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第八章 秘儀教団

 大変お待たせしました。第八章です。

 だんだん本作の世界観も固まってきました。


 このようにゆっくりしたペースの物語に付き合って下さる方々には、改めてお礼を申し上げます。


 それでは第八章よろしくお願い致します。

第八章 秘儀教団



 騎乗した二人の男に率いられ、二頭立ての大きな四輪の馬車が二台が、秋風が微細に吹く中、整備された道を、ゆるゆると東へ進んでいる。

 季節は秋になったので、日が暮れるのはもう早くなったが、この地域では日が暮れても、まださほどの寒さはない。日中はもう暑くはないが、少し動けばまだ汗が出る暑さは残っている。

 先頭を騎行している両者は緑の軍装をしていて、鎧兜はしていないが、腰に剣を佩き、馬の鞍に大弓を掛けている。

 顔つきこそ、両者とも若々しいが、騎乗姿からも分かるその体つきは巨大で、歴戦の戦士の其れである。

 ホスワード軍の小隊指揮官、カイ・ミセームとヴェルフ・ヘルキオスだ。


 カイ・ミセームこと、カイ・ウブチュブクはこの年に二十一歳である。ミセームは母の姓で、ウブチュブクは父の姓である。母の姓を主に名乗っているのは、亡き父であるガリン・ウブチュブクが「無敵将軍」とホスワード国内外で渾名された英雄なので、父と同じく軍務に就いている関係から、初対面の人物にいろいろ騒がれるのを回避するためだ。

 だが、本人は何時(いつ)か正々堂々と父の姓を名乗ろうと思っている。

 カイは身の丈が二尺(二メートル)を優に超え、肩幅広く、胸板は厚く、長い手足は太い。其れでいて腰回りは引き締まり、力強さと敏捷さを併せ持った体付きをしている。

 一方その顔は少年期をようやく脱したと言った感じの、幼いとまではいかなくても、まだ何処(どこ)か初々しさを残した優しげな顔立ちである。大きな目は、明るい茶色の瞳をしていて、太陽のように輝いているのが印象的だ。短く刈った髪の色は黒褐色である。


 ヴェルフ・ヘルキオスはカイより三歳年長で、背はカイより指を三本ほど横に並べただけ低い位なので、此方(こちら)も十分に大男だ。カイ同様に無駄な肉が無い筋骨隆々の体付きである。

 彼は元々漁師をしていて、その名残か、日に焼けた肌を持っているので、逞しさが一層際立つ。

 ギラギラと輝く黒褐色の目は鋭い為、その体格と相まって恐ろしげに見えるが、その眼光は元より、表情も口から発せられる言葉も、人懐っこく、むしろ緊張を和らげることしばしばである。

 (ただ)しこの日はその雰囲気をあまり纏わずに、やや厳しい顔をしていた。


 彼らの後ろの二台の馬車には、それぞれ中に八名、操作する場所に二名、と計十名ずつがいる。カイとヴェルフの部下たちだ。

 彼ら二十二名がこの秋の夕暮時に目指しているのは、ラニア州にあるボーボルム城塞である。

 出発したのは、ホスワード帝国歴百五十三年十月十一日で、出発地はホスワード帝国で一番の南西にある州のレーク州で、そこから東にあるバハール州を通過すれば、ラニア州に入る。

 ボーボルム城塞はラニア州の一番の南東に在り、直ぐ南はまるで海のような下流域であるドンロ大河が流れている。

 この日は、出発してから三日目だが、一向はまだバハール州に入ったばかりだ。近辺に宿がある村がないので、この日は野宿と決まった。初日と二日目の夜はレーク州の村の宿にて宿泊している。レーク州の一番西から出発したので、三日目の夕近くにバハール州に入ったのだ。


 馬車の中より、幕舎を設置し、夕食のために炉を作り火をおこす。指揮官を初めこの二十二名は野宿の準備を速やかに行った。なぜなら彼らは全員輜重兵として調練を半年間受け、さらに期間はそれぞれだが輜重兵としての、戦場にての経験もあるからだ。

 水も近隣の川から汲んできて、飲料用にろ過装置を通したものと、洗い物用に分ける。これらの準備もみな誰に指示されるでもなく、自然に分担し手際よく行う。少し離れた所では排泄用の穴も掘り、その近くに後で埋めるため、掘った土を固めておいて置き、洗浄用の為の汲んできた水も近くに置いてある。

 これらだけでも彼らがよく訓練された兵たちである事が分かる。

 たが、彼らはその訓練を発揮する機会を奪われ、ボーボルム城塞にて、水軍の管理の役割を与えられた。

 管理と言えば、聞こえはいいが、恐らく当地にて雑用が主任務となろう。なぜならドンロ大河を挟んだ南の国のテヌーラ帝国とは、ここ数十年友好関係にある。ボーボルム城塞にいる兵も千に満たないという。

 そのためか一行は必要がないときは、皆一様に無口だった。

 この日も即座に設営した幕舎にて、皆眠ってしまった。国内の事なので、特に見張りは立てない。

 其れだけ彼らは自国の安全を信頼している面もあるが、隊長であるカイとヴェルフは少しでも異変を感じれば、即座に目を覚まし、臨戦態勢が取れる習慣が身についているというのもある。


 翌朝、一行は即座に幕舎を解体し馬車内に収め、排泄用の穴も埋め、進発する。

 昼ごろに、バハール州に入って少し大きな市が見えたので、一行はその市に入る。

 市は賑わっているが、活気がある市だからという訳ではなく、賑わいの理由は旅劇団がここで何週間か劇を公演しているからだという。その劇団の名は「パルヒーズ一座」。カイが代表して皆に言った。

如何(どう)する?気分転換に劇でも見ていくか」

 全員が賛成したので、一行は劇が行われている広場へ赴いた。午後の二の刻(午後二時)から始まるというので、開始はそろそろだ。代金は公演直後に劇団員が「お代は楽しめた分だけで、結構です」、と言って見物客の中を回って取るらしい。

 舞台はかなり広く、幅二十五尺(二十五メートル)、奥行き十尺近くの台上で行われ、背後の舞台装置もかなり立派だ。



 パルヒーズ一座の劇が始まった。演目はプラーキーナ朝のナルヨム二世という皇帝を主人公とした物語で、この皇帝は侍女である娘に恋をし、愛妾としたが、皇妃の嫉視により、その愛妾は毒殺され、悲嘆にくれた皇帝は愛妾の像を作らせ、その像を安置するための豪奢な宮殿を作り、嘆きを和らげようとするも、悲嘆は消えず、遂には後追い自殺を遂げるが、そこで自らが作らせた宮殿そっくりの場所へと昇天し、そこでは例の愛妾が先にいた為、二人は常しえに愛する事ができた、という話である。


 劇が終わり、三百人以上は居ると思われる観客たちは拍手を送り、出演者一同は整列して、深々と礼をしている。

「カイ、この話は本当にプラーキーナ朝であった話なのか?」

 流石にホスワードの歴史を題材にした話はできない。だがプラーキーナ朝の時代の話なら、開祖であるメルオン・ホスワードに関するもので無ければ、自由に話を作って公演をする事は咎められない。

「うむ。愛妾にうつつを抜かして、民を労役に駆り立て、その愛妾のために豪奢な宮殿を幾つも造ったという皇帝なら、歴史の授業で聞いたことがある。名は劇と同じナルヨム二世だ」

「その愛妾は毒殺されなかったのか?」

(むし)ろ、皇妃が自分を相手にしてくれないので、悲嘆に暮れて心労から没したとも、自殺したとも言われていて、程無くしてナルヨム二世も没したそうだ」

「では、この話は出鱈目か?」

「昔のことだからな。どちらが真実か、などは分からないな。あるいはどちらも違うのかもしれない。帝都では文部省の史官がプラーキーナ朝の帝記や様々な記録を編纂しているので、取り敢えず其れが正史と為るのだが…」

 史官の役目は正しく残された記録を基に纏めている。逆に言えば、プラーキーナ朝の正規の役人が残した記録以外の俗説や通俗話の類は収録しない。このナルヨム二世の愛妾話に関しては、様々な俗説や伝承があるが、より残された記録に近いのは、カイが話した方である。

 正史では皇妃が病で亡くなった其の年の内に、ナルヨム二世と愛妾は不可解な死を遂げた、としか記されていない。

 恐らく、愛妾との豪奢な暮らしを皇妃の死後も止めないので、後の皇帝となるナルヨム二世の従弟のアメール四世を中心に皇宮内で宮廷工作(クーデター)が行われ、ナルヨム二世と愛妾は殺された、というのが一般的な通説である。


「しかし、こういった旅劇団の劇はお笑いと決まっているのに、大して面白くもなかったな。如何する、カイ、金は払うか?」

「年に一回くらい来た俺の村のカリーフ村でも、基本的には滑稽話だったな。彼らはちょっと変わった旅劇団なのかもな。それなりの質問をして、そこそこの金は俺が払おう」

 出演者たちを中心として、観客たちの中を回り、パルヒーズ一座の面々は金を受け取っている。カイの所にはナルヨム二世を演じた人物がそのままの姿で現れ、帽子を差し出し、相手が二十人以上の軍装をしているので言った。

「これは珍しい。衛士殿たちは勤務中なのに、この様に観劇をして下さるとは」

「我々はこの市の衛士ではない。兵で任地に赴く途中だ。代金を払おう」

「おお、こんなにも!しかしこれでは帽子の中の金が溢れますな。申し訳ありませんが、控室までお願いできませんか?」

「ちょうどいい。私もこの劇について、感想を述べたかったからだ。では控室へ行こう」

 舞台では皇帝の衣装と化粧をしていたので、よく分からなかったが、近くでよく見るとナルヨム二世(を演じた男)は若い。恐らく二十代後半くらいだろう。背は平均よりやや高い、といったところだが、今回では見られなかったが、舞台では軽業や剣舞などもやるのだろう。身軽そうで、鍛えられた体幹をしている。

 ナルヨム二世と共にカイとヴェルフだけが彼らの控室へ行った。控室は彼らの馬車であった。彼らの馬車は五台で、同じ四輪だがカイたちの馬車より、すべて二回りは大きかった。その中の馬車にナルヨム二世は金が入った帽子を置き、中から袋を取り出した。

「では、兵士殿。お代は此方にお願い致します」

 この馬車は衣装を主に収納しているらしく、他の演目で使うものか、様々な衣装が置いてあったり、掛けられていた。

 この中を見たカイはある衣装に気付き、やや考え込んだ顔をしている。隣にいたヴェルフは、そのカイを見て少し怪訝な顔をした。

 金を払ったカイは先ほどの質問をする。

「質問というのは大した事ではない。劇の内容だが、私が学院で習った歴史の内容と異なっていたので、如何してかな、と思っただけだ」

「私たちの演目は主に伝承や俗説を元にしているのです。確かに正規の教育を受けた方には奇妙に思われるでしょうね。来週から違う演目を一週間行って、次はメルティアナ州を目指します。兵士殿方もメルティアナ城へ赴任を?」

「いや、我々は逆のラニア州を目指している。明日にでも出発する。興味深い劇だった。パルヒーズ一座だったな。機会があればまた観劇しよう」

 そうカイが言い、ヴェルフと共に馬車から立ち去ると、ナルヨム二世は礼を述べ、劇の終わりで出演者たちがした深々したお辞儀をした。


 ヴェルフがカイがずっと険しい顔をしているので、声をかけた。

「おい、金を払い過ぎたと、後悔でもしているのか?」

「いや、あの衣装が大量に置かれた馬車だが、灰白色の外套(フード)がいくつか掛けられていた」

「其れが如何した?」

「メルティアナで、貴族の邸宅跡などを散策しただろう。あの時にああいった外套(フード)を身に付けた連中が、地下に潜るのを確認した」

「ガルガミシュ将軍に別れを告げた時に注意した事か。彼奴(あいつ)ら副業で廃墟の邸宅荒らしでもしているというのか」

「これから寒くなるし、また役でああいった外套(フード)は普通に使用するだろう。只似ていたので、気になったというだけだ」

 この日の夜は、この市の宿屋に泊り、一行は出発し、バハール州をさらに東へ進み、ラニア州を目指した。幸運というべきか、泊まった直後にかなりの大雨が降り、上がったのは出発前の早朝だったので、一行は濡れず済んだ。但し、路面は濡れ、所々に水たまりは出きてはいるが。

 空気は雨が降り続いたおかげか何とも爽やかだ。先頭を騎行するカイは、雨が上がって白い薄雲がまばらにあるだけの真っ青な空を仰ぎ、暫し物思いに(ふけ)った。彼は学院時代の歴史の授業を思い出していた。



 ホスワード帝国の始祖であるメルオン大帝は事跡から見ると、野心家で非情な処があったが、彼が容赦をしなかったのは、敵対者や汚職官吏や堕落した貴族などであり、士卒や民には温かく接し、実績が在り彼に忠誠を誓う貴族や将軍には、気前よく高い職権や特権を与えたり、自身の一族との通婚なども重ねた。

 二代皇帝となった長子テウス、三代皇帝となった二代皇帝の長子ゲルチェルも有能で、ホスワード帝国は外敵を退け、国内の整備に力を入れ、強国としての地場をほぼ固めた。

 其れが暗転したのは四代皇帝に就いたマゴメートであった。マゴメートはゲルチェルの次男として生まれたが、兄である皇太子が二十代半ばで亡くなったので、彼が皇太子となった。

 亡くなった皇太子は将来を嘱望されていて、また彼の幼い子供は娘二人だけだったので、父帝ゲルチェルは失望したが、次男であるマゴメートは特に無能ではなかったので、そのまま皇太子とした。ただ父帝ゲルチェルの不安はマゴメートが幼き日より、学問、それも実用的な学問よりも、文学や音楽などの文化的な物に興味や関心が高く、特に軍事にいたってはまるで興味を示さ無かった事だ。武芸の稽古を嫌がり、馬も碌に乗れなかったという。

 三代皇帝ゲルチェルが崩御し、マゴメートが即位した。

 一部の重臣たちはこの新皇帝がどのような施策を採るのかと不安に思ったが、マゴメートが即位して、まず行ったことは、ホスワード全域の学校の整備であった。現在にまで続く七歳から十二歳までの無料の教育が受けられる体制をほぼ完成させたのは、このマゴメートの治世下である。


 この様にマゴメートは国内の充実を主に行い。様々な文化事業、特にプラーキーナ朝で盛んだった演劇や音楽祭などを復活させ、そのための劇場の施設の建設等を行った。

 これらは尚武を旨とする大半のホスワードの軍人貴族の眉を顰めさせたが、国家財政を傾けさせる程、大規模に行った訳ではないし、皇帝が自身の楽しみとして行ったという事ではなく、市民の教育水準を上げ、市民が余暇には様々な芸術に触れるのが、真に偉大な国なのだ、というマゴメートの理想を体現したに過ぎない。

 但し、マゴメートは歳を重ねるにつれ、この「文化帝国」事業に偏狭する様に為る。

 次第に意味のない宮殿を幾つも作り始め、帝国の財政を傾きさせ始めた。

 更に外交面では完全に失敗を犯し、北のエルキト、西のバリス、南のテヌーラの全てを敵に回し、各国は其々ホスワードの領土に侵攻した。北方の地はエルキトにより度々掠奪され、ドンロ大河以北の多くの州はテヌーラに占領され、西もバリスにより、多くの都市や州が落とされた。

 メルティアナ城もこの頃バリス帝国に占領されていた程である。


 また、マゴメートの周囲にはさながら腹心のように怪しげな一団がおり、彼らは様々な占いや呪術に長けていると吹聴し、何故かマゴメートの信頼を得ていた。

 メルオン・ホスワードはプラーキーナ帝国の衰退の原因が、呪術を使うという怪しげな結社による秘儀教団に乗せられた民衆蜂起にあった為とし、この教団を徹底的に弾圧し、彼らの書を全て取り上げ禁書として、帝都ウェザールの皇宮の地下深くに祭祀用の道具と共に封印し、同じ内容が書き写された物で、出回っている者は全て焚書をし、祭祀用の道具諸共に処分した。

 幼少の頃より、文学的な物や神秘的な物に関心の高かったマゴメートは、若き日にこの禁書に触れ、其の信奉者となり、密かに生き残っていたこの秘儀教団を見つけ厚く保護し、国の指導さえも彼らの言い成りとなってしまった。

 一説には至尊の位を狙うため、兄である皇太子をこの書にある呪いの儀で、呪殺に成功したとも言われている。


 マゴメートの長子はフラートといい、彼は父と異なり、尚武の気風に溢れていた。一部の軍人貴族からはメルオン大帝の再来、とまで言われる程の英傑であった。

 遂にフラートは貴族の大半の了承を得て、周到に準備した宮廷工作(クーデター)を起こし、父帝を幽閉し、退位させ五代皇帝として即位する。

 同時にマゴメートの周辺にいた怪しげな教団員は全て捕え、特に悪辣であったその首領を初め、主だった者たちは皆処刑した。

 伝わる処ではフラート帝自らが其の処刑現場に居て、その首領の最期の言葉は次の様であったという。

「お前の此れから生まれてくる一族を、全て呪ってやる。誰一人して健康で生きられず、病で苦しむよう呪いをかけてくれる!」

 この話の真偽や呪いの効果は不明だが、フラート帝が晩年に悩んだ事で、身内に病弱な者が多かった事は事実である。

 そしてマゴメートは幽閉されて三年後に死去した。


 フラート帝は五十年以上在位していたが、彼の治世の最初の二十年はテヌーラに占拠された箇所の回復と、テヌーラとの和平、北のエルキトの掠奪を防ぎ、時には遠征してその撃破。次の十五年はバリス対しての領土回復をしたどころか、以前より国境を大きく西へ広げることに成功した。

 残りの十五年ほどは逆にホスワードに圧迫された、エルキトとバリスとの反撃に費やされたが、これらも(ことごと)く退けた。

 フラート帝自身が文武に優れていた事もあるが、麾下の将軍たちや彼が抜擢した官吏たちには有能な者が多く、特に若き日のヨギフ・ガルガミシュ、ティル・ブローメルト、そして将ではないがガリン・ウブチュブクと云った勇将が活躍し、デヤン・イェーラルクリチフ(など)の文官が内政を安定させたことも大きい。


 カイはこれらの話の全てを知っている訳ではない。彼が知っているのはプラーキーナ皇帝のナルヨム二世とホスワード皇帝のマゴメートが共に宮殿を多く建立して、民に労苦をさせた挙句に宮廷工作(クーデター)で位を取り上げられた君主という共通点くらいである。

 どちらも原因は異なるが、完全に私的なことで始めた所は共通している。

 あのパルヒーズ一座の劇の内容を思いながら、パルヒーズ一座の衣装が納められた灰白色の外套(フード)が、奇妙にメルティアナ城の当時の大貴族である、相国ビクトゥル・ミクルシュクの荒れ果てた邸宅内に侵入していた怪しげな連中と結び付くのである。

 そしてこの日の内にカイたち一行はバハール州を抜け、目的のボーボルム城塞があるラニア州へ入った。


 ラニア州に入ったが、目的地のボーボルム城塞はラニア州の一番の南東である。つまりほぼこのラニア州も横断することになる。

 ラニア州の東に位置しているのは、クラドエ州で、其の更に東がレラーン州であり、レラーン州はホスワード帝国で一番の南東の州だ。ここより東は大海原が広がり、何よりヴェルフ・ヘルキオスの故郷であるトラムという漁村がある。

 そして南に目を向ければ、此方も大海と思える、ドンロ大河の下流域だ。

 またバハール州の北西にはかなり大きな湖があり、此処からそのままバハール州、ラニア州、クラドエ州、レラーン州の半ばを東へ横断するショールル河が流れている。

 このショールル河とドンロ大河の間は温暖な気候で、稲作を初め様々な農業が盛んで、ホスワードとしては穀倉地帯として重要な場所なのだが、実は歴史上しばしば、この「北東ドンロ地帯」と呼ばれる地域はテヌーラが領することが多かった。

 恐らく、今でもテヌーラはこの「北東ドンロ地帯」に対して、領する野心を持っているはずだ。

 だが、もう一つの北の帝国であるバリス帝国と敵対しているテヌーラ帝国は、この地域への野心を抑え、ホスワードと同盟している、というのが現在の状態であった。



 一行がボーボルム城塞に到着したのは、ホスワード帝国歴百五十三年十月二十一日であった。

 既に早馬で彼らが十月内にこの城塞に到着し、約五カ月間所属するという事も、城塞司令官には伝わっている。

 ボーボルム城塞はかなりの広さを誇るが、その大半は大小さまざまな軍船を収納している箇所で占められていて、兵たちが居住する場所もバルカーン城塞のように大規模でなく、司令官室や兵士たちの居住場所や物資の倉庫などが繋がった形で、六棟の石造りの建物が在るだけである。国内に点在する軍事施設と変わらない、とまではいかないにしても、それらの規模を大きくし頑強に作られているだけである。

 到着したカイとヴェルフはガルガミシュ将軍からの任命書をもって、担当の駐在職員から城塞司令官室へ向かうことに為ったのだが、此処で意外な人物と再会した。

「ブートさんではないですか!」

 案内をする職員はちょうど一年以上前に志願兵だったカイとヴェルフの調練を担当していた指導員のブートだった。

 彼は二月に此処に着任し、其のままこのボーボルム城で職員として勤務しているという。

「久しいな。うむ、より一層逞しくなったな。おっと、お二人とも小隊指揮官でしたな。私はずっと一兵卒のままだったから、席次は貴方たちの方が上でしたな。失礼を致しました」

 謝辞をするブートにヴェルフが答える。

「そんなことは気にしなくても構いませんよ。公式の場でなければ、その様なお心づかいは不要です」

「では、其れに甘えるとしよう。エルキトでも先のテヌーラの支援でも大活躍だったと聞いている。それが何故このような緊急を要さない場所に?」

「其れを話すと長くなるので、今は司令官への着任の手続きと、挨拶をお願いできますか?」

 カイがそう言ったので、ブートは「では、こちらへ」と二人を司令官室へと案内していった。


 司令官室は流石に内装も豪華だが、バルカーン城の司令官室ほどの広さはない。ボーボルム城の司令官はヤリ・ナポヘクという六十代後半の男だった。ブートも六十代なので、如何もボーボルム城の構成員は経験豊か、というより退任間近の将兵が大半で、カイたちの様な若者たちはごく僅かしか居ない。

 ナポヘクは若き頃より水軍の指揮官として名を馳せたが、ホスワード帝国がテヌーラ帝国と和約してからは、この地にて、両国の交易品を狙う海賊ならぬ河賊の退治くらいしかしていない。そして賊もここ十年は出現していないという。

 カイが任命書をナポヘク将軍に渡すと、かなりの時間をかけてナポヘクは其れを読もうと、目を近づけたり離したりしたが、諦めて隣の副官に其れを渡して、「内容を言ってくれ、字か小さすぎて、よく読めん」、と言ったので、副官が説明した。

 内容は五カ月間、水軍の調練、または軍船や軍船を収容している施設の修繕などを行う、という事だった。

「何故、五カ月間なのだ?」

「次に北のイオカステ州にて、此方も五カ月間、軍用の馬牧場の設営の調査に小官たちは携わるからです」

 ナポヘク将軍が疑問を呈したので、カイが返答した。

「この様に南から、北へと、卿らも大変だな。取り敢えず明日以降、軍船に乗り、付近の見回りを頼む。何か特別な指示がある場合はその時に言うので、基本的にやることは其れだけでよい」

 カイとヴェルフは敬礼をして司令官室を退出した。


「何かのんびりしたところだな。大丈夫なのか、此処は?」

 バルカーン城との緊張の落差にヴェルフが言う。

「取り敢えず、駆逐船以外の様々な軍船に乗れるんだ。其れを吸収しよう。頼んだぞ、ヘルキオス指揮官」

 カイは色々な種類の船に乗れるのが、楽しみな様だった。ヴェルフにしても漁船とは勝手が違うので、しっかり吸収しようと思っていた。まさかとは思うが、南のテヌーラとの交戦が今後起こらないとも限らない。

 翌日、カイたち一行はブートの案内で、軍船を収容している波止場へと案内された。大小様々な船がある。やはり一番多いのは先のカートハージでも使用したお馴染みの駆逐船で、百艘以上はある。

 その他、矢が一斉に放てる船。投石ができる船。さらに百名は乗れる中型船と二百以上が乗れる大型船があった。これらは所々鉄で補強されていて、大型の弩が据えつけられたり、かなり大きな石を射出できる攻撃機能を持った船で、駆逐船も合わせると、これら攻撃用の船は二百艘以上はある。

 他には兵の移送や物資輸送用に特化した大型の船が五十艘ほどあった。

 カイは兵の移送用の船に興味を持った。これは馬も収容できる様に造られている。基本的に水上のみでの戦いなら、攻撃用の船で相手の船を撃沈すればいい。またドンロ大河の対岸へ上陸する為なら、攻撃用の船で相手の船を撃沈した後、上陸場所に橋頭保を築き、移送用の大型船を次々に其処に接舷して、兵馬や物資を逐次送る。

 曾て、フラート帝の時代にテヌーラの首都オデュオスをホスワード軍はこれで攻囲した事がある。

 結局、ホスワード軍の移送用の物資を運ぶ船が、オデュオスよりずっと南にある大きな港湾都市から出航し、ドンロ大河へ入り遡上したテヌーラの大型の攻撃用の船に因って、悉く撃沈された為、補給が続かなくなったので、結局攻囲を解いて、フラート帝率いるホスワード軍は撤退した。其の影響か、オデュオス城の周りには以降、防御用の城塞が幾つも造られた。


 カイが思ったのはこの移送用の大型船を攻撃用に改造して、敵の大型船の横に体当たりをして、桟橋を架けて、敵船へ騎兵にて突入し制圧するという事だった。このことはヴェルフにしか今のところ話していない。多分、このボーボルム城のナポヘク将軍たちに言ったら、鼻で笑われるだろう。

 だが、移送用の船を攻撃する船相手や、水戦で大型船が防御のために連結して並んだ時などは、真横から突撃して、騎兵を侵入させるという攻撃は有効なのでは、と思うカイであった。

 この日は駆逐船にて、カイの部隊とヴェルフの部隊でドンロ大河へ出た。

 しばらく進んだが、南へ目を向けても対岸が見えない。

 ボーボルム城の軍船を収容している所から、三百尺(三百メートル)南へ航行したが、それでも対岸が見えないのだ。カイはやや離れた所で並んで進んでいるヴェルフに大声で叫んだ。

「ヴェルフ、海とはこういうものか」

「今日は風が強いから、沖へ出た時と波の感じは似ているな、だが潮の香りが無いな」

「そうか、海とは塩分を含むのだったな」

 この日はこの辺りで周囲を周回して戻った。出発前もそうだが、帰投後も使用した船の整備や点検を行う。


 暇が在るという訳ではないが、軍船を収容している波止場の近くで、ブートはカイとヴェルフに昔話をした。ドンロ大河は雄大に流れている。

 フラート帝がここより南征し、テヌーラ帝国の首都オデュオスを攻囲した事である。

 若き日のブートはこの南征に輜重兵として参加し、ナポヘク将軍は水軍の若き指揮官として参加していた。

 結果として、補給船を打ち破られたホスワード軍は攻囲を解き、総退却した。ブートは命からがらで北帰できたことに安心した話をした。其処でヴェルフが疑問を呈した。

「曾て、プラーキーナ帝国は今のテヌーラの全領域も支配していたんだろ。どうやって其れができたんだ?」

「アルシェ一世は今のバリスを平定して、其処から南下して、今のテヌーラの西半分を領した。其の後、其の西半分から陸路で、上流のドンロ大河から軍船で、そしてこの辺りからの南征と三カ所よりの同時攻撃をして平定したそうだ」

「仮に、テヌーラを全土占領する場合には、まずバリスを全土占領しなければならぬのか。そいつはまた大変な難事だな。カイ」

「其の前に、北のエルキトも完全に片づけておかねばならぬぞ、ヴェルフ」

「ふぅん、アルシェ一世ってのは、大した奴だな。気宇が壮大過ぎて、とてもついていけん。アムリート陛下はその様な野心をお持ちなのかな?」

「如何だかな。無いとは言い切れんが、民への労りと自身の野望を天秤にかけたら、民の労りを優先する方だと俺は思うな。アムリート陛下は」

「一層、マゴメート帝時代のように三帝国がすべてが完全な敵になったら、思う存分に奴ら相手に暴れる口実ができるのにな」

「それはそうだが、俺たちは云いとしても、そうなったらホスワードの一般の民の労苦はとてつもなく酷いものになるぞ」

 カイとヴェルフの話を聞いて、ブートはやや笑いながら、自分の身の振り方を語った。

「今、ウェザールでは志願兵の調練中だが、私は本年中で軍を辞めることにしたんだ。辞めた後、故郷にて妻と共に娘夫婦のところで、厄介になろうと思っている」

「それは奥方も娘さんも安心するでしょう。ブートさんのような一家が平安な暮らしを送れるように、俺たちは頑張らないとな」

 そう言ったヴェルフにブートは静かに返した。

「うむ。私には息子もいてな。息子は私と同じく志願兵に応募して、もう二十年ほど前に戦死した」

 カイとヴェルフは暫し黙り、その目線は雄大に流れるドンロ大河に固定された。

 ブートも余計なことを言った、と二人に気を遣い、宿舎へ戻ろうと告げた。もう夕焼けなので、この時期は即座に日は暮れ夕闇になる。



 ヤリ・ナポヘク将軍を初めボーボルムの高級士官たちは気前がいいというか、単に問題にもしていないらしく、カイやヴェルフが様々な軍船に乗り、その操作を覚えることに、全く却下を出さなかった。

 カイとヴェルフが半ば左遷されたこと、そしてここボーボルム城塞が重要基地としての存在感がなく、ここに所属している者たちがどこか軍中央から、疎外とまではいかなくても、軽く見られている為に、一種の同情があったのかもしれない。或いはこういった若者たちに物事を覚えさせることに、久々に感じる充足感もあっただろう。

 二カ月経った頃には、カイたちはほぼ全ての船にての航海の経験をした。駆逐船は一つの帆柱(マスト)に縦帆が一つだけ付いていたが、大型になるにしたがって帆は多くなり、特に中型船以上の船は前方が横帆、後方に縦帆が帆柱(マスト)に付けられていた。

 また弩を発射する物や、石を射出する物は、船体の各所に固定して備えられているので、不安定な船上で立ち上がって設置しなくてもできる構造に為っている。

 これらの使用の仕方もカイたちは習った。


 年が明け、ホスワード帝国は帝国歴百五十四年を迎えた。

 数日の後にブートは退役して、故郷へと戻ることになるので、一月一日にカイとヴェルフたちはもちろん、多くのボーボルム城の将兵や職員も集まって、新年会とブートへの慰労を兼ねた祝宴を開いた。

 さすがにブートは照れ臭そうである。

 そして、一月四日にブートは故郷へと帰郷していった。


 しばらく吉事が続いたと思ったら、一月十日にボーボルム城に近辺の村から、賊らしき者共が、とある洞窟内で潜んでいるようなので、調査と退治の依頼が来た。

 その村はドンロ大河で漁業をする村だが、少し離れた所にある崖下にある洞窟内に如何やら去年の年末頃から、数十人の正体不明の輩が住み着いているというのである。

 今のところは略奪の被害は出ていないが、軍によって調べて欲しいと、村の人々は訴えに出たのだ。

「そのような輩は随分と久しいな。カイ・ミセーム、ヴェルフ・ヘルキオス、両名には其の箇所の調査を頼む」

 ナポヘクがカイとヴェルフに命じた。若しこれで功を立てれば、中央への復帰が早まるかもしれない、というナポヘクの配慮だった。一応、支援部隊として熟練の指揮官一名も共に派遣することにした。

 三者は駆逐船にて、その場所に赴き、そのまま洞窟の中へ侵入した。洞窟内は船が入れるほど高さや幅がある。

 中には船があったが、それは武装されておらず、洞窟内の陸地も広く、内部に三十名程が居たが、まだ余裕がある。彼らは大半が女子供や老人たちで、成人男性は数える位しかいない。カイが船を下りて彼らに近づき代表して言った。ヴェルフ以下は相手を混乱や不安にさせないよう少し離れている。

「此処で何をしている」

「我々はレーク州に赴き、そこからメルティアナへ行こうとしていたが、船が破損したので、直るまで此処にて滞在しているだけだ」

 代表して、一団の長と思われる老人が言った。

「メルティアナへ何の用事だ?お前たちの故郷なのか?」

 内心ではカイはこのように、高圧的に言ってしまうことに戸惑っている。不審な者たちだろうが、実害をまだ出していない人たちだ。

「そうではありませんが、メルティアナに移り住むためです」

「では、故郷を捨てたということか、お前たちの故郷はどこだ?」

 数人の成人男性が一団の背後で隠れるように剣を持ち、一斉にカイに向って襲い掛かってきた。カイは初見で女子供や老人たちが多かったので、この時に抜刀もせず無防備だった。それを男たちは狙ったのだ。

 三人による剣の突きが自分に向かってくるのを判断したカイは、瞬時に後方へ大きく宙返りをして、其れを躱し、着地と同時に抜刀し、三人の剣を全て叩き落とした。


 成人男性はこの三名だけで、武器もこの三振りの剣と短剣が幾つかあったことが、ヴェルフとその部下の捜索で分かった。また彼らはかなりの額の金銭を持っていた事も判明した。移り住むのだからその用意なのだが、これほど金銭があるのなら、何故故郷を捨てるのかが不明だ。

 結局、全員捕えてボーボルム城へ連行して、カイを襲った三人の男と代表者の老人を取り調べることにした。

 その時にカイは一団の荷物検査で、灰白色の外套(フード)を発見した。

「此れは何だ?メルティアナにもこのような装束を身に付けていたものを、俺は見たことがある。お前たちはその仲間か?」

「カイ、それは城に戻ってから、じっくり調べようぜ」

 頷いたカイはバハール州の市での、パルヒーズ一座のことを思い出していた。



 ボーボルム城にて調べたところ、彼らはメルティアナに住む者たちの家族だと判明した。

 まず、十人の男たちが自分たちの棲家となる場所を見つけて、家族を呼んだという次第だ。

 また彼らが使用していた船はクラドエ州で盗難に遭った船と分かった。この船はいくつかの箇所が破損しているため、解体予定でそのまま放置していたそうだ。

「解体予定のものとはいえ、船の盗難という罪を侵している。お前たちはそのままメルティアナへ護送し、その地にて家族共々詳しく調査させてもらう」

 ボーボルム城司令官であるナポヘク将軍は副官に、メルティアナ城司令官のウラド・ガルガミシュ将軍へ、彼らの身柄の送還するので、メルティアナにいる彼らの家族を捕え、彼らの正体を明らかにして欲しい旨の書を(したた)め、一団全員をメルティアナへ護送することにした。

 この護送の任務を受けたのはカイとヴェルフの隊で、彼らは輸送船でメルティアナ州の南にあるレーク州に赴き、其処からメルティアナ城まで繋がる運河を北へ進むことになった。

 操船の訓練も兼ねてだが、まさかこのような形でメルティアナに一時帰還をするとは思わなかった両者だった。


 輸送船にて、先ずドンロ大河を西へ遡上し、レーク州の大きな河口に入り、運河を伝いメルティアナ城へ到着した。この間三日とかからずに着いた。

 そして、結着はあっさりとついた。既にウラド・ガルガミシュ将軍も不審な一団の潜んでいた場所を特定できていて、そこに捕えた家族を連れて、「家族は預かっている。もし出頭しなければ、家族の安全はないと思え」、と言い全員が出てくることを命じた。場所はプラーキーナ朝末期に権勢を誇ったビクトゥル・ミクルシュクの邸宅の荒れ地の地下であった。

 こうしてメルティアナに潜んでいた十数人の男たちも捕えられ、その地下室の捜索と、彼らの正体を明らかにすることをウラドは部下たちに命じ、カイとヴェルフとの意外な再会ができたため、お互いの近況をウラドの司令官室で話し合うことになった。

「まさか、ボーボルム城でこのような手柄を立てるとはな。ウェザールにいるワロン将軍には処置の緩和を強く言っておく。恐らく卿らの処遇も変わると思っておいてくれ」

 ワロン将軍とはエドガイス・ワロンという軍の重鎮で、先のテヌーラのバリス領のカートハージ侵攻に対する、支援軍の総司令官だったが、カイとヴェルフが同僚に対して騒動を起こした為に、前線から外し、地方の管理官に約一年間命じた将軍である。

 ウラドの父である、ヨギフ・ガルガミシュ大将軍が兵部尚書(国防大臣)を兼ねているように、ワロン将軍も兵部省の高官である武衛長(軍事警察長官)を兼ねているので、この様に士卒に対する処罰の権限を持っている。

「彼らは何者なんですか?少なくとも盗賊団などではないと思いますが」

 船の盗難をしていたが、どう見ても盗賊を生業としているようには見えない。

 また例の地下室は五十以上が住めるように整備されていて、様々な祭壇などが造られていたという。

「マゴメート帝は知っているよな。彼らはマゴメート帝の傍にいて、本朝(わがくに)を一時期思いのままにしていた連中の生き残りの子孫たちのようだ」


 ウラド・ガルガミシュはカイとヴェルフに、自身が知っている限りの彼らの素性について語った。

 昔、まだプラーキーナ帝国による統一前に、とある小国があった。

 そこは独特の祭政一致制度を採っていて、何事にも祭祀による決定で国家が運営されていた。

 その教義の起源は不明だが、西方でそれよりさらに昔に出来た教えというのが伝わったと言われているが、その伝播の過程で、各地域ごとの風習が混じり、最終的にこの国での素朴な自然崇拝と合わさって、独特な教義ができたとされる。

 一種の善悪二元論的な教えで、「この世には、疫病、貧困、虚偽、争いなど、絶えず人を苦しめるものがある。これは悪神によるもので、悪神とはいえ神なので人は如何しても免れ得ない。故に善神に帰依し、その聖なる教えを実践することで、悪神に因る現世への苦しみは緩和される。そして敬虔な者は現世で一番の苦しみである、『死』の後に昇天し、善神による聖なる神殿で常しえに幸福に暮らせる」、というものだ。

 プラーキーナ朝の大陸統一の過程で、当然この祭政一致国も滅ぼされ、彼らは各地に散ったが、現在のホスワード帝国を中心に地下に潜ったという。

 その後、王朝が安泰な時は、宮中にて皇族や貴族に取り入り、彼らの望む善神の神殿を建立させ、世が乱れた時は民衆を率いて、祭政一致の国の復活を遂げようとしていた。

 前者はマゴメート帝、後者はプラーキーナ朝の末期が其々に当たる。

 どちらも徹底的な弾圧にあったが、基本的には主だった指導者たちを処刑して、末端の構成員や女子供は流刑に処していた為、数世代経つと復活してしまうようだった。

 メルオン大帝にしろフラート帝にしろ、「教団の関係者は生まれたばかりの赤子も含め皆殺し」、という冷徹な虐殺をしなかったことは、さて甘いと見るべきか…。


 話を聞き終えたカイは、パルヒーズ一座の演目の内容を思い出していた。其れは主人公のナルヨム二世が死後に昇天し、宮殿にて愛する人と常しえに幸福に暮らした、という結末だ。カイはウラドに質問をした。

「彼らの処置は如何なるのです?」

「全員、帝都ウェザールへ送る。処置は当地にて刑部省(司法省)が行うだろうが、教義関係の物は全て没収され流刑だろう」

「ガルガミシュ将軍。恐らく其の教団は別な形で、まだ他に残っていると思われます。彼らとの関連性は不明ですが、ここメルティアナに赴くと言っていた、ある旅劇団に出会いました」

 カイはウラドにバハール州のとある市で観劇したパルヒーズ一座の演目の内容と、彼らがメルティアナへ向かうと言っていたこと、そして押収されたものに有った灰白色の外套(フード)も彼らは所持していたことを告げた。

「パルヒーズ一座というものですが、捕えた者たちの顔を見ましたが、その中にその一座の者はいないように思われます」

「パルヒーズ一座だな。今もこの地に居るのか如何か分からぬが、既に出て行ったのなら、彼らがどの辺りへ向かったのかの調査はしよう。あと捕えた者たちに念の為、その件に関して尋問をするが、恐らく無駄骨だろうな。あの灰白色の外套が有るだろう。あれは教義用の衣服ではなく、教団内同士で姿を隠す為の物だ。このように捕えられた場合、仲間の人相書きをされぬ為の衣服だそうだ」



 カイとヴェルフの部隊のメルティアナの滞在は一週間にも満たなかった。元々現在の所属地はボーボルム城なのだから、任務が終わったら即座に帰還した。ウラドもそれが分かっていたし、逆に彼らを長期に渡って滞在させたら、彼らの立場がまた悪くなので、簡易な別れの挨拶をしたのみだった。

 ボーボルム城へ戻り、程なくして、カイとヴェルフは司令官室に呼び出された。

 例によって、ナポヘク将軍が副官に、二人に対しての帝都から来た指令書を読み上げさせた。

 その内容は二月の第二週から、二人はボーボルム城を離れ、北のイオカステ州にて馬牧場の調査を「三カ月間」することだった。

 さらにイオカステ州へは船を使用し、ドンロ大河を出て外洋にて赴くように、とあった。イオカステ州はホスワード帝国の一番北東にある。

 カイはこの決定に内心大いに喜んだ。内容や期間ではない。海へ出られるんだ!この時の内心の興奮を抑え付けるのに必死だったカイを、隣のヴェルフは半分呆れ、半分楽しげに見つめている。


 二月に入り、カイとヴェルフの部隊の出発日となった。ボーボルム城の近辺は寒いといえば寒いが、北風が強くなければ、骨身にまで沁みる寒さはない。一日中灰色の空に覆われることもあるが、ほぼ晴天が多い為、昼間に吐く息もさほど白くない。降るのは冷たい雨で、雪は年に一・二回くらい舞う程度だという。そして三月も中ごろになると、春めいてくる。

 だが、此れからカイたちが赴くイオカステ州は厳寒の真っただ中にある。

 しかし、それを上回る喜びが、カイ・ウブチュブクにはあった。船にてドンロ大河を東へ出て外洋を航海し、イオカステ州へ赴くのだ。

 乗員はカイとヴェルフの二人と、彼らが率いる二十人の兵。そして大型の輸送船に対する、約六十名のボーボルム城の操舵員が乗り込む。

 二月八日の早朝に、カイとヴェルフの二人はボーボルム城塞司令官ヤリ・ナポヘク将軍に敬礼をして、今までの操船に関して自由に自分たちにさせてくれた事に感謝を述べた。

 別れ際カイは勇気を持って、ナポヘク将軍に言った。

「将軍。小官が常々感じていた事案ですが、馬も乗せられる大型の輸送船についてです。此れを攻撃用に改造して敵船の横に当たり、其のまま騎兵にて敵船の制圧というのは出来ないでしょうか?」

「其れは相手からすれば、いい的になるし、そもそも馬が相手の船に飛び移ることを従うか?」

 隣のヴェルフは思わず笑みを零す。曾てカイがこれを言った時、自分も同じ反応をしたからだ。

 カイはというと、「どうも水上の経験が豊富な者は、まずそう思うらしいな」、と思いつつ、結局は強くは主張しなかった。

「だが、考えとして面白い。問題は馬だな。只の水上移動でも病になって、輸送後役に立たぬ、という事もしばしばあったからな」

 カイは、「やはりそうか。人間の思い付きで、動物に神経をすり減らすことは、やはりよくないことだな」、と反省した。

「私も実はブートの様にそろそろ退役しようと思っている。但しその間、無為に過ごすのも何なので、退役まで其れを試験的にやってみようと思う」

 ナポヘク将軍の意外な返事に驚いたカイは、改めて謝意を示し、「如何かこの浅慮で経験のない若造の思い付きなので、ご真剣になさらないで結構です」、と付け加えた。


 こうしてカイとヴェルフは五カ月間の予定でいたボーボルム城を四カ月と経たずに離れ、船にてホスワード帝国の一番の北東にあるイオカステ州を目指して出港した。

 ボーボルム城はラニア州の一番の南東にあり、ラニア州の隣のクラドエ州へはすぐに達した。そしてヴェルフの故郷である帝国で一番の南東にあるレラーン州に達し、遂にドンロ大河の河口を出て、外洋に出た。

 暫しそのまま東へと進む。北へ進む海流があるので、それに乗るのだという。

 晴れているとはいえ、大気は冷たいが、カイは外洋に出てからずっと甲板上で海を見つめていた。いや、ヴェルフ以外の兵たちも皆見つめている。

 潮風が吹き、独特の塩気を含んだ冷たい風を全身に浴びる。

 視線を下に向けると、この河とは違った青さに魅入られる。何処までも続くと思われる深さを感じる。

 遠くへ視線を向けると、全面が海の濃い青さと空の薄い青さの対比にやはり魅入られる。永遠に青い世界が続いているようだ。

 西に目をやっても陸地が見えなくなった頃、やがて船は北へと進路をとった。

 暫く其のまま北へ進むと、西の方にぽつりぽつりと船が何艘か見えた。

 ヴェルフが甲板上のカイの隣で言う。

「あれは、トラムの漁船だな」

「では、此処から西へ行けば、お前の故郷という訳か」

「取り敢えず、村が無事で漁をやっているのが確認できたから、俺は暫く休むぞ」

 そう言って、ヴェルフは自分たちが宛がわれた船内の部屋へと行ってしまった。カイは暫し遠くに見えるトラムの漁船を見つめていた。


 数日北上した後に、進路を徐々に西に変えていき、二月十二日には陸地が見えてきた。

 大規模ではないが、イオカステ州にも港湾施設がある。カイたちを乗せた輸送船が入港したのは十二日の夕方頃だった。

 数日間船に乗っていたせいか、陸地に降り立つと、流石のカイもふらついた。これも海上に長期間いた影響で、この体験もまた新鮮なものとして感じるカイだった。

 カイとヴェルフの隊は目指す馬牧場までは馬と荷物を載せた馬車にていく、全員がそれらを陸地に上げたが、カイがまず心配したのは馬の状態であった。

 確認した処、全頭とも問題はなさそうなので安心したが、この港湾施設は軍の施設で宿泊場所もあるので、此処に泊まることをお願いした。自分たちが休みたいからではなく、馬を先ずは一晩陸地にて休ませたいと、カイは思ったからだ。


 翌日、カイとヴェルフは騎乗し、二頭立ての大きな四輪の馬車二台を率い、予定されている馬牧場へと出発した。

 風は恐ろしく冷たい。出発前にボーボルム城で防寒用の外套(コート)や、耳当て用の帽子や、厚手の手袋などを用意できたのは幸運だった。

 暫く進むと雪がかなり積もっている。何とか整備された道へ出たが、あまり行き交うものがいないのか、道は通り過ぎた物の跡が殆どなく、雪上の進行にやや難儀をきたした。

 この様な中で、夜の野宿は避けたいので、地図を見たカイは何とか中途に宿のある村を見つけ、如何にか本日中の到着を目指した。


 ホスワード帝国歴百五十四年二月十四日。カイ・ミセームとヴェルフ・ヘルキオスは彼らが率いる二十名の兵と共に、ホスワード帝国で最も北東のイオカステ州の地に船にて降り立った。

 次なる任務はまだ本格的な設営は先だが、大規模な馬牧場の設営に関する調査である。

 数日前まで、水上任務をこなし、これから陸上任務をこなす。

 カイは自身の父であるガリン・ウブチュブクが有能な騎兵指揮官だったと聞いていたが、ガリンはしばしば海や軍船の話をしていたので、水上任務も多かったのだろう、と思っていた。

 尊敬する亡き父と同じ道を歩んでいることを考えると、自然にこのような寒さや移動の困難さが一種の誇りのように思えてくる。

 とは言え、彼個人が誇りでも、ついて来てくれる兵たちのことを思うと、申し訳ない事をさせているな、と思うカイ・ウブチュブクであった。


第八章 秘儀教団 了

 しばらく水上でのお話が続きましたが、次からは陸上でのお話がメインになります。

 作中ではようやく二年近く経ちました。

 本作もなるべく二年以内に終わらせたらな、と思っています。

 ただ自分のペースを考えると、どうなるんでしょうか?

 ちょっと不安な部分もあります。


 とりあえず、中途で投げ出さず、自分のペースでまだ見えぬゴール目指して頑張りたいと思います。



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