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第107話 シャラクトーンが煩悶する




「ふぅ、まったく」


 シャラクトーンはため息をついていた。ここは王都ケースド=フォートランにある王立騎士学院の廊下だ。どうにも最近、婚約者のライドに近づく者が多いのだ。男女問わずに。分かりやすすぎて、逆に困惑するくらいだ。


「『ハクロゥ』は大公邸の地下だし、ライドとわたしの警護は完全。問題は……、あちらの動きかしら」


 フォルテが女大公となった今、ライド派は方向性を変えた。つまりフィヨルトのナンバー2と懇意となり、例の新型甲殻騎の情報を得たいというわけだ。もはや、ここからライドを押し上げようとする考えはないようだ。事実、学院中のフィヨルトとヴラトリア公国からの面々は、何らかの形でシャラクトーンに接触してきている。


「とにかく、穏便にあと半年を過ごしたいわね」


 半年も経てば卒業だ。そうすれば大手を振ってフィヨルトに向かい、ライドと結婚するだけだ。そんなシャラクトーンの願望は、ひと月も経たずに崩壊した。



「謎の物体が空に浮かんで、人が乗っている?」


「はい。状況からして、クロードラントの西域、もしくは全域での軍事行動が常時観測されている可能性があると」


 ターロンズ砦に紛れ込ませていた間諜からの報告を聞いて、シャラクトーンは眩暈を感じた。同時に頭を回転させる。



 まず間違いなく、やらかしたのはフミネだ。彼女以外そんな事を実現できるわけがない。彼女の悪い笑みが目に浮かぶようだ。


 フォルフィズフィーナはご満悦だろう。彼女はフミネのやらかしを楽しむタイプである。一緒になって喜んでいるに決まっている。


 アーテンヴァーニュは、まあ関係無いだろう。今頃は例の平民と一緒に新型騎を乗り回して、暴れる機会を探っているはずだ。


 ここまでを一瞬の間に想像出来てしまうのが、シャラクトーンだ。



「ケットリンテ。あの人はマズイ」


 シャラクトーンは1年上の侯爵令嬢を思い出す。在学3年間の間、座学に置いては常にトップ3の座にいた人物を。座学と言っても幅は広い、歴史から文学、経済、算術、諸々。その中でもケットリンテが最も得意とし、一度として首位の座を譲らなかった分野。『軍事学』。


 ゾワりと背中の内部が震える。彼女が第5世代を、そして空に浮く謎の物体を見て、何を考えるか。シャラクトーンは先日の婚約破棄騒動を思い出す。あの時彼女は動揺を見せなかった。つまり既に腹は決まっていたのだ。だからフィヨルトに行った。


「逆ね。だからこそ彼女は踏みとどまる。機は熟していないから」


 半ば希望的観測であるが、確信に近い物があった。


「どうしよう」



 ◇◇◇



「どうしたら良いと思う?」


「どうもこうも、姉さんたちのやることだから」


 王都大公邸にて、ライドとシャラクトーンは、茶を飲みながら物騒な話をしていた。


「一応報告は来ているよ、例の『ク・ラーゲ』は、甲殻騎士と違って、早期に量産可能な上に騎士じゃなくても使えるみたいだ。これから小規模な駐屯地を造って、配備を進めるみたいだね」


「アレの有用性は分かってるのよね?」


「君ほどじゃないけどね。ただ、重点配備はターロンズとドルヴァらしい」


「つまり、防衛重視っていうわけね」


「やっぱり分かっているじゃないか。今のところ姉さんたちに攻める意思はないよ。ただまあ、ケットリンテさんが心配だね」


「そこなのよ!」


「意思決定は、姉さんだよ。幾らケットリンテさんでも、曲げられるはずがない。だからさ。問題は外側だと、僕は思っている」


「外側……!?」


 シャラクトーンの脳内で、何かが嵌った気がした。そうなのだ。フィヨルトは今、攻勢に出る力も無いし、理由もない。だが、外敵からして見ればどうだ。


「フォートラントは終戦条約を結ぶ方向で動いている。それに、ターロンズ砦があの有様だ。動くはずもない。クロードラントの協力も得られない」


「そうね。じゃあ、ヴァークロートは」


「連隊と大隊が1個消滅したんだ。普通なら再侵攻なんて考えられない。僕はそう思っている」


 ライドの言葉は全て納得出来るものだった。なんだかんだで有能なのだ。


「もし、馬鹿が居たとしたらどうするの? 騎士の誇りだとか、御家の威信だとか」


「無いとは言えないよ。今、ヴァークロートの中央はぐちゃぐちゃらしいから」


「第3と第5、第7騎士団はほぼ無傷だ。そこに例の偵察騎と第8騎士団が向かったら、どうなるんだろうね」


 ヴァークロートは一歩間違えば、滅びの道を歩むことになる。それは知った事では無い。だが、その後はどうなる。


「ヴァークロートの併合は連邦の悲願だ」


「当然、辺境伯が動くのね」


「そうだ。そしてフィヨルトは、戦後賠償をうやむやにされて、北と東を抑え込まれることになる」


「黙ってそれを認めるフィヨルトやフォルテじゃない。どうするんだろう」


「そこなんだよ。フィヨルトだってその辺りは分かっているはずなんだ」


 では、どうするのだ? フォルテはどこまで読んでいるんだろう。



「直ぐじゃない。仮にヴァークロート南部諸侯が動くにしても、時間が必要になるはずだ」


「どういうこと?」


「姉さんは待ってくれているんだよ。僕たちが帰るのを」


「それって、それって……」


 シャラクトーンの瞳が潤む。ライドも似たようなものだ。


「僕たちは姉さんに『必要』とされているんだ。これを」


 ライドが懐から手紙を出し、それをシャラクトーンに手渡した。


「フミネ様の?」


「もちろん中身は見ていないよ。だけど、多分、間違いなく、面白いことが書かれている気がするんだ」



 ◇◇◇



『フィヨルトに嫁いだ後、シャーラは「悪役令嬢の会」に参加することになるよ。これは決定事項なので、拒否はできないと思って。今のところの参加者は……』



「あは、あはは、あははははははぁ!」


「そんなに面白かったの?」


「最高、最高よ。負ける気がしないわ!! わたしたちは、卒業まで周りをあしらっていればいいだけじゃない。最高の姉さま方だわ!」



 手紙の最後に掛かれて『悪役令嬢』という文字。それがシャラクトーンにはスッキリと心に沁みた。うん、やってやろうじゃないか、悪役令嬢を。



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