第十八章 ホスワード帝国の血戦 西方戦線
引き続き、バトル物となります。
いろいろ考えると、ここで書くことって、何も浮かばないですね。
それでは宜しくお願い致します。
第十八章 ホスワード帝国の血戦 西方戦線
1
ホスワード帝国の最も北西に位置するラテノグ州は、ホスワードの各州の中でも比較的広大な方で、且つ其の地理も変化に富んでいる。
先ず、北方は山脈が在り、この山脈が北のエルキトとの国境と為っている。
其の峻険な山脈にほぼ沿って、南には南東へと流れていくボーンゼン河。更に其の南は比較的高地と為っていて、主に牧場や、ジャガイモなどの寒冷な地でも生育出来る作物を栽培する農家が点在している。
真西に対してはバリス帝国と全て国境を接しているが、元々は長らくラテノグ州の西半分はバリス帝国領だった。
南にもやはり山脈が連なり、特にラテノグ州で最も南東の山脈を南へ越えると、ムヒル州へ入り、其の近辺にはカリーフ村と云う林業を主にやっている村が在る。
このラテノグ州とムヒル州の間の山脈には、見張り塔が在る。長らく無人だったが、其れは領土が大きく西に広がり、見張りの必要性が無くなったからだ。
但し、二十五年以上も前に、この無人の塔に数十名の賊が住み着いた。この賊退治をしたのがガリン・ウブチュブク為る一部隊の指揮官で、彼はこの功と今迄の実績を鑑みられ、大隊指揮官へ昇進し高級士官と為り、更にカリーフ村内に広大な土地を荘園として与えられた。
当時、ガリン・ウブチュブクは三十歳を超える位で、彼は十七歳で一兵卒、と云うより殆ど部隊の雑用をする見習い兵として、軍中に身を投じたが、十五年と経たずに半ば小貴族的な地位にまで登りつめたのだ。
さて、この無人の見張りの塔は、年に一回、ムヒル市から役人と衛士が遣って来て、何時か使用出来る様に、又は賊が住み着かぬ様にと、点検や整理や補修をしていた。賊退治より二十五年以上、使用する機会は無かったのだが、約二十名程のムヒル市の衛士がこの塔に、北西に在るラテノグ州の見張り兵として、常駐する様に為った。
ホスワード帝国歴百五十五年十月十五日からの事である。
バリス帝国は建国がホスワード帝国より八年後である。
バリス帝国歴百四十七年十月十一日に、バリス帝国軍はラテノグ州の北西側に十万の大軍を集結させた。
其の内容は、騎兵が三万。歩兵が七万。総司令官は「柱国将軍」と云われる名門軍人貴族だが、歩兵の内、一万を率いる将は四人が比較的下位の軍人貴族で、三名は平民の出身である。騎兵の三人の将は皆名門軍人貴族であり、内一名が全軍の総司令官である「柱国将軍」だ。
また総司令官とは別に、全軍の統括役として、防具も身に付けず、剣を佩いたのみの若者がいた。
バリス帝国の皇太子ヘスディーテ・バリスである。
ヘスディーテはこの年に二十二歳になる。彼は辛うじて長身という部類に属するが、其の体格は虚弱では無いにしろ、線が細く戦士の体付きをしていない。身に付けているのは、上下共に濃い灰色の役人の衣服で、此れには各所に銀の装飾がされ、上着の左胸には銀の双頭の鷲が配されている。
そして、手袋と帯と長靴は漆黒であり、上半身に羽織った白の肩掛けにも銀の装飾が施されている。灰色の瞳をした切れ長の目が印象的な、白皙の秀麗な顔立ちをしていて、其れに対を成すような黒髪は綺麗に切り揃えられた直毛で、更に被っている帽子がやはり銀の装飾をされた白である。
腰に佩いた剣も、柄が白で銀の装飾がされ、鍔は濃い銀色、柄の柄巻は灰色と黒が交互に混ざった造りに為っている。
彼は実動部隊十万とは別に、本陣を守る兵と輜重を専門に行う部隊の合計二万を率いて遣って来た。
つまり、バリス軍の総軍は十二万と為る。
ヘスディーテは十一日の夜に、自分の幕舎に総司令官を初めとする各将軍と高級士官と参軍を集めて、此のホスワードに対する侵攻の説明をした。
「諸卿ら、では此度の侵攻目標と、侵攻時の諸注意、そして其の他諸々の説明をする。尚、戦闘自体に関しては、総司令官を筆頭に卿ら将校に全て一任する」
この発言からすると、ヘスディーテは軍師と云うより、寧ろ政治将校総監兼後方部隊総監といった趣である。そして、実際に彼の立場はそうであった。ヘスディーテは説明をする。
一つ、此の侵攻はラテノグ州の全州占領を、第一目標。ラテノグ州の西半の旧領回復を、第二目標。ラテノグ州の西端に今後の拠点と為る箇所の占領を、第三目標とする。
一つ、目標の順序の優先度は第三目標からであり、戦闘の推移に因って、優先度を変更する。
一つ、侵攻の期間は二カ月間とし、其の間に占領地が防衛不可な場合は、撤退して、即座に第三目標の達成に専念する。
一つ、侵攻に於ける、非戦闘員や降伏兵への暴力や殺害行為、及び民家に対しての略奪や破壊行為は、一切禁ずる。破った者は地位の立場に因らず、其の場で公開処刑とする。破壊の対象はラテノグ州に在るホスワードの軍事施設のみとする事。
一つ、北方のエルキト藩王軍が早期に敗れた場合、ホスワード北方軍が来襲する可能性が高いので、其の場合は侵攻の二カ月間を短縮して、占領地より逐次撤退して、やはり第三目標の達成に切り替える。
「何か質問はないか?」
ヘスディーテは将校たち其の灰色の冷たい瞳で見渡し、冷たい声で締めくくった。先の説明も無感情な冷静な声であったが、用紙も無く、淀み無く言い切っている。
「第三目標が重要だと云う事が分かりました。其の具体的な占領地域は何処と為りましょうか?」
「ボーンゼン河の支流と本流の間とする。此処に私が連れてきた兵一万に陣営と、長期的な駐屯施設を造らせ、残りの一万は諸卿らへの物資の輸送部隊とする」
ラテノグ州に於けるバリスとホスワードの国境の北半分は、ボーンゼン河の支流で、本流はラテノグ州の中途から、流れを北から東へと大きく変えている。支流は其の流れの変更地点で分かれ、其のまま北へと流れている。当然この川は幅もさしてなく、水深も浅い。
おおよそラテノグ州の最も北西の箇所が、第三目標とした占領地域と為る。ラテノグ州全体から見れば約七分の一程の面積だ。
「まだ先の話なので、詳細はこれ以上述べぬが、将来的にホスワードと全面対決の折には、この占領箇所からの出撃、そしてバルカーン城、メルティアナ城、更にドンロ大河より水軍でボーボルム城を同時攻撃する心算だ。この四カ所で、ホスワード軍を全て撃滅すれば、後はウェザールまで進撃して、城下の盟を誓わせる事が出来よう」
つまり、この侵攻の目的は将来的なホスワード併呑の為の拠点占領である。バリスにも水軍は有るが、まだ充実していない。水軍の充実が図られたら、今言ったヘスディーテの四カ所同時攻撃がホスワードに対して行われる。
実はヘスディーテは厳密には腹案を全て述べていない。彼は対ホスワード帝国に五カ所同時攻撃を企図している。其の五カ所目は、以前より彼が密かに接触している「ある集団」による手引きと為る。
2
バリス帝国歴百四十七年十月十二日の早朝に、バリス軍十二万は順次、国境と為っているボーンゼン河の支流を渡河して、其のまま西に進み、午後の四の刻(午後四時)までにボーンゼン河の本流の手前まで進出した。
此処までのホスワード側の住民は点在する農村位で、総人口は千名も超えない。ホスワードの住民は、赤褐色の軍装と旌旗に因る大軍を遠方に見て驚愕するが、この赤褐色の軍勢は何ら自分たちに危害を加えず、無視したままである。
手前のボーンゼン河はちょうど弧を描くように、南西から北東へ流れ、そして南東へと流れを変えている。
バリス軍は先ず陣営をこの流れの弧に沿って築いた。また渡河の為の船団がボーンゼン河の南から数十艘現れたが、これらは本格的な軍船でなく、只の大軍や物資などを運べるだけの大きな船である。
そして、翌十三日はバリス軍はこの輸送船に使用して、ボーンゼン河を逐次渡り、十万の大軍がボーンゼン河の東側に展開した。
この時ホスワード側の対応は、点在する見張り塔から狼煙を上げ、早馬が帝都に向けて奔った位である。
バリス軍実動部隊十万以外の二万の兵は、一万は陣営を築き其の防御、もう一万は陣営に補給物資を備蓄出来る施設に搬入する為、一旦バリス領に戻り、補給物資を受けている。
ヘスディーテは此の陣営に留まり、情報を集め、全軍の動きを決める。
最低でも現在築いている陣営以西の領土は、確保する為、この陣営は時が経つにつれて要塞化される予定だ。
ラテノグ州で最も大きい市は州都であるラテノグ市で、二番目に大きい市はリープツィク市である。
前者は五万を超える住民が居住し、後者は四万近くだ。
ラテノグ市はラテノグ州の南部のほぼ中央から東寄りに在り、リープツィク市は州中心よりやや北東に在る。
其の他の市は一万を超える程度で五つ在るだけで、他は数百から二千人近い村落が点在しているだけだ。
占領方針として、市である七つを占拠して、この七つの市には二千名の歩兵を占領部隊として駐在させ、軍を二つに分け、ラテノグ市とリープツィク市の近辺に布陣して、ホスワード軍の迎撃軍に備える事に為った。
ラテノグ市展開軍は騎兵二万と歩兵三万。リープツィク市展開軍は騎兵一万と歩兵二万六千と決まった。
七つの市内の占領部隊はラテノグ市展開軍から一万、リープツィク市展開軍から四千の歩兵が担当する。
ラテノグ市展開軍の総指揮は「柱国将軍」の総司令官が務め、リープツィク市展開軍は騎兵の将が総指揮を執る。
そして、十三日の早朝にバリス軍十万は、ラテノグ州の七つの市の占領へと進撃した。
順序としては全軍で以て、先ず五つの市の占領をして、各市に占領部隊二千を残し、リープツィク市を落とした後、リープツィク市展開軍を残し、本隊がラテノグ市を落とす事に為る。
バリス軍に因る占領は順調だった。此れはホスワード側が、ラテノグ州の各市にバリス軍が来襲したら、無防備宣言を出して降伏しても好い、と云う通達を事前に出していたからだ。
バリス軍九万がリープツィク市の周辺に現れたのは、十八日の昼頃だった。
この間に、些細な、と云うには軽視出来ない幾つかの問題をバリス軍は起こしている。
其れは五つの市を占拠した際に、数件だが民家への略奪行為と、武器を捨て降伏したホスワード衛士が数名殺害された事である。
軍中に居るヘスディーテ直下の政治将校たちは、この遠征中に軍中の警察権と裁判権も持っているので、即座に当該兵士の捕縛と、公開処刑を其の現場にて実行した。
公開処刑と云う残酷な事をするのは、例外は無い、と自軍の将兵に見せつける事と、秘密裏に処刑した場合、被害に遭った側が、処刑したと言っているが、実は本国に強制送還しただけでは、との疑念を出させない為だ。
遂に、二十日にはリープツィク市はバリス軍占領され、ラテノグ市占領へとバリス軍騎兵二万と歩兵三万二千が南へと進撃する。リープツィク市内には占領部隊二千が駐在し、市街の外にリープツィク市展開軍三万六千の歩騎が陣営を築く。丁度ラテノグ州全体を周回する様に動いている、補給部隊一万がこの展開軍に補給物資を渡し、残りの物資を渡す為に、ラテノグ市占領に進撃した本隊の後を追う。
彼ら補給部隊は此の様にヘスディーテのいる本陣へ帰陣しては、改めて補給物資を得て、占領した市内の各部隊に物資を補充して回っている。
二十二日。州都ラテノグ市はバリス軍に占領され、此れでほぼラテノグ州はバリスの占領下に置かれた。
ラテノグ市内にはやはり二千の占領部隊が駐在し、ラテノグ市展開軍五万の歩騎がやはり陣営を築く。
予想されるホスワードの迎撃軍は、最大で見積もって五万程なので、恐らくリープツィク市展開軍三万六千に当たるだろう。
本隊であるラテノグ市展開軍五万は、リープツィク展開軍と連絡を密にして、ホスワード軍の挟撃を企図していた。
3
ホスワード帝国の帝都ウェザールにて、ラテノグ州以外でのホスワード領内に対するバリス側の侵攻が行われないと、判断出来たのは、十月十八日であった。
即座に帝都より、ホスワード帝国第八代皇帝アムリート・ホスワード率いる歩騎五万が進発する。
目標はラテノグ州の第二の都市リープツィクである。
また、既に南方のボーボルム城から、ラース・ブローメルト将軍が率いる歩兵五千が、この日に船団で、メルティアナ城へ向けて進発している。
此れはメルティアナ城で、ウラド・ガルガミシュ将軍が率いる騎兵五千と共に、其のまま北上して、バルカーン城に向かい、更にバルカーン城のムラト・ラスウェイ将軍が率いる歩騎一万と合流して、全軍二万でラテノグ州の州都ラテノグ市へ向かう事に為っている。
アムリートは、既に十月に入って其の二週目から、全国土の西部地域に於ける、運河や河川の民間の使用を禁じている。
経済的には痛手だが、迅速な軍の移動と、其の輜重の運搬を考えると強行しなければならない事だった。
期せずして、十月二十一日中に、行軍中のアムリート率いるホスワード皇帝軍とヘスディーテの本営に、エルキト藩王軍がホスワード北方軍に敗れ、全軍本拠地に撤退したとの連絡が入った。
「ミクルシュクめ、もう半月は粘れると思っていたが、この辺りが限度だったか」
流石のヘスディーテも嘆息する。そして、彼は即座にラテノグ市とリープツィク市の両展開軍に、市内の占領部隊も合わせ両市の占領を放棄し、其々西方へ撤退して両軍が合流する事を要請する早馬を出した。
ホスワード軍の北からの騎兵二万、南からの歩騎二万、そして皇帝軍の歩騎五万が集結したら、両展開軍は各個撃破される。
しかし、バリス現場の将たち、特に総司令官を初めとする軍人貴族はこの要請に従わなかった。軍紀に関してはヘスディーテに対して忠実だが、軍令に関しては当のヘスディーテ自身が許可した様に、現場の応変を彼らは優先した。
「殿下は組織の運営には傑出した才をお持ちだが、戦場の機微を察する用兵の御経験が無い。此処は我らに任せて貰おう」
そう総司令官はヘスディーテからの使いに言って、ホスワード軍の集結前の各個撃破に打って出る事を決定した。
先ず、ラテノグ市から騎兵二万と歩兵一万がリープツィク市展開軍三万六千に合流して、ホスワード皇帝軍五万に対応する事に為った。
ラテノグ市に残る展開軍は歩兵二万と為るが、北上してくるホスワード軍二万程は、未だこの時ラテノグ州の南のメノスター州のバルカーン城付近で集結中との報を得ている。
二十三日の早朝に、バリス軍のラテノグ市の騎兵二万と歩兵一万は、滞在一日と経たずにリープツィクへ戻る事に為った。
今までのバリス軍の侵攻は威圧する様に、また歩兵の速度に合わせた進撃だったが、この二万の騎兵は猛速度でリープツィクへ奔った。歩兵は当然置いて行かれるが、後で到着すれば好い、と割り切っている。
総司令官がこの二万の騎兵を指揮し、合流後に全軍の指揮を執る。
バリス軍二万の騎兵がリープツィク市を指呼の間に望んだ時に、既にホスワード皇帝軍五万とリープツィク市展開軍三万六千は戦闘を開始していた。当然バリス側は押されている。時刻は二十三日の午後二の刻(午後二時)だ。
「此のまま突撃だ!ホスワードの横腹を抉れ!」
バリス軍の総司令官が二万の騎兵をホスワード皇帝軍への直撃を命じた。南からやって来たので、ホスワード皇帝軍の側面が突ける形となる。
この時期のラテノグ州の天候は昼間は雲が多く、夜半から早朝にかけて、冷たい小雨がよく降る。場合に因っては小雪もちらつく、本格的な大雪は十一月の半ばを過ぎてからだが、大地は水を含みやや泥濘るんでいる。だが整備された広い道路は所々水たまりが在るだけだ。このホスワードの全土に巡らされた整備された道路が、バリス軍の進撃を容易にしてしまった点もある。
但し、其れは帝都より、迎撃に出たアムリート率いる皇帝軍も同じだ。アムリートは自軍を騎兵一万五千と歩兵三万五千を分け、自ら騎兵を率いて南から現れたバリス軍に対応する事にした。
「奴らは道路を縦長に進撃している。此方は道路を使わず、縦長の敵の横腹を突く」
ホスワード皇帝軍一万五千の騎兵は横長に展開して、大地の泥を跳ね上げながら、来襲してくるバリス軍二万の騎兵の側面を目掛けて疾走する。
先頭を騎乗にて疾走するアムリートは巨大な弓を持ち、先が鋭く長い矢を番え、狙いを定め放つ。
恐らくバリスの高級指揮官辺りであろうか、アムリートの矢で其の士官は胴を深々と貫かれ、馬上より落ちる。
アムリートだけでなく、騎兵一万五千は矢を射ると、其のまま長槍や長剣で以て突撃した。
アムリートは巨大な弓を自分の傍で疾走する皇帝副官のハイケ・ウブチュブクに預け、彼も長剣を抜き先頭を切って突撃した。
ハイケはこの中で唯一重装備をしていない。丁度ホスワード軽騎兵の様に頭と体に皮の鎧を身に付け、鉄具は籠手と脛当てだけである。
しかし、彼も主君の弓を鞍に架けると、抜刀して突撃した。両側には近衛隊二名が彼を守る様に常に位置している。この二名の近衛隊はアムリート直々に「若し、余とハイケが同時に危惧に見舞われたら、迷わず余では無く、ハイケを守れ」、と厳命を受けていた。
4
数こそ多いが、縦に並んだ全軍が側面全体から突撃を受けた為、バリス軍二万の騎兵はホスワード軍一万五千の騎兵に蹂躙された。
バリスの総司令官は即座に体勢を立て直し、陣形を整えるのに成功したが、この時点で少なからぬ犠牲を出している。
この騎兵同士の戦いの北側で、バリスのリープツィク市展開軍三万六千が、ホスワード軍三万五千を相手にしている。特にこのバリス軍は一万が騎兵の為、相手が全軍歩兵のホスワード軍を蹂躙して、ホスワードの騎兵隊の背後を襲おうと、猛攻撃を掛けてきた。更に数刻もすれば南からバリス側は歩兵一万の期待が出来る。
其の為、虚を突かれた事もあり、バリス軍の総司令官は、ホスワードの騎兵の攻撃を耐える事にした。
リープツィク市外で行われたこの戦闘は、市近辺ではホスワード軍の歩兵三万五千が、バリス軍の歩騎三万六千の攻勢にひたすら耐え、其の南の方ではバリス軍の騎兵二万が、ホスワード軍の騎兵一万五千の攻勢に耐える形と為った。バリス側は頼みの綱として、やがて現れるであろう歩兵一万を期待している。
しかし、現れた援軍はホスワード側で、其れは北からであった。ホスワードの軽騎兵が突如として現れ、バリス軍のリープツィク市展開軍の背後から矢を浴びせてきた。午後三の刻過ぎである。
其れも約百名の女子部隊である。恐ろしく機動力のあるこの女子軽騎兵隊は、接近しては矢を浴びせ、離脱し、再度接近しては矢を浴びせる、と云う事を繰り返したので、バリス軍の布陣は乱れた。
続いて、約四千の軽騎兵隊が現れ、彼らは矢を射ると、各自抜刀して、バリス軍に突撃をした。女子部隊も其れに続く。
この現れたホスワード軍は、つい先日までエルキト藩王軍と戦っていた、ホスワード北方軍である。
彼らが瞬時にラテノグ州にまで到達出来たのには理由がある。
曾て、この近辺でバリス・エルキト同盟軍とホスワード軍が戦ったことがある。ホスワード側は領土失陥こそ免れたが、大いに戦死者を出し、負け戦に近い戦いだったのだが、其の原因は突如として現れたエルキトの騎兵が、ホスワード軍の虚を突いた事にある。
エルキトとラテノグ州の間は、山脈と更に其の南のボーンゼン河に因って隔てられているが、山脈内に騎兵で通過出来る隘路と川幅が狭い渡河地点が在ったのだ。エルキトは其れを詳細に調べ上げ、ホスワード領内深くへ短期間で侵攻した。
時が流れ、今ホスワード軍がエルキト側から其の短距離で到達できる隘路と渡河地点を通り、バリス軍を攻撃している。
約四千のホスワードの緑の軽武装の騎兵は、其れなりの重装備をした赤褐色のバリス兵を次々に殺傷していく、特に二名、尋常でない戦士たちがいて、一人は先に斧が付いた長槍を持ち、其の一振りで何人もの兵を戦闘不能にしている。一人は先に先端部分は突起が幾つもある鎚が付いた長槍を持ち、其の一振りを頭に喰らった者は、兜ごと頭部が完全に破壊され、胴に喰らった者は十尺(十メートル)は軽く体が吹き飛ばされる。其の胴の鎧は拉げ、胃の中の物を全て吐き出し、呼吸が出来ず、苦しみにのた打ち回る。
ホスワード帝国軍の上級中隊指揮官のカイ・ウブチュブクとヴェルフ・ヘルキオスであった。
そして、最初に矢を射て布陣を乱したのは、ホスワード軍女子部隊隊長で下級中隊指揮官のマグタレーナ・ブローメルトである。
カイが馬上より槍を振るうと、首や腕が吹き飛ばされる者が続出し、ヴェルフが馬上より槍を振るうと頭部が破壊される者や、腕が潰され砕けた骨が露出する者が続出した。バリス兵の犠牲者は絶叫を、其れを見た仲間は叫び声を出すか、言葉も出ず恐慌する。
そして、マグタレーナことレナは、バリス歩兵から突き出される槍を、馬上にて剣で弾き、其の勢いのままに僅かな隙間である首元に剣先を立て、其のバリス兵は大量の血を首から吹き出し倒れ込む。
「何をしているか!相手は五千も居ないはないか。包囲して皆殺しにしろ!」
バリスの歩兵の将が其れを命じた頃、更に一万五千程の重騎兵が北から殺到してきた。エドガイス・ワロン大将軍率いるホスワード北方軍の本隊だ。此れでバリスのリープツィク市展開軍三万六千は瓦解した。
リープツィク市周辺の戦いの勝敗は決した。バリス側の総司令官は全軍のラテノグ市への転進を指示した。近くまで来ていたバリス軍の歩兵一万は其のまま逆に戻ることに為った。
ホスワード側の追撃でバリス側に被害は多く出たが、アムリートは追撃よりも市の住民の安全を優先した為、追撃を止め全軍で以てリープツィク市内に入り、バリスの占領部隊二千を降伏させ、彼らの武器と装備を全て取り上げ、市外へ追い出した。
こうして短期間とは云え、リープツィク市の占領状態からホスワード軍は其の回復に成功した。
市民の歓呼の中、ホスワード軍は市外で野営の準備をする。市長を初め市民たちは皇帝や将兵が市内で休息する事を申し出たが、アムリートは其れを断り、「まだ戦いは始まったばかり。市長を初め役人と衛士たちは民衆の安全を頼む」、と言って市外に設置した幕舎に行ってしまった。
既に日は暮れ、陣営は沢山の篝火を焚いている。
カイの幕舎に実弟のハイケが訪れたのは、夜の十一の刻(夜十一時)である。
「すまない、兄さん。こんな時間に。もう眠る事だったか」
「いや、構わん。しかし、お前もすっかり軍人が板に付いてしまったな」
「全くだよ。本当に俺は其の内、カイ兄さんの部隊の参軍に為りそうだな」
「む、陛下の副官の任は解かれるのか?」
「まだ先の話だけど、陛下はオリュン大公殿下を副官に就けたいそうだ。身近で殿下に帝王教育を施したいのだろう」
「大公殿下と言えば…」
「ユミシス様の事だろう。本年中の御覚悟を、と聞いている。一部の重臣は陛下の親征に反対して、ユミシス様のお傍に居て欲しかったそうだ」
「其れならば、バリス軍を早期に叩き出さねばならんな。陛下が一日でも早く帝都にお戻りに為る事が出来る様に」
ウブチュブク兄弟は、カイがこの年で二十三歳、ハイケがこの年で二十歳になる。
もう少年とは云えない年齢だが、若造扱いされる年齢だ。だが、この兄弟が担っている役目や実績は、大の大人が容易に出来うる物では無かった。
5
翌二十四日の朝の九の刻にホスワード皇帝軍約五万と、ホスワード北方軍約二万は合流し、改めて軍の再編を行い、皇帝を初め軍の首脳部に因る会合が開かれた。云うまでも無くラテノグ市へ敗走したバリス軍への対応である。
北方軍側からはワロン大将軍を初めとする高級士官だけでなく、上級中隊指揮官までもこの会合の参加を皇帝アムリートから求められ、レナも特例で参加している。
「今、現在すべきはラテノグ市の状況を確認する事です。彼らが野戦を拒否し、ラテノグ市に篭り、住民を盾にして籠城戦を挑む可能性が有ります。其処の確認をして、若し住民を盾に取る戦い方の準備をしているのなら、早期に帝都へ住民解放用の援助物資の要請を頼むべきでしょう。現在調練中の志願兵に実習も兼ねて、援助物資の運搬をして貰う、と云うのは如何でしょうか?」
この発言内容と、何より発言者に驚いたのはカイとヴェルフである。二人は顔を見合わせ、発言者に注視した。
発言の主はファイヘル・ホーゲルヴァイデだったのだ。
「小官もホーゲルヴァイデ指揮官の意見に全く同意します。先ずは偵騎を出し、ラテノグ市の状況を確認するのが先決かと。若し籠城戦を企図しているのなら、其の上で本隊とラスウェイ将軍の二万で包囲すれば、住民解放の交渉も上手く進むと思われます」
カイもファイヘルの意見に同意して、ファイヘルの顔を見たが、彼はカイに全く振り向かず、カイを無視したままである。
「ホーゲルヴァイデ、ウブチュブク両指揮官。卿らの様な若さで其の識見は賞賛に値する。ブローメルト指揮官、女子部隊を率いて其の偵騎を頼むが、好いかな?」
アムリートはレナにラテノグ市への偵察を頼み、レナは其れを元気よく了承し、即座に会合の幕舎から出て行き、女子部隊を率いてラテノグ市へ向かった。
「如何したんだ、彼奴は?エルキトで何か変な物でも食ったのか?」
会合が終わり、カイとヴェルフは肩を並べ、自部隊の場所へと戻る。
「何時か言っただろう。彼は叔父の威を借るだけの狐ではないと」
「そうかねぇ。俺には一時的な変心、いや乱心としか思えんな。言っとくが、若しホーゲルヴァイデが昇進して、俺の直属の上司に為ったら、俺は軍を辞めてトラムに帰るからな」
「あまりそう彼を嫌うな」
カイはヴェルフに対して苦笑した。
この日のリープツィク市辺りは北からの山風が強く、本格的な冬の到来を告げている。空は半ば灰色で、吐く息も微かではあるが白い。
カイは自部隊に戻ると、半数以上は外套を着込んでいた。カイも外套を着ている。其れは寒いからというより、先のエルキト藩王軍との戦いで、肩掛けが切り裂かれたからだ。
カイが馬に乗り周辺を見回っていると、偶然同じく騎乗して見回っていたファイヘルに会った。
「先程の籠城戦だが、実は俺は其の可能性は低いて見ている」
「如何云う事だ?」
ファイヘルはカイの意外な意見に驚き、説明を求めた。
「今回のバリスの総帥とも云うべき、皇太子ヘスディーテ・バリスだ。彼は其の様な住民を犠牲にする戦いを自軍に禁じている」
「確かに軍律を守らぬ者は、公開処刑して回っているそうだが、然し、この状況下では籠城は許すだろう」
「いや、彼は自軍の早期の西方への撤退を求めている筈だ。其れが承服出来ぬ、とバリスの将兵が主張しているのなら、野戦にて打ち破れ、と指令を出していると思う。実際、西方への撤退は確認されていないから、野戦と為るだろう」
「貴官はラスペチアに赴任していたそうだが、ヘスディーテを直に知っているのか?」
「直接は知らない。だが彼が主導した戦いを見たが、恐るべき人物だ。陛下も彼には一目置いているらしい」
カイがファイヘルに説明した事は全くの正鵠を得ていた。
リープツィク市周辺で打ち破られたバリス軍は、本営のヘスディーテへラテノグ市での籠城戦をする旨の通達したが、通達の直後に、此の事態を既に想定していたヘスディーテからの早馬が、ラテノグ市へ入れ違いで遣って来た。其の内容は以下である。
「若し、住民を盾にする籠城戦をするのなら、非戦闘員に対する暴力行為と見做し、総司令官以下、軍の高級指揮官は全員処刑とする。早期に西方に撤退し、第三目標の達成に切り替えるか、ホスワード軍を野戦にて打ち破るかのどちらかを選べ」
バリス軍総司令官は背筋が凍った。此れは皇太子殿下は必ず遂行するだろう、と思い次の指令を発した。
「ラテノグ市内の占領部隊も外に出して、城外に展開だ!先程のリープツィクでの戦いの雪辱を期すぞ!」
ラテノグ市外周辺に展開したバリス軍は歩騎七万五千を超え、ホスワード軍は歩騎七万に届くといった処だ。だがバリス軍には援軍は来ないが、ホスワード側は北上する歩騎二万が接近している。
二十四日の内にレナ率いる偵騎はバリス軍が野戦の準備をしていると、報告したので、アムリートは全軍にラテノグ市への進発を命じた。二十四日の夕食後である。早朝に其のまま正面より襲い掛かり、バリス軍の撃滅を指示した。兵力こそ少ないが、先の戦勝と、近隣に二万の援軍が来ている事もあって、ホスワード軍の士気は高かった。
そして、二十五日の早朝にホスワード軍歩騎七万近くと、バリス軍歩騎七万五千以上は、ラテノグ市の近辺で正面から激突した。
どちらも強熱的な攻勢を加えたが、意外に思ったのはバリス側だ。ホスワード側は防備に徹すれば、南から来る二万の援軍が期待できる。しかし、この強引さはまるで後が無いような怒濤さだった。
戦には時として、理を越えた精神的な物が有る。バリス軍は悠々と進撃した後に一敗地に塗れ、ホスワード軍は危地から一戦して勝利を得た。更にホスワード北方軍はエルキト藩王軍を駆逐した勢いを持っている。
ホスワード軍の士気は尋常で無く高く、数で優位なバリス軍を圧した。
戦が始まって三刻(三時間)としない内に、ホスワードの北上する二万の軍が近辺に現れた。此れもホスワードの整備された道路のお陰である。
この二万の兵は一万がウラド・ガルガミシュが率いる騎兵で、一万がラース・ブローメルト率いる歩兵である。総指揮官とも云うべきムラト・ラスウェイは後方にて、両将軍にほぼ全権を任せている。
ラテノグ市付近で展開していたバリス軍は、この二万の援軍の参戦で完全に瓦解した。総司令官を筆頭に次々に西へと逃げていく。
やはり、追撃は程々にして、ラテノグ市の安定をホスワード軍は優先した。
こうしてホスワード軍は九万近くの軍勢をを揃え、ラテノグ州の北西部にあるバリス軍の本営への直撃を企図する。
ヘスディーテの本営は一万に因って構成されている。そして、ヘスディーテはラテノグ州の五つの市の占領部隊である計一万の歩兵も、この陣営に既に戻している。更に占領地を巡回していた補給部隊一万も戻し、後はラテノグ市での戦闘で敗れた残兵を受け入れている所だ。リープツィク市から戻った二千の丸腰の部隊に至っては、完全に雑用を押し付けられている。
残兵は半数ほどしか戻って来ず、総司令官以下、高級指揮官たちに戦死者が出なかったが、最早彼らは兵の指揮権を半ば取り上げられ、本営のバリス軍の総指揮はヘスディーテが直々に執る事に為った。
十月三十日。バリス軍のラテノグ州占領地は、最初の北西の箇所のみと為り、総軍は如何にか七万に達するといった処だった。
十二日に十二万でこの地に侵攻してから、五万以上の被害を出している。
そして、バリス軍本営ではホスワード軍九万近くが、付近まで迫って来た事を知る。
バリス軍の本営はボーンゼン河の本流の西に在る。故に本営に達すには渡河をしなければ為らないので、船が必要だ。
バリス側は撤退してきた兵や敗残兵を収容し終わると、輸送用の船を全て処分している。
ホスワード軍九万がボーンゼン河の東側に対峙した時、遠く東より、数十艘のホスワードの輸送船と二艘の中型の攻撃船が付近に遣って来た。
6
十一月一日。ボーンゼン河の東側に布陣したホスワード軍は、対岸のバリス軍の本営攻略の為の会議を、皇帝アムリートの幕舎で行った。
主だった出席者の将軍は、エドガイス・ワロン、ムラト・ラスウェイ、ウラド・ガルガミシュ、ラース・ブローメルト等で、その他の将や高級士官も列席している。ハイケは皇帝副官という立場上、当然アムリートの横に座している。
流石にカイやヴェルフはこの場には呼ばれない。其れ処かこの二人は今でも時折するのだが、此の様に陣営を兵たちが築くと、其の手伝いを率先して行うのである。兵たちは半ば感謝、半ば恐縮に想いながらも、作業中に出てくるヴェルフの冗談で緊張が解れる。
レナたち女子部隊は少し離れた所で幕舎を設置している。ボーンゼン河の水を汲み、炉の上に食事用で無い大鍋を幾つも設置して、湯で以て身体を洗っている様だ。
当然五十名ずつの交代制で、残りの半数はバリス兵に対するよりも、恐ろしげな顔で身体を専門に洗う幕舎の周りを守る様にいる。
「臣が一軍を率いて、対岸に橋頭保を築きましょう。ブローメルト将軍には中型船にて援助をお願いしたい」
発言者はラスウェイ将軍で、彼は元々ボーンゼン河付近のバルカーン城司令官なので、兵を輸送船に乗せ対岸へ移動させる手腕は確かである。其の支援の為にラースが中型船二艘で矢や石をバリス陣営に打ち込み、ラスウェイの上陸作戦を支援する。
他に案を提出する者が居なかったので、ホスワード軍はラスウェイが上陸部隊、ラースが支援部隊を組織出来次第、作戦の決行と為った。最後にアムリートは両将軍に注意を促した。
「相手はあのヘスディーテだ。何を企図しているのか分からない男なので、無理はせず少しでも危険を感じたら、両将軍は即座に引く様に」
十一月三日の早朝にホスワード軍の作戦は決行された。先ずラースが率いる二艘の中型船がバリス軍の陣営に近づき、矢や石を射出する用意をする。其の間にラスウェイ率いる五千を超える兵がバリス陣営付近に上陸し、橋頭保を築く。
カイもヴェルフもレナもどちらの部隊に配属されていない。どちらも兵の主体は両将軍の直属の兵が担当する。
カイたちはラスウェイ旗下の五千が橋頭保を築いたら、軽騎兵を次に上陸させる予定なので、ラスウェイの輸送船付近で準備をしていた。
十一月に入って、ラテノグ州は一気に冬の気配を前面に出している。然も此処は其の最も北西の場所だ。吐く息も完全に白い。天候は厚い灰色に覆われ大気は冷たいが、風が殆ど無いのは微かな救いである。恐らく後一週間もすれば本格的な雪も降ってくるだろう。
カイは対岸のバリス側を見ていると、何やらかなりの人数が動いている。数人がかりで幾つもの手押し車を扱っている様だ。この台車の上には何やら黒っぽい物が乗っている様だが、遠すぎてよく分からない。ボーンゼン河の対岸までは、この辺りでは二十丈(二百メートル)はある。
ヘスディーテは二種類の砲を持って来ていた。どちらも頑強な四輪の台車の上に二尺(二メートル)程の太い鉄の筒を固定している。無論発射時には四輪は留め具で固定する。
一方は経口が五寸(五センチメートル)の鉛の弾を発射する火器、一方は榴弾で着弾時に爆発する火器である。前者は弾と装薬を前装して、奥まで押し込み、中の装薬に着火させる為に、砲身に備え付けられた、点火薬が入った火皿に火を差す。後者は弾丸自体に付いている導火線に火を点けて、爆破させて其の推進力で飛ばす。
其々二百門あり、鉄の筒の先がホスワード兵の中型船と輸送船に固定された。各砲は距離に対して計算して上方へ向け固定する事が出来る。
「第一射、斉射」
ヘスディーテは口では言ったが、厳密には此れは合図になっていない。彼は右手に赤褐色の手旗を持っていて、其の一振りが発射の合図だ。砲の担当者たちとヘスディーテを含む全員は、防寒も兼ねて耳当てをしている。
先ず、其々の百門が発射をした。大爆発の轟音が起こり、更に榴弾は着弾時に爆発を起こす。
対岸のホスワード兵は其の轟音と、衝撃による河の各所で発生する水柱に驚き、そして自分たちの船団が壊れ、煙を上げいるのを見て、愕然とする。
ヘスディーテは「第二者、斉射」、と言い手旗を二回振った。残りの其々の百門が又も発射をした。
「全軍退避だ!近辺の者は船の乗員の救助を頼む!」
アムリートが退避命令を出したので、ラスウェイとラースの船は如何にか岸に戻った。五百人近い即死者を出し、其れに数倍する怪我人を出している。特に輸送船側の被害は深刻だった。
ラースは軽傷で済んだが、ラスウェイは重体と為って運び出された。
中型船は各処が鉄で補強されているが、鉛の弾で穴が空き、爆発の影響でほぼ中破されている。
補強が全くされていない、輸送船は殆どが完全に大破され、辛うじて岸にたどり着いたが、最早兵の輸送には使えない。
「こいつはあの時のエルキトとの戦いの改良版だな…」
ヴェルフが兵を助けながら呟く。カイは余りの事に声も出ず、只仲間を助ける事だけに専念している。
昼過ぎには全員救助出来たので、漸くカイとヴェルフとレナは落ち着いて話せた。
「バリスがエルキトに大勝した戦いって、こんな武器を使ったの?」
「形は違うが、爆発は同じだ。まさか爆発物を飛ばして来るとは思わなかった。エルキトとの戦いでは、地中に埋め導火線にて爆発させていた」
「取り敢えず、連射は出来ない様だな。だから二回に分けて撃ったんだろう」
三人はは其のまま黙ってしまった。
レナは兄のラースが軽傷で済んだ事に安堵したが、一歩間違えれば即死か重体と云う事に身震いした。そして、そういった将兵が大量に出ている。
カイとヴェルフも、曾ての上司のラスウェイ将軍が重体と為った事に、衝撃を受けている。
余りの事に怒りが出ない。いや、戦なのだから相手が武装した相手なら、何を行おうと卑怯ではない。そして、実際バリス軍は攻撃対象を武装したホスワード正規軍に対してしか向けていない。
だが、其れでもこの一方的な破壊と殺戮は怒りは出ずとも、屈辱と悔しさでホスワード軍に苛立ちと怖れを覚えさせた。
アムリートがハイケを連れて、カイたち三人の元に現れた。
「ラスウェイはまだ意識を回復せぬ、後方の市に移送して、医師に診せる事にした。其の他の重傷者たちも同様だ」
カイは何かを思い出した様に言った。
「陛下!衝車です。あれは頑強に出来ています。遠くの地にて渡河させ、衝車にてバリス陣営に突撃するのは如何でしょう!」
「衝車か…」
アムリートは渋い顔で考え込んでいると、悲鳴に近い拒絶の声が出た。レナの声だ。
「其れは不可!」
レナはカイの腕を強く掴んで、カイをじっと見つめたままである。カイはレナの悲愴で訴え掛ける表情に驚く。彼女の青灰色の瞳は涙で潤んでいる。そして、カイの太陽の様な明るい褐色の瞳はまるで暗雲が出てきた様に曇った。
同じく考え込んでいたハイケが近隣の兵に「箱が欲しいのだが、お願い出来るか」、と言って近くから落ち葉数枚と小石を拾った。箱を貰い受けハイケは兄に説明をした。
「カイ兄さん。確かに衝車は外部も内部も頑強に出来ている。だからこそ跳弾の危険性が有る」
「跳弾…?」
カイの疑問に答える為、ハイケは箱の中に落ち葉を入れた。
「この箱が衝車だとする。葉は内部の操作員と思ってくれ」
そう言って更に小石を入れた。
「今入れた小石は爆破後の衝車の取れた鉄部品、または貫通した鉛の弾だとする」
するとハイケは箱を何回か振った後に、箱の中の落ち葉を出した。当然内部で跳ね返った小石でボロボロに為っている。
「分かるか、兄さん。中の三十名がこうなる可能性が高い。弩矢なら問題は無いが、爆発の場合は内部の部品破壊で、操作員はこうなる」
「カイ。余も今のハイケの行った事が起こり得ると思う。卿は自身だけでなく、仲間もこの様な目に合せたいのか?」
カイは弟の説明と主君の言で冷静さを取り戻した。
「…畏まりました、陛下。衝車の案は取り下げます。ですが、バリス軍を駆逐するには如何致しましょう」
レナは強く掴んだカイの腕を離したが、其の直後カイは腕をレナの身体に軽く抱くように回し、彼女を安心させるようにした。
7
「停戦しかないな。残念ながら、北西の領土は諦めよう。この様にハイケの様な智者もいる。あの砲を打ち破る策を必ずや考えだし、再戦を期するしかない」
「ですが、陛下。バリスは停戦を受けるでしょうか」
ヴェルフが疑問を発すると、アムリートは答えた。
「受ける可能性は高い、と思う。何故なら彼らも相当数の兵の被害を出している。出来たら、これ以上の人的被害はせずに帰還したい、と思っているだろう。だが、其れには余自らヘスディーテと対話をせねば為らぬな」
この日の内に、ホスワード軍は一艘の小舟が交渉用の白旗を掲げ、バリス軍の陣営に赴いた。
明日の昼前に双方の総帥同士で、小舟にてボーンゼン河上で、停戦について話し合いたい、との旨の連絡である。
ヘスディーテは其れを承諾した。
十一月四日の昼前。相変わらず空は厚い灰色に覆われ、十一月に入ってから、まるでバリスの皇太子の味方をしている様だった。
ボーンゼン河の中央で、二艘の小舟が出会う。東側からホスワード帝国皇帝アムリートとハイケと速記用の一式を持った参軍と船の操舵者。西側からバリス帝国皇太子ヘスディーテと同じく二名の役人風の男と船の操舵者。全員武器は携帯していない。
「あれがヘスディーテか、陛下なら一捻りで奴の首を折り、後顧の憂いを取り除けるんじゃないのか」
ヴェルフが呟くと、カイも流石に相手国の総帥の若さと、戦士然としていない姿に違和感を持つ。だが、この墨絵から出てきた様な細身の若者こそが今現在、大陸で最も恐るべき者だ。あのエルキト藩王クルト・ミクルシュクでさえ、これ程の脅威や危険性は無い。
「アムリート陛下。バリス帝国皇太子ヘスディーテと申します。陛下には一度お目に掛かりたかったので、この様な場ですが、念願が叶い嬉しく思います」
「ヘスディーテ殿下。余も貴殿には以前より興味を持っていた。其の言は嬉しく思う」
そう両者は船上で挨拶をして、実務的な話に入った。ホスワード語とバリス語は互いに言っても九割がた通じるが、ヘスディーテは完璧なホスワード語を話せるので、会談はホスワード語で行われた。
「ヘスディーテ殿下、単刀直入に言うが、貴国と停戦をしたい。具体的には一年間の不戦条約を結び、次の年に新たにまた一年間の不戦条約を締結をすると云う形だ」
「其れは本日からと為りましょうか?」
「其の期日だと分かり難いので、来年の一月一日で以て履行する形を取りたい。つまり、正式な条約締結は来年の一月一日からだ。本朝の使節を十二月に入ったら、貴国に入朝させるが如何かな?」
「其れは両国の領土を現状のまま、とする事で、宜しいのでしょうか」
「そうなる。其れと今回の一連の戦闘で捕えている貴国の将兵も、条約締結後に即座に帰国させる」
ホスワード側は数千人のバリス兵の捕虜を得ている。
「了承致しました。では、本格的な条約締結の話し合いは十二月に入ってからで、不戦条約の履行延長の確認は毎年の十二月に双方の話し合い、と云う事ですな」
「うむ。では今回は仮の条約締結として、両軍の主力は順次この場から帰還して行く事で宜しいか」
「畏まりました。この内容は当然本朝の同盟国である、テヌーラ帝国、エルキト藩王国に報告致しますが、其れは宜しいでしょうか?」
「其れは勿論、貴国の内政に関わる事なので、此方からは何も指示はしない。子細は年末の使節間に於いて決めよう」
ホスワード帝国歴百五十五年十一月四日、双方建国以来の宿敵同士であるホスワード帝国とバリス帝国はこうして、一年毎とは云え不戦条約を締結した。
領土的にはラテノグ州の北西部をバリス帝国が領する事に成功したが、軍の実動部隊の被害ではバリス帝国軍側が大きかった。
然も、ホスワード帝国は同時期に北のエルキト藩王国とも戦ってもいたので、改めて大陸諸国はホスワード帝国軍の精強さに驚愕する。
しかし、ホスワード側は不運に見舞われる事に為る。
この仮条約締結後の二日後に、バルカーン城司令官ムラト・ラスウェイ将軍が戦傷が元での死去、との報が届く。
ムラト・ラスウェイは享年五十歳。
アムリートは其れを聞くと一日間の喪に服する様、全軍に通達した。
カイもヴェルフもこの日は粛然として、一日中黙ったままだった。
アムリートはバルカーン城の臨時司令官として、ラース・ブローメルトを任命した。臨時と云うのは、ラテノグ州に於いてバリス軍が本営とした陣営が要塞化している為、其れに対する城塞をホスワード側は建造予定で、一時的にラースは両城塞の兼任司令官とされたのだ。
ラテノグ州の城塞が出来上がった後、ラースはこの城塞の専属司令官と為り、バルカーン城は別の司令官が就任予定である。
ハイケを初めとするアムリートの近時達は、早期に皇帝の帝都への帰還を望んだ。云うまでも無く帝都ウェザールの皇宮の宮殿では、ユミシス大公が明日をも知れぬ身である。だが、皇帝は意外な事を言った。
「此処からなら、ムヒルのガリン・ウブチュブクの墓参りが出来よう。数刻だけだがカリーフ村に赴き、其の後帝都へ帰還する」
そう言って、彼は全軍を大将軍エドガイス・ワロンに預け、近衛隊、副官ハイケ、そしてカイとヴェルフとレナを連れてカリーフ村へ向かった。
ラテノグ州のホスワード軍の陣営は、ほぼ負傷から回復したラースと彼の直下の部隊が残り、各兵は順次帰還して行く。
女子部隊もオッドルーン・ヘレナトに率いられ、シェラルブクの地へ一旦戻る。特にオッドルーンは故郷に息子を残している。息子は彼女の両親に預けているが、やはり何カ月も其のままな状態は良くない。
ラテノグ州からムヒル州のカリーフ村への皇帝一行の騎行中、レナはハイケの傍に馬を近づけ、言葉を発した。
「ハイケさん。御免なさい。私ったら、ただ感情的にカイを止める事しか出来なくって。あの様に理路整然と説明すれば、カイは無茶な事をしないのね」
「レナ様。私は此れでも生まれてから、カイ・ウブチュブクと云う男をずっと見てきましたからね。ですが、兄さんの無茶を止める事が出来るのは、私では無くレナ様です。如何か兄さんの傍にずっと居て下さい。この様に頼む事しか出来なくて申し訳ないのですが」
「好いの。其れを聞いて安心した。カイは私が何があっても必ず守るから」
ムヒル州のカリーフ村近くに在る見張りの塔が軍勢を確認したのは、十一月十日の昼頃である。但し、敵国の軍勢では無く、味方と思わしき百五十名程の軍勢であった。
アムリート率いる近衛隊百五十名と、カイとヴェルフとレナとハイケがカリーフ村の門前に到着したのは、十日の午後一の刻であった。近衛隊を村外の広場に待機させ、皇帝はカイの案内でガリン・ウブチュブクの墓参りに赴く。
カリーフ村の人々はこの一年で一番驚く。明らかに途轍もない貴人が現れ、村内を歩いているのだ。
ガリンの墓参りを済ませたアムリートは、其のままカイの家の門前で、ガリンの妻のマイエに挨拶をした。
マイエの周りにはモルティ夫妻とシュキンとシュシンとセツカとグライがいたが、皆唖然として声が出ない。レナとハイケが一応補足で説明したが、よく理解が出来ていない様だ。
マイエの両親である前カリーフ村村長夫婦と、タナスの両親である現カリーフ村村長夫婦が家から飛び出し、皇帝の巡幸に感謝を述べに現れた。
カリーフ村の村民は現れた貴人が、自国の皇帝陛下だと気付き初め、如何して好いのか混乱する。中には地面に平伏して、礼を取ろうとする者まで出てきた。
「其の様な事はせずとも好い。余は早々にムヒル市へ向かい、其の後、直ぐに帝都へ戻る」
アムリートは平伏する人を自ら手を差し伸べ立ち上がらせ、カイやヴェルフも苦笑しながら其の手伝いをする。
再びアムリートはウブチュブク家にハイケを伴いマイエに挨拶をした。
「申し訳ないが、ウブチュブク夫人。御子息のハイケは余の副官を務めている。其の為、本日中に彼とムヒル市へ向かうので、ハイケと十分に挨拶をして於いてくれ」
アムリートのカリーフ村滞在は三刻(三時間)程で、彼は其の日の内にハイケと近衛隊を連れてムヒル市へ向かった。
カイとヴェルフとレナは一週間程、カリーフ村で休暇取ってから帝都に戻っても好い、とアムリートから告げられた。
ホスワード帝国歴百五十五年十一月十日。ムヒル州のカリーフ村の北にある山脈の見張り塔は長らく使われていなかったが、見張りの役に立った最初の発見は、自国の皇帝の一団の発見であった。
第十八章 ホスワード帝国の血戦 西方戦線 了
要するにファンタジー系で、炎魔法や爆炎魔法が炸裂した、と暖かい目で許してください。
このようにいい加減な技術がちょいちょい出てきますが、そこはファンタジー世界だという御容赦を。
【読んで下さった方へ】
・レビュー、ブクマされると大変うれしいです。お星さまは一つでも、ないよりかはうれしいです(もちろん「いいね」も)。
・感想もどしどしお願いします(なるべく返信するよう努力はします)。
・誤字脱字や表現のおかしなところの指摘も歓迎です。
・下のリンクには今まで書いたものをシリーズとしてまとめていますので、お時間がある方はご一読よろしくお願いいたします。