっ。そうだね」
難しい顔をしていたケットリンテに笑顔が灯る。
「分かって頂けたら何よりですわ。悪役は全てに備え、打ち勝つ。そうですわね」
「うん、ボクも悪役令嬢だ」
「泰然と構え、それでいて策をめぐらし、最後には勝利、ですわ」
背後にどどんという書き文字を背負って、フォルテが言い放った。
「こういう時は了解とか畏まりました、じゃないね。ボクも全力で事に当たるよ」
「それで良しですわ!」
「じゃあさ、こういうのはどうかな?」
「まだ策があったなら、さっさと言っておきなさいな!」
「今思いついた」
会談は続いた。
◇◇◇
「甲殻浮遊偵察騎により南岸を観測。それと同時に、幾つかの村を発見。対応指示を乞う」
朗報だか凶報だかよく分からない報告が為されたのは、フォルテとケットリンテの会談の翌日であった。
フィヨルトの南方と西方は未開地域だ。ロンドル大河の河口が海に繋がっていること自体は確認されていた。だが海岸の地形上、村や港を作るのに不適であり、開発は一旦見送りとなっていたのだ。100年程前の話である。
もっとはっきり言えば、南方ならびに西方は未開地域どころか、人類未到達地域と見なされていた。そこに小さいながらも村があった。しかも複数個。
ヴォルト=フィヨルタの大公執務室でフォルテに報告をしているのは、第8騎士団副隊長バァバリュウであった。彼は南方開拓の足掛かりとして、『コク・ラーゲ』による地形観測を任されていたのだ。
「間違いはないのですわね?」
「はい。人口規模は各村100くらいづつで、それが3か所。小型の船を使った漁業を行っているようです」
「へえ、すごいね」
フミネも一緒になって報告を聞いている。
「操船や荷運びの様子を見る限り、間違いなくソゥド力を使っているようです。また、甲殻騎は確認できませんでした」
「どんな人種でした?」
「外見は、ごく普通の大陸西方人に見えました。背丈も、肌色、髪色もです」
「言語は、まあ無理かあ。あ、文化はどんな感じです?」
「文化と申されても、普通、としか」
バァバリュウの回答に、フミネの目が見開かれる。
「それって、とんでもないことよ。土着にしろ民族移動にしろ、文化が同じって、ちょっとあり得ない! フォルテ、フィヨルトが大河を下って移民したって話、聞いたことある?」
「文章に残る限りでは聞いたことはありませんわ。でもそれは凄いことなんですの?」
「うん、そう遠くない昔に、連邦のどこかの国から移住したとしか思えない。どうする、フォルテ?」
「行きますわ!」
「そうなるよね!」
「よろしいのですか?」
バァバリュウが困惑している。
「ヴァークロートが動くとしても3か月先ですわ。あちらの対策は軍務卿とケッテでやりますわ」
「さて、その村の人たちが、どういう出自か、それ次第では楽しいことになるかも」
◇◇◇
渋る国務卿に手を振り、フォルテとフミネは出撃した。例によって機動甲殻小隊編成だ。編成は道案内としてバァバリュウと、もう1騎。双子とアーテンヴァーニュはお留守番だ。
予定としては行きで1週間。色々あってもひと月以内に戻ると言うことになっている。後はフミネの提案で、各種穀物とその種を多めに持っていくことになった。
第5世代騎による、いや、第5世代に熟達した騎士の移動はこれまでの常識を覆す。特にオゥラ=メトシェイラは跳躍し、適当な太めの木の枝を支えに、さらに跳躍を繰り返すのだ。
「皆さんも出来るようになってもらわないと困りますわ」
無慈悲な女大公閣下のお言葉であった。
故に、バァバリュウを含めたもう1騎も必死に、跳躍訓練を繰り返すことになった。地獄行脚である。通常訓練が如何に温いか思い知ったとは、とある騎士の談である。
「ここです」
バァバリュウが印をつけられた大木を指さした。ここが最終観測地点である。ここまで5日の行程であった。多分ここから15キロほど先に、くだんの村がある。そしてこの小隊なら1日で到達できることだろう。
「野営準備ですわ。明日早朝に経ち、午後には村に到着するつもりでいてくださいまし」
フォルテの檄に、随員たちが動き出す。
◇◇◇
確かにそこは、海沿いの寒村と言う言葉がピッタリの場所だった。入り江に囲まれ、外洋からも見られる事は無いだろう。
今その村に、巨大ロボットたる甲殻騎が3騎立ち並び、村人たちは腰を抜かしていた。すでに随伴歩兵たちは地面に降り、整列を済ませている。武器は抜いていない。
「まずは名乗りましょう。わたくしはフォルフィズフィーナ・フィンラント・フォート・フィヨルト。フィヨルト大公国の国主ですわ!」
「えっと、わたしはフミネ・フサフキ・ファノト・フィンラントって言います。言葉、通じます?」
オゥラ=メトシェイラの操縦席に立ちはだかり、堂々と上から名乗りを上げたフォルテ。それに対し、地面に降り立ち穏便な折衝を試すフミネである。
「あ、あんたがた、何者だぁ」
言葉は通じた。少々訛ってはいるが大陸西部の共通語、フィルト語であった。
「あなたがたはどこかの国の人たちなんですか?」
「あ、いや、それはその」
フミネが何とか柔らかく問うも、相手は言葉を濁した。何かあるとフミネは確信した。
「質問を変えますわ。貴方がたはいつ頃からここに住まっていますの?」
いつのまにか地に降りていたフォルテが言う。
「じ、じっちゃんがたの話だと、200年くらい前だって、言ってたよぉ」
「なるほど」
顎に手を当て、フォルテが少々考え込む。怯える村人たち。
「大体見えましたわ。貴方がた、フィヨルトのわたくしの配下になりなさいませ!!」
それはまさに武威を効かせた悪役のごとき厳命であった。少なくとも村の住民はそう受け取った。