第三十四章 大陸大戦 其之漆 攻勢
見事レベルアップを果たした主人公は、これからどうなるか?
戦うパパは強い!
第三十四章 大陸大戦 其之漆 攻勢
1
バリス帝国歴百五十年、七月の半ば。帝都ヒトリールには、三日前から、占領地のスーア市より、バリス帝国皇太子ヘスディーテが、一時的に戻っていた。
三日後には、彼はスーア市に向かう予定である。
六月の末に、バリス帝国の西に在る、ブホータ王国が八万の大軍で以て、自国への侵犯をしたのだ。
西の防備には、五万の兵を駐屯させているが、新たに四万程の兵を揃え、迎撃に向かわせる。
ヘスディーテは、この展開を想定はしていたが、彼にとって最も有り得ない展開だった。
先ず、この援軍に派遣した四万の兵は、対ホスワード帝国との戦いでの敗残兵が中心である。
この年の二月に、バリス帝国はホスワード帝国に対して、五カ所から同時進行した。
南から、ドンロ大河を下る水軍二十艘、メルティアナ城攻略軍二万、スーア市進駐軍八万、バルカーン城攻略軍二万五千、プリゼーン城攻略軍二万、と云う内訳だ。
スーア進駐軍以外は、全て六月初期にまで敗れ、其れがブホータ王国の侵攻へと繋がっている。
ヘスディーテはこの四カ所、いや主力のスーア進駐軍も合わせて、ホスワード軍の主力のゼルテス市の駐屯軍との戦いで、一つの共通点を発見した。
どの戦いでも、カイ・ウブチュブクなる指揮官が率いる部隊が、決定的な打撃を与え、自軍を敗戦に追い込んでいた事だ。
ゼルテスでの戦いでも参加していたが、其れは部隊を率いてでは無く、何かの確認要員だった様だ。
「パルヒーズを此処へ呼ぶ様に」
ヘスディーテは皇宮の自身の執務室に、パルヒーズ・ハートラウプなるホスワード人を呼ぶ事を、主席秘書官に命じた。
パルヒーズは二月以降、ヘスディーテと行動を共にしている。
行動を共にしていると云っても、パルヒーズは皇宮内に居ず、ヒトリールの広場でこの日、彼は吟遊詩人の格好で、洋琵琶を手にして、見事な歌を披露していた。
ヒトリールでの彼の宿泊地は、かなりの豪華な旅館なのだが、其処には十名程の衛士が常に詰めていた。
其の為、彼がヘスディーテの執務室に現れたのは、命が下されてから二刻(二時間)は掛かった。
パルヒーズの身なりは、ヘスディーテ直下の部下達と同じ服装だ。
表情も含め、先程の陽気な吟遊詩人とは、一変した姿である。
ヘスディーテは、パルヒーズに執務室内に幾つか在る椅子に座る事を事を命じる。
「三月のゼルテス近郊での戦い時に、卿の名を叫ぶホスワードの指揮官が居た、と聞き及んでいるが、事実か?」
この年の三月下旬、バリス軍主力とホスワード軍主力は、後に「第一次ゼルテス会戦」、と称される戦いをしていた。パルヒーズはバリス軍の撤退時に前線に出て、砲兵部隊の撤退路を指示していた。
「事実です。カイ・ウブチュブク指揮官の事ですか」
「そうだ。其のウブチュブクとは、あの『無敵将軍』などと呼称されていた、ガリン・ウブチュブクの息子だな。どの様な経緯で、其の息子と面識を得たのだ?」
パルヒーズは、五年程前にカイが未だ一介の小部隊の隊長だった頃の劇団の公演中。士官と為ったカイとラスペチア王国での遭遇。そして、高級士官と為ったカイに国事犯として追跡を受けた事。其れらを全て話した。
「ふむ。合ったのは何れも、最後を除き戦場以外か。卿の分かる範囲で好いが、カイ・ウブチュブクは軍の指揮官として、非凡な物を持っているか?」
「仰る通り、戦場以外で彼とは合ったり、逃げたりしていましたので、何とも申し上げられませんが、あの若さで、然も貴族で無いのに上級大隊指揮官と云うのは、非凡な物を持っている証左でしょう」
「彼の弱点は何だと思う?」
「…無辜の民が虐げられる類や、無抵抗な兵を虐殺する類には、感情が理性を廃して、完全に優勢と為り、強硬に反抗します。また仲間、特に家族を大事に思う心は、極めて強いです。現在、彼の妻はお産の為、遥か遠くのレラーン州に居ます」
カイがパルヒーズを追って調べていた様に、実はパルヒーズも数年前よりカイの事を調べ上げていた。
初めて出会った時は、懲罰人事で異動中だった事を、後に知ったのだ。
「若し、卿に其のレラーン州へ赴き、カイ・ウブチュブクの妻を攫え、と命じたら、卿は遣ってくれるかな?」
パルヒーズは、席から立ち上がり、嶮しい顔でヘスディーテを睨み付けて言い放った。
「…殿下、私の望みは同胞の救出と安全です。其の命は私の望みと、何ら関係が有るとは思えません。若し其れを強制為さるのなら、殿下の御傍を離れるので、投獄なり、捕縛してホスワードに突き出すなり、何なりと為さって構いません」
ヘスディーテの顔は、ごく僅かだが、口元に優しい笑みを零した。
パルヒーズは、この若者にもこの様な感情が有るのか、と吃驚する。
「すまぬ。今の話は無かった事にしてくれ。改めて卿が信頼出来る男だと分かった。今の話で気分を悪くしたら、謝辞する」
パルヒーズがヘスディーテの執務室を辞すると、ヘスディーテは暫し考えた。
あのエルキト藩王クルト・ミクルシュクも、カイとは正面から戦いたくないらしい。
「カイ・ウブチュブクを確実に討ち取るには、戦場を広く設定し、ホスワード側が民衆を護りながら戦う状況に追い込む以外には無い様だな…」
其れは、ヘスディーテも余り気乗りのする戦い方では無いが、彼にはこれしか思い浮かばなかった。
だが、彼一人に傾注して、大局を誤るのは危険だ、とヘスディーテはカイ・ウブチュブクに対する対応を一先ずは止めた。
そして、ヘスディーテは対ブホータ王国の対策を練る為に、数名の将軍を呼ぶ事を、首席秘書官に命じた。
ブホータ軍は八万、バリス軍は九万と、数だけはバリスが上回っている。
だが、内四万は対ホスワードの敗残兵で組織され、然も火砲は一門も配置していない。
これは、ホスワード側が、対火砲に独自の装甲車両を用意し、更に支援装置として、無限とも思える水弾を発射する事が判明したからだ。
なので、対ブホータとは純粋な野戦が中心と為るので、両軍の編成状況をヘスディーテは確認していた。
ブホータ王国は、エルキトやホスワード程では無いが、騎兵が充実していて、三万は騎兵である。
ブホータの馬は、左程大きくなく、速度も遅いが、逆に機敏で忍耐強いので、ブホータ軍は山岳の様な隘路での騎兵運用を得意としている。
また輜重には、騾馬を多く使用するので、思わぬ処から、バリス領に進出する部隊も出て来るだろう。
如何やら、主力が歩兵部隊で、バリスとの開けた高地の国境に展開し、騎兵部隊が峻険な山脈から、バリス領に侵攻している様だ。
バリス側は、ブホータ軍の主力を其のまま国境に配置していた五万に任せ、四万の纏めた軍が、侵攻してくるブホータ騎兵部隊の撃退に運用する事を決めた。
バリス帝国は、北には広い平野で機動性を活かしたエルキト軽騎兵、東には軽騎兵と重騎兵と歩兵を上手く連動させるホスワード軍、西には隘路から進出してくるブホータ騎兵を長年相手にしていた。
バリス軍も騎兵は充実しているが、止めの決戦部隊として使用する傾向が有り、基本的には移動式の馬防柵で相手騎兵を無力化する事を得意としている。
四万の纏まった軍には、この馬防柵が大量に配された。
2
ホスワード帝国歴百五十八年の十月の半ばごろ、ヴェルフ・ヘルキオスは故郷の漁村の村トラムに戻っていた。休暇の為だ。
初日こそ、彼は僚友のカイのトラム内に在る邸宅を訪れたが、以降は自身の家で過ごし、自身の漁船を点検し、程無くして、漁を再開した。
十月も後半に入ると、彼は完全な漁師の姿と為り、僚友のカイの妻のレナが女の子を産んだ翌日の、十一月九日に見舞ったきり、やはり漁を続けている。
不安に思ったカイがある日、ヴェルフの元を訪れると、ヴェルフはこう切り出した。
「ちゃんと出発日までには、指揮官としての姿に戻るぞ。一年後には全て片を付けるのだろう。そう為ったら、俺は軍を辞めて、漁に専念するから、しっかりと勘を取り戻したいだけだ」
「そうか、軍は辞めるのか」
「完全に外敵の脅威が無くなってからの話しだ。だから、長くてもあと三・四年は在籍する心算だ。辞めても、若し、火急の事が有れば、例の帝都防衛軍の様に、ちゃんと兵として参加するから、心配はするな」
「帝都のお前の家は如何する?」
「そりゃあ、勿論、お前さんにやるよ。奥方と娘と住むが好い。其の代わり、俺は年に何度か帝都に遊びに行くから、宿泊をさせてくれ。で、娘の名前は決まったのか?」
「いや、未だだ」
娘が産まれてから、四日後の事である。
その日のトラムのウブチュブク邸での夕食時、カイはヴェルフの身の振り方について話した。
「漁業に就くのは好いとして、何ですか、其の年に何度か帝都に遊びに行く、とは。彼奴は全く何を考えているんだか」
呆れて、ヴェルフの大叔父は酒を煽る。
大叔母は食卓の近くに置いた、乳幼児用の床の中の赤子を優しい顔でずっと見ている。
カイは女性医師と其の助手の女性に、何かを思い付いた様に向き直った。
「先生たちは、オースナン市からずっと来ていますが、オースナンは人口の多い市。妊婦や乳幼児も多いと思いますが、此処に居て、当地のそう云った方々は困らないのですか?」
要するに、カイは自分たち夫婦だけ、専任の医師が付きっきりなのは、不自然では無いか、と他に診てやるべき人々の事を指摘したのだ。無論、彼女たちへの給与は、カイとレナが自費で出しているが。
「オースナンでは、他に婦人科や小児科の医師は多く居ます。仰る通り、この様に専任として診ているのは異例ですが、レラーン州の知事の命も有りまして…」
妊婦が皇帝の義妹だからか、と改めてカイは渋い顔をした。彼はこの種の特権を嫌う傾向が有る。
これには、レナもヴェルフの大叔父夫妻も意外な顔をした。些細な事では無いか、何故この様な事を気に揉むのだ、と思ったが、レナだけは、カイらしいな、と愛おしく思った。
彼女が彼に惹かれた理由の一つは、この奇妙な生真面目さなのだ。
「四日後、私達はオースナンに戻ります。其の後は週に一回、検診に来ますが、問題は無いですよね」
「済みません。専門外なのに失礼な事を言いまして、この様に特別に診てくれる先生たちに、自分は何故素直に感謝しないのだろう、と反省しています」
取り敢えず、カイは自分たち夫婦の特例に納得した様だ。納得後、ふと彼の頭に何かが浮かんだ。
「ふれーと…、えら…。そうだ、ふれーでら。フレーデラ・ウブチュブクだ!略称はエラだな!」
「えっ、其れはこの娘の名前?」
レナが聞き返す。
「ああ。エラ・ウブチュブクだ」
「私の様に略称まで決めなくても好いのに」
「一緒に思い浮かんだから、別に構わんだろ。明日、レラーン州の当局に届けに行く。あと、明日はヴェルフの家で、彼奴と二人きりで呑みたいので、宜しく」
「フレーデラお嬢様。エラ様。お名前が決まりましたよ。好かったですねえ」
ヴェルフの大叔母は、エラに声を掛ける。エラはすやすやと眠っている。
「ふぅむ。こいつは俺たちが、長生きしなきゃ為らん理由が出来ちまった、って処ですな」
大叔父はカイが注ごうとする、酒を断り、エラが寝ている床へ行く。
この老夫婦からすると、エラは曾孫の様な感じであろう。
「ヴェルフさんも明日呼んで、一緒に名前が決まった事を祝えば好いのに」
「彼奴は子供相手の家庭的な雰囲気が苦手なんだよ。『このヴェルフ様が、子供の相手をするなんて、恰好がつかない』、だそうだ」
「でも、シュキンやシュシン、グライとは仲が好いよね」
「あれ位の若者や少年からすると、ヴェルフは話し易くて頼れる『兄貴』に思えるんだろう。そんな慕ってくれる悪ガキどもを相手にするのは、楽しいみたいだな」
「まぁ、実の兄が何かと煩いからね」
「誰が煩いだと!?」
翌日、カイはレラーン州の州都レラーン市へ、自身とレナの軍籍が記された身分証明書と為る符と、医師の出生証明書が記された書類を持って、フレーデラ・ウブチュブクの出生登録へ向かった。
帰りは、ヴェルフの家に向かい、彼と一夜酒を酌み交わす予定だ。
カイの部屋は、完全にレナとエラの専用の部屋と為り、レナは助手の指導の元、エラに授乳をする。まだ首が座っていないので、抱き方が大変だ。
但し、目は開き、じっと母親を見詰める其の瞳の色は、少し青灰色を帯びた明るい茶色である。未だ生え揃っていない髪は少し金色がかった淡い栗色で、カイに因ると自身も赤子の頃はこんな感じだった、と聞いているので、成長したら、自分の様な瞳の色や髪色に落ち着くだろう、と言った。
正確には、少し外れる。エラ・ウブチュブクは成長すると、母譲りの美しい白皙の貌、短くした少し癖のある明るい栗色の髪、大きな目の瞳は、少し灰色がかった明るい茶色で、長い冬を越えた後の薄雲が掛かる、早春の太陽を思わせる、暖かな瞳の持ち主と為る。
だが、其れ以上に他者から目を見張るのは、手足がスラリと長い、百と八十寸(百八十センチメートル)を軽く超える、機敏さと力感を併せ持った肢体だ。
馬術、武芸、航海術まで高度に極め、更に学識豊かで、活発に育ったエラ・ウブチュブクは、両親とは別種の様々な冒険譚を残し、後世に彼女が主役の活劇が作られたり、物語作家に多くの素材を提供するのだが、これはまた別の話と為る。
登録が済み、カイは直にヴェルフの家に向かった。時刻は夕の五の刻(午後五時)近くで、トラムもほぼ八割がた暗くなり、かなり肌寒い。
この日はヴェルフが祝いとして、各種の酒。そして、鱠を中心とする料理を並べた。
授乳中のレナは、未だ生ものが食べられないからだ。
鮪は赤身、中トロ、大トロ。鯛や鰤や烏賊や鰹や鯖の切り身が皿ごとに並び、鯖は立て塩に浸した物を、更に米で作られた酢でしめる、ひと手間を掛けた物だ。
他に生もの以外は、塩茹でした蛸の切り身、秋刀魚に至っては、其のまま塩で焼いた物が並んでいる。
薬味は魚醤、山葵、芥子、生姜、葱、更に大根を磨り下ろした物だ。
「では、フレーデラ・ウブチュブクの健やかな成長を願って、乾杯だ」
カイとヴェルフは、この日は夜遅くまで、酒を呑み、海の恵みを食べ、色々な事を語り合い、笑って過ごした。
十一月二十三日。二人は高級士官の姿に身を包み、帝都の練兵場へと出発する為、ウブチュブク邸の玄関で別れの挨拶をする。
「何時もの事だけど、無理はしないでね。ちゃんと此処にまた帰って来る事」
エラを抱いたレナがそう語る。彼女の金褐色の髪は少し伸び、後ろで束ねている。
「司令官がブローメルト将軍だ。必ず勝利して、将軍と共に帰って来るよ」
カイたちの部隊の現在の直属の上司は、レナの兄のラース・ブローメルトである。
3
十一月二十七日。帝都ウェザールの西に在る練兵場の造兵廠付近には、続々とカイの部隊が集結していた。
其の数は四千を超え、全軍は弓を主武器とする軽騎兵である。
カイは、練兵場の将兵の居住用のある棟に、弟のシュキンとシュシン共に、其処の四人部屋の一室に居た、モルティに挨拶に赴いた。
モルティはカイに娘が生まれた事を祝し、わざわざ此処に赴いてくれた事に礼を述べ、カイたちも帝都防衛軍に参加しているモルティを労った。
さて、本年の志願兵だが、百名を如何にか超える、と云う小規模だ。現在、大戦中なのが明らかに影響している。
女性の志願者は一人も居ない。或いは若い女性たちは将来、軍事よりも政治の場で活躍したいので、猛勉強中なのかも知れない。
また、カイは以前より頼んでいた、狭い場所でも扱い易い、彼専用の武器を造兵廠の職人より受け取った。
午後の一の刻を少し過ぎた頃、参軍のレムン・ディリブラントから全員の点呼が終了した、との報告を受けたカイは、自部隊のプリゼーン城への出発を命じた。
既に一週間前には、百四十輌の装甲車両が、此処からプリゼーン城に向かっている。当地には十輌が配置されているので、合計百五十輌と為る。
目的はラテノグ州の北西部分の旧領回復だ。
この日のウェザールは、空は厚い灰色に覆われ、未だ微かだが、各人の吐く息は白い。
目指すプリゼーン城は、北西なので、当然更に厳しい気候だ。
進むにつれて、寒さは厳しくなり、周囲の景色は、降雪の影響で白く為っていく。
プリゼーン城の拡張工事はほぼ終わり、一万五千を超える兵馬の収容が可能で、居住用の棟は全て炉が設置されている、と事前に知らされたので、部隊の面々は安心する。
厚手の手袋、耳も覆える厚手の帽子、そして軍装の上には外套、これは全員が同じ姿をしている。違いはと云えば、例えば高級士官は濃い緑色の外套、女子部隊は白の外套と、階級や部隊内の所属で色が異なる位だ。
先頭を騎行する、カイとヴェルフとレムンは、現在の状況の確認をする。
先ず、バリス軍とブホータ軍の戦いは、七月から本格的に始まって、膠着状態だが、二月から大軍を運用しているバリス軍は、疲弊からか、決定的な打撃を与えらず、ブホータ軍優位に進んでいる。
南のメルティアナ城と、ボーボルム城は、未だにテヌーラ軍の襲撃を受け、この二カ所の軍団を他戦線に赴かせるのは、難しい様だ。
北方に関して、エルキト藩王国は、九月から西のキフヤーク軍の侵攻を受けているが、キフヤーク軍は二度に亘って、エルキト藩王軍に一敗地に塗れたので、深追いは避け、エルキトの勢力圏に侵攻しては、逃げ出すを繰り返して、エルキト藩王クルト・ミクルシュクを苛立たせている。
クルトとしては、全軍を上げてキフヤークを殲滅したい処だが、其れを行うとルギラス・シェラルブク率いる、ホスワード・エルキト連合軍の侵攻を許してしまう。
北西へ進路を取るカイたちの部隊だが、進むに連れて、周囲は殆ど銀世界と為っていき、降雪にも見舞われた。
幸いにも吹雪には合わなかったが、道路は雪で埋まっている。所々は当地の在住の衛士だろうか、雪掻きはされているが、基本的に西部方面は外出制限が厳しいので、行き交う人々や民間の馬車などは無く、ほぼ新雪上の道路を進む。
騎乗者の馬だけならまだしも、二頭立ての四輪の輜重車は、轍が殆ど無い為、時折数名の兵が輜重車を後ろから押す。
「こいつは大丈夫なのか?装甲車両はこの様な新雪上で動くのか?」
疑問を発したのはヴェルフだ。先に発った装甲車両の轍が辛うじて残っている箇所を進む。
「車輪には鉄の鋲を幾つも打ち込んであるそうだ。この様に進めているのだから、大丈夫だと思いたいな」
処が、プリゼーン城近くに為ると、道路の道はほぼ除雪されている。驚くのは、遠くに見える雪中を物ともせず動いている、十輌の装甲車両だ。
車両の前面の下には、鉄製の先端が尖った、左右に折れた钁が付いていて、雪を左右に掻き分けている。
其れ以上に驚愕なのは、後輪だ。三つの起動輪が在り、其の上を囲む様に護謨と鉄が組み合わさった履帯が備え付けられている。
前輪は鉄の鋲を打った通常の護謨の車輪で、また前輪は方向変換のみで、後輪の履帯が駆動部だ。
つまり、プリゼーン城に残っていた十輌は除雪車に改造されていた訳だ。
数人の馬上の人物たちが色々と指示している。見間違いの無い将用の軍装をした騎乗の人物にカイは近寄り、馬上より右拳を左胸に当てて、声を掛ける。
「ブローメルト将軍。我が部隊の到着をお知らせ致します。処で何ですか、これは?」
「うむ。ご苦労だった。装甲車両を駐屯させる場を造る為に、除雪をしているだけだ。流石に車両は城内に入りきらないからな」
「あの除雪をしている車両は、将軍の案で改造されたのですか?」
「例に因って、卿の弟の皇帝副官殿だよ。俺が陛下の副官を遣っていた時よりも、彼は色々と活躍しているのだから、前任者としては肩身が狭いよ」
「はぁ、ハイケですか。でもこれは平和な世に為ったら、豪雪地帯の除雪用に使えて便利ですね」
ラースは大笑いした。
「やはり兄弟だな!ハイケもこれは民生用にも転用すべきだと、陛下に仰ったそうだ」
ラースは、カイたちの部隊のプリゼーン城の入城を進める。
「女の子で、フレーデラ、と名付けたらしいな。今日の夕食は共にして、色々と聞きたい」
十二月の初日の昼前。カイ率いる「大海の騎兵隊」、約四千騎は全軍プリゼーン城内に入った。
4
プリゼーン城司令官ラース・ブローメルト将軍は、この日の夕食時、全将兵に飲酒を許可し、自身は城内の食事棟で、カイを初めとする「大海の騎兵隊」の幹部たちと席を共にした。
「十二月の中頃に、リナ姉様…、いや皇妃様と俺の両親とツアラが、トラムに行くそうだ。俺も七月の初旬に一週間ほど滞在したが、好い処だな、ヘルキオス指揮官」
ラースはこの年の六月下旬と七月全体が休暇だった。カイが問う。
「御一人で行かれたのですか?」
「曾て、ヨギフ・ガルガミシュ兵部尚書は、将軍の身ながら、一騎でカリーフ村のウブチュブク家を訪れ、カイをあやしていた、と聞いていたからな。其れに倣った訳では無いが」
ホスワード帝国軍野戦幕僚長を務める、ガルガミシュの話が出たので、簡易な全体作戦も説明された。
「スーア市とラテノグ城塞の攻撃は、同じ日に決行される。予定では二十日だ」
「此処程では無いでしょうが、スーア近郊も降雪は有るでしょう」
カイは初めてスーア市を訪れた時、冬だったので降雪に難儀した事を思い出した。
あの時は、レナと二人での独自任務をしていて、ある村の宿で、宿泊が同部屋に為った事には、隔世の感がある。
「あの除雪車も、ゼルテスの大本営には数輌用意されている。ついでに言うと、あの様に車輪を履帯にすると、凹凸の在る地でも問題無く進める。将来的には全車両があの様な無限軌道を備えるそうだ」
また、バルカーン城から、ゼルテスの主力軍、プリゼーン城の軍に、各三千程の支援部隊が派遣される事が決まっている。
バルカーン城の将兵は一万と数千だが、司令官のギルフィ・シュレルネン将軍は、残った五千程の兵を指揮して、城の防備とバリス側の動きの情報収集に徹する。
プリゼーン城の百五十輌の装甲車両の総指揮官は、中級大隊指揮官のやはり車両の扱いに為れた人物で、平民出身の四十代後半の男性だ。
正式に装甲車両部隊総監と為った、カレル・ヴィッツ上級大隊指揮官は、ゼルテスの皇帝軍で百五十輌を指揮する。
熱血漢のヴィッツ指揮官と異なり、正反対の口数の少ない指揮官だが、其の手腕は確かで、職人肌の気質を感じる。
ヴィッツ総監は四十三歳で、この様にホスワード軍は平民出身でも高級士官は多く居るが、カイとヴェルフを除くと、最も若いのが今年で三十九歳のレムン・ディリブラントなのだ。
如何に、カイとヴェルフが特殊であるかが判る。
翌日より、主なプリゼーン城幹部は、会合を定期的に行い、作戦の詳細を詰めた。
先ず、攻略対象のラテノグ城は、プリゼーン城より西に二里(二キロメートル)程離れた箇所に流れるボーンゼン河の西の対岸に在る。
河幅は二十丈(二百メートル)程で、もう氷が張っていて、更に其の上には雪が積もっている。
河の流れに接する様に、内側に湾曲した石造りの城壁が聳え、高さは三十尺(三十メートル)、長さは四十丈を超える。
そして、其のまま両端から円を描く様に、この城壁は連なっているので、上空から見れば、半月に近い三日月型をしている。
問題は、城壁上は元より、城壁内にも砲が設置されている事である。
当然、ボーンゼン河に面した城壁側に多いのは当然だが、この様に河が凍結するので、基本的に全方位に砲が設置されている。
会議室の広い机には、其の上から見た三日月型の城壁と、砲の設置場所が記された図面が広げられている。
東に向いた、ボーンゼン河に対しての砲の飛距離は、二十丈の川幅を超えて、更に十丈近く有る。
単純計算すると、三十丈は以内は砲撃範囲内だ。
「砲撃距離も脅威だが、其れ以上にボーンゼン河自体に砲撃をして、河川の凍結を壊し、此方の進撃をさせない可能性が高い」
ラースは、そう述べ、機動力のある軽騎兵が、正面のボーンゼン河付近で陽動で運用し、装甲車両部隊が別路より、ボーンゼン河を渡り、ラテノグ城塞を直撃する案を提示した。
つまり、百五十輌の装甲車両と五千の重騎兵が、ボーンゼン河を事前に渡り、雪を掻き分け、ラテノグ城塞を北から襲い、南から来るバルカーン城の三千の支援部隊の襲撃が決まった。
約一万の軽騎兵は、ラテノグ城塞の砲撃範囲内で遊弋して、北と南の突撃までの陽動部隊と為る。
この一万の軽騎兵の総指揮官をラースが担当し、北から襲う装甲車両と重騎兵五千の総指揮は、ファイヘル・ホーゲルヴァイデ上級大隊指揮官が担当する事に為った。
カイたちの約四千の軽騎兵は、ラースの指揮下と為る。
「正面からの突破は、先に言った通り、ボーンゼン河の凍結が壊されるだろうが、突破が可能な場合は以下の手順とする」
ラースは説明を更に続けた。今年の六月に、此処プリゼーン城を攻囲していたバリス軍を撃退したのだが、其の際、彼らが遺棄した砲が数門残っている。
尤も、この攻撃の際に大半の砲は、装甲車両の突撃で破壊したのだが、使えそうな物を五門程保持していて、虜囚としたバリス将兵の砲の担当者から、使用方法を聞きだし、 - と云っても左程難しい手順で無い - これを打ち込むのだ。
目標はボーンゼン河の面前の木製の巨大な門扉である。この門扉は通常は船が入出港する為の物で、これを完全破壊出来れば、正面からホスワード軍はラテノグ城塞に雪崩れ込める。
十二月十八日。ファイヘルを指揮官とする、装甲車両百五十輌と重騎兵五千は、プリゼーン城から出発した。
目標である、ラテノグ城塞を大きく離れ、北東部へ赴き、ボーンゼン河の最も凍結している箇所を渡河する。
先頭は十輌の雪上車が雪を掻き分け進み、其の背後に五千の騎兵が進む事で、雪を馬蹄で踏み固める。
其の後に装甲車両が続き、掻き分け、踏み固められた地を走る。
この日、否、其れ以前より、ラテノグ州の天気は空は厚い灰色の雲に覆われ、降雪が度々起こる。
稀に猛吹雪も起こるが、基本的には一日中、ひたすら深々と降る事が多い。
朝が遅く、暗く為り始めるのが早く、ファイヘルの部隊が出発したのは、漸く外が明るく為り始めた午前九の刻近くだ。午後の三の刻を過ぎると、暗く為り始めるので、夜半は安全を期し、停止し翌朝まで休憩と為る。
云うまでも無く、最後尾には輜重車が数十輌走っている。輜重車の車輪は通常の木製なのだが、前の実動部隊が十分に雪を踏み固めているので、問題無く進む事が可能だ。
南のバルカーン城から進撃してくる三千の部隊は、全て歩兵で、二十を超える投石機を持って来ているので、進撃速度は遅い。其の為、かなり前からバルカーン城を出発したらしいが、例に因って、レムンがこの部隊との定期的な連絡網を構築してくれたので、彼らの現在位置も逐一報告されている。
このバルカーン城部隊を率いるのは、中級大隊指揮官の席次に在る、五十代前半の人物で、曾て五年半前に、ホスワード・シェラルブク連合軍とバタル帝のエルキト軍が激突した際に、下級大隊指揮官としてカイとヴェルフとレムンが所属していた歩兵部隊の指揮官だ。
当時、カイとヴェルフは一般兵ですら無く、輜重兵だったが、今ではこの指揮官より上位の上級大隊指揮官の席次に在る。
5
十二月二十日の薄暗い早朝。プリゼーン城から、ラース・ブローメルト率いる約一万の軽騎兵が西へ向かい、バリス軍のラテノグ城塞の砲撃範囲近くまで進む。
一面は雪景色。空は灰白色に覆われ、粉雪がずっと降り続いている。
遠くにラテノグ城塞が見えるが、間に二十丈は在るボーンゼン河は凍結し、其の上に雪が積もっているので、中途に河川で隔てられているとは思えない白い世界だ。
ラテノグ城塞のバリス軍は一万を超える。其処に昼前に砲撃射程範囲に、ホスワードの軽騎兵一万程が現れた事は、即座に城塞司令官の知る処と為った。
処が、同時にラテノグ城塞司令官は、ボーンゼン河を渡った、北と南からのホスワード軍の接近も知らされる。
北は、除雪専用の装甲車両が、雪を掻き分け、其の後に百輌を超える装甲車両の突撃が確認された。
元々、このホスワード軍の装甲車両は、城壁を壊す衝車を原型として造られているので、城壁への体当たりを行う心算だ。
南は、投石機で例に因って水弾が撃ち込まれる。但し水弾を造る水は、近くのボーンゼン河の氷を砕き、中から冷たい水を掬い上げて製造しているので、瞬時の大量生産が難しいが、出来上がった後に雪上に置いて於くと、気温と相まって水が氷るので、半ば石弾の様な威力を発揮している。
バリス軍の司令官は、対処の優先順位を迫られた。
北の装甲車両群に砲撃を集中すれば、東からホスワード軽騎兵がボーンゼン河を渡って来る。
かと云って、ボーンゼン河の凍結の破壊に砲撃を集中すれば、北の車両への砲撃が薄まる。
無論、南も決して無視出来ない。物資の保存庫には十分な砲弾と榴弾が在るが、三方向の全てを圧倒する程の量は無い。
結局、最も脅威な北から来る、装甲車両群に砲撃を集中する事を、バリス軍の司令官は選択した。
「では、カイ。宜しく頼む。角笛を確実に鳴らすが、気を付けてくれ」
「畏まりました。では、行くぞ!」
ラースに命じられた、カイは五百名程の騎兵を率いて、ボーンゼン河に近づき、其のまま渡ろうとした。
氷と雪上の河を、二十尺程進むと、後方で角笛の音が鳴った。
「全軍、転進!急いで帰陣するんだ!」
カイの五百騎は元のラースの居る所まで、猛速度で戻って行く。
十発程だろうか、ボーンゼン河に着弾したので、爆発で氷は砕かれ、水柱が上がる。
一発はボーンゼン河を超えて、着弾したので、爆音と爆風で逃げるカイたちは馬の制御に難儀する。
北面の攻防で使用されている砲弾を、少しでも此方に打ち込んで貰う支援策だが、少しでも逃げる時機を誤れば、砲弾の餌食だ。
そして、何より、此方側への多くの着弾は、ボーンゼン河の氷が完全に砕かれ、一万の騎兵がラテノグ城塞に殺到する手段を失う。
「みんな大丈夫か?ヘレナト指揮官、確認を頼む!」
この五百騎は特に馬術の技量が高い者たちを選別して行っている。
カイは敢えて、ミセーム兄弟の弟たちも入れていた。オッドルーン・ヘレナトを初め五十騎程のシェラルブク女性も入っている。
「全員問題ありません、ウブチュブク主帥!」
この特殊部隊の事実上の副指揮官に為っているオッドルーンが、カイに報告する。
これで終わりでなく、今日だけでもあと三・四回は行いたい進出と離脱だ。
「見たところ、まだ十分に軽騎兵なら、通れる状態だな」
ヴェルフが遠望して感想を述べる。
ヴェルフは、この五百騎に入っていない。敵は元より、周囲の仲間も知る者が殆ど居ないが、ヴェルフは六年前の志願兵の調練で、初めて騎乗を習ったのだ。
なので、カイはヴェルフをこの特殊部隊に入れなかった。もう一つは、万が一カイが負傷して、部隊の指揮が取れなく為ったら、ヴェルフが主帥を務めなければ為らないからだ。
午後の三の刻を過ぎ、薄暗く為ると、三方向のホスワード軍は引いて行った。
やはり、バリス軍は北の装甲車両部隊に一番の砲撃を浴びせていて、カイの特殊部隊のこの日は、四回のボーンゼン河への進出をしたが、進出毎に砲撃は少なく、完全にボーンゼン河を目掛けた攻撃だったので、負傷者は一切出なかった。
夜半に為り、注意したいのは、南のバルカーン城からの部隊である。
三千の歩兵なので、一万のラテノグ城塞の兵が、出撃し夜襲を起こし兼ねない。
レムン・ディリブラントが構築した連絡網は、絶えずバルカーン城からの、この支援部隊の状態が判る様にしている。
四の刻を過ぎると、完全に真っ暗に為る。其れに合わせて北からの全てを凍てつかせる様な強風と、降雪も激しく吹き荒れ、ラテノグ城塞周辺は猛吹雪と為った。
ラース率いる軽騎兵は、プリゼーン城に戻ったが、一部は雪を掻き集め周囲に雪壁を造り、其の中に包を設置して、ラテノグ城塞の様子を見る。
北と南のホスワード軍も同じく雪壁を作り、其の中で包で設置し、一部の見張り兵を残し、休息する。
バリス側にとって、助かったのは、この猛吹雪で、改めて北の装甲車両群は、先ず除雪をしないと、突撃攻撃が出来ない事だ。
ホスワード側にとっては、破砕されたボーンゼン河は再度凍結し、何より、南の部隊への襲撃がバリス側が困難に為った事だ。
翌朝、風もやや収まり、降雪は有るが、視界を遮る程では無い。当然、空は厚い灰白色に覆われ、天から地まで、果てし無く白い世界が広がっている。
遠くに見える、白く化粧をされた、石壁の塊が、辛うじて攻略目標のラテノグ城塞と分かる。
カイは、包の中で一夜を過ごしていた。この包には参軍のレムンを初めとする情報将校も居たが、昨夜は、流石に連絡員を飛ばす事は不可能で、彼らは見張りに徹していた。
夜通しの見張りをしていたレムンたちを、カイはプリゼーン城へ帰還させ、自身は東から遣って来る本隊を待っていた。
半刻もすると、ラース率いる本隊が現れ、ヴェルフがカイの愛馬を引き連れているので、カイは騎乗の人と為る。
再びラテノグ城塞に近づくと、ラテノグ城塞の北と南は大騒ぎに為っていた。
先ず、北側は除雪もそこそこに、車両に乗った擲弾兵が城壁目掛けて手榴弾を放っていた。
まさか敵側も爆破装置を打ち込んでくるとは思わなかった、バリス側は混乱を来す。
幾つかの手榴弾は城壁を超えて、城塞内で炸裂した様だ。
南側では、大量の水弾が降り注がれている。いや、夜半に大量に製造したのか、完全に凍り、石弾と変わらない威力だ。
ラースはこれを見て決断した。持ってきた五門の火砲を前面に出し、目標として、船の出入り口の木製の門扉の破壊を命ずる。
「門扉が壊れたら、一気に突撃だ。カイは敵司令部の占拠。ヘルキオスは城壁内に入り砲郭の占拠。俺は出入り口の確保の為に、門扉上で敵兵と交戦する!」
五門の火砲が一斉に放たれ、両開きの高さ十五尺、幅二十尺の門扉は七割がた破壊された。
ラースが自ら率いる軽騎兵が、ラテノグ城塞に直進する。ボーンゼン河に入ったが、砲撃が来ない。北と南との交戦に集中している中、門扉が破壊され、咄嗟の判断が出来ない様だ。
ラースは半壊した門扉を、手にした薙刀で、更に壊す。彼が率いる兵も手斧を持っているので、同じく壊す。
辺りは船が出る為の、水面だが、此処も凍結している。近辺に大きな棟が在るが、この中に輸送船が納められているのだろう。
輸送場なので、この辺り一面は広く、周囲から赤褐色の軍装の兵が殺到して来る。
カイとヴェルフが率いる騎兵もボーンゼン河を渡り切り、門前に到着する。
バリス側は侵攻してくるホスワード軍を狙い撃ちにするか、ボーンゼン河の破壊を優先するかで、迷った結果、ボーンゼン河にひたすら砲撃を浴びせて、凍結を壊す事に専念したので、カイとヴェルフの部隊は、爆破と轟音と水柱の中、如何にか到達出来た。
ラースが率いているのが三千の兵。カイとヴェルフは五百ずつの兵だ。対岸は六千近くの味方が、凍結が壊され、氷片が河上に流れるボーンゼン河を見詰めるだけである。
これを見たオッドルーンは、即座に部下に北と南の仲間に、手榴弾と水弾を撃ち込む事を、止める様に指示する。
「ブローメルト将軍、ウブチュブク主帥、ヘルキオス副帥が、敵城塞内に入った。飛び道具の使用を停止する様、即座に連絡に行け!」
女子部隊は全騎、対岸に残っていたのだ。数騎の女子部隊が北と南へ奔り、凍結している箇所を渡り、連絡に飛んだ。
6
カイとヴェルフの五百ずつの部隊は全員下馬し、先ず、四百の兵に馬を守る事を命ずる。
そして、カイは百名を連れ、城塞内で最も大きく威容を誇る建物へ、ヴェルフも百名を連れ、城壁内に入れる階段を上がる。
カイが率いる百の兵にはシュキンとシュシンが居る。
カイは背の長槍を閃かせ、先頭を走り、近辺に現れるバリス兵を次々に蹴散らしていく。
城塞内部は完全な混乱状態で、カイたち百名は、司令部棟と思わしき建物へ、容易に到達出来た。
入り口をカイは長槍で壊し、百の兵がこの建物を占拠、及び司令官が居れば、捕縛する為に侵入した。
シュキンとシュシンは腰の長剣を抜き、バリス兵との近接戦闘に入る。
一部屋、一部屋と戸を蹴破り、侵入部隊と周囲の確認部隊と、二手に分けて、部屋を占拠して行く。
カイ、シュキン、シュシンのウブチュブクの兄弟たちに敵う、白兵戦技の持ち主は此処に駐屯しているバリス将兵には居ない。
司令部棟は次々にカイたちに攻略される。
上階に上がるにつれ、通路や部屋が狭くなってくると、カイは左手に先に斧が付いた、二尺を超える長槍の半ば部分を握り締め、盾代わり使ったり、戸を破壊する為に使用する。
敵兵相手には腰の長剣では無く、もう一振りぶら下げていた短剣で以て戦う。
これは刃渡り六十寸(六十センチメートル)の片刃の反った剣だ。
さて、トラムの現在のウブチュブク邸は、元々はある貴族の邸宅だったが、改装する前に遺品を、カイとレナは整理していたのだが、其の際に見つけた物が、この剣の原型である。
この貴族はホスワード帝国の東に在る、とある島国に通使として長年滞在して居たのだが、本国に帰る際、この国特有の剣を仲良くしていた有力者から貰った。
当地では、これを『小太刀』と云い、副武器だそうだ。但し、長年手入れをしていなかったので、見つけた時は、すっかり錆び付いていたのだが。
其の為、カイは以前より、これを帝都の練兵場の造兵廠へ持って行き、同じ物を作って欲しい、と頼んでいたのだ。
そして、プリゼーン城への出発の日に、この出来上がった『小太刀』を渡された、と云う次第である。
狭い中で、相手が防具を付けていなければ、これ程有用な武器はそうは無い。
ウブチュブクの三兄弟だけが、最上階の広い部屋に入った。残りはこの棟内で戦闘不能にした、バリス将兵を縛り上げる事を命じている。
周囲の調度品から見ても、此処が司令官室と判る。
十名程の兵が剣を抜き、殺到して来るが、カイが左手で持った長槍で弾き飛ばし、シュキンとシュシンも即座に相手の剣を叩き落とす。
一番奥に居た、豪奢な軍装の五十代位の男を、カイは捕え、小太刀を相手の首に当てて、こう言った。
「お前がこの城塞の司令官か?此方の命に従えば、命を取る事はしない」
カイは弟二人に、この建物の屋上で、ホスワードの緑の旗を揚げる事を命ずる。
ヴェルフは、例に因って五十寸程の太い鎚矛を振るい、赤褐色の軍装のバリス兵を、更に赤黒く染め上げていく。
ヴェルフに率いられた一団は、先ず北側の砲が設置された場所の無効化を図った。
ヴェルフは、一人のバリス兵を捕えて締め上げ、砲が在る場所と行き方を強要する。
「こんなに河川にドンパチ撃ち込みやがって、春に為ったら、貴様ら全員を除染作業に扱き使うからな!」
ボーンゼン河は海へと注がれる。そう遠くない将来、漁業に専念する予定のヴェルフとしては、激昂ものだった。
ラテノグ城塞の北面の攻撃を指揮していたファイヘルが、味方の女子部隊の兵から、連絡を受けたので、手榴弾の使用を停止させた。
程無く、彼らに向けられていた城壁の砲郭の幾つかから、中央に三本足の鷹が配された緑の旗が、次々に揚がって行くので、ファイヘルは次の事を命じた。
「あの物資の搬入口と為っている、門を手榴弾にて破壊せよ。車両部隊はこの場に待機、騎兵は全員下馬して、城内に突入する」
木製の門で、馬車が通れる位の大きさだが、当然厚く、鉄で補強もされているので、爆破後、更に一台の装甲車両を突撃させて、完全にこの門を破壊した。
ファイヘルを先頭に、下馬した完全武装の五千の兵が、ラテノグ城塞に乱入した。
ラース率いる三千の兵と、カイとヴェルフが残した合計八百の兵は、次々に現れるバリス将兵に囲まれてしまった。
一つには此処まで到達して来た、馬から全員下馬し、馬を守る様に白兵戦を演じていた為、苦戦していたのだ。
だが、其処にファイヘル率いる五千の兵が突撃をして、形勢が変わった。
更にヴェルフの一団は、南へと進み、此方の砲も次々に使用不可とすると、ファイヘルが強引に侵入した、同種の門が南側にも在ったので、其れを開き、南面のバルカーン城から来た支援部隊を導き入れた。
ラテノグ城塞の司令官棟の屋上に、中央に三本足の鷹が配された緑の旗が、降雪下でもはっきりと判る程はためき、若い二人の緑の軍装をした兵が叫んでいる。
「此処の司令官は、既に囚われの身だぞ!」
「バリス軍に告ぐ!武器を捨て抵抗を止めよ!さもないと司令官の命は無い物と思え!」
シュキンとシュシンである。
こうしてラテノグ城塞は、ラース・ブローメルト率いる軍に因って陥落し、バリス側の捕虜は八千近くであった。
十二月二十一日、午後の三の刻を過ぎ、周囲は暗く為り始めたが、同時に吹き荒れる風はほぼ無くなり、降る雪も粉雪が舞う程度である。
ほんの微かに、空の一角に地平へ沈んでいく太陽の淡い光が、城塞を落としたホスワード将兵を照らした。
メルティアナ州の北部の、やや中央より東側に在るゼルテス市より、ホスワード軍が西に進み、バリス軍主力約八万が駐屯するスーア市近郊に現れたのは、十二月二十日である。
メルティアナ州の北は、バルカーン城が在るメノスター州で、其の北はホスワード帝国で一番北西部の州のラテノグ州だ。
このホスワード軍の動きが、北のラテノグ城塞攻略と連動した物である事は、云うまでも無い。
ホスワード軍の構成は、騎兵が約二万近く、歩兵が四万程、そして装甲車両が百五十輌の編成だ。
総司令官は皇帝アムリート・ホスワード、副司令官に大将軍エドガイス・ワロン、幕僚長を務める、兵部尚書ヨギフ・ガルガミシュは、ゼルテス市の防備を任されている。
後に、「第三次ゼルテス会戦」、と言われる戦いだが、この戦いはスーア市近郊を主戦場として戦われた。
スーア市自体が既にバリス軍に因って要塞化しているが、其れ以上にスーア市近郊は土塁が積み上がり、或いは穴が深く掘られたり、木柵も多く、市自体に赴くのが困難だ。
ただ、これだとスーアのバリス軍も出撃が難しく為るので、まるで道の様に複数の地点で大軍が通れ様にしている。
必然的にスーアから出撃して来たバリス軍に対して、ホスワード軍はこの回廊の様な場所で交戦する。
戦闘自体は、幾つかの箇所で数千が交戦する形に為ったが、バリス軍は火砲を出し、ホスワード軍の遊兵と化した後方に砲撃をする。
二十日の戦いは、ホスワード側が装甲車両を、対火砲の防備用に出し、後退する形で終わった。
其の夜、スーア近郊は大量の降雪に見舞われた。
あの北のラテノグ州の猛吹雪の気団が、ここスーアまで押し寄せていたのだ。
翌朝、スーア近郊はほぼ一面の雪景色と為り、降雪が止む気配も無い。
ホスワード軍は装甲車両を前面に押し出し、全方位からスーア市を目指した。
バリス軍の火砲は雪中で、迅速な移動が儘ならず、装甲車両に薙ぎ倒されていく。
二十一日の昼過ぎには、バリス軍はスーア市内に撤退して、ホスワード軍はスーア市を攻囲した。
スーア市の城壁にも火砲は設置されている。ホスワード軍は、砲の射程内に敢えて装甲車両を侵入させ、実動部隊を砲の死角に入り込ませ、スーア市の攻略を企図した。
バリス軍も精鋭を出撃させ、このホスワード軍の実動部隊に反撃を加える。
戦いは一進一退で、スーア市に居る市長エレク・フーダッヒとしては、共に大きく被害を出しているので、内心は喜ばしい物だった。
この日の戦いの双方の被害は五分五分で、ホスワード軍は一旦、砲撃範囲外に退き陣を敷く。
そして、対峙する両軍にこの夜に急報が入った。
北のラテノグ城塞がホスワード軍に落とされた事だ!
ホスワード側は歓喜し、バリス側は愕然とする。明日の戦いにこれは大きな影響を与えるだろう。
この夜、皇帝の幕舎でアムリートは、皇帝副官ハイケに語った。
「ハイケよ。これでカイの将と貴族の任命は決まったな。今はラテノグ城塞付近の慰撫にラース達に専念して貰って、年が明けたら、カイを此処に呼び、其の場で手続きをしよう」
「カイ兄さんが将ですか…。何だか夢の様です…」
ハイケは兄がずっと抱き続けた夢が叶った事に、瞬時感激したが、首を心の中で振って、其の感激を心の奥底に仕舞い込んだ。
スーア市の奪還が為されてから、喜びを出すべきだ。今は、このスーアのバリス軍との対峙に集中すべきだと。
「ウブチュブク将軍を来年から如何致しましょうか?部隊の編成等も行わなければ為りませんが」
「うむ。ウブチュブクだけでなく、ファイヘル・ホーゲルヴァイデも同日に将とする。確かに両者の率いる兵の編成は考えなくてはならんな」
二人が将に為る事は確定したが、肝心の率いる兵が足りない。
アムリートは改めて、対峙しているヘスディーテの造り上げた体制に感心した。バリス軍の制度なら、両者に対して、即座に一万を超える兵を任せる事が出来るからだ。
処が、日が経つに連れて、ホスワード側に不利な情報が、次々に伝えられて来た。
先ず、バリス軍が同時並行して遂行している、西の大国ブホータ王国との戦いに勝利し、ブホータ軍はバリス領から一掃され、守備兵として三万程を西にバリス軍は残し、約五万近くの兵が対ホスワード戦線に向かい、東進している事。
そして、エルキト藩王クルト・ミクルシュクは、キフヤーク可寒国の南に在る大国、ファルート帝国に何百頭の良馬と、大量の黄金を貢物として送り、キフヤークへの侵犯を要請していた。
黄金は、エルキト領内で砂金として取れるのだが、クルトはかなり前より、この事業を重視し、希望者を募り砂金集めをさせていた。
エルキト藩王国の西部を、度々劫掠していたキフヤーク軍は、逐次撤退して、南のファルート帝国との対峙へと路線変更をして行く。
事実上、バリス帝国の西のブホータ王国、エルキト藩王国の西のキフヤーク可寒国は、この大陸大戦から離脱した。
この両国の離脱を知ったアムリートは、十二月二十九日を撤退日として、スーア市に猛攻撃を掛け、其の一方で、順次部隊をゼルテス市へ戻して行った。
この撤退戦は見事だったが、ホスワード側としては、これに因り完全に後顧の憂いを無くした、バリス軍とエルキト藩王軍と同時に戦う事に為る。
また、南方の戦いである、テヌーラ帝国とヴィエット王国とジェムーア王国の陸戦も、形程度に為り、テヌーラ帝国は順次兵を北を上げ、水軍も本格的に整い始めているとの情報も入って来た。
水軍はホスワード軍のボーボルム城も完全に回復している。バリス軍の水軍は流石に海運国で無いからか遅れ、ドンロ大河で今後、海戦が在れば、ホスワード水軍とテヌーラ水軍の戦いと為るだろう。
年が明け、ホスワード帝国歴百五十九年。ゼルテス市の大本営では、年明け初日より御前会議が開かれ、今後の対策を話し合った。
この日の会合では、最悪の場合として、テヌーラ帝国に領土割譲を条件として、単独講和し、エルキト藩王軍も抑えて貰い、バリス軍との戦いにのみに集中すべきだ、との意見が大勢を占めた。
「どの国もずっと連戦中だ。恐らく早々に大規模な侵犯は無い筈、暫し兵の休息と再編成に一・二カ月は使用するだろう。今月は情報取集と兵の再編成を中心に行い、改めて、講和等を含めて協議をする物とする」
アムリートはこの様に会議を纏め、ゼルテスの大本営では、二日から兵部尚書ヨギフ・ガルガミシュを中心として、兵の再編成の会議が開かれた。
アムリートが情報収集を重視したのは、バリス帝国の状態だ。彼らは今年の二月から二十万を超える兵をずっと運用し続けている。
どう考えても、そろそろ物資不足に陥る筈だ。アムリートは対バリスに対しては、初めから長期戦を意図して行っていたのだ。
第三十四章 大陸大戦 其之漆 攻勢 了
ガリン、カイ、エラと親子3代で、ドラクエ5みたいですね。
ガリンとエラを主人公にした番外編は、いつか書いてみたいです。
何となくですが、ガリンの話は暗めで、エラの話は明るい感じになりそうです。
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