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第三十一章 大陸大戦 其之肆 次世代の勇士たち

 相変わらずのマイペース更新です。

 本年度中の完結宣言が、早くも怪しくなってきました。


 それでは、御一読、宜しくお願いします。

第三十一章 大陸大戦 其之肆 次世代の勇士たち



 ホスワード帝国歴百五十八年、四月十四日。ホスワード帝国の北に位置する、エルキト諸民族のシェラルブク族が居住している地域の付近に、エルキト藩王国軍が侵攻して来た。

 エルキト藩王軍は騎兵八万。総指揮を執るのは、総帥である可寒(カカン)クルト・ミクルシュクだ。

 ホスワード軍は騎兵六万。総指揮を執るのは、ホスワード帝国軍の将軍である、マグヌス・バールキスカンだが、軍中の五万はエルキト兵で構成されている。


 戦場は開けた平野だが、シェラルブクの地は、鷹が巣を作る崖が在ったり、起伏の豊かな草原が在り、森林も点在し、大河と云う程では無いが川が流れ、湖も在る。

 基本的には草原だが、つい先日、エルキト藩王軍がキフヤーク軍を一方的に叩きのめした、何処までも地平線が続く、干草原(ステップ)地帯とは、やや趣が異なる。


 両軍共に、鬨の声を上げて、突撃の角笛を吹く。

 両軍が至近にまで迫り、少なくとも矢を射れば、届く距離に近づくと、ホスワード軍の突進は急停止した。

 其の時である。エルキト藩王軍の両側に、何処から現れたのか、各五千程の軽騎兵が弓矢で以て、エルキト藩王軍の両側面を攻撃した。

 この合計一万の軽騎兵は、全員ホスワード帝国側のエルキト諸部族の女性たちである。


「構うな。数が少ないから、この様な小細工をしているのだ。我らは直進して、敵本隊を叩く!」

 クルトは両側面の女性騎兵隊は無視して、前面のホスワード軍を破砕する事を命じた。

 対峙した両軍は、共に短いので連射が可能で、動物の骨なども組み合わせて造られた、威力をも有する複合弓にて、相手に矢を浴びせる。

 そして、エルキト藩王軍は、其のままホスワード軍に雪崩れ込み、近接戦闘に入った。

 これでは、両側の女性騎兵隊は、味方に当たるので、矢を射る事が出来ない。


 ホスワード側のエルキトの女性騎兵隊は、一騎一騎が離れ、エルキト藩王軍の背後から半包囲する様な陣形を取った。

 距離はかなり離れているが、各自が弓で十分に狙いを定める。

 つまり、猛射撃ではないが、慎重に狙いを付けて、狙撃者(スナイパー)の様に、一人一人と、エルキト藩王軍の将兵に対して矢を放っていた。

 そして、確実にエルキト藩王軍の将兵は、次々に馬上から倒れて行く。

 クルトは全軍の指揮、個人での武勇、そして、戦場全体の把握を同時に行っている。

 これだけでも彼が信じがたい能力を有した、陣頭指揮官で、戦場での勇者である事を示している。


 クルトは部下の一人に、次の様に命じた。

「五千の兵を率い、あの子煩い女どもの騎兵を追え。但し、半刻程追ったら、この戦場に戻れ」

 クルトはホスワード将兵を、討ち取りながら思考を巡らす。

「ホスワードのオグローツ城に、非戦闘員が全員避難している可能性が高い。つまり、この場に居るのは全て戦闘員だ」


 五千のエルキト藩王軍が、周囲の女性騎兵隊を追う。

 彼女たち一万は、事前に想定していたのか、千騎単位で別れ、十の方向へと其々逃げて行く。

 エルキト藩王軍は其の一つの部隊を追ったが、追い付かない。

 当然だ。彼女たちと乗っている馬は、身に鉄具等の防具を付けていない。重装備では無いが、エルキト藩王軍の騎兵は全て鉄鎧で身を固め、馬は全体的にではないが、薄手の鎖帷子(チェーンメイル)で覆われている。

 時間の半刻が経過したので、諦め、この五千の兵は元の戦場に戻った。


「追っている間、他に住民は見なかったか?」

 クルトの欲しい情報は、女性部隊では無く、ホスワード側のエルキト族の周囲の状況だった。

「いえ、誰も見ませんでした」

「確定だな。オグローツ城には非戦闘員が全て避難している。つまり、この軍団を破れば、オグローツ城は無視して、ホスワード領へ雪崩れ込める」


 クルトの判断は正鵠を射ていた。

 つまり、このホスワードの影響下のエルキト諸部族で、男性は十八歳以下で五十五歳以上、女性は二十歳以下で四十歳以上、そして病人や怪我人、彼らは全てホスワードのオグローツ城内に居る。

 計二百名程のホスワード兵と、エルキト諸部族の兵が、城の守備と、彼らを護る為に城内に居るだけだ。


 オグローツ城の城壁上で、一人の少年が戦場の方向を見ている。

 この年に十一歳に為る、ホスワード軍女子部隊の副指揮官オッドルーン・ヘレナトの息子である、ハータ・ヘレナトだ。

 身の丈は百と六十五寸(百六十五センチメートル)近くあるが、未だ少年の表情と体幹だ。だが、十分に戦士として通用する馬術と騎射の持ち主である。

 母親がホスワード軍に入ってから、彼もホスワード軍に入る将来を決めている。

 其の為、武芸だけで無く、ホスワード語の勉強を初め、学問にも真摯に取り組んでいる。

 年齢の為に、今、遠望している戦場に趣けない事に、ハータは悔しさに身を焦がしている。


「ハータよ。お前が安全な処に居なければ、お前の母親は、ホスワードの地で安心して戦う事が出来ぬ。今は辛抱の時だ」

 シェラルブク族の族長の、デギリ・シェラルブクがハータの肩に手を置いて諭した。

 デギリは六十代半ば。後継と為る息子は、今ホスワード軍の中で、一部隊を率いて戦っている。


 一万の女性騎兵隊は、又も戦場に戻り、同様の布陣をして、再び狙撃者の様に、一人一殺を味方に当てない様に注意深く行う。

 猛射撃では無いとは云え、流石にエルキト藩王軍は次第に神経をすり減らして行った。

「後方に下がるな!背後から矢を射られ殺されるのなら、前に進み、相手と戦って死ね!」

 クルトがそう叫び、全軍をホスワード軍との混戦状態にする。

 クルトは最前線で、三叉槍(トライデント)を操り、次々にホスワード将兵を殺傷して行く。

「総司令官だ。このまま敵の総司令官を討てば、このホスワード・エルキト連合軍は指揮系統が乱れ、壊滅させる事が出来る」


 クルトはホスワード軍の本営を見つけ、テヌーラ人とエルキト人で構成された、精鋭の近衛隊を率い、突撃を敢行した。

 マグヌス・バールキスカンも戦場での勇士である。

 彼も陣頭指揮をして、自ら長槍を振るい、エルキト藩王軍の将兵を相手にしていた。

 其処に、まるで人狼の様な猛獣に率いられた部隊が、自身に殺到して来るのを感じる。

 先年の戦いで、この男がエルキト可寒クルト・ミクルシュクである事は分かっている。其の常人離れした剛勇さもだ。

 周囲の参軍や副官たちは、一時本営を引く事を、上司に懇請する。

不可(ダメ)だ。奴の狙いは私の様だ。若し、私が討ち死にした場合は、ルギラス殿を総司令官として、撤退せよ」

 ルギラスとは、シェラルブク族長デギリの息子で、一部隊を率いて戦っている四十代前半の指揮官である。


 覚悟を決めた、バールキスカンはクルトを相手にする。

「我が名はマグヌス・バールキスカン!貴様など、誇り高き北の狼では無い!只のテヌーラの走狗(かいいぬ)だ!」

「では(いぬ)の牙を受けよ!」

 クルトの突きは鋭く、バールキスカンが身に付けた胸甲を深く傷つける。

 恐るべきは、突きを放った直後に、即座にこの長大な三叉槍を手元に引き戻し、再度の攻撃、或いは相手の攻撃を封じる体制を、クルトは取っている事だ。

 これだけでも、彼が途轍もない膂力と、馬上での平衡(バランス)感覚が極めて高い持ち主である事を示す。


 二十合を撃ち合う頃には、既にバールキスカンは疲労していた。

 クルトの一撃が途方も無く重く、手が痺れ、握力が次第に無くなり、長槍を構えるだけでも辛い。

 三十合を超えると、最早バールキスカンは馬上での平衡感覚を失い、落馬しそうに為る。

 全身は出血し、幾つかの箇所は深手で、流れる血が溢れる様に出る。

 そして、致命的な一撃をバールキスカンは受け、落馬する。

「最期に言い残す事は?」

「…ホスワード帝国に栄光あれ」

「このまま苦痛なく絶息させよ。首は取るな。総司令官の死を相手に振れ回るだけで十分だ」

 クルトの近衛隊のテヌーラ人が下馬し、息も絶え絶えのバールキスカンを短刀で絶息させる。



 マグヌス・バールキスカンは、この年で四十七歳。

 長らく北方方面の将として、ホスワード帝国の北を守ってきた男の、これが最期であった。

 クルトは全軍の指揮を執り続ける。

 バールキスカンの遺体は、其のまま近辺のホスワード兵が回収した。

 この一騎打ちを周囲のホスワード軍が、息を飲んで観ていた事。バールキスカンの遺体が本営に回収された事。そして、エルキト藩王軍が相手の総司令官の死を振れ回った事。

 この三つで、ホスワード軍は瓦解して行った。

 バールキスカンの遺体を運ぶ本営は、ルギラス・シェラルブクの元に趣き、全軍の指揮権を任せる事。即時の撤退を頼みこんだ。


 バールキスカンの副官と、数名の兵が、バールキスカンの遺体を抱え、南のオグローツ城へと落ち延びる。

 ルギラスは自身の部隊を殿にして、次々に東へと部隊を退かせる。

 この時、女性部隊は遠方から、東へ撤退する味方を追撃して来る、エルキト藩王軍に矢を浴びせ、支援する。

 クルトは自軍の被害が想定以上に高かった事と、敵の総司令官を討ったので、東へ逃げて行くホスワード軍の追撃は止めさせ、予定通り南下して、ホスワード帝国内領のエルマント州への進撃準備に入った。


 この日の深夜には、帝都ウェザールの宮殿の閣議室に、マグヌス・バールキスカンの戦死と、エルキト藩王軍が南下の準備をしている報がもたらされた。

 皇妃カーテリーナが代表して、全員を立ち上がらせ、北を向き、約六十を数える程の黙祷をした。

 閣議室の主な列席者は、事実上の皇帝代理をしているカーテリーナ、内政・外交全般を総覧している宰相デヤン・イェーラルクリチフ、軍政の最高責任者の伯爵ヴァルテマー・ホーゲルヴァイデ兵部次官、そして、カーテリーナの父である、帝都防衛軍司令官のティル・ブローメルト子爵だ。

「ブローメルト司令官。エルマント州の住民は全員外出を控えさせ、衛士たちにもエルキト藩王軍の進撃をやり過ごす様に指示を出せば、宜しいのですね」

 カーテリーナが父に問うた。

 彼女は礼服(ドレス)姿で無く、かなり以前より、高級の役人が身に付ける正装を女性が身に付けるのに、相応しく工夫(アレンジ)した姿をしている。

 将来的に、女性がホスワード帝国の高官や閣僚になれば、今カーテリーナが着ている衣服が、勤務服として採用されるだろう。


「左様です。臣が帝都外に出て、防衛軍を指揮致しますが、退いたルギラス・シェラルブク殿との連携を致したく思います。ホーゲルヴァイデ次官、宜しいでしょうか」

 父娘は公式の場、と云う事もあって、主従の言葉使いをする。

 カーテリーナことリナは、夫の皇帝アムリートと同年の三十三歳に為る。

 長い金褐色の髪は、動き易い様に後頭部で束ねられて、其の白磁の美麗な(かおばせ)は、一国の主に相応しい冷静さも醸し出している。

 只、四六時中そうだと、周囲が緊張するのを察している彼女は、身の回りの世話をする宮女や使用人に対してや、時折帝都の各所を民衆たちが、安心出来る様に見回る時には、其の青灰色の瞳は生き生きと輝き、表情も声も明るく優しい。

 身の丈は、百と七十寸(百七十センチメートル)を少し超え、手足がスラリと長く、各省庁や帝都を律動的に歩く姿、其れだけでも周囲には安心感を与える。


 この日から、リナは実家のブローメルト邸に二・三日程泊まる。

 夫のアムリートが激務をするのを見ていて、健康を心配していた、当の彼女が同じく激務をしていたら、本末転倒だ。

 宰相にしても、兵部次官にしても、適宜休暇を取る様にして、この三人の内の一人が緊急の連絡を受けられるべく、宮殿内か省庁に常駐する体制を取っていた。


「オリュン様は、学院内で皆を鼓舞して、安心する様に努めています」

 そうブローメルト邸で養育しているツアラから、リナは報告を受けていた。

 翌日の十五日で、明日にはティルは兵を率い、帝都の北に布陣する。

 夕食時だ。当然リナの両親のティルとマリーカも居る。

「お父様。オリュン様ですが、自身を帝都防衛軍に入れる様に、と頼まれました。責任感の強さと勇敢さは、賞賛に値しますが…」

「タミーラ妃は何と仰っている?」

「勿論、大反対です。私も如何説得すべきか分かりません。お父様から、オリュン様に何か言ってくれませんか?」

「明日、大公殿下に御目通りしよう。ツアラ、明日は授業は何時に終わる?」

「午後の三の刻(午後三時)です」

 オリュン大公とツアラは同じ学院に通っている。年齢は同じで今年で十四歳だ。


 翌十六日の早朝。帝都防衛軍の二万五千は、ティルに率いられ、練兵場より出発し、ボーンゼン河に架かる橋を渡り、予定の布陣をした。

 布陣は帝都に雪崩れ込まれない様に、橋の部分と、帝都に水を引いている、貯水池の部分に強兵を配置した。

 橋は壊すべきだ、と云う意見も出たが、其れは最後の手段として、先ずは貯水池の守りが肝要だろう。

 若し、堰き止められたら、ウェザールは水に困難を来す。更に溜まった処を、放流でもされれば、帝都は水浸しに為り、人家の大半は半ば水没する。

 ティルは布陣を確認すると、一人帝都に戻り、学院から宮殿へ帰宅途中のオリュンを見つけた。


 ティルが拝跪して挨拶をするのもそこそこに、オリュンが懇請する様に言葉を放った。

「ブローメルト司令官。如何か私を防衛軍に参加させてくれないでしょうか?決して脚は引っ張りませんし、司令官は勿論、士卒の命も従順に受ける心算です」

「殿下。今の御言葉、全将兵にお伝え致します。必ずや将兵は奮い立つでしょう。ですが、殿下を防衛軍に入れる事は叶いませぬ」

「何故だ!私が未だ子供だからと云うのか!」

 オリュンの身の丈は百と八十寸近くあり、ティルより十寸近く低いだけだ。

 顔付きも、体付きも、日々大人びて来て、一日を迎える毎に、身体が成長する年頃である。

 明るい茶色の髪は、直ぐにでも軍務に就ける様に短くしていて、ティルを見る其の真摯な瞳は、ホスワードの色である鮮やかな緑色だ。


「殿下には帝都にて、遣って貰いたい事が有ります」

 そうティルは言うと、オリュンに頼みごとをした。

 軍事に明るい事を示す様に、オリュンはこのティルの説得を引き受けた。

「…分かった。其れは重要な事だな。私は其の任務をしよう」

「御母君のタミーラ妃にも、今の内容をお話し、許諾を頂く様お願い致します」


 ムヒル州のカリーフ村。ここには北西に対して見張りの塔が山中に在る。

 其の見張り塔には、ムヒル州の衛士が二十人程、常時詰めていたが、物資補給と、交代要員を兼ねて、数十名が現れた。

 見張り塔内のある衛士は、遣って来た一人を見て吃驚する。

「お前、カリーフ村のグライじゃないか!」

「はい、荷物運びなら、この様に幾らでも出来ますよ。戦闘では、兄たちと違って、物の役に立ちませんけどね」

 グライ・ウブチュブクは、この年に十二歳。其の身の丈は百と八十五寸を超え、重さは百二十斤(百二十キログラム)を超える。

 体格は大人其の物で、単純な力仕事なら、其処らの大人より、余程役に立つ。

「いやあ、大したものだ。ガリンさんの息子たちは、皆本当に凄いな」

「おいおい、娘さんたちだって凄いぞ」

「ええ、俺は好くセツカ姉さんに叱られますからね」

 暫し、カリーフ村の見張りの塔は、戦時体制とは思えぬ程、陽気な笑いに包まれた。


 グライはカリーフ村に戻ると、周囲の村人たちを集め、安心させていた。

「兄たちから聞きましたが、バリス軍もエルキト藩王軍も、武装した正規兵には容赦はしませんが、非戦闘員には危害を加えない軍です。武器と為る物を手に取らず、彼らを見かけても、何もしなければ、必ず被害に遭う事は有りません」



 カイ・ウブチュブク率いる「大海の騎兵隊」二千程が、メルティアナ州の北に位置するメノスター州の集合地に到着したのは、四月十六日だった。

 既に、ルカ・キュリウス将軍率いる一万の重騎兵。ヴィッツ指揮官率いる装甲車両群五十輌も到着していた。

 ホスワード軍はこの装甲車両は合計百輌を有している。つまり残りの半数は大本営のメルティアナ州のゼルテス市に残している。

 彼らの役目は、ここより北西に在るバルカーン城を攻囲している、バリス軍二万五千の駆逐だが、先に使用した装甲車両の楔(パンツァーカイル)の陣形が使えない。

 何故なら、バルカーン城の周囲は森林が多く、更に先のメルティアナ城での戦いの報告を、バリス軍の総帥ヘスディーテ・バリスは分析したのか、陣を木柵で囲わず、土塁で囲む様に既に指示していたからだ。


 到着して、程無くして、急報が入り、北方でバールキスカン将軍の戦死と、エルキト藩王軍がエルマント州を望む位置にまでに、進出している事がもたらされた。

「如何致しましょう?今直ぐ大本営に確認の連絡兵を送り、我らはバルカーン城の支援では無く、エルキト藩王軍に当たるべきか、を問い合わせるのは?」

 レムン・ディリブラントが冷静な一言で、キュリウス将軍に進言した。

 このレムンの落ち着いた一言で、皆は冷静さを取り戻した。

「速度を考えると、女子部隊が行うのが適切だな。ウブチュブク指揮官、旗下の女子部隊から数名を、ゼルテス市への連絡兵をお願いする」

「畏まりました。レナ、ラウラを代表にして、五名程の選抜を頼む」

 キュリウス将軍の命を受けて、カイは妻のレナに連絡兵の選抜を頼んだ。


 ラウラ・リンデヴェアステは、この年でレナの一つ下の二十四歳。

 当のエルマント州出身と云う事もあり、流石に動揺していたが、カイは彼女が軍上層部から、安心して貰える言葉を掛けてくれる事を期待して、敢えて代表に選別した。

 大本営の幕僚長を務める、ヨギフ・ガルガミシュ兵部尚書なら、必ずそうしてくれるだろうし、或いは陛下自らお言葉を賜るかも知れない。

 レナも残りの四名は、エルマント州出身の女性に決めて、五騎はゼルテス市へ向かった。


 返答は、このままバルカーン城のバリス軍の掃討だった。

 南下しているエルキト藩王軍に対しては、ティル・ブローメルトが二万五千の帝都防衛軍を組織し、更に敗れたホスワード・エルキト連合軍も、ルギラス・シェラルブクを司令官として、四万程の兵力の糾合と保持に成功し、これを再度エルキト藩王軍に当てる事が決まっている。

 但し、ルギラス率いる四万の騎兵の内、一万は女性であるが。

 南下するエルキト藩王軍は、凡そ七万程だ。


 四月十八日。カイたちは付近の大きな川、其れも西へ進めばボーンゼン河に進める川に、集結する事を命じられた。

 東から見慣れた船が二艘遣って来るのが見える。

 ボーボルム城に収容されている筈の、特殊大型船だ。

 キュリウス将軍と、其の主席参軍が、呆然とドンロ大河で使用していた、愛船を見ているカイたちに説明をした。

 つまりカイたちは、この使い慣れた特殊大型船で、国境と為っているボーンゼン河へ進み、バリス側から輸送される補給船の殲滅を命じられた。

 補給船は数百の兵が防衛の為に乗っているが、敵船の攻撃装置は無い。

 特殊大型船は三艘あるが、二艘だけをこの地に運行して来たのは、単にボーンゼン河の川幅を考えると、二艘の方がより流動的に動けるし、何よりバリス軍の輸送船が何時来るか分からないので、三交代制で、一部隊は完全な見張り役をする為だ。


 そして、キュリウス将軍とヴィッツ指揮官は、一つ一つ、バリス軍の物資集積地を襲う。

 先のメルティアナ城の様に、長距離の疾走は出来ず、一車輌に付き二千の騎兵が周囲を固め、バリス陣営を抉じ開けながら、襲撃をする。

 こうして、完全に相手の補給物資を絶てたら、バルカーン城の一万五千の兵と合わせて、総攻撃に移る、と云う算段だ。


「お父様が兵を率いているだなんて。率いている将兵も殆ど実戦経験から、遠ざかっているんでしょう?」

 ラウラを初め、エルマント州出身者たちは安堵しているが、今度はレナが不安に襲われている。

「聞いた処だと、俺の家を守ってくれているモルティさんも、其の防衛軍に所属しているらしい」

 カイも心配である。だが、末弟のグライが「家とカリーフ村は自分が守る」、と宣言したのは、心強く思った。

「母から聞いたが、父はティル・ブローメルト将軍を誉める事、人後に落ちなかったそうだ。兵を動かす事、自身の手足を動かすが如く。常に頭の中には複数の策を巡らし、武芸も剛柔兼ね備えた、神技の持ち主だ、と」


 バルカーン城に対するバリス軍の陣営は、城から北へ約二十丈(二百メートル)離れた箇所に在る。

 物資補給は、其処から西へ約三十丈行くと、ボーンゼン河が流れているので、対岸から輸送船が定期的に表れる。

 この辺りのボーンゼン河の川幅は十五から二十丈、といった処だ。

 特殊大型船二艘は、ボーンゼン河に直結する運河上に停泊させ、先ずは輸送場所に現れる船団の確認と為った。

 カイは自軍から三つの部隊を編成し、自身の部隊には女子部隊指揮官のレナ、参軍のレムン・ディリブラント、弟のシュキン。ヴェルフの部隊には女子部隊副指揮官のオッドルーン・ヘレナト、弟のシュシン。トビアス・ピルマーの部隊には、女子部隊の指揮官としてラウラ・リンデヴェアステ。

 つまり、先のボーボルム城と同じ構成にしたが、二艘なので、交代制だ。

 輸送船襲撃の肝と為る、女子部隊は五十騎。船体防衛兵は少数精鋭の二十名。物資の破棄が重要なので、突撃部隊は百名とした。

 移動用の漕ぎ手の六十名を合わせると、残るのは千五百程の兵だ。彼らは特殊大型船の停泊地の防衛兵とした。


 ゼルテス市の大本営に、北方のバールキスカン将軍が敗れ、戦死した事が伝わったのは、四月十六日である。

 アムリートを筆頭に軍の重鎮が揃う、この大本営ではバールキスカン将軍の戦死は、粛然として受け止められた。

 同時に帝都から、ティル・ブローメルトが帝都防衛軍を指揮し、残兵を糾合したルギラス・シェラルブクと連携して、エルキト藩王軍の帝都前での撃破を約する報も伝わった。

 此処でアムリートの軍が帝都に向かえば、即座に西のスーア市を大本営としている、バリス軍の主力が全軍を上げて後背を襲うだろう。

 協議の結果、帝都の防衛はティルに一任する事に為った。

「其れよりも、スーアのバリスの主力は確実に此方を襲うな。エルキト藩王軍がウェザール近辺まで侵攻している事は、彼等にも伝わっていよう」

 アムリートは再度のバリス軍主力との戦いに、傾注しなければ為らなかった。

 こうして、程無く「第二次ゼルテス会戦」が行われる。


 オリュン・ホスワードは四月十七日より、特別に学院を一時休校している。

 この日に彼が行ったのは、ウェザールの皇宮の背後に聳える、一番高い塔に上り、各種の準備を兵に命じる事だった。

 其れは、狼煙の用意と、北方を昼夜を問わずの遠望しての偵察をする為の、明かりの用意だ。

 元々、ウェザールの北に聳える塔群は、北方に対する見張り用である。

 これはウェザールがプラーキーナ朝では軍事基地だった影響である。

 だが、まさかこの遠望用の塔が、実際に使用されるとは、当直の兵達も思わなかっただろうし、其れを指揮するのが、オリュン大公殿下なのに驚く。

 ウェザールは南と西と東に、其々三つの城門が在るが、南の中央の正門以外は全て跳ね橋なので、十七日以降、正門以外の八つの門は閉じられた。


 またこの日に、北のオグローツ城にウェザールの帝都防衛軍から急使が届いた。

 急使は退いた、ルギラス・シェラルブクが居る位置を問い質し、エルキト藩王軍への再度の攻撃をする様に要請した。

 ルギラスは、オグローツ城に居る父親に、自分たちが退いた場所を連絡してある。

 其の場所へは、ハータ・ヘレナトが自分が案内したい、と族長のデギリ・シェラルブクに懇請した。

「分かった。飽くまで我が息子への連絡役だぞ。必ずや連絡後にこの城に戻る、と約束すれば、赴く事を認める」

「有難う御座います、族長。では、急使殿、即座に出立しましょう」

 ハータは自身の愛馬に乗り、急使を案内する。

 急使は驚く、未だ少年なのに少しでも気を緩めれば、置いて行かれそうだ。

 勿論、単に地理感がハータに有るからだが、其れを差し引いても、この少年の馬術は見事だった。



 四月十九日の早朝。ウェザールの遠望用の塔は、遂に黄土色の旌旗を掲げた軍団が、エルマント州との境になっている山道から南下して来るの発見する。

「では予定の狼煙を上げよ!」

 塔群の一つは、狼煙専用の塔と為っている。其処にオリュンは命じた。

 最も高い塔は九十尺(九十メートル)を超え、其の一番上にオリュンは居るが、隣り合う其れより十尺程低い塔の頂上から、赤茶けた色の煙が上へと吹き出す。


 其の赤茶けた煙は、未だウェザール州の北辺に達すか如何かの、エルキト藩王軍にも確認された。

 偵騎の情報で、敵は二万五千程、ボーンゼン河に掛かる橋と、ウェザールに水を引き入れている貯水池に兵が集中している事を、可寒クルト・ミクルシュクは得ていた。

「戦場は後ろに森林の多い山脈、前面は渡河が不能な大河。このまま数にて全戦線を襲う」

 エルキト藩王軍の進軍は慎重だ。

 広いとは云え、山道を縦長に進んでいる。

 両側の山中の森林から、奇襲部隊や、罠が仕掛けられているか、確認しながら、慎重に進む。

 実際に、ティルは小部隊を山中に放ったり、「ホスワード軍はエルキト藩王軍が山中で伸びきった処を、前後で塞ぎ、殲滅する気だ」、と流言を放っていた。


 全軍が山を下り、帝都ウェザールを指呼に望む、平地にエルキト藩王軍が布陣したのは、夕に近かった。

 クルトは慎重を期して、山を下った事を、舌打ちして後悔する。

 帝都へ続く橋と、貯水池の両地点には、数輌の完成直後の突撃車両が、壁と為っていたのだ。

 突撃用では無く、其のまま防備に使用し、中に弓兵が数名が入り、窓から狙い、其の上にも十名以上の弓兵が乗り、狙いを定めていた。


 激突はしたが、ボーンゼン河を背後にしたホスワード軍を、数に勝るエルキト藩王軍は包囲する事が出来ず、大半が後方で遊兵と為り、日が完全に暮れると、クルトは全軍を後方に退かせ、陣営を築いた。

「此処は同数の二万五千で当たらせ、別働隊を指揮して、ウェザールに迂回して攻撃すべきか」

 クルトはそう考えたが、流石に其処までのホスワードの地理感を持った指揮官は、自身も含めいない。

 部下達と協議し、結局、彼が採用した策は、七万の部隊を、約二万三千程と三つに分け、交代制で相手を疲弊させる力技を採択した。


 翌日の早朝より、ホスワードの帝都防衛軍は、休みを取れない猛攻撃に晒される。

 七万の部隊が、三つに分かれ、六刻(六時間)程戦うと、二刻を退却と次の部隊の展開に使い、又六刻程戦闘に来る。

 ティル・ブローメルトからすると、これは想定内の戦術だったが、流石の彼もこれには、「耐える」の一択しか無い。

 三回目の襲撃は、クルト・ミクルシュク自身が率いる部隊で、ティルはクルトと正対した。

 既に、日は完全に沈み、明かりと為るのは、空に輝く月と、星空群、そして、遠くの帝都の塔群の篝火と、両軍の篝火だ。

「この様な老いぼれが、最後の壁か。貴様を討てば、この弱兵どもは逃げ出すだろう」

「ふむ。何とも猛々しいな。若き日に地方で、人喰いの虎退治をした事を思い出す」

「前のホスワードの将は、俺を狗呼ばわりしたが、貴様は虎と表現か」

 クルトは三叉槍を繰り出し、ティルに襲い掛かった。


 ティルの武器は、二尺近くの鉄の柄が伸び、其の先端に厚く広い、三十寸程の片刃の剣が付いていた。

 薙刀である。

 馬上でクルトの突きや払いを受ける処か、単純に馬上で身を躱して、空を切らせる。

 そして薙刀の一閃を、クルトが平衡(バランス)を取る為に片手で掴んでいた、手綱を切り落とす。

「…おのれ!」

 如何しても、一騎打ちでは、有利な位置を取る為に、片手で手綱で操る場面が出て来る。

 クルトは退いて行き、兵の指揮に専念して、予定の時刻を確認すると、自部隊を陣に引いた。


 四月二十三日の早朝より、七回目のエルキト藩王軍の襲撃が始まった。

 ホスワード帝都防衛軍は、碌に休息が取れていない。

 この戦いは一方的にエルキト藩王軍が押し、橋の部分と、貯水池の部分は占領直前までと為った。

 其処に、帝都ウェザールの北に聳える塔から、緑色の狼煙が上がる。

 後方の幕舎で休んでいたクルトも部下の報告を受け、狼煙の確認に飛び出す。


 東側から、騎馬隊の喚声が起こる。先日クルトが蹴散らしたが、再編された、ルギラス・シェラルブクが率いる、ホスワード・エルキト連合軍だ。

 練兵場の志願兵は、最後の十二月の武術訓練の前に、約一カ月間、実際に輜重を運ぶ調練をする。

 其の公路(ルート)は決まっていて、練兵場から、クルト達が進軍に使用した山道を北に通り、エルマント州に入り北進し、エルキト領を翳める様に東に進み、南下して、ボーンゼン河に掛かる橋を渡り、西へ進路を取り、練兵場に戻る。

 この現れた連合軍は、ボーンゼン河を渡らず、其のまま西へ進路を取っている。

 この軍のホスワード人には、先の輜重を運ぶ調練を受けた者も多い。

 地理感が高い者が多い為、この戦場に最短で到達出来る。塔からの緑の狼煙は、其の連合軍が遣って来た合図だった。

 九十尺を超える高さから、遠望すれば、真っ先にオリュン達が気付く。

 ティルがオリュンに頼みごとをしたのは、この事だった。


 現れた連合軍は四万だが、エルキト藩王軍の誤算は七万の軍を完全に三つに分け、運用していた事だ。

 先ず四万の連合軍は、一番至近に駐屯していた、三つの部隊の一つに狙いを付け、一万の女性部隊が猛射撃をして、残りの男性部隊三万が粉砕する。

 クルトは全軍の再集結を命じ、自身も手綱を直した馬に乗り、全軍を指揮して、三叉槍を振るう。

 疲弊の極みに有った、帝都防衛軍も息を吹き返し、エルキト藩王軍に突撃する。

 

 ガリン・ウブチュブクの従卒を長くしていた、モルティは貯水池の防備兵として、突撃車両の上に乗り、矢を射ていた。

 短い休息は、其の車両の中でしていた。

 だが、彼は手渡された、鉄の槍を構えて、突撃を敢行する。

 モルティは、もう四十を過ぎているが、この状況下でも疲労の色を出さず、周囲を鼓舞し、奮戦する。

 ティルも、此処が勝負処と見て、馬上で薙刀を縦横に振るう。


「ウェザールまであと少しだと云うのに…」

 クルトは味方が次々に討ち取られるのを見て、決断した。

 これ以上の自軍の被害は、西のキフヤーク可寒国の反撃を許してしまう。

「全軍、北へ総退却!」

 当然の様にクルトは殿を務め、狼とも虎とも思わせる、暴虐さでホスワード兵を殺傷して行く。

「あの猛獣に近づくな!弓だ!弓を射よ!」

 ティルが周囲に命じ、クルトは長大な槍を器用に振り回し、自身に注がれる矢を弾き、逃げて行く。

 四月二十三日の日の暮れる頃。エルキト藩王軍は、エルマント州へ逃げ、更に其の翌日には、ホスワード影響下のエルキト領を通り、ひたすら北へと進み、エルキト藩王国の首都である、南庭へと進路を取る。

 クルトは首都で兵の休息と再編を優先し、西のキフヤーク可寒国の動静の情報集めに傾注する。


 こうして、ホスワード帝国は、エルキト藩王国の侵攻を完全に退けた。

 ウェザール内も厳しい外出制限をしていたので、其れを解き、市民たちは外に出て歓呼する。

 帝都防衛軍とルギラス・シェラルブクが率いる連合軍は、暫し練兵場で休息を取り、三日後に連合軍はエルキト藩王軍の動静を見る為に、オグローツ城へ赴く事が決まった。

 帝都防衛軍は、念を入れて、帝都への脅威が無い、と完全に判断された時に解散と為る。 



 四月十九日の昼過ぎ、つまり帝都ウェザール近郊で、帝都防衛軍とエルキト藩王軍が対峙していた頃に、メノスター州のバルカーン城の攻略軍である、バリス陣営にホスワード軍は襲い掛かった。

 バリス陣営は土塁で囲われ、突撃車両を侵攻させるのが難しい。

 バルカーン城からも一万程が出撃して、この救援軍を支援する。

 バリス軍の砲は、約五十門。バリス軍はバルカーン城の北に布陣していたので、砲は全て、前面に、つまり南に配置されている。


 この日はボーンゼン河で、トビアス・ピルマーを初めとする部隊が、対岸の様子を観察していた。

 場所は、バリス軍の陣営から、北西へ二十丈程の場所である。

 更に、其の北へ十丈程進むと、ボーンゼン河に繋がる運河が東へと流れ、其の半里(五百メートル)程に二艘の特殊大型船が控えている。

 夕近くに、二艘の大型の輸送船が来るのを発見した。

 バルカーン城の東側は、普段の兵士の作業として、農場や家畜小屋が在るが、既にバリス軍来襲時に、狩り取れる作物は、全て刈りつくし、家畜も全て城内に収容している。

 バリス軍約二万五千が飢えずに済むとしたら、ボーンゼン河で毎日の様に大量の川魚を釣らなければならないだろう。

 無論、近辺の村落からの略奪は、総帥ヘスディーテに因って、厳しく禁じられている。


 トビアスは、ラウラにウブチュブク指揮官に連絡する事を命じる。

 ラウラを初め数名の女子部隊が、馬を繋いだ処へ走り、特殊大型船の停留地へ赴く。

「では、出撃だ!分かっていると思うが、今回は敵兵の撃滅が主では無く、積んである物資の廃棄が目的だ。突撃兵の内七十名は、破棄のみに専念せよ。残りの三十名と騎兵隊は敵の殲滅と、破棄部隊の防衛だ」

 カイとシュキン、ヴェルフとシュシンは、其々の船で、破棄部隊の防衛兵をする。

 カイとヴェルフが艦長と為った、二艘の特殊大型船はボーンゼン河を目指す。


 ボーンゼン河へ二艘は入った。

「懐かしいな。初めて就いた任務が、俺は此処での釣りだったんだぜ」

 ヴェルフが隣のシュシンに言う。

「食料を破棄するのは大丈夫だと思いますが、火薬等の物資を破棄して、河の魚は大丈夫なんでしょうか?」

「う~む。実は俺も其処が引っ掛かる。漁を生業とする者としては、水を汚染する行為はあまり気が進まんのだ」

 ヴェルフは先のドンロ大河の戦いでも、護謨弾を大量に飛ばした事に、少し引っ掛かる物を持っていた。

「まあ、平和に為ったら、ドンロ大河や、ボーンゼン河の除染任務を買って出よう」


「凄いな。そんな長い物を扱えるのか」

「お父様が一番得意としてる武器だからね。私も弓と剣以外では、これを一番に習っていたの」

 レナが二尺近くの木製の柄の先に、厚く広い、三十寸程の片刃の剣が付いた物を携えていた。

 薙刀だ。木製の柄は、漆塗りされ、補強されている。

 カイは、自身の先に斧が付いた長槍を翳し、馬上のレナの薙刀の先に、斧の部分を軽く当てて、作戦の成功を誓った。


 バリス軍の二艘の輸送船は、自身たちが乗っている船より一回り小さい船二艘が、接近して来るの確認した。

 一回り小さい、と云っても、物資を大量に詰めているので、単に此方が大型で、接近してくる船も十分に大型船に分類される規模だ。

 船首が独特で、如何やら鉄で出来ていて、其れがまるで剣の様に、突き刺さんと、猛速度で向かって来る。

 帆柱に備えらえた帆が緑色で、前の二つの横帆は畳んでいたが、最後尾の縦帆は靡かせ、其処には三本足の鷹が配されていた。

 ホスワードの水軍だ!


 文字通り剣の様に、二艘とも船首を、各自バリスの輸送船の船腹のほぼ上部に突き刺す。この幅広で、厚さも在る剣は、突撃用の通路と為る。

 先ず、騎兵が突撃して来た事に、バリス兵は仰天する。

 続いて百名程の兵が乱入して来た。

 騎兵突撃に虚を突かれた、バリス兵は混乱を極め、幾人かはボーンゼン河へ落水して行く。

 カイの部隊では、甲板上で、馬上のレナが薙刀を振るい、バリス兵を蹂躙する。

 カイは長槍を振り回し、内部へ通ずる楼閣の戸を破壊する。

「シュキン!一部隊を率いて、物資破棄部隊を防御しろ!俺も直ぐ下に向かい破棄用に、船体に穴を空ける」

 甲板上にも幾つかの物資が保存されていたので、破棄をする。

 レムン・ディリブラントに至っては、数名の部下と、持ち運びし易い食料を奪い、自船へと持って行く。

「何やら、海賊、いや、河上だから、水賊に為った気分だな」


 バリス軍の輸送船は、二艘とも二つの階層から為り、どちらも八割程は食料が占めていた。

 後は、火薬や、鉛玉、榴弾といった武器、そして、医薬品や軍服や防具、陣営維持の為の資材だった。

 カイもヴェルフの部隊も、各階層に穴を空け、全てボーンゼン河に流した。

 バリス側の守備兵は各船で、百名程だったが、次からは対策が取られる筈なので、この次以降が本当の勝負と為る。


 こうして、二艘の特殊大型船は、ほぼ深夜に元の停留地に戻ったが、この場所にバリス軍が兵を差し向ける可能性が高い。

 十輌の装甲車両と、キュリウス将軍旗下の二千騎が、この地に防衛兵として駐在する事が決まり、バリス陣営の攻撃は、四十の車両と、八千の騎兵で行う事に為った。

 キュリウス将軍の襲撃も上々とまでは行かなくても、其れなりに物資集積地を破壊できたので、明日以降バリス軍が如何出るか、カイとしては不安な面も有る。

 独自に此処のバリスの司令官が報復、と称して近辺の村落を襲う可能性を危惧したのだ。

 カイが思案を巡らしている頃、近くでざわつきが起こった。


 何事かと、カイが其の場所へ赴くと、レナが倒れ、激しく嘔吐していた。

「大丈夫か!何処かやられたのか!?誰か医師を頼む!」

 近くで様子を見ていたオッドルーンがレナに近寄った。

「レナ様。以前より、この様な状態は有りましたよね。其れをお隠しに為っていませんでしたか?」

 カイとオッドルーンは苦しむレナを見る。周囲に篝火や松明等の明かりが灯されたが、彼女は見る限り負傷をしていない。

 オッドルーンが色々レナの身体を改めると、カイにこう言った。

「ウブチュブク指揮官、おめでとう御座います」

「な、何がめでたいのだ!?」

「指揮官殿には妹弟が多い筈、少年の頃、御母堂がこの様な状態に為ったのを、見た事は有りませんでしたか?」

「あっ…!」


 バルカーン城から医師が来て、改めて診察すると、凡そ八・九週目だと言われた。

 まだ体の内部の異変のみで、外部からは分からない状態だ。

「如何すべきだ?俺の母はお腹が大きい時も、普段通り家の仕事していたが。此奴らが産まれる前の日まで、普通に家事をしていたぞ」

 カイは双子の弟のシュキンとシュシンを見た。

「一言に家事と云っても、色々と有りますが、戦場に比べれば、少なくても重労働では無いでしょう。更に初産でも無いからです。正直、此処での戦線離脱をお勧めします」

「大丈夫。カイ、オッドルーン。私は未だ役に立てるよ」

「レナ様。如何か退く事をお願いします。今は御子様の事を第一に考えて下さい」

「レナ様。私も副指揮官と同意です。如何か後方へ!」

 近くに居たラウラが、其の薄い碧い瞳に涙を浮かべて、懇請する。

「…分かった。女子部隊の指揮官にはヘレナトが、副指揮官にはリンデヴェアステを、この場で任じます」

 レナは片手でラウラの手を握り、もう片方の手で彼女の明るい金髪を撫でた。


「カイの故郷のムヒル州は、ラテノグ州に近いな。帝都は未だ安全が不分明だ。如何だ、レナ殿がトラムの別邸で過ごすのは。オースナン市から医師を呼び、普段は俺のじいさんとばあさんと共に住んで貰おう。俺のばあさんは子を産んだ経験は無いが、お産の手伝いは豊富だぞ。俺が取り上げられた時も、其の場に居た程だからな」

 ヴェルフがレナが、ヴェルフの故郷のトラムのウブチュブク家の別宅で過ごす事を提案した。

 当のカイは、自身が父親に為る、と云う事で頭が一杯で、思考が全く出来ない。

「ほらっ、シャッキとしろ!」

 ヴェルフがカイの背中を力強く叩く。カイは冷静さを取り戻した。

「す、すまん、ヴェルフ。今、お前が言った事で進めよう。好いな、レナ?」

「うん。まだ騎乗はしても問題は無いんだよね?」

 オッドルーンは女子部隊から、子を産んだ経験のある二名の兵を、共としてトラムまで赴く事を命じる。



 四月二十一日の昼前。荷物を纏めたレナと二人の女子部隊の兵が、レラーン州のトラムまでの長い旅路へと出発した。

 ヴェルフに因る、事情が記された手紙は、前日に早馬でトラムの彼の大叔父夫妻の元へ飛ばした。

 前日は丸一日、任務は停止とし、周囲はカイとレナをずっと二人きりにさせた。

 カイは其の一日中、是でもかと云う程、レナから「無茶はしない様に」、と注意を受けていた。

 お腹に子を宿して、馬上で薙刀を振るう者に言われたくは無い、とカイは心の中で苦笑したが、其れは強く約束した。

「何か有ったら、部隊はヴェルフに任せて、俺も直ぐトラムへ行く。だから安心して出発してくれ、レナ」

 カイはレナを抱きしめ、其れからは二人が初めて出会ってから、今までの事を色々と話し合っては、お互いに笑い合った。


 そして、カイはカリーフ村に実家に手紙を書いた。現在、実家には母のマイエとモルティの妻と末弟のグライしか居ない。

 なので、マイエの両親のミセーム夫妻が、ウブチュブク家に泊まっている。

 ミセーム家は村長をしていたので、其れなりに大きい家だ。そして、ウブチュブク家はカリーフ村で一番大きい家だ。

 ミセーム老夫婦は、自分たちの家を村の若い家族に譲って、ウブチュブク家に住む事を考えているらしい。


 ボーンゼン河のバリス軍の輸送船に対する、「大海の騎兵隊」は大きく再編成され、以下の様に固定と為った。

 一艘目は、艦長がカイ、女子騎兵隊指揮官がラウラ、船体突撃兵にはシュキンとシュシンが揃った。

 二艘目は、艦長がヴェルフ、女子騎兵隊指揮官がオッドルーン、船体突撃兵にはトビアスが率いていた精鋭を揃えた。

 其のトビアス・ピルマーは、完全にボーンゼン河の見張り役で、停泊しているカイたちの連絡責任者と為った。

「明日より、この編成で同じ任務を行う!私事で迷惑を掛けたが、諸卿らの力戦に改めて期待する!」

 カイは夕食後に、自部隊を集合させて、こう述べた。


 二日後の、二十三日。急な事もあるが、然し、補給物資は必須な為、バリス側は碌な準備も出来ず、同種の輸送船二艘を運行した。

 精々、船上の防衛兵を多くした位である。

 カイとヴェルフの二艘の特殊大型船は、又も同じく各自突撃を敢行した。

 ヴェルフの船からは、レナから受け渡された薙刀をオッドルーンが馬上で振るう。

 カイの船からは、ラウラが先に錘が付いた鉄の鞭(チェーンクロス)を振るう。

 又も大量の物資は、ボーンゼン河へ遺棄され、バリス軍の輸送船は、戻って行く。


「将に豪傑だな、オッドルーン殿は。あのエルキト藩王に出会ったら、お前や俺では無く、彼女に任せれば、あの薙刀で、藩王の首を跳ね飛ばしてくれるのではないか?」

「其れならば、ヘスディーテが前線に現れたら、ラウラの錘で、あの白面を血で染め上げて貰おう」

 帰還したカイとヴェルフが、共に女性指揮官を誉め合った。

 彼女たちが甲板上で大暴れするので、カイたちは物資破棄が余裕を持って出来るのだ。


 考えてみれば、騎兵を敵船に突撃させる案を、カイが思い付いたのは、このバルカーン城での任務中だった。

 あの時は、自身でも奇妙な発想だと思ったし、ヴェルフも一笑に付した。

 だが、現実には見事に運用出来ている。

 あの時、ヴェルフは「若し、其れが出来たら、『大海の騎兵隊』だな」、と言ったが、其れが現実と為っているのだ。

 報告では、いよいよ、バリス軍は物資不足で、困窮をし始めているらしい。

 次の輸送船を撃沈すれば、総攻撃の指令が出される可能性が高い、と参軍のレムンが連絡して来た。


「成程、ヴェルフはそんな事を言っていたのか」

 レナが戦線離脱してから、カイは休憩時間は弟たちと過ごす事が多い。シュシンからヴェルフの意見を聞いていた。

 現在、ドンロ大河ではヌヴェル将軍主導の下、テヌーラ水軍の襲撃時以外は、護謨の除去作業をしている。

 つまり、これはボーボルム城の兵全てが、他戦線に使えない事を意味する。

 ボーンゼン河にバリス側の物資を遺棄しているが、其の中には水質を汚染する可能性が高い物が有る。

 この大河は、帝都ウェザールを初め、生活用水や灌漑用に各地で引いている。

 そして、両河は、其のまま海へと注がれている。

 「大海の騎兵隊」と名乗っているのに、当の大海を汚染する様な事をカイたちはしている。


 戦なのだから、勝つ為に、何でもかんでも遣って好い訳では無い。

 これでは、勝利後に漁や作物の生育に携わる者たちに、迷惑を掛けてしまう。

「食料は兎も角、火薬や資材の破棄は少し考えて行った方が好いな」

 カイはシュキンとシュシンに、ヴェルフとレムンを呼ぶ様にして、二人と話し合い、物資破棄の効率的な方法の相談をする事にした。

「では、私が資材等の撤去を一手に引き受けましょう。其の為の人員と箱等の用意を、今直ぐ行います」

 レムンは持ち運びし易い食料を、奪い取り、自船へ運搬していたが、食料の代わりに資材の運搬をする事にした。

「カイ、シュシンから、俺のボヤキを聞いたのか。すまんな、必要以上に手を掛けさせちまって」

「いや、お前は正しいよ。『大海の騎兵隊』が大海を汚すなんて、笑い話にも為らない」

「確かに。トラムで魚介を食すであろう、奥方と其のお腹の子の事を考えると、重要ですな」

 レムンはそう言って、直ぐに準備に取り掛かった。


 レラーン州のトラムへと騎行するレナが、帝都ウェザールの実家に送った手紙が届いたのは、四月二十五日で、ちょうど帝都でエルキト藩王軍を退けた、翌々日である。

 レナたちは途上の宿泊は軍施設で行っている。

 其の日の内に、ブローメルト家の関係者は歓喜に満たされた。

 翌日の宮殿での朝食時に、オリュン大公が、カーテリーナ妃に言った。

「皇妃様。ご両親とツアラと共に、其のレラーン州のトラムへ、レナ姉様に会いに一週間程滞在して下さい。特に問題が無ければ、来月辺りで好いでしょう」

「ですが、私には政務を執るお役目が有りますが」

「宰相と兵部次官が居るであろう。いざと為れば、私も宮殿の執務室に常駐する」

 執務室とは、アムリート専用の執務室では無く、空き部屋が多い宮殿の四階の一室を、急遽リナ用の執務室に改装した部屋である。


 ティルとマリーカにとっては、初孫と為る。両者は語る事はしなかったが、孫の顔を見たい思いをずっと抱き続けていた。二人がツアラに暖かいのも、そうした思いも何処か含まれている。

 其れを薄々知っていたアムリートとリナは、何処か申し訳なく思っていたのだが、まさか妹のレナが其れを叶えてくれるとは、と喜ぶリナであった。

 そして、リナは心の中で笑う。母のマリーカがやたらと弟の独身のラースに強く当たる事だ。

 其のラース・ブローメルトは、ホスワード帝国の最も北西のラテノグ州のプリゼーン城で、バリス軍二万の歩騎の攻囲を受けている。

 ラースは、この年で三十歳。ホスワード帝国軍で最年少の将軍である。

 彼が司令官として駐在しているプリゼーン城の兵は、軽騎兵五千と重騎兵五千だ。

 籠城戦をするには、やや不自然な兵科の配置だが、つい四月の頭まで、エルキト人を中心とする二万の騎兵隊が、度々バリス軍に夜襲を行っていた。

 これは南のバルカーン城でも、同時期まで、マグヌス・バールキスカン将軍率いる二万の騎兵隊が、同種の事をしていた。


 エルキト藩王軍の南下が始まると、この計四万の騎兵は北方へ去ったが、プリゼーン城のラースは、上手くこの夜襲に合わせて、自軍も城から出撃させ、バリス軍を大いに苦しめた。

 だが、現在は頼みの味方は北へ去り、更にバールキスカン将軍の戦死の報まで入ってきて、プリゼーン城内は粛然と為る。

 ラースもそうだが、ここで一人の高級士官が城内で、味方を鼓舞していた。

 ヴァルテマー・ホーゲルヴァイデ兵部次官の息子の、ファイヘル・ホーゲルヴァイデ上級大隊指揮官だ。

 ファイヘルは、この年でカイと同年の二十六歳。上級大隊指揮官の席次に有る、高級士官は五十名を超えるが、彼は其の最年少と為る。

 軍人貴族でも、早くても三十代前半で就く階級だ。

 この様に若い上級の指揮官たちを擁し、更に次世代に有望な勇士たちが揃う。其れがホスワード帝国であった。


第三十一章 大陸大戦 其之肆 次世代の勇士たち 了

 少年たちを少し活躍させました。

 本当なら、この位の少年たちが主人公の冒険活劇が、王道なのでしょうが、20代や30代は元より、それ以上のおっさんやじいさんが活躍する話が好きなので、こうなっています。



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