Prologue/Angelic
これは幼いころの夢の話。
まだ一人称が、僕だったころ。
目が覚めると、隣で寝ていたはずの妹の姿がなかった。
怖がりのはずの妹が一人で部屋の外に出れるはずがない、と不審に思った僕はベッドから降り、廊下へと出る。
誰もいない廊下は夏のはずなのにひどく冷たくて、おもわずぶるりと体が震えた。
「梢?」
妹に呼びかけるが返事はない。何度も呼び続けるが一向に返事は帰ってこず、無意識にどんどん大きくなる呼びかけもむなしくただ反響するばかり。
そこでふと、違和感に気づく。
これだけ大声を出せば両親だって起きてくるはずなのに、何かが動く気配すら感じない。
「おかあさん?」
両親の部屋に入る。鍵はかかっていなかった。
ベッドの上はやはり空。
————呼吸が、速くなる。
階段を駆け下り、急ぎ居間に向かう。
きっとこれは何かのサプライズだ。今の扉を開ければ明かりがついて、クラッカーか何かの音とともにみんな出てきてハッピーバースデーとでも言ってくれるに違いない。そして誕生日にはまだ早いと家族で笑うのだ。
動悸が激しくなるのを抑え、リビングのドアを開く。
そこにもやはり、だれもいない。
見慣れたリビングがひどく広く感じて、自分の家じゃないみたい。
怖くなった僕は家を飛び出す。
ひとはいない。いない。いない。
だが、違和感を覚えるべきはそこじゃなかった。
光がない。夜道を照らす街灯も、コンビニも、車も、星さえもない。
闇に包まれた無人の街は子供が放置したおもちゃのようで、現実感が欠片もない。
息を切らし、肺が張り裂けそうになりながらも暗い街を走り回るが人がいた痕跡はあっても誰もいない。まるで街そのものがメアリーセレステ号。
毎日通う学校も、帰りに通る商店街も、大人たちに近づくなと言われる繁華街も、老人たちが集う神社も、どこも等しく人がいない。
あまりの孤独に耐え切れず、僕は泣き出してしまう。
だが涙は一過性のものでしかなくて、いつの間にか泣き止んだ僕は、遠くで聞こえる歌に気づいた。
その歌は、街の中心部にある瑞垣市平和記念公園から聞こえていた。
思えば、普段から街のほぼ中心にあるはずのこの公園に立ち入る人を見たことがない。それどころか出る人も、僕自身が入ったことさえもなかった。肝試しなんかにちょうどいいはずなのに、そういったうわさも聞いたことがない。
入り口で少し深呼吸をし、僕は中へ入っていく。
普段から静謐に包まれたこの場所の空気を震わせる異国の歌。
最奥にある慰霊碑の前で、彼女は歌っていた。
どこの国の人だろうか、あまりにも美しい女性だった。
白装束に長い黒髪を揺らしながら祈るように歌うその姿は、神託を乞う巫女のよう。
その姿にどうしても近づきたくて、一歩踏み出してしまう。
足音に気づいたのか、彼女は振り返り僕のほうに目を向けた。
「××××じゃないね。君は誰だ?」
彼女は空を見上げながら言葉を発した。
そう問われたのが僕であると気づくのに時間がかかってしまう。
「……答えられないか。どういう偶然だ。《越境者》でもここには入ってこれないというのに。」
「あのっ!」
静まったはずの心臓の鼓動はまた早くなり、口の中はからからだ。
「ここは、いや僕はどうして……あなたは誰です………なんで」
「思考はまとめてから発言するといい」
誰が急かすわけでもあるまい、とそう言われて、僕は顔を赤くしながら俯く。
だが彼女はそんな僕をほほえましそうに見つめ、
「だが、そうだな。一つ教えようか」
彼女は空を指さし、
「君はあそこから落ちてきた」
そう告げた。
彼女が示すほうにはなぜ気づかなかったのか、大きすぎるほどに大きな月がある。
遠く、遠く、夜を照らす白銀の理想。
「つ、き………」
「月か。確かにそうも見える。天から地獄に落ちてきたか、少年」
「じごく?」
「ああここは地獄さ。人々の夢の残骸、身勝手な欲望の跡」
彼女の言うことは一つも理解できなかったが、自分の帰る場所が彼女の示す方ということだけははっきりと分かった。
「さあ『求めよ、さすれば与えられん』だ」
これが僕の見た夢のすべて。
翌朝目覚めた僕は、妹を抱きしめてわんわん泣いてしまったがそれはまあ、小さかったのだし許してほしい。
そしてその日から僕は、魔法使いになった。
/
Ever silent night.
Howl howl from somewhere, beyond this horizon.
Sky likes sky, fallen heaven’s people. the first goddess loved the messiah.
A long long time has passed, boy meets girl.
And …………
the girl resembles that boy saw a lady in the abyss.