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第二十九章 大陸大戦 其之弐 Walküren und Panzer

 本年もこのスローな物語に、お付き合いしていただいている皆様には、感謝しかございません。

 来年の目標は、本物語の幕引きです!

 「終わる。終わる」詐欺にならないように、頑張って書き続けて、終幕を迎えたいと思います。

 (もし、来年の今頃、終わらなかったら、ゴメンナサイ)

第二十九章 大陸大戦 其之弐 戦乙女達と装甲車両群ヴァルキューレンウントパンツァー



 ホスワード帝国歴百五十八年二月十五日に、バリス軍は五カ所より、東に接するホスワード領内へと雪崩れ込んだ。

 先ず、バリス軍の主翼である歩騎八万が、メルティアナ州の北西に位置する、スーア市を占拠した。如何やらスーア市長が市の掌握後、其のままバリス軍を導き入れたらしい。

 同州のメルティアナ城には、攻撃軍のバリス軍二万と、占領軍であるテヌーラ軍六万が迫っている。

 メルティアナ州の北に位置するメノスター州のバルカーン城には、バリス軍二万五千が迫っている。

 最も北西のラテノグ州では、凍結したボーンゼン河をバリス軍二万が渡り、プリゼーン城を攻囲しようとしている。

 五カ所目は、ドンロ大河を南からテヌーラの軍船が北上し、西からバリスの軍船が東進し、両水軍はラニア州のボーボルム城付近へ接近しつつあった。


 ホスワード軍は皇帝アムリートに率いられ、十六日の内に、歩騎八万近くがメルティアナ州へと進発した。

 布陣場所は、メルティアナ城とスーア市の双方へ、即座に支援部隊を送れる要地を選んだ。

 アムリートは第八代皇帝で、この年に三十三歳に為るが、即位して既に十三年目である。

 人目を引く長身と、細身ながら引き締まった体格は、宮中での執務服より、戦場での軍装が似合い、事実彼は即位前は軍人としての道を歩んでいた。

 即位すると、当然政務に励んだが、この様な大きな会戦が起こると必ず親政し陣頭に出る。

 後年、為政者として高い評価を受けるアムリート帝だが、彼は先ず戦場での戦士なのだ。


 十七日の深夜、行軍中の皇帝軍に、ボーボルム城付近のドンロ大河上で、バリス・テヌーラ連合水軍をホスワード水軍が打ち破った報がもたらされる。

 一部は歓喜に沸いたが、次々にもたらされる情報では、数カ月はボーボルム城内の軍船の大半が戦闘に使用不可な事、司令官であるヌヴェル将軍以下、幹部たちに死者は出ていないが、長い者だと快癒に一カ月以上は掛かる事だった。

「無事な者で、最も上位は誰に為る?」

 アムリートはそう質問を発すると、「カイ・ウブチュブク指揮官に為ります」、との返答を得た。

「では、ヌヴェルが全快するまで、ウブチュブクを臨時司令官として、引き続き哨戒活動を続ける様に伝えよ」

 其の伝令兵は即座にボーボルム城へ奔った。帝国全土の主要道路と水路を、民間が使用する事を制限しているので、到達は容易だ。


 また、この頃スーア市の様子も克明に分かって来た。

 先ず、市民の大半は近隣の村々に避難、と云う因り、追い出されていた。

 スーア市は宿が多い市だが、バリス軍進駐後、資材を持った大量の工兵が次に現れ、市を要塞化し、兵馬の休憩地、物資の補給地としている。

「これは事前に入念な準備をしていなければ、出来ぬ事だな。件のスーア市長はバリスの内通者と見て好いだろう」

「申し訳御座いません、陛下。臣はスーア市長に引っ掛かる処が有ったのですが、結局市長の市の掌握の件を認めてしまいました」

 謝辞したのは皇帝副官のハイケ・ウブチュブクである。アムリートは特に怒らない。

「其れだけ、ヘスディーテが上手だったと云うだけだ。代わりに卿はドンロ大河の大戦を勝利に導く功を立てている。此方ではヘスディーテの読みを的中させている」


 先のドンロ大河でバリス・テヌーラの連合水軍を撃破したのは、ハイケが事前にバリス水軍が単縦陣を採用し、テヌーラ水軍が南から東へ攻囲する布陣を予想したからだ。

 バリス領のドンロ大河は、中流域から上流域なので、川幅は狭い。

 其れでも二十丈(二百メートル)以上の箇所も在るが、これでは複雑な艦隊運動が出来ない。

 砲を使用した艦隊戦の戦術訓練は、単縦陣での回頭しか出来ないだろう、とハイケは喝破していた。

 如何にヘスディーテが稀代の策謀家でも、「自国の川幅を複雑な艦隊運動が出来る様に広く造り替える」、など可能な訳が無い。

 この部分ではハイケがヘスディーテの上を行っていた。アムリートは其れを指摘したのだ。

 皇帝副官ハイケ・ウブチュブクは、この年に二十三歳。

 バリス帝国の事実上の総帥である皇太子ヘスディーテ・バリスは、この年に二十五歳。

 そして、臨時ボーボルム城司令官に任命された、カイ・ウブチュブクは、この年に二十六歳。

 この様に、多くの二十代の若者たちが重要人物として、関わっているのが、この大陸大戦の一つの特徴である。


「スーア市のバリス軍はヘスディーテ自ら率いている様だな。ハイケ、例のフーダッヒについて調べていたが、其の者は市長に為ってから、秘密裏に市を出て外遊等はしていないな」

「はっ、市を離れていた際は、確実に記録を残し、随員に関しても残しています」

「では、彼一人で隠密裏に市を離れ、バリスに赴いていたか、彼の秘密を知る者がヘスディーテとの橋渡しをしていたかだな…」

 アムリートは馬上で考え込んだ。後者ならヘスディーテとフーダッヒは、初めて直に会う事に為る。

 初対面なら、今後、相互の意見の食い違いが出て、両者の仲が険悪と為る可能性も考えられる。

「スーアに関しては様子見だな。幸いにも、フーダッヒの野心で市民は市外に居る」

 アムリートは南のメルティアナ城のバリス・テヌーラの連合軍を駆逐する事を優先した。

「既にドンロ大河ではテヌーラは敗れている。このメルティアナ城の戦いで、先ずテヌーラには大戦の舞台の一時退場をして貰おう」

 皇帝軍には輜重車とは別の、百輌程の巨大な装甲車両が在る。二頭の馬にて曳いているが、形状から馬を曳いて使用する車両で無いのは明白だ。



 ボーボルム城の医療棟で療養中のアレン・ヌヴェル将軍が、カイ・ウブチュブク下級大隊指揮官を呼んだのは、十八日の午後の三の刻(午後三時)だった。

 カイは自身の主だった幹部と共に来る事も要求された。

 カイの部隊の「大海の騎兵隊」の主な幹部は、以下である。

 副帥を務める、ヴェルフ・ヘルキオスは下級大隊指揮官。年齢はこの年で二十九歳。

 参軍を務める、レムン・ディリブラントは中級中隊指揮官。年齢はこの年で三十九歳。

 女子部隊指揮官を務める、マグタレーナ・ウブチュブクは中級中隊指揮官。年齢はこの年で二十五歳

 女子部隊副指揮官を務める、オッドルーン・ヘレナトは下級中隊指揮官。年齢はこの年で三十一歳。

 更に、二人の将兵も居る。

 下級中隊指揮官のトビアス・ピルマーと、女子部隊の上級小隊指揮官のラウラ・リンデヴェアステだ。

 年齢はこの年でトビアスが三十二歳、ラウラが二十四歳だ。


 (ベッド)に半身を起こしたヌヴェル将軍は、この年で五十一歳。其の全身は包帯に覆われているが、幸いにも内蔵等までは深く傷ついていない。

「卿らに来て貰ったのは、連絡事項だ。先ず、卿らは明日付で各自一階級昇進。そして、ピルマーとリンデヴェアステにはかなりの報償が出る」

 この二人はテヌーラとの戦いで、テヌーラ水軍の総司令官を捕縛した大功を立てた。

「次に、ウブチュブク下級…、いや中級大隊指揮官は同じく明日より、このボーボルム城の臨時司令官とする。正式な書類等は追って帝都の兵部省から発行されるだろうが、戦時中の為、既に陛下が了承済みの確定事項だ」


「小官が城塞司令官ですか?」

 驚くカイにヌヴェルは笑う。

「私が現役に復帰するまでの代理だよ。抑々、私はこの城塞の次の司令官職には、卿を推薦する心算だしな。まあ、予行演習と思ってくれ」

 勿論、他の部下達も昇進や恩賞が出る。

 特に、カイとヴェルフが最初に部下とした、バルカーン城での十九名は、既に士官と為っているトビアスを含め、全員士官昇進と為った。

 彼らの年齢は二十代後半から三十代前半。志願兵として調練を受け、この年齢で士官と為るのは、実は昇進速度としては早い方だ。

 其れだけ、カイとヴェルフはかなりの特殊例である。

 そして、ラウラはホスワード軍で三人目の女性の士官と為った。


「凄いな、カイ。司令官だぞ。酒を振る舞って大騒ぎは出来ぬが、早速シュキンとシュシンに自慢してこい!」

 医療棟のヌヴェル将軍の部屋を退出しながら、ヴェルフがカイの背中を強く叩く。

「とは云え、こうも毎日、緊張感の中で哨戒活動を続けていたら、皆疲弊して行くだろう。報告内容に因っては半日程、緊張を解す為に祝宴も好いかもな」

「おっ!この司令官様は話が分かるぜ!」

 医療棟とあって、皆は基本的に静かに話し合ったが、棟を出ると、会話の声が大きく為る。

「然し、この私が上級の士官に為るとは、驚きです。役人から軍に転属した時は、中級の士官昇進が最終地点と思っていましたからな」

「もう少しで、高級士官ではないか。カイが将に為ったら、参軍は高級士官が務めるからな。おっと、カイが将に為ったら、主席参軍はハイケで、ディリブラント殿は次席参軍だな」

 ヴェルフがレムンの背を叩く。屈強なカイと違い、やや小柄で細身のレムンはヴェルフの一撃で、よろめき倒れそうに為る。


 一同はヌヴェル将軍が元気そうだったのと、自分たちの昇進報告で、久々に笑いながら各自の棟へ進んだ。

 其処へ一人の士官が現れた。この士官はカイが臨時司令官を務める事を知っていたので、次の様な事を言った。

「司令官代理殿。これも臨時と為りますが、副官を付けなければ為りません。ヌヴェル将軍の副官殿も負傷中の故、司令官の権限で明日までに副官を決められます様」

「其れは俺の…、いや私の部隊の中から、選んでも好いのかな?」

 其の士官は「構いません」、と言って去って行った。

 カイは一同を見渡す。レムンを見たが、参軍を副官に兼任させる事は出来ない。

 オッドルーンもトビアスもラウラも武闘派だ。書類業務が発生するので、学院卒で無ければ為らない。

 カイの視線は妻と合った。

「決まりだな。臨時副官はレナ殿だ」

 ヴェルフの一言で、ボーボルム城の上層部の一時的な体制は、これで決まった。


 臨時司令官と為ったが、カイの一室は以前のままで、変わった処と云えば、執務室に隣接した副官用の部屋にレナが居住する様に為った位である。

 帝都ウェザールでは共に生活しないのに、この様な軍事要塞で共に生活するのは、改めて奇妙な夫婦だ、とウェザール住まいのヴェルフやレムンは思う。

 カイが城塞司令官に為ったので、各人は其々作業を分担した。

 ヴェルフは哨戒活動を一手に引き受け、少しでもカイの負担を軽減する。

 カイの部隊「大海の騎兵隊」の管理は、レムンとオッドルーンが中心と為り担当し、カイは城塞にもたらされる情報整理と分析、軍船の修復の人員と予算の遣り繰り、不足している医療品の発注等をしている。

 副官のレナと、レムン・ディリブラントの様な役人から軍籍に転じた、数人の士官の補助を得て、臨時司令官の業務を日々行った。


 二月二十三日までに、ボーボルム臨時司令官のカイの元に集まった、対内・対外状況は、以下と為る。

 先ず、プリゼーン城とバルカーン城メルティアナ城は、バリス軍の火砲に苦しめられているが、其れ以上に水弾が功奏している様だ。

 バリス軍とて無策では無い。当然、雨中での砲の使用も視野に入れて、例えば点火装置の火皿には蓋が付いているし、導火線には水を弾く様に蝋を塗ってある。

 点火要員が雨中でも火を起こせる様に、別の兵が上に傘を差す。

 だが、降り注いでいるのは雨では無く、水弾だ。天から降る雨は、特定の箇所や部隊を意志を持って濡らさないが、水弾は意志を持って相手を濡らす事が出来る。

 更に実際に雨中と為れば、其の効果は絶大だ。


 対外的には、南で行われているテヌーラ帝国とヴィエット王国の海戦は、テヌーラ側の勝利で終わり、ヴィエット側の水軍は総撤退している。

 ヴィエットの水軍は主に海賊退治用で、ホスワードで云う、中型船と小型船の中間の大きさで、これを百艘近く出撃させ敗れたが、勝利したテヌーラ側の被害も甚大で、このテヌーラ側の水軍がドンロ大河へ向かう事は、先ず無いと報告された。

 陸戦ではテヌーラ軍五万の内、二万がヴィエットの一万五千と対峙し、三万がヴィエットの西に在るジェムーア王国の二万五千と対峙中である。

 一進一退で、このテヌーラ軍五万は、完全に南へ貼り付けられたままと為るだろう。


 エルキト藩王国は全軍挙げて、西のキフヤーク可寒国に襲い掛かっている。

 つまり、今現在エルキト藩王国は空白地帯だが、ホスワード北方軍六万は其れを見て、二万を残し、マグヌス・バールキスカン将軍が指揮する、主にホスワード人で構成された二万を、バルカーン城の離れた所で、もう一人の将軍がエルキト人で構成された二万で、プリゼーン城の離れた所で布陣している。

 両将軍の主に行っている事は、両城を攻囲しているバリス軍への夜襲で、全軍騎兵なので、一撃しては城から遠く離れた所に帰陣している。

 この度重なる夜襲もバリス軍を苦しめ、プリゼーン城とバルカーン城はかなりの余裕を持って、持ち堪えている。

 勿論、エルキト藩王軍がキフヤーク軍を、完膚なきまで叩きのめして、戻って来たら、この合計四万の騎兵は即時に北方へ撤退し、エルキト藩王軍と対峙する。

 両城の本格的な戦いは、其処から始まるだろう。


 アムリートはメルティアナ城のバリス・テヌーラ連合軍に狙いを定めているが、全軍を上げると、スーア市のバリス軍八万の進撃を許してしまうので、スーアのバリス軍を釘付けにしつつ、メルティアナ城の支援部隊の編成を行っている。

 作戦決行が、三月中旬までに、と定められ、如何やら「大海の騎兵隊」も、ボーボルム城を離れ、この支援部隊に加わる予定だ。

 其の頃には、ヌヴェル将軍も業務に支障が無い程、快癒しているだろう。



「つまり、ブホータ王国は何の動きもしていない、と云う事なのか」

 日々の哨戒活動の結果と、南方に在るテヌーラの軍船の大半が使用不可との情報が入ったので、カイは半日だけ城塞全員の飲酒を許す宴席を開いた。

 其れまで飲酒は週に一日、限られた量のみしか許されていない。

 流石に大量の飲酒は控える様に注意はしたが、ヴェルフは早くも三杯目の(マース)の杯に入った麦酒(ビール)に手を付けている。

 升の杯は大体十合(一リットル)の量と為る。

「臆病なのか、内部で足の引っ張り合いをしてるのか、本当に一致団結した行動が取れぬ国なのだな」

「まるで、プリゼーン城のファイヘル・ホーゲルヴァイデ卿の様な言い方ね。ヴェルフさん」

 そうレナに言われたヴェルフは益々不機嫌に為る。

「統一されて未だ数年。如何しても国内の整備を中心に行いたいのだろう」

 カイがブホータを擁護する様に言う。


「それと、私たちの部隊は正式にメルティアナ城を攻囲する、バリス・テヌーラ連合軍を駆逐する支援部隊に入る事が決まりだって。出発は十日後ね」

「ほんの僅かの司令官職だったな。ウブチュブク司令官」

「まあ、臨時だからな。だが、当地に着いたら部隊の増員と為るらしい」

 中級大隊指揮官は二千程の兵を率いる事が出来る。

「此処でバリス軍に大打撃を与える事が出来れば、ブホータも本格的に動いてくれるかも知れんな」

 そう言って、カイも三杯目の升の杯の麦酒を頼んだ。


 三月十一日に、カイたちの部隊は全員騎乗にて、ボーボルム城を離れ、メルティアナ州を目指し、指定された場所に集結の為に出陣した。

 其の場所は、曾て三年前にテヌーラ軍がメルティアナ城を攻囲した時に、アムリート帝が兵を率いて布陣した地域に近い。

 この時期のメルティアナ城付近は、濃霧が発生する事が多く、これを利用してアムリート帝は自軍の勝利を導いたが、確かに西へ向かう毎に天候が悪く、日中でも数名が松明を灯して行軍する。

 馬術に優れたシュキンとシュシンは、主に其の役目を果たしている。

 二人はボーボルム城を離れる際、ヌヴェル将軍から特に激励の言葉を受けていた。


「トビアス。集結地は卿の故郷に近いな。到着したら、一日は故郷で過ごして構わんぞ」

 カイは部下のトビアス・ピルマーと馬上で話した。

 トビアスは故郷に妻を残している。結婚したのは先年の南洋諸国の出発前の長期休暇中で、帰郷した彼は幼馴染と結婚したのだ。

 メルティアナ州はホスワードで一番の領域と人口を誇る州だが、トビアスの故郷は人口千五百人程の村である。

 トビアスは上官に感謝を述べる。

 実は、カイがボーボルム城臨時司令官を務めていた時、数件の将兵の結婚の処理をしていた。

 女性兵士も男性兵士も、全てカイとレナの部下、且つ上官が夫婦なので、其のまま仲人と為れる。

 中には、シェラルブク女性とホスワード男性の結婚も有った。


 レナが隣を騎行する、ラウラ・リンデヴェアステに声を掛ける。

 彼女が奇妙な武器を、右の腰に丸めて携帯していたからだ。報奨金を元にボーボルム城の職人に造って貰ったらしい。女子部隊は左腰に片刃剣(サーベル)を帯剣している。

 其の武器の握り手の柄は、十五寸(十五センチ)程の鉄製で、更に其の上に皮が巻かれている。

 柄の先からは鉄製の輪が連なり、先端には五・六寸程の鉄製の錘が付いている。

 全体の長さは、百と三十寸程で、重さも一と半斤(一キロ五百グラム)も無い。

 故郷のエルマント州で馬上より、皮の鞭を持ち、羊を追っていたラウラは、其れに近い形状の鉄の鞭(チェーンクロス)を造って貰ったのだ。

「これは、貴女にしか使いこなせないね。でも、よくこんな物を造って貰ったね」

「はい、ウブチュブク指揮官やヘルキオス指揮官の様に、主武器を持つ事に憧れていました。用途も重さ的にも私に合っているかと」

「次の戦いでも、期待してるよ。ラウラ」


 二日後には集結地に到着したカイの部隊は、同時に続々と皇帝軍の一部隊が到着してのを確認したが、圧倒されるのは、例の突撃装甲車両が百輌現れた事だ。

 其の他は、重騎兵一万騎と、軽騎兵千騎で、軽騎兵は全てカイの指揮下とされた。

 全軍の指揮を執るのは、重騎兵一万の指揮官でもある、ルカ・キュリウス将軍で、三十三歳の若さだ。

 更に既に男爵家の当主で、所謂名門軍人貴族な訳だが、アムリート帝での軍政上、其れだけで将軍の地位を貰える理由とは為らず、若くして確かな実績を持った人物である。

 気位は高いが、カイたちに対して、特に高圧的でも挑発的でも無い様だ。

 アムリートと同年の為、若き日より、軍学院で共に学び、同時に軍務に就いた事もあり、多少なりとも性格的にアムリートの影響を受けている。


 キュリウス将軍の幕舎で、其の日の内に主だった幹部が集まり、作戦会議が開かれる。

 既に作戦内容は決まっていて、突撃装甲車両群が三角形を形成して、先頭を走り、其の後ろを重装騎兵が固め、両脇は軽騎兵が補助をする突撃陣形が決まっていた。

 装甲車両群(パンツァー)が敵軍に(カイル)を打ち込む、独自陣形で大陸の歴史上初の陣形だろう。

 其れも、メルティアナ城に火砲を打ち込むバリス陣営に突撃して、其の勢いのままテヌーラ陣営を襲うと云う、長距離を疾駆する突撃だ。

 攻囲しているバリス軍は二万、テヌーラ軍は六万だが、どちらも騎兵隊は無く、歩兵と重装歩兵のみで構成されている。

 懸念された両陣営の形状は、土塁で囲われた物では無く、木柵なので、突撃は容易だろう。

 両脇の軽騎兵は「大海の騎兵隊」の指揮はヴェルフが担当し、カイは自ら新規の軽騎兵を指揮する事を志願した。


 カイが率いる新規の軽騎兵隊は、当然百戦錬磨の将兵で構成されているが、彼らは「無敵将軍」ガリン・ウブチュブクの息子であり、何よりカイ当人の実績を、ほぼ全員が直接に間接に知っている。

 直接知る者は、例えば二年半程前のエルキト藩王国との戦いに於ける、カイと敵の総帥である可寒クルト・ミクルシュクとの壮絶な一騎打ち等だ。

 あれを直に見ていた者は、カイに完全敬服をしている。

「カイ、シュキンとシュシンだけは、お前の傍らに居た方が好いだろう」

 ヴェルフがそう言って、双子のシュキンとシュシンのミセーム兄弟は、カイの軽騎兵部隊に入った。



 三月十五日。この「突撃軍」と呼称された部隊は、メルティアナ城へ進軍する。

 装甲車両は中の三十人が上部に乗り、作戦の開始までは、二頭の馬にて曳く。

 空は灰色で、やはり霧が出ているが、見通しが悪い程では無い。

 装甲車両には松明を備えられる箇所があり、夜半行軍中はこの箇所に松明を備える。

 メルティアナ城を攻撃しているバリス陣営の北の二里半(二・五キロメートル)まで達すると、装甲車両から馬を外し、乗員が内部に乗り込む。

 恐らくこれだけ目立つので、既に敵の斥候に知られている処だろうが、キュリウス将軍は構わず全軍の突撃を指示した。


 メルティアナ城は、南北に五里(五キロメートル)と五十丈(五百メートル)、東西に五里の城壁に囲われていて、其の城壁の高さは二十尺(二十メートル)近く、厚さは五尺近くある。

 更に城を護る様に城塞が点在している。

 バリス軍は西方に展開して、攻撃をしていて、テヌーラ軍は西方からメルティアナ城の正門がある南へ展開している。

 テヌーラ軍は衝車や挺車と云った攻城兵器を持ちこんでおらず、バリス軍が城壁を壊し尽くすので、其処より、侵入して城内の占拠を任されていた。

 このメルティアナ城より以南のホスワード領は、テヌーラが領する事で、同盟が組まれているので、テヌーラは占領部隊六万しか送らなかった。


 メルティアナ城は、他のホスワードの軍事要塞と異なり、人口十万の都市で、メルティアナ州の州都である。

 当然、市民の外出区域を、メルティアナ城司令官ウラド・ガルガミシュ将軍は制限しているが、市民のある代表から提案された、「曾て軍に所属していた経験を持つ、五十五歳までの男性まで」、と云う条件で、市民兵の組織を認め、彼らは主に水弾と石弾の製作と、其れらを運ぶ運搬役を行っている。

 石弾の製造は、メルティアナ城の修繕で余った石材を元にしている。

 主に西側の城壁上と城塞に、投石機が何十と設置され、水弾と石弾をバリス陣営に浴びせる。

 バリス軍は八十門の砲を用意し、城壁破壊を試みるが、石弾は兎も角、無限とも思える水弾が降り注がれるのに次第に恐怖を覚えていく。

 攻城兵器の無いテヌーラ軍は、完全な傍観者と化していた。


 そんな中、ホスワード軍が北から来襲して来た事を、バリス軍の司令官の将軍は報告を受け、其の報告内容に驚く。

 この将軍は実際に其の様な物が突撃して来るのか、と確認する為に陣営の一番の北面に自ら赴く。

 報告内容通りだった。

 土塵を巻き上げ、楔形を形成した巨大な車両群が至近に迫って来る。

 即座に砲を数門を北を運び、突撃して来るホスワード軍に砲撃する事を指示した。


 先のバリス・テヌーラとのドンロ大河上の水戦で、ホスワード軍は手榴弾を使用した。

 装甲車両が出来ると、ハイケの指示で、車両に長い導火線が付いた手榴弾を幾つか装着させ、事前に爆破の耐久実験をしてある。

 中には木で造られた人形に軍装させた物を、三十体入れてだ。

 結果、外壁は殆ど損傷せず、内部も三十体の木人形は何とも無かった。着せた軍装も傷ついていなかった。


 装甲車両の先頭は全装甲部隊の指揮官である、カレル・ヴィッツ中級大隊指揮官が操縦席に乗っている。

「我らが先陣を切り、敵陣奥深く突撃する!これが今後ホスワード軍の主力の一つと為るのだ!怯懦を捨て、誇りを持って突進せよ!」

 ヴィッツ指揮官は、この年で四十三歳。平民出身で、志願兵から現在この地位に就いている。

 彼は長らくこの種の車両を扱う経験が豊富だったので、この装甲部隊の指揮官に抜擢された。

 ヴィッツ指揮官は、「視界が悪くなる」、と言って、鉄兜を被らず、高級士官の濃い緑の帽子を被っている。

 装甲車両は外側の鉄と護謨で、全体的に黒っぽいので、同色で擬態(カモフラージュ)出来る様に、特別に装甲部隊の軍装は、全身黒色が実は検討されている。

 特に内部の三十人に対しては、動き易さを重視した軍装だ。

 現在、兵部省の被服部署で、試作品が造られている。


 着弾や爆風を、物ともせず、ホスワード軍の楔状に編成された装甲車両は、バリス陣営の木柵を突き破り、其のまま自分たちに先程まで撃ち込まれていた火砲を蹂躙する。

 既にバリス軍の火砲の要員を初め、陣地の北に位置していた者たちは逃げ出している。

 続いて、キュリウス将軍が率いる重騎兵が突撃する。将軍は両側の軽騎兵隊に、改めて連絡兵を飛ばした。合流日に行った作戦会議での再確認用だ。

「ウブチュブク、ヘルキオスの両指揮官に伝えよ。卿らの其々内側は我が部隊が責任を持って守る。故に外側の敵兵を討つ事に専念せよ、と」

 重騎兵の左側にヴェルフの部隊、右側にカイの部隊が疾走している。

 つまり、ヴェルフたちは内側の右面を無視して左側の、カイたちは内側の左側を無視して右側の敵兵にのみ集中して攻撃を加える。


 カイの馬の鞍には両側に矢を納めた袋がある。

 カイは、右の袋の矢を全て左に入れ、右手で弓を持ち、左手で矢を番える。

 左右両手で矢を放つのは、カイが得意とする騎射である。

 視界が悪いのに、正確にバリス兵に突き刺さっていく。

 同じく、左手でシュシンは矢を放つ。彼は字を書いたり、(スプーン)を使うのは左手だからだ。

 シュキンは右手で矢を放つが、身体を捻っているので、この状態で敵兵に当てるのは、騎射の技量の高さを示している。

「まだテヌーラ軍が残っているからな。矢を全て撃ち尽くさず、各自抜刀して、接近戦にて敵兵を蹴散らせ」

 カイはそう自部隊に指示を出すと、背に背負った鉄製の長槍を閃かせた。


 先端に斧が付いた、この槍は長さは二尺を超え、重さは八斤を超える。

 この長大な武器が、カイの膂力と技量で馬上より振るわれると、付近のバリス兵は重武装の兵でも一撃で戦闘不能にされる。

 シュキンとシュシンは、ボーボルム城からの出陣時に長剣を正式に渡されている。

 彼らは正式な一般兵と為っている。

 抜刀した両者も、やはり次々にバリス兵を蹴散らす。


 重騎兵一万は、前を走行する突撃車両で、蹂躙された陣営の確実な破壊と、敵兵は其のまま馬蹄で蹴散らす。

 最も外側を奔る部隊は、味方の軽騎兵が一番の外側の攻撃に集中出来る様に、確実に間の敵兵を殺傷する。

 キュリウス将軍とヴィッツ指揮官は、頻繁に連絡兵で遣り取りを行い、突撃の目標の微調整を行う。

 突撃開始より、一刻半、ほぼ「突撃軍」はバリス陣営を、北から南へと蹂躙した。



 ヴェルフの部隊。つまり「大海の騎兵隊」は「突撃軍」の左側を奔っている。

 メルティアナ城の西側の城壁上から見れば、右から左へと、彼らが最も近くを疾走している。

 「大海の騎兵隊」には、ホスワード軍、と云う因り、大陸諸国でも先ず存在しない、組織された二百を超える、軽騎兵の女子部隊がある。

 白を基調とした、独特の軍装。

 それは、視界が悪くても、メルティアナ城の西側の将兵たちには、はっきりと味方だと分かる、明確な合図と為っている。

「味方だ!援軍が来てるぞ!」

 其の声は、即座にメルティアナ城の全将兵は元より、市民にさえ伝わった。

 女子部隊は援軍の合図の為だけに、左側を奔っているのではない。

 彼女たちが放つ矢は、確実にバリス兵に突き刺さり、彼女たちも次のテヌーラ軍に備えて、腰の片刃剣(サーベル)を抜刀して、突撃を敢行する。


 あるバリス兵の顔面が衝撃で潰れ、歯が飛び出る。

 ラウラが放った鉄の鞭(チェーンクロス)の先端の錘が当たったのだ。

 ラウラは鞭を振るい、自分に戻った錘を左手で掴む。彼女が左手に付けた手袋は、やはり特別に造って貰った、特殊な厚手の手袋だ。

 先端の錘だけでなく、軽装備の兵に対しては鉄の輪を当てるだけでも、痛みで悶絶させ得る。

 立て続けの矢の連射で十人は倒したレナだが、ラウラのこの馬上での接近戦には驚く。

「これは負けてられないね」

 レナも抜刀して、バリス兵に斬り込む。

 ラウラとレナの活躍は、女子部隊全体に伝搬して、彼女たちが敵兵を殺傷する事、夥しかった。

「おいおい、これでは俺たちは彼女たちの従卒だぞ。お前たち、後れを取るな!」

 ヴェルフが背に背負った鉄製の長槍を(しご)く。

 先端が幾つもの突起物が付いた鎚と為っていて、長さはこれも二尺は超え、重さも八斤を超える。

 バリス兵の絶叫がこれで更に増えて行った。


「メルティアナ城に入城して、ガルガミシュ将軍に一軍を組織して貰い、バリスの残敵の掃討をお頼みせよ。我々が北から南へ、そして東に向かい、次にテヌーラ軍を襲う事。そして、我らがテヌーラ軍の陣営の東端まで達したら、テヌーラ軍の掃討もだ」

 ルカ・キュリウス将軍は部下の一人に、こうメルティアナ城のウラド・ガルガミシュ将軍に支援を頼んだ。

 今、城内のホスワード軍が出撃したら、突撃している装甲車両に巻き込まれる可能性が有るので、出撃の瞬間(タイミング)を図らないといけない。


「ご苦労。キュリウス将軍の意図は承知した」

 ウラドはこのキュリウスの部下からの連絡を聞き、配下の一人を呼ぶ。

「五千の騎兵を準備せよ。私自ら指揮する。西の一番の北側の城門より出撃する」

 この時ウラドは、西の城壁上の南の方に居る。

 ちょうど先頭を走行する装甲車両群が、三角の陣形を維持したまま、全車両が滑らかに左折して行くのを見た。

「護謨を車輪にも使用していると聞いたが、あの時の南方使節がこの様に実を結ぶとはな…」

 水弾と装甲車両で使われている原材料の護謨は、ウラドが使節団長と為って、南方使節に赴いてから、多く調達出来る様に為った。

 其の時の使節団長を務めた身としては、何とも感慨深い。

 だが、其の感慨を即座に振り払い、城壁を降りたウラドは、愛馬に乗り、出撃場所とした西の一番の北側の城門へと進んだ。


 テヌーラ軍も自軍へ先頭が衝車の様な車両が、突撃して来るのに驚愕する。

 百輌が楔形を形成し、横幅も広い陣形で迫って来るので、テヌーラ兵は逃げ惑い、何処へ逃げるべきか困惑して、お互いに衝突し合う。

 装甲車両は操縦席のみ半身を出していて、内部は密閉状態だ。内部の運搬役が入るのは背後だが、ここも頑強な戸が閉まる様に為っている。

 但し、前面と上面、そして左右の側面には、各四つずつの五寸程の正四角形の、窓が空く様に為っている。

 取っ手が付いていて、其れを回転させると、其の部分の箇所の厚い外壁を取り外す事が出来るのだ。

 取り外した物は、相当に重いので、内部に設置してある、頑強な入れ物に収納する。

 砲を使用するバリス軍を突破したので、窓を全て開けて、車内を涼しくする。

 ずっと走りっぱなしの三十人は、完全に汗だくだ。確かに特殊な軍装は必要だろう。

 また、車内には厚い板が下面に設置され、其処に乗り休憩する事も可能だ。


 テヌーラ兵は、車両群に対して左右、つまり南北に分かれて逃げて行った。

 数十名の逃げ遅れた兵士は、轢き殺され、陣や幕舎は壊され、車両群が通り過ぎた跡の惨状は壊滅的だった。

 其の真後ろに、騎兵隊が続くので左右に散ったテヌーラ兵は、このホスワード軍の騎兵隊の格好の餌食と為った。

 特に最も外側を奔る軽騎兵隊は、馬上より猛射撃を行い、矢を撃ち尽くすと、接近戦を挑んでくる。

 ラウラ・リンデヴェアステが振るう鉄の鞭(チェーンクロス)は、重武装をした兵には、確実に其の顔面に錘を打ち込み、軽武装の兵には、鉄の輪を強かに打ち据える。


 女子部隊は片刃剣(サーベル)で、馬上より軽装備の兵を狙うが、レナは重武装のテヌーラ兵が自分に鉄の槍を突き付けて来るのを見て、咄嗟に身体を捻り躱しながら、其の槍を掴み奪い取った。

「私も自分に合う主武器を造って貰おうっと。今回はこの鉄の槍で我慢ね」

 そう言って、レナは奪った槍で、重武装のテヌーラ兵も相手にする。

 オッドルーン・ヘレナトは見事な馬術で、地面すれすれまで、其の身を低く沈め、落ちていたテヌーラ兵の同じ鉄の槍を拾い、彼女も馬上で槍を振るう。


「化物だ!近くに居るだけで殺されるぞ!」

「逃げるぞ!あんなのを相手に出来る訳が無い!」

 南北二手に分かれた、テヌーラ軍の将兵から、恐怖の叫び声が上がる。

 どちらもカイとヴェルフが長槍を閃かせ、テヌーラ兵を殺傷する事、夥しい。

 両者は単純に膂力が有るので、一撃で相手を戦闘不能に出来る。

 更に、槍は長く、両者の身体は大きく、腕が長い(リーチがある)ので、攻撃範囲が広いのだ。

 この頃、ウラド・ガルガミシュ将軍が率いる五千の騎兵隊が、メルティアナ城から出撃して、未だ混乱が収まらないバリス軍に攻撃を加えている。



 先頭を走行する突撃車両群は、遂にテヌーラ軍を突破した。位置としては、メルティアナ城の南側の東端近くだ。

 一息つき、全軍が揃うのを一旦待つ。

 テヌーラ軍は六万と多いので、彼らの幕舎や物資補給をしている箇所に対する突撃を敢行する事を、キュリウス将軍とヴィッツ指揮官は決めた。

 これら物資集積地を破壊されたら、テヌーラ軍は完全に士気を喪失するに違いない。

 カイとヴェルフはキュリウス将軍に呼ばれた。

「これより、テヌーラの陣営の破壊を重点的に行う。なので、ヘルキオス指揮官はガルガミシュ将軍に、其れをお伝えする事と、将軍の援護。ウブチュブク指揮官は我が重騎兵の背後に回り、補助を頼む」

 陣形が再編され、先頭の装甲車両と後方の重騎兵の配置は其のままで、カイが率いる軽騎兵は、重騎兵の後方に回った。

 そして、ヴェルフ率いる「大海の騎兵隊」は、ウラドの軍に合流する為、遣って来た突撃路を戻る様に出発する。


 大勢は決した。三月十六日の早朝に「突撃軍」がバリス陣営に突撃してから、メルティアナ城を攻囲していた、バリス軍二万とテヌーラ軍六万は、其の日の夕近くには、双方とも潰走した。

 キュリウス将軍が率いる「突撃軍」は、装甲車両も含めて、全軍メルティアナ城に入り、遥か北の後方で待機していた、「突撃軍」の輜重部隊も入城する。

 この輜重部隊には、装甲車両を専用に整備する技師たちも居る。


 ウラドがキュリウスとヴィッツを労い、話し込んでいる。特にウラドはヴィッツに対して「見事な指揮ぶりだ」、と感服している様だ。

 因みにウラド・ガルガミシュはヴィッツは同年で、この年に四十三歳に為る。

 一頻り彼らと話し込んだ後、ウラドはカイたちの側に現れた。

「相変わらず、卿たちの勇敢さは素晴らしいな。特に今回は女子部隊が凄かった。先のドンロ大河でも大活躍だったのだろう?」

 ウラドは彼女たち二百名程を見る。軽傷者が数十人出ただけだ。

「私達がこの様に武勇を誇れるのは、ウブチュブク指揮官とヘルキオス指揮官が居るからです。お二人の剛勇さに皆注意が向くので、私達は自由に活躍出来ます」

 其の様に女子部隊指揮官マグタレーナ・ウブチュブクは、ウラド・ガルガミシュ将軍に代表して言って、両者は更に会話を行おうとしたが、其の矢先に急報が入った。

 皇帝軍約六万に対して、スーア市のバリス軍の本隊約七万五千程が来襲して、両軍が対峙中との連絡だ。


「恐らく、火砲の対策の装甲車両の全てを、此方に向けたので、陛下の本陣を急襲したのだろう」

「では、一刻も早く、陛下の本陣への救援を!」

「いや、陛下の事だ。車両を全て此方に向けた、と云う事は、何か対策が有って行ったに違いない。報告が来ただけで、救援要請は来ていない。其れに一日や二日では、車両群の整備は終わらぬのだろう?」

 このウラドの最後の言葉は、ヴィッツ指揮官と整備の責任者に対して言った。

 両者は頷く。

「では、なるべく早期に車両の整備を頼む。其れと、ウブチュブク夫妻には此方へ、卿らに少し聞きたい事がある」


 ウラドから呼ばれたカイとレナは、スーア市の市長であるエレク・フーダッヒについての質問をされた。

 ウラドによると、側近をフーダッヒの傍に付けていたが、彼からの定期的な連絡が、バリス軍のスーア市進駐の数日前に途絶えてしまったらしい。

「つまり、フーダッヒ市長はバリスの内通者、と云う事ですか。其れも何年も前から」

「私の部下をフーダッヒの監視役として置いていたが、ずっと連絡が取れない。恐らく既に亡き者とされている可能性が高い…」

 カイとレナはお互いの顔を見合わせた。三年も前だが、二人は直接フーダッヒと面会している。

 其の時に既に内通者で、然もウラドの部下を謀殺している様だ。

 其の様な人物には見えなかったので、夫婦は愕然とした表情を見合わせた。


「二人ともフーダッヒに関して、少しでも違和感を感じた処を教えて欲しい」

 カイは思い出す様に、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「市長になる前、彼は長く既に閉鎖されたスーアの孤児院の担当部署で、働いていた様です。其の孤児院には、あのパルヒーズ・ハートラウプが在院していた事を、直接彼を知る当時の院の方から聞いています。ですが、フーダッヒ氏が三年前に私達に見せた、在院名簿にはパルヒーズの名は有りませんでした」

 最後にカイは、何十年と渡って一人の者が記録したのでは無いので、単なる記入忘れだろう、と判断して、其れ以上の調査はしなかった事を述べた。

「…本当に記入忘れか、或いはフーダッヒが故意に消した可能性が有るな」

「後者だとしたら、彼はヴァトラックス教の関係者の可能性が有ります!」

「スーア市って、曾てヴァトラックス教を国教とした国が在った処だよね。カイ」

「そうだ。ダバンザーク王国の首都だ。五百年程前にプラーキーナ朝に滅ぼされている」


 ウラドは、更にヴェルフとレムンを呼んだ。

「今より、陛下の陣へカイが述べた事を連絡する。返信内容に因っては、卿ら四名はバリスの本陣にエレク・フーダッヒ、或いはパルヒーズ・ハートラウプが、居るか如何かの確認を求められるかもしれん。本日はゆっくり休み、明日以降直ぐにでも行動出来る様にしてくれ」

 ウラドは続けて「若しそう為った場合は、卿の部隊は一時的に私が預かる」、と述べ、最後にこう言った。

「カイ。卿には色々と大仕事を任せて済まないな。実はこのメルティアナ城の次の司令官職には、私は卿を推薦する心算なので、そう為ったら、夫婦で腰を下ろして、この城での任務を頼む」

 ヴェルフが笑いを堪えている。ボーボルム城のアレン・ヌヴェル将軍も、自身の後任にカイを推そうとしている。

 この両将軍は其の内、カイの取り合いで、喧嘩でもするんじゃないだろうか、と想像すると、失笑の衝動が抑えられないヴェルフ・ヘルキオスであった。



 こうして翌日より、何時でも対峙中のホスワード本軍へ赴く準備をした、カイとヴェルフとレナとレムンは、改めて各自知っている、フーダッヒとパルヒーズの情報を交換し合った。

 近くで其れを見ていた、シュキンとシュシンが不安そうに兄たちを見る。

「大丈夫だ。援軍に赴くわけでも、敵軍に隠密に潜入する訳でも無い。恐らく陣中の最前線でバリスの本営の確認をしに行くだけだ」

 カイが弟たちを安心させる様に言う。


 午後の四の刻近くに為った。この日は如何やら赴く事は無い様だ。

 現在、メルティアナ城内は市民の外出規制などが、解かれている。

 カイは思い出した様にヴェルフに言った。

「ヴェルフ。夕飯だが、若しやっていたら、何時ぞや赴いた飲食店でしないか」

「ああ、あそこか。確か今日から夜の営業も許可されているんだよな。大人数で行って、少しあの店を救ってやろう」


 カイとヴェルフが言った店とは、曾て二人が下士官時代に、テヌーラと同盟して、バリス領への侵攻の援軍に行った際、メルティアナ城に先ず集結したのだが、当地で色々散策し、昼食を食べた店だ。

 あれから数年。今、バリスとテヌーラの同盟軍を撃破した、と云うのは隔世の感がある。

 二人と共に行くのは、ミセーム兄弟、レナ、オッドルーン、レムン、トビアス、ラウラ、更にあの時の部下十八名の士官、計二十七名だ。

「こんな大人数で大丈夫か。今日から夜の営業開始だから、混んでいるんじゃないか?」

 ヴェルフが言うと、トビアスが進み出て、「若し、この人数で駄目なら、私達十九名は別の場所を探しますので」、と言ったので、カイとヴェルフは謝辞した。


 当の食堂兼宿屋に着いた。実家が同業のレムンは、興味深く店の外観を観察する。

 中に入ると、営業はしている様だが、客が殆ど居ない。

 カイが代表して言う。

「済みません。この人数でも大丈夫でしょうか?」

 対応に出た初老の女性の従業員は、カイとヴェルフを見て驚く。

「畏れながら、閣下たちは数年前に当店を訪れた事が有りますよね?」

「閣下だなんて、大した身分じゃないぞ。数千の兵を率いる指揮官さ。其れにしても、好く覚えているな。流石商売人だ」

「いえ、御二人の様な方は、然う然う見られませんし。皆様方は援軍で来られたのですか?」

 こうヴェルフに答えると、全員皆そうだと、カイは言う。

 この従業員は、目に涙を浮かべて、勝利の祝いと労りの言葉を掛けた。

「では、改めて、この大人数ですが、構わないでしょうか?」

「はい、外出制限が出されてから、大半の市民は食料の買い込みをしていたので、其れらを食べ尽くすまでは、外での食事などしないでしょうし」


 卓や椅子を三十人が囲える様に設置され、カイたちは思い思いに座した。

 トビアスが他の士官十八人と話し合い、カイとヴェルフに申し出た。

「以前、バルカーン城で、当地へ出発する前、御二方に宴席で奢って貰いましたよね。本日の支払いは小官たち十九名で是非ともさせて下さい」

「『隊長』!あの時のお礼ですよ!」

「では、其れに甘えよう。そう云えば、アルビン・リツキだが、今、彼は大変なんだぞ」

 カイが言ったアルビン・リツキとは、今此処にいる十九名の士官たちの曾ての同僚で、彼は役人に為るために、下士官昇進直後に軍を離れた。年齢はカイと同年で、二十六歳に為る。

 出身地である、ウェザール州の東隣のリプエーヤ州の上級役人の試験にも受かり、現在、軍の経験者と云う事で、ホスワードが輸入している護謨を、州都リプエーヤ市に一旦集積し、水弾用、装甲用、車輪用、と仕分けて、西のウェザールの造兵廠に送る総責任者を務めている。

「文字通り眠る暇も無いそうな。健康には留意せよ、と送って於いた」

 カイはアルビンと定期的に手紙の遣り取りを行い、またウェザールの隣の州なので、ウェザール滞在中にカイは、時折リプエーヤ市にアルビンの元を訪れたりもしていた。


「では、彼奴も今回の勝利の立役者の一人だな」

 カイの頭に考えが過る。一時的にレナを副官にしていたが、彼の様な軍の経験が有る書類業務が出来る人物を、副官にしたいな、と思ったのだ。

 ヴェルフが麦酒を呑んだが、明日任務が有るかもしれないので、カイとレナとレムンも含めて、酒は程々にしている。

 尤も、レナとレムンは酒は嗜むが、カイやヴェルフの様な大酒呑みでは無い。

 自然と話は、当時のバルカーン城での事が中心と為り、様々な話を聞かせて貰った、レナ、オッドルーン、ラウラ、そしてミセーム兄弟は聞き入り、時に笑う。


 そして、十九日の昼前にカイたち四人は、ウラドに呼び出され、皇帝の本陣へ赴く事が正式決定された。

 即座に出発の準備をした四人は、半刻とせず、騎乗して、メルティアナ城を出発し、大本営に向かう。

 ホスワード軍の主力とバリス軍の主力が睨み合っているのは、メルティアナ城より北東で、距離にして馬を飛ばせば、丸一日で到着する。

 かなり開けた平野で、やや霧が濃いが、先が全く見えない程では無い。

 バリス軍はスーア市を後方補給基地としているので、長期戦が可能な様だ。


 南から来た四人は、本陣を見て驚く。前面、つまりバリス軍に対して西側が高い土塁が長々と積まれ、兵は其の後方に居る。

 土塁は火砲に対する防御の役目をしている様だ。

 そして当然の様に、この土塁の後方から、ホスワード軍は投石機により、水弾を浴びせている。

 四人が来る事、何よりこの四人はホスワード軍では知られた存在である為、即座に大本営の皇帝の幕舎へ、案内され入る事が出来た。


 皇帝アムリートは幕舎の奥の座し、地図を見ていたが、四人が右の拳を左胸に当てる敬礼をするのを確認すると、立ち上がり、先ずはドンロ大河とメルティアナ城での活躍に対する、労りの言葉を発する。

 幕舎内には、幕僚長のヨギフ・ガルガミシュ兵部尚書。大将軍のエドガイス・ワロン。そして皇帝副官のハイケ・ウブチュブクも居る。

 土塁の設置はハイケの案で行ったものだ。

 この辺りでは近隣に三万を超える市が在り、当然アムリートは市民の外出を規制している。

 市の名がゼルテス市なので、この一連の対峙と戦いは「ゼルテスの戦い」、と呼称される。

 バリス軍は、ホスワード軍を撃滅して、ゼルテス市の占領を企図している様だ。


「明後日より、以下の作戦を決行する。卿ら四名は余と共に近衛隊に入り、一時的だが、近衛兵と為って貰う。役割は敵兵を打ち据える事では無く、敵本陣を突破するので、陣中に件の両名のどちらか、或いは双方とも揃っているかの確認をして欲しい」

 ゼルテス付近の地図を広げ、ワロン大将軍の主席参軍が主体と為って語った作戦をカイたちは聞いた。

 この近衛隊にはハイケも入る。

 考えてみれば、自分も元より、この弟も半ば軍人に為って日が経つのに、初めてハイケと轡を並べて同じ部隊内で行動をする。


 対峙中の両軍だが、ホスワード軍は、歩兵が約四万三千、重騎兵が一万五千、軽騎兵が三千。

 バリス軍は、歩兵が六万五千、騎兵が一万だ。

 両軍ともに、歩兵を前面に出し、騎兵は二手に分けて、左右、つまり北端と南端に配置している。

 対峙してからは、バリス軍は約百五十門の火砲で以て、ホスワード陣営に打ち込み、ホスワード軍は二百機の投石機で水弾を浴びせている。

 前面の歩兵が疲労に達し、戦線を維持出来なく為ったら、両側の騎兵を突入させるのが、バリス側の狙いだが、自軍の方が騎兵の数が少ないので、猛射撃をひたすら続けて、確実に騎兵突撃を成功させたい様だ。


 ホスワード側は、先手を取って、逆に両側に展開した騎兵を攻撃する策を講じている。

 其の決行日が、明後日と為る。

「この位置でも着弾がある。土塁が在るからと云っても、全てが防げる訳では無い。また夜の猛射撃もあり、此方の心身の消耗を企図している。だが、二つの勝報が此方に入り、敗報が向こうに入っている。寧ろ現状はバリス側が無理をしているので、前面に展開しているバリスの歩兵は、碌に休息が取れていないだろう」

 この間にも、と云う因り、ホスワード軍の陣営に入ってから、カイたちは付近で着弾の爆発音や、煙に遭っていた。


 一方、バリス側の本陣にはヘスディーテが居る。総指揮は閲歴のある将軍に任せているが、流石の彼もこの膠着状態は如何すべきか悩んでいる。

「一旦、スーアに引き、北方のエルキト藩王国が動いてから、再度動くべきか」

 ヘスディーテは総退却を考えていたが、整然とした退却でないと、ホスワード軍の追撃を許してしまう。

「パルヒーズ。此処よりスーアへ、複数路を使い、各部隊を迅速に撤退させる方法は有るか?」

 ヘスディーテは腹心の様な男を呼んだ。

 呼ばれたパルヒーズもヘスディーテも、バリスの軍装をしていない。

 一方はバリス帝国の皇太子で、何の軍職にも就いていない。

 一方はホスワード人で、其の服装は旅人の様だ。

 ヘスディーテは、彼がバリス兵から間違って討たれない様に、自身が身に付けている、同じの銀の飾りをあしらった、白の肩掛け(ケープ)を用意して、身に付けさせている。


 パルヒーズ・ハートラウプは、スーア市へ赴く事しばしばなので、地図を出し、部隊規模に因って、進むべき複数の道を書き記した。

 パルヒーズはスーア市に居る、スーア市長で、「師父」のエレク・フーダッヒの事を思い出していた。

 現在、フーダッヒにはバリスの数名の将兵に因って監察下に置かれている。

 内の一人は、この二月に道化師の格好をして、奇術(マジック)をした士官だ。

 彼がフーダッヒを監視していたホスワードの士官を暗殺し、其の遺体は市庁舎深くのダバンザーク王国の遺構に埋葬されている。

 「師父」は非教者が埋葬されている事に、ひどく怒りを覚えているらしい。

 だが、今は我慢の時期だと思っているので、表面上はバリス側の言い成りに為っている。


第二十九章 大陸大戦 其之弐 戦乙女達と装甲車両群ヴァルキューレンウントパンツァー 了

 と、いうわけで、ちょっと色々物議をかもしそうなタイトルですが、

 たぶん大丈夫ですよね。


 Frauen und Panzer とか Mädchen und Panzer とか Soldatinnen und Panzer とかでも、大丈夫なタイトルですよね!


 では、皆様よいお年を! Guten Rutsch!



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