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第104話 空へ




 大公執務室はそれほど大きく無かった。正式に大公の名乗りを上げたその日の晩、フォルテはそこにいた。父が戦死して以来、幾らでもここに来る事は出来た。だけど来れなかった。父と母の死を認めるのを、なんとなく拒絶していたのかもしれない。だけど今、彼女はここに居る。


「ふぅー。けほっけほっ」


 引き出しの中にあったタバコを生まれて初めて吸ってみた。むせた。


「お父様、タバコ臭いですよ。フミネと隠れてこそこそしていたのは、知っていましたわ。仕方のない方ですわ」


 机に涙の雫が落ちた。



 ◇◇◇



 本日は軍務卿主催の騎士団長会議である。よほどの遠征でもない限り、3日以内集合出来るのは小国が故の利点でもあろう。但し通達にも時間がかかって、伝令さん達は大変だ。


 参加メンバーは軍務卿と第1から第8騎士団長、並びに可能ならば副団長。そういう定義をした場合、第8騎士団長と副団長として、フォルテとフミネがいるのは必然だった。


「規定数についてはどうだい?」


「第1騎士団については、4割強です」


「第2騎士団は6割ですね」


「第3騎士団は過不足なく」


 次々と報告が為されていく。やはりヴァークロートとの直接戦闘を行った、第1、第2、第4騎士団の損耗が大きい。特に第1騎士団はフィヨルタ直轄として、5個中隊を抱えていたのだ。新任の第1騎士団長フィート=フサフキの顔色は良くない。


「無事なのは第3と第5、第7くらいかあ、どうしたもんだか」


 軍務卿クーントルトが顎に手を当て考え込んだ。


「当面、フォートラントもヴァークロートも動けないだろう。だから動くなんてのもあり得る。監視は怠れない。だけど、手が足りない。フミネ様、ニホンの知識で何とかならない?」


「いや、そうは言われても」


 フミネも考える、偵察か。レーダーは無理だ。他の世界観なら魔力レーダーとかありそうだけど、この世界にはそんな切っ掛けもない。考えろ。考えろ。偵察の基本はなんだ。発見と情報伝達だ。


「今の段階だと、第5世代を伝令に使うくらいしか」


 フミネは悔しそうに言う。第5世代甲殻騎こそ、甲殻獣を狩りまくって、これから騎体を増やすべき存在にしなければならない。そして増やさなければならない。それを伝令に使う?


 じゃあ発見なら。レーダーは無い、ならどうする。上から? 航空機? 確かにスラスターは実用化出来た。だけどそれで飛行機を飛ばす? 航空力学の欠片も無いこの世界で? 第5世代を配置して定期的に飛び跳ねさせる。アホか。


 偵察ドローン。そのために膨大なソゥドを使うのか、制御できるのか。ただ空に浮かぶためだけに。……空に浮かぶ!?



「不覚だ! わたしは大馬鹿だ!!」


 会議テーブルに打ち付けられたのは、フミネの手のひらだった。


「なに調子こいてたんだ! ドライヤー作って、次がスラスター!? 途中が抜けてるだろうが!」


「ふ、フミネ? いつも楽しそうですけど、今日はそれ以上ですわ!?」


「楽しんでない! だけど、だけど、やれると思う」


「何か思いついたのかい?」


 腕を組んだクーントルトがフミネに語り掛ける。


「まず間違いなく出来ます。ひと月、いえ半月ください。人間相手の偵察に関しては、何とかします。後はそうですね、伝達手段を。狼煙とか手旗信号とか、信号弾だとかほら貝とか、ええっと、後で報告しますから、可能かどうか検討してください! 思いついたらまた何か言います。フォルテ、後お願い」


 そう言って、フミネは会議室を飛び出て行った。



 ◇◇◇



「パッカーニャさん! 急ぎの仕事です!」


 ドルヴァ砦を娘たちに任せ、フィヨルタの工廠に戻って来ていた工廠長パッカーニャに、フミネは突撃をかけた。


「ほう。面白いのかい?」


「絶対面白いですよ。人が空に浮かぶんです!」


「いよいよ飛ぶのかい?」


「いえ、浮かぶんです!!」


「んん?」


 この世界には、軽量でありながら強靭な甲殻獣の皮がある。そう簡単に千切れない甲殻腱もある。そしてなにより、熱風を噴き出す装置がある。物理法則が地球と同じであることは分かっている。じゃなきゃスラスターなんて意味が無い。だけどアレは思い通りに動作した。ならば。


 熱い空気は、軽いのだ。



 試作が出来上がったのは、なんと3日後であった。フミネがガリガリと紙に書きまくった原案を、工廠は見事に完成させてみせたのだ。単純な構造が故に。


 そして5日後。半月で完成させるはずブツは、10日経たずしてお披露目に辿り着いた。フィヨルタでやるとバレバレになるので、ロンド村の更に南側に広げられた試験場を使う。


「それで、これは何ですの?」


「気球よ。空に浮かぶの!」


「素晴らしいですわ!」


「盛り上がっているところ悪いけど、アレが浮かぶのか? 翼は付いてないみたいだけど」


 アーテンヴァーニュのツッコミは、ある意味この世界での常識だ。


 しかもまだ空気に熱を入れていないので、傍から見ればバスケットから紐を伝って、でっかい甲殻皮がベロンと横になっているようにしか見えない。しかしここからだ。フミネは胸をときめかせている。すでに内々での実験は完了しているのだ。驚け皆の者。


 集まった観衆は、第8騎士団全員と、軍務卿と国務卿。第1から第7騎士団長、工廠関係者とロンド村の人々だ。あと、ケットリンテ。彼女にはとにかく機密なんだから、クロードラントに連絡は禁じておいた。


「まあどうせ、直ぐにバレるんだけどね」


 すでに設置場所を想定しているフミネの笑顔はとても黒かった。



 ◇◇◇



「それじゃあ、第8回試験ならびにお披露目会を開始いたします。勇敢な試験騎士を紹介しましょう。第8騎士団から副団長バァバリュウと、ファインくんです! 皆さん拍手!!」


 そこそこの拍手であった。ただ面白くなさそうなのもいる。フォルテ、フォルン、アーテンヴァーニュあたりだ。彼女らはスラスター操作は出来るのだが、ブッパ傾向が強いので早い段階で駄目だしをされていたのだった。


「では、試作3型甲殻浮遊物体。始動!」


 こういう言葉を使うのは、作動原理をなるべく秘匿するためだ。それ故、スラスター自体は気嚢内に甲殻腱で隠されるように固定されている。操縦者の遠隔操作で温度調節が出来る辺りがウリなのだ。


「了解! 始動!」


 バァバリュウの返答と共に内部のスラスターがゆっくりと、最初は温風、次第に熱風へと風を含ませていく。風速より熱量を重視した特性スラスターである。


 次第に気嚢は膨らみながら持ち上がり始め、操作開始から10分程で気球は自立した。


「おい! 本当に浮いたぞ!」


「凄いな!」


「どういう仕掛けだ!?」


「うっひょぉぉ!!」


 観客の大歓声。最後の叫びは、某令嬢であった。



 バスケットから固定用に地面に伸ばされた強化甲殻腱は10メートル程。ソゥド使いの二人ならば飛び降りても問題のない高さだ。だが浮いている。確実に浮いている。


「な、なあフミネ様、アレはどれくらい上がれるんだい?」


「今後次第ですけど100メートルは楽勝でしょう。断熱性の高い甲殻皮を使っていますので、『高山』からでもイケますよ」


「なるほど、じゃあ設置場所は」


「当然最初はココでしょう」


 軍務卿クーントルトの言葉に、フミネは地図の1箇所を指さした。


「フミネ様、あんたワルだねぇ」


「ぐふふ。クーントルトさんこそ」


 

 1月ほどの後、フォータル山脈はターロンズ砦フィヨルト側城壁から、87式甲殻浮遊偵察騎『ク・ラーゲ』が飛び立ち、周囲の者たちの度肝を抜いた。フォートラント側の隊長は頭を抱えた。



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