表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/44

第十四章 大海の騎兵隊 後編

 実はサブタイトルを決めるのって、結構考えるんですよ。

 いっその事、これから「中編」とかも使って、楽しちゃおっかな、と思う自分がいます。


 それでは第十四章です。よろしくお願いします。

第十四章 大海の騎兵隊 後編



 ホスワード帝国とテヌーラ帝国を分けるドンロ大河の下流域は、互いの対岸が見えない程の幅なので、初見で見る者は先ず海だと錯覚する。

 ホスワード側だと次の諸州が、西から東へ流れるドンロ大河のこの下流域に沿って位置している。

 西よりラニア州、クラドエ州、そしてホスワードで一番の南東にあるレラーン州だ。

 ラニア州の南東部のドンロ大河沿いには、ホスワードの水上用軍事要塞である、ボーボルム城が在り、此処には大小さまざまな軍船が収容されている。

 ここ近年ボーボルム城塞は増改築され、其れに合わせ軍船も新規に多く建造されていた。

 曾ては千人に満たない兵しかこの城に駐在して居なかったが、現在は施設の増築や船大工等の職人も含めれば、一万五千人程が駐在している。

 其の中で戦闘員である将兵は一万を超え、彼らは日々水軍の調練や、周辺の偵察に出ていた。

 これはホスワード帝国歴百五十五年に入ってから、本格的に始まったである。


 ホスワード帝国とテヌーラ帝国は長年の友好国だったが、ここ一年で両国の関係は急速に悪化した。

 テヌーラ側の言い分としては、先ず先年バリス帝国により、自国の西部が侵略されたのに、ホスワードはバリスを扼す兵を出さなかった事。その後、ホスワードは彼らが虜囚としていたバリスの軍関係者を全て帰還させ、バリスからも彼らの軍関係者の虜囚を帰国して貰った事。北方に造られたテヌーラ帝国を宗主国とするエルキト藩王国を、ホスワードは正式な国と認めなかった事である。

 ホスワード側の言い分は、バリス帝国と何の相談もなく和約した事。其の和約条項にホスワードがバリスに軍事行動に出たら、テヌーラはホスワードを攻撃すると云う条項が有る事。そして北方にエルキト藩王国なる、テヌーラの一役人が造った国を衛星国として、ホスワードと同盟している各エルキトの諸部族に脅威を与えている事である。


 先に攻勢に出たのはテヌーラである。元々バリスに侵略された時に大軍を送っていたが、和約に因り両国の国境が定まると、この大軍を主体に其のままホスワードへの侵略に使った。

 ホスワード帝国の南西方向に位置するメルティアナ城という、曾ての超大国プラーキーナ帝国の首都を六万を越える兵にて攻囲したのだ。

 メルティアナ城に駐屯する兵は約一万。だがホスワードの皇帝アムリートは即座に増援軍を組織し、電撃的な進軍でこのテヌーラの攻囲の兵を駆逐する事に成功する。

 殊に濃霧の為、自軍の到着を知らせ、城内の兵に狼煙にて合図して、挟撃の連絡手段が取れなかったホスワード軍は、皇帝アムリートが近衛隊のみを率いて、攻囲しているテヌーラ兵を蹴散らし、メルティアナ城に入城し、自身が連絡役を果たした事に対して、大陸諸国はアムリートの其の剛勇ぶりに驚嘆した。

 ホスワードの隣国のバリス帝国の皇太子ヘスディーテなどは、其れを聞いた時に率直に感嘆し、半分畏れと半分尊敬の念を抱いた程である。如何もアムリートに関する事に為ると、一応この若者も感情らしき物を持っている事が分かる。


 当のアムリートは其のままボーボルム城塞へ赴くと云うので、船の準備をさせた。行くのは近衛隊百五十名と、水上の戦いの経験が豊富な者を三千人選抜して、残りの三万を超える兵はアレン・ヌヴェルという将軍に指揮権を渡し、彼らはメルティアナ城の総司令官ウラド・ガルガミシュの指揮下に入り、テヌーラ軍に各所を壊された城内外の修繕に就くことに為った。

 当然、皇帝副官ハイケ・ウブチュブクもボーボルム城塞へ赴く。

 アムリート・ホスワードはこの年で三十歳になる。人目を引く長身で手足が長く、細身ながら均整のとれた骨太のしっかりとした体幹を持っている。

 皇帝の軍装は白を基調とした上下で、所々緑の意匠が凝らされ、(ベルト)長靴(ブーツ)は黒褐色である。戦場ではこの上に白銀の鎧兜を身に付ける。やや長い金褐色の髪は少し(ウェーブ)があり、美麗な其の顔は、宮殿の貴公子と云った優男風では無く、戦場での美丈夫と云う風格に溢れている。特にホスワードの色である緑がかった薄茶色の瞳が印象的だ。

 ハイケ・ウブチュブクはこの年で主君より十歳下の二十歳になる。その軍装は主君と同じく白を基調とした上下で、其の上に緑色の胴着(ベスト)を身に付け、(ベルト)長靴(ブーツ)は黒褐色である。緑の帽子の中の髪は明るい茶色で、黒褐色の瞳は、端正だがまだ少年っぽさを残す顔には似合わぬ冷静な眼差しをしている。背が百と九十寸(百九十センチ)を少し超える位で、細身ながらも均整の取れた体格だ。主君と並ぶとごく僅かに背が低く細いだけなので、十分に戦士としても見えるだろう。

 メルティアナ付近の運河に十艘を越える大型船が用意され、其れを伝い河川に入り南下して、ドンロ大河へとアムリートたちが出発したのは、ホスワード帝国歴百五十五年四月二十七日である。


 ドンロ大河へ入りアムリート率いる船団は東へと進路をとる。アムリートは先頭の船に乗り、甲板上の船頭にいた。背後にはハイケが控えている。天気は晴れ、空気はこの時期は乾燥し、時折北風が強く吹くが、其れは寒気では無く乾いた風である。

 ドンロ大河の下流域は四月の初めから六月の初め頃まで、この様に晴天が続き乾いた北風が吹く、雨が降るのは稀だ。船団での戦いなら、北側から火計が最も有効であろう。

「ハイケ。そう言えば卿は、兄のカイとはどれ程会っていない?」

「はっ、最後に顔を合わせたのは、臣がまだ大学寮にいた頃で、帝都にて昨年の六月頃に為ります」

「カイには余の副官に為った事は、伝えてあるのか?」

「いいえ。お互い国内外を転々する身。臣も兄も定期的に実家に手紙を出してはいますが」

「卿の前任者のラースにも、余はこの人事を伝えておらぬ。ボーボルム城塞に着いたら、ラースとカイがさぞ驚くだろうな」

 ハイケは皇帝の副官に選ばれた時、仰天し、当初は緊張のしっぱなしだったが、この主君はこの様に気さくで冗談を好むので、悪い意味での緊張は直ぐに解れた。しかし、アムリートは陽気なだけの人物ではなく、先の戦闘で先陣を切り、槍を振るなど剛毅さがあり、また其処に至る判断など怜悧さと果断さを持っているので、この主君と共にいると良い意味での緊張感が常にする。



 テヌーラ帝国の軍船がボーボルム城塞から視認できる程に近付いて来たのは、四月二十二日の早朝である。

 百名以上は乗れる中型船が二十艘、二百名以上が乗れる大型船が三艘で、内の一艘が指揮用の旗艦だ。二十人から十人が乗る小型の駆逐船に至っては、少なくとも百艘は超えている。

 ボーボルム城の事実上の副司令官で、野戦総指揮官とも言うべきラース・ブローメルトは旗下の兵を出撃させて、迎え撃ちに出た。

 ラースが旗艦とした大型船二艘と、中型船十艘、そして小型の駆逐船を百艘近くを出撃させた。

 大型船の内一艘はラースの指揮用の旗艦で、もう一艘はヴェルフ・ヘルキオスが艦長として指揮する、例の特殊な攻撃船である。この攻撃船は船首が馬が通れる様に造られていて、実際三十頭以上の馬と其の騎乗員が乗船していた。

 カイ・ウブチュブクは二十人乗りのやや大型の駆逐船の指揮官として出撃し、レナことマグタレーナ・ブローメルトは旗艦である実兄のラースの船に乗船していた。

 両軍とも小型の駆逐船を前面に展開させ、その後方に中型船や大型船を配置する布陣を敷いた。

 

 戦闘は乾燥した時期という事もあって、両軍とも火矢を打ち込んだ。

 但し、ホスワードの方は実際に火と点けた矢を乗員が弓にて射たのに対して、テヌーラ側は船体に固定された矢を射出できる装置で以て、火矢を放っていた。

 双方ともに船体に火が点くと、事前に用意していた川の水をかけてすぐさま消火する。

 風はやや北から吹いているので、ホスワード側に有利だが、テヌーラの火矢は人が構えるのではなく、装置で射出しているので、本数としてはテヌーラの方が多かった。

 ホスワード側は火矢の打ち合いに不利を察した為、駆逐船の体当たりにてテヌーラの船の制圧に戦法を切り替えた。

 カイが指揮官を務める二十人乗りの駆逐船が、矢が射出出来る装置を備え付けた小型船に接近していく。指揮官のカイは船尾で櫂舵を操り、縦帆に火が付かない様に即座にたたみ、二十人の漕ぎ手は目標とするテヌーラの船へと突き進む。降り注がれる矢は船頭でカイ自身は元より、漕ぎ手である部下たちも含め巨大な盾を以て防ぐ。

 一艘のテヌーラの小型船の脇に体当たりをすると、カイは一人船首から乗り込み、先に斧が付いた鉄製の長槍を振り回す。多くの敵兵を河へ撃ち落し、特に矢を射出できる装置をこの槍の一振りにて破壊する。そしてテヌーラの濃い蒼をした三角帆の帆柱(マスト)を折ると、即座に自船に戻り離脱していく。

 部下の二十人には櫂を漕ぐ事のみを託し、彼個人はこの様に次々とテヌーラの小型船を戦闘不能にしていった。


 他のホスワードの駆逐船もカイに後れを取るまいと、同種の突撃を決行する。ホスワード軍は士気が高く、勇敢とも見えるが、寧ろ他の同格の士官たちがカイに負けまい、と張り合っている様に見える。少なくとも後方で戦況を確認していた、ラース・ブローメルトはそう見えた。

 ラースはテヌーラ側が小型船を後方へ戻し、中型船を前面に出して、自軍の駆逐船を其のまま薙ぎ倒そうとする陣形を取っていくのを察知して、自身が搭乗している大型船より、後退の角笛と太鼓を鳴らし、更に船頭で大きなホスワードの緑の旗を一定間隔で振らせた。全て後退の合図である。

 やがて両軍は大型船と中型船を前面に出し、小型船を後方に配置した陣形を取った。先ほどの戦闘で水上に落ちた自軍の兵を両軍とも助けながら、火矢や石を打ちあう。どちらも固定された装置から打ち合ったが、ホスワード側は助ける兵が少数だった事と北風という利が有るだけで、次第に大型船や中型船の数の多いテヌーラ側が優位に立った。

 ホスワード軍はラースの旗艦の大型船を中心に、左右に五艘ずつの中型船を配置していたが、テヌーラ軍は三艘の大型船と左右に十艘の中型船で迫り、半包囲体制を取りつつあった。


 この時、テヌーラ側からの一番の左の中型船の左舷の船腹に、ズシンとホスワードの特殊大型船が体当たりした。船底近くに付いてある触角が深く刺さり、更に幅広の箱型に伸びた船首が上から架かり、十の人馬が其の船首から伝って来て、テヌーラの船に乗り移った。

 先陣を切って突撃た騎兵は、ヴェルフが指揮するこの特殊大型船に移乗していたカイである。続いて、やはりラースの船から移乗していたレナが其れに続く、その後に続く八名は全員シェラルブク族の女性たちで、計十騎がテヌーラ船上を引っ掻き回した。

 カイは先に斧が付いた鉄製の長槍で、このテヌーラの甲板上の矢や石を射出する装置を次々と破壊していく、テヌーラ兵は騎兵が移乗してきた事に吃驚して、咄嗟の判断が出来ないでいる。レナたちは船上の兵器や帆柱を破壊するカイを守るように、騎射をして援護をする。

 やがて甲板上に何十人というテヌーラ兵が現れたので、レナが脱出の命を下した。

「カイ!そろそろ引き返すよ!」

「分かった!レナたちだけでも先に行け!俺は最後に戻る!」

 特殊な船首の付近では武装したヴェルフ・ヘルキオスが、退却路でもあるこの船首を守るように仁王立ちしていた。彼は最後にカイが戻ったのを確認すると、自身も船内に戻り、船首を(レバー)で上に上げて、下方の二層目にいる櫂の漕ぎ手たちに命じた。

「突き刺さった触角を外せ!離脱だ!」

 すると、二層目から幅が二十五寸(二十五センチ)はある長い丸太が前方から二本飛び出し、敵の船腹に当て、其のまま押し続け刺さった触角を外す事に成功する。これを行ったのは左右三十人ずつの漕ぎ手なので、丸太を船内に戻し、丸太を出した窓を閉じると、即座に元の漕ぎ位置に着き、船を逆走させていく。


 ラースは自身から見て一番右側のテヌーラの中型船が中破したのを確認すると、全船にこの中型船への攻撃を集中する様に指令を出し、元々触角で穴も開いていた事もあり、この集中攻撃で遂にこの中型船は撃沈していった。テヌーラ兵たちは起こった事に仰天したままだったが、テヌーラ側の総指揮官は構わず其のまま包囲に因る攻撃を命じた

 一体どの様な進路と速度なのか、ヴェルフが指揮を執る特殊大型船は、今度はテヌーラ側の一番の右側の中型船にまで回り込み、同じように其の右舷の船腹に体当たりをして、また同じくカイとレナを初めとする騎兵十騎が突撃する。

 此れも甲板上を破壊して回った後に騎兵が帰還して、特殊大型船が離脱すると、ラースはまたもこの船に猛攻撃を加えて撃沈させた。

 立て続けに二艘が撃沈されたテヌーラ側は動揺が走る。もはやホスワードの船に対する攻撃どころではなく、水上に浮かぶ二百名以上の味方を救助する事に専念する。其の為に船列は乱れ、遂に旗艦である大型船にヴェルフは体当たりを敢行して叫んだ。

「次はカイと三十騎だ!大暴れしてこい!」

 唯一の男であるカイは先頭を切って、馬上にて先に斧が付いた鉄製の長槍を振り回し、甲板上の施設の破壊をする。または目につく敵兵には無慈悲な一撃を馬上から叩き込む。

 レナが率いる三十の騎兵は矢にて攻撃する。レナを含め十名がホスワードの女性たち、二十名がシェラルブクの女性たちだ。彼女たちは一カ所に留まらず、甲板上を軽快に走り回るので、テヌーラ兵は攻撃の的が絞れず、其れ処か疾走する馬を避け様と、平衡を崩して落水する者もいる。

 テヌーラの旗艦上にて大暴れしたカイとレナたちは順次に帰還していき、全員が帰還するまでヴェルフが桟橋とした掛けられた船首付近で左手で盾を持ち、自身や騎兵に対して射られる矢を防ぎ、近づく敵兵には鎚矛(メイス)の一撃を叩き込む。またヴェルフの周りには数人のホスワード兵が火矢を放っていた。

 全員の帰還をヴェルフは確認すると、またも離脱していき、其のままホスワードの船列に戻っていく。

 ラースは全船にテヌーラの旗艦への総攻撃を指示した。既に各所で火が燃え上がっていたこの指揮用の大型船も沈没していった。

 指揮船を沈められたテヌーラ軍は完全に戦意を喪失して、各自船首を反して逃げていく。



 逃げて行くテヌーラの軍船に対して、追撃の許可を若手の士官たちは求めたが、ラースは其れを認めず、水上に浮かぶテヌーラ兵の救助を全軍に命じた。指揮用の大型船も撃沈させたので、総指揮官も捕えられる筈だ。

 ラースの目論見通り、テヌーラ側の総指揮官を水上より、救助し、捕縛する事に成功した。

 総指揮官以下、三百名以上の捕虜を得てラース率いる船団はボーボルム城塞へ帰投して行く。

 戦は夕刻近くまで行われたので、帰投直後にはもう日が暮れかかっていた。

 ボーボルム城塞総司令官ヤリ・ナポヘク将軍は帰投した実動部隊を労い、実動部隊に湯あみ食事と各人の居住場所での休憩をする様に、と命じた。

 ボーボルム城にはナポヘク将軍以下、六千を超える兵がいたが、此れは若しラース以下の実動部隊が敗れた場合、ボーボルム城塞を守備する兵として残っていたのだ。

 守備部隊として残っていた彼らは其々に手分けをして、ある部隊は船にて松明を点けて、退却したテヌーラの船団の追跡、及び周辺の見回り、ある部隊は捕虜を施設に入れて其の監視、ある部隊は基地全体の周辺地域の見回り、ある部隊はボーボルム城塞に駐在している職人による帰投した船の整備を手伝った。


「しかし、三百名の捕虜か。見事だが、虜囚が脱走出来ぬ様な堅牢な建物など、此処には無いからな。大急ぎで造らせねば為らんな」

 そうナポヘク将軍はラースに言った。ナポヘクはこの年に七十歳になる老将で、若き日より水上での戦いが経験豊富な閲歴を持っているが、現在は副司令官とも云うべき、ラース・ブローメルトに助言を与える立場で、かなりの権限を彼に任せている。

「テヌーラが此のまま状態でいる事は無いでしょう。此れまで以上の大船団を組織して攻めてくる事は確実です」

「しかし、あのような奇策が成功するとは私自身も思わなかったな。自らあのような船を造らせ、指導していたとは云え」

 ヴェルフが艦長として指揮した騎兵突撃用の特殊大型船は、ナポヘクが造らせ、彼の主導で長らく調練と改良を重ねていたのだ。今回の戦功の第一人者と云っても好い。

「カイとヴェルフ、そしてレナは将軍に感謝していますよ」

 二人が話し合っていたのはボーボルム城の司令官室だが、突如急報が入った。何とメルティアナ城へ侵攻していたテヌーラ軍をアムリート帝自ら援軍に出て撃破し、皇帝アムリートは一週間後に船団を率いボーボルム城に到着すると云うのである。

「流石は陛下だ。この勝報と陛下の軍を合わせれば、今ラース卿が言った次の戦も必ずや勝利出来よう

「確かに士気は上がりますな。早速将兵たちに今の事を伝えて来ましょう」


 帰投した実動部隊は各施設で湯あみを終え食事を取っていた。一棟が四階建ての石造りの建物が、まるで大型船が船列を並べた様に三十棟以上はある。一階が浴場と食堂で、二階以上が将兵の部屋となっている。大体一棟につき最大で五百名が居住している。

 ラースは各棟の責任者である三十名以上を司令官用の建物の会議室に呼び、先程の急報を伝え、各棟内の将兵にも伝える様に指示した。

 集まったのは若い士官たちなので、当然喜びに沸いた。

「ヘルキオス指揮官。アムリート兄様、じゃなく陛下が来て下さるなんて、何とも心強いですね」

「うむ。早く戻って皆に伝えよう」

 女子部隊百名が居住する棟の責任者がレナで、ヴェルフも棟の責任者をしていた。カイはヴェルフと同じ棟に居住しているので、この場にはいない。

「ラース卿、僭越ながら、先程の戦闘で逃げるテヌーラを追撃し、壊滅すべきだったのでは?さすれば陛下に次の戦闘で、お手を煩わせる事も無かったでしょうに」

 そう言ったのはファイヘル・ホーゲルヴァイデという、この歳に二十三歳になる若い士官である。彼自身もテヌーラの小型船三艘を撃沈すると云う功責を立てていたが、傍にいるヴェルフやレナに比べると、其の功は淡い物と為っている。追撃を強硬に主張した一人だった。

「卿の言いたい事も分かる。だがテヌーラの本軍である船団が、どの辺りに位置しているのか、其れを知る為に退却する船の追跡と、総指揮官の捕縛を優先したのだ」

 恐らく大型船が何十艘とあるテヌーラの本軍が、この広いドンロ大河上に展開しているであろう。アムリートの船団と合わせ、次はボーボルム城にある全船を出撃させての決戦となる。


 ヴェルフが自身が居住している棟の食堂に戻り、アムリート帝がメルティアナへの侵略軍六万を撃破し、一週間後にここボーボルム城塞に遣って来る、と云う話をすると、将兵たちは一斉に歓声を上げる。食事には休日の前の日の夕食時に週に一回、其れも麦酒(ビール)が五合(半リットル)しか出ないが、この日は大量の飲酒を許されていた事もあって盛り上がりに輪をかけた。近辺の棟からも同種の歓声が聞こえる。

 この日の料理は川魚の揚げ物や、人参や玉蜀黍(トウモロコシ)青豆(グリーンピース)など様々な野菜と共に炒められた焼飯(ピラフ)だったが、カイは焼飯を食べる(スプーン)の手を止め、陶器で作られた(マース)と呼ばれる麦酒(ビール)が入った杯(約一リットル以上)を一気に空にして、ヴェルフに言った。

「陛下はそのような難事を成し遂げたばかりか、更に我々の支援までして下さる。明日から改めて哨戒等の任務に励まねば為らんな!」

「陛下が此処に御到着されるのは一週間後だ。今日と明日くらいはゆっくり疲れを取っても構わんだろう」

「うむ、そうだったな。哨戒に出ている部隊もいる事だし、俺たちは今日と明日は其れに甘えて呑むとしよう!」

 ヴェルフとカイの棟の食堂はまた大きな歓声に包まれた。


 逃げて行ったテヌーラの船団の追尾と、捕えた総指揮官の尋問から、テヌーラのドンロ大河における本軍の場所と規模はおおよそ特定された。

 ここボーボルム城より、南東へ四里(四キロメートル)以上離れた所に位置していて、大型船が二十艘以上も並んで、隣の船とは五カ所で強固な鎖で連結した状態にあると云う。各船は広く丈夫な桟橋が架かり、行き来が可能で、宛ら水上の要塞だが、中央には特に巨大な大型船が配置されている。

 この超大型船は通常の大型船より、長さが倍以上、幅が一倍半あり、四本の帆柱(マスト)に架かる帆も通常の大型船の帆より二回り大きい。甲板の後方には二階建ての楼閣があり、一階部分だけでも五十名以上は居住出来る造りと為っていて、二階部分は皇帝専用の居住部分と為っている。二階の前面は露台(テラス)として開けていて、中央に豪奢な指揮用の椅子が設置され、周りには軍高官用の席もある。

 つまりこの超大型船は皇帝専用の船だと云う事だ。一層目には前面に攻撃用の装置があり、乗員の各部屋がある。二層目は左右に其々百の櫂が出せる様に為っている。総乗員は約八百名だ。

 そして、この連結した大型船の周囲には、五十程の中型船と二百以上の小型船が浮いている。小型船の乗員は食事や就寝などをする時は、この連結した大型船内に入り行う。此処なら揺れも殆ど無く、しっかりと休養出来るからだ。



 ホスワード帝国歴百五十五年はテヌーラ帝国歴では百八十一年になる。四月二十四日にはテヌーラ帝国の帝都オデュオスの皇宮では早くも二つの敗報が入った。

 其れも立て続けに入った。先ずメルティアナ城の攻略に向かった六万は潰走し、攻城兵器の多くも燃やされてしまった醜態だ。そしてボーボルム城への攻撃に向かった船団もホスワードの船団に敗れ、此方は残兵はドンロ大河上にある水上要塞に撤退した、との事である。更にこの水戦では総指揮官が捕虜になった失態まで入った。この醜態と失態に耐えられるとすれば、よほど寛容か、でなければ国務に興味が無い物であろう。無論、アヴァーナはどちらでも無かった。

(わらわ)が自ら指揮を執る!明日には水上の旗艦へ出立する!」

 女帝アヴァーナ・テヌーラの言に、驚く兵部尚書(国防大臣)が其れを止める。

「陛下、そのような御身を危機に晒すのは、如何かお控え下さいます様。臣らが全力を尽くし、この敗戦を必ずや雪ぎます」

「黙れ!あのアムリートも前線に出て、兵を鼓舞して勝利を得た。妾には同じ事が出来ぬと言うか!」

 こうしてアヴァーナは一部の重臣と警護の近衛兵を伴って、オデュオスを出立し、ドンロ大河の南岸より、豪奢な大型船と周囲に十艘ほどの小型船に守られた船団にて、水上要塞へと北上した。四月二十五日の事である。

 其の日の内にアヴァーナは水上要塞に到着し、中央の超大型船である皇帝用の指揮船に移乗する。

 後部の楼閣の二階の一室は、数十人が会議が出来る部屋が有り、其処でアヴァーナは現状の確認を受けた。

「船上に騎兵が現れただと?其の様な小細工に怖れを為して逃げ帰ったと云うのか」

 ボーボルム城の攻略を命じられ、逃げ帰った責任者は頭を垂れたままである。総指揮官はホスワードの虜囚と為っている。

「もう好い。卿らは後方にて、物資の輸送船の警護に就け。この時期なら程無くホスワードは火計で以て攻めて来よう。其れを妾たちは迎え撃つ」

 こうしてボーボルム城の攻略を命じられた船団は、水上要塞に対する補給路の警護部隊に回された。

 若し五月に入って一週間経ちホスワード側が攻勢に来なかったら、アヴァーナは此方からボーボルム城塞に出撃をする心算(つもり)であった。

 五月に入れば流石に北からの乾いた風も和らいでいき、大気も潤い雨も次第に降る様に為っていく。

 本格的な湿気を帯びた南風や熱波や豪雨は六月の半ばに入ってからだが、五月になると稀に其の様な天候になる日もあるのだ。


 四月二十九日の昼ごろ、ボーボルム城塞へアムリート率いる十艘を越える大型船の船団が到着した。

 この日も晴れていて、大河の沿った所とは思えない程、空気は乾いている。

 大河沿いには兵たちや職人たちや集まって歓声を上げる。先頭の船の船頭にアムリートが居て、彼は其の歓声に応えた。

 船の停泊施設は昨年度より、真っ先に拡張工事が始まったので、アムリートの船団を収納しても、まだ少しの余裕がある。

 施設内にはナポヘクやラースを初めとする城塞幹部たちが揃っていた。勿論士官のカイやヴェルフ、そしてレナもいた。皆一斉に姿勢を正し敬礼をする。

 皇帝の船から降りてくるのはアムリートと近衛隊だが、皇帝の背後に居る人物を見てカイは仰天する。

「…!」

 弟の名を叫びたい衝動を抑え、カイは右手を左胸に当てる敬礼をした姿勢を取り続けた。

「よい、皆楽な姿勢を取れ」

 そう言ったアムリートはカイに気付き、ハイケを連れてカイの前に立った。カイの左右にはヴェルフとレナがいる。

「はっはっはっ、好い顔だな、カイ。卿の弟は余の副官をしている。ラースが兼任していた侍従武官と近衛隊長と皇帝副官を、其々を三者に分けて任命したのだ」

「陛下。何故臣の弟をかような重要な地位に…?」

「其れはハイケが有能で、事実、其の任に堪え得ているからだ。余はナポヘクとラースと話す。卿は弟と話すが好い」

 そう言って、アムリートはナポヘクとラースが居る所へ行ってしまい、ハイケがカイの面前に残った。


「カイ兄さん。まさかこんな形で再会するとはね」

「お前、そんな地位に就いたなら、連絡くらい寄越せよな」

「其れはお互い様だろ。家にも家族が心配するんじゃないかって、大学寮を終えて、皇宮関連の仕事に就いてるとしか言っていないんだ」

「まぁ、息災ならよい。いや、待てよ。お前は皇帝副官なら、俺より地位は上って事か?」

「ラース卿の様に侍従武官と近衛隊長と副官を兼ねていたのなら、そうなるけど、俺は副官だけだから、士官待遇って処だ」

「別にお前が俺より軍人として出世するのは構わないが、しかし驚いたものだ」

「カイ。アムリート兄様は貴方の弟君の才覚を買って抜擢したんでしょうけど、この様に悪戯心で周囲を吃驚させるのが好きな人なの。ハイケさんですね。私はラースの妹のレナと言います。陛下には色々振り回されて大変でしょう?」

「ラース卿の妹君といえば、女子部隊の隊長ですね。そう言えば以前帝都でお会いしましたね。ヴェルフさんとも一緒に」

「確か俺とカイが兵部省(国防省)へ士官の手続きに行った時だったな。あの時の学生が今では皇帝副官とはな。学識が有ると、この様な抜擢を受けるのか」

 ヴェルフが感心した様にハイケを見る。

 暫くカイとハイケのウブチュブク兄弟とレナとヴェルフは近況を語り合った。


 そして、先のメルティアナ城がテヌーラ軍に攻囲された時、アムリート自身が近衛隊のみで攻囲の中を突破して、メルティアナ城に入城した話には、カイは皇帝の勇敢さに敬服すると同時に其の中に実弟も参加していた事に背筋が凍った。

 ハイケがそういった任務にも堪え得るからこその抜擢なのだろうが、この様な事が起こると将来知っていたなら、曾て調練中にアムリートが戯れにカイに言った「近衛隊に入らないか」、という誘いを受けていただろう。そうすれば身近で弟の身の安全を見守る事が出来た筈だから…。

 「いや、違う」、とカイは心の中で頭を振った。アムリート帝は勇敢ではあっても、無謀では無い。ハイケももう一人前の男だ。寧ろ自分よりも、弟の力量を真に正しく把握しているのはアムリート帝であろう。

 皇帝副官と云う事もあって、ハイケはカイたちの場から離れアムリートの近辺へ赴いた。


 このやり取りを見ていた若い士官たちが言葉を交わす。

「あのカイ・ウブチュブクは陛下の義妹と仲良くし、更に実弟に至っては陛下の副官だと」

「ホーゲルヴァイデ殿、先のテヌーラとの戦いでも、あの騎兵突撃はカイ・ウブチュブクの発案だそうな」

「ふん。あの様な曲芸が何度も通用する訳が無かろう。自身や身内を陛下に売り込むとは、陛下のお人の好さにつけ込んでいるだけの事。其の内あの兄弟は共々に鍍金(めっき)が剥げるに決まっている」

 ファイヘル・ホーゲルヴァイデを中心とした若手士官たちの大半はカイとヴェルフを軽蔑しきっていた。あれだけ体が大きく、膂力もあるのなら、後方で輜重兵としてひたすら力仕事をしていれば好いのだ、としか見ていなかった。



「成程、テヌーラの本軍の位置は分かったが、其処にアヴァーナ帝自らが乗り込み、指揮を執っているのだな」

「陛下。五月に入り二週目とも為りますと、湿気を含んだ南風が時折発生します。火計の期限は五月の第一週までと思われます」

 ナポヘクがこの地の気候を説明した。ボーボルム城の司令官室であり、列席者はアムリートとヤリ・ナポヘク将軍とラース・ブローメルト、そしてアムリートの副官のハイケとナポヘクの副官の計五名であった。

「では例の物の準備は出来ているか?」

「はい、二百艘程との事。直ぐにでも運用が出来る様にしてあります」

 廃棄予定や古くなった小型船を以前より、ボーボルム城では保管していたのだが、これらに藁や小枝を大量に積み、戦場まで曳航し、火を放ち無人船として火船攻撃の用意をしていたのだ。

 テヌーラ側では大型船が二十艘以上が鎖で繋がっているので、北風に乗ったこの火船の二百艘が突入すれば、乾燥と相まって焼け落ちる事が期待できる。

 ハイケは心中で考えを巡らす。「だが、この様な時期に船団を繋いでいるという事は、火計を防ぐ手立てがテヌーラには有るのではないか?」

 新任の副官の表情に気付いたアムリートがハイケに声を掛けた。

「火計は謂わば、只の詭計だ。真の攻略方法は別にある。其れも卿の兄に因る方法でだ」

 そしてアムリートは四人に作戦の全容を告げた。

「では、五月の第一週目に本作戦を決行致しましょう。出撃は何時に為さいますか、陛下」

「五月の二日とする。ナポヘク将軍は其れまでに無人船の準備を頼む」


 四月三十日の夕刻前にボーボルム城で一番広い会議室に、皇帝アムリートの命により、士官以上の将校全員が集められた。

 但し、ナポヘク将軍と其の副官を初め幾人かは、作戦準備と云う事で不在であったが。

 アムリートは五月二日。つまりこの日より二日後を全船の出撃日とした。

「今、ナポヘクが二百艘の無人船の準備をしている。卿らはそれらを曳航して、テヌーラの大船団が見えたら、それらに火を放ち北風に乗せ、火船攻撃を行って欲しい」

 そしてアムリートは各指揮官に曳航する無人船の役割を与えた。

 処が、此れにはカイやヴェルフやレナは含まれなかった。

 詳細な作戦案が伝えられ、会議が終わると、ハイケに因り、カイとヴェルフとレナとシェラルブク族の女性指揮官が別室に呼ばれた。

 ホスワードの女子部隊は百名で、その構成はホスワード女性三十名、シェラルブク女性七十名だが、レナが不在の時はシェラルブクの女性が指揮権を担当している。云わば副指揮官である。彼女はオッドルーン・ヘレナトと云う、二十代後半の女性である。

 ハイケは二艘ある特殊大型船にカイとレナ、ヴェルフとオッドルーンが乗り込み、女性部隊は騎兵として其々五十騎、カイとヴェルフは五十名の屈強な兵を率いて歩兵として、乗船する事を伝えた。

 また各特殊大型船が撃沈されぬ様、其々近衛隊が二手に分かれ、七十五名が乗船する事も伝えられた。

 つまり、女性部隊が左右より、敵の水上船団に騎兵にて乗り込み、カイとヴェルフはその護衛と、甲板上の攻撃施設の破壊を命じられたのだ。

「ハイケ、これは陛下の案なのか?」

「そうです。兄さん、何か問題でも?」

「いや、俺が以前に陛下に進言した、其のままの運用なので、ただ驚いたのだ」

「つまり、火船攻撃でテヌーラの船団が其のまま燃え尽きてくれれば、俺らの出番は無いのだろう。其れなら其れで高みの見物と云う訳で、楽だな」

 そうヴェルフは言ったので、この場のヴェルフを含む五名は笑った。確かにそうなれば楽な事この上ない。


 五月二日早朝。この日ボーボルム城塞から、テヌーラの水上要塞に向けてホスワード軍の水軍が出港した。

 先頭に大型船に乗り込んだ地理に詳しいナポヘク。其の次に二百艘の小型船が、同じ小型船を曳航している。曳航されている小型船には藁や小枝や大量に積まれ、一名が着火の為に乗り込んでいる。

 そして、アムリートが率いる本軍が続き、其の数は大型船が十艘、中型船が二十艘、そして特殊大型船が二艘である。

 天候も期待通りに晴れていて、乾燥した北風が強く吹いている。

 北風に乗った事もあり、ホスワード水軍は程無くテヌーラの水上要塞を視認出来る所まで進出した。

 これは無論、相手側にも自分たちが船団を揃えて、遣って来た事が判明する事だが。


 アヴァーナがホスワードの水軍が近辺まで遣って来たと云う連絡を受けたのは、午前十の刻(午前十時)である。

 即座に超大型船の後方の楼閣の二階から、外の露台(テラス)に出て、中央の豪奢な椅子に座り、指揮を執る。アヴァーナは軍装をしているが、鎧兜は身に付けていない。白を基調とした上着は所々黄金で飾られ、更にやや濃い蒼の胴着(ベスト)を上に着こみ、(ベルト)は黄金色に輝いている。(ズボン)もやや濃い蒼で、その上に履いた長靴(ブーツ)は真白だ。そして頭には束ねられた漆黒の髪を包む様に、金銀で飾られた白の天鵞絨(ベルベット)の帽子を略式の帝冠として戴いていた。

 アヴァーナの右の席に典礼尚書のファーラ・アルキノが座し、彼女も動き易い姿をしている。左の席にはテヌーラの水軍の総司令官が座している。

 この指揮場所である露台(テラス)上には近衛隊数名が警護として直立し、女帝の身の回りの世話をする侍女たちも動き易い服装で控えている。

 超大型船を中央に左右に十艘ずつの大型船を鎖で繋ぎ、そして全船とも帆はたたみ、錨を下している。

 指揮場所では北風を大いに受けるが、船団自体は小動(こゆるぎ)もしない。流石に地上に居る様な、と云うのは言い過ぎだが、甲板上で作業する兵たちはふらつきもせず、きびきびと動いている。

 そして、この水上要塞の背後に中型船が五十艘と、小型船が二百艘以上が控えている。


「よし、火を放ち、離脱せよ」

 テヌーラの水上要塞の真北に約十丈(百メートル)程位置した所で、ナポヘクは曳航してきた船に火を点けさせ、点けた者が曳航した船に移り、火船と為っていく船を切り離し、曳航してきた船は真北へと船首を変えて戻っていく。北風に逆らう形なので、櫂を操作するものは懸命に漕ぐ。

 二百の無人の火船がテヌーラの水上要塞を目掛けて北風に乗って進む。近づくにつれて、火の手は大きくなり、水上要塞の三十尺(三十メートル)近くまで迫ってきた。

「手筈通り、消火せよ。火薬が含まれている可能性もあるから、消火の担当兵は注意して行う様に」

 アヴァーナが指示すると、中央の超大型船からは六本、左右の大型船からは四本の皮で作られた長大な(ホース)が、一本に付き、十人以上の兵に因って船頭へ伸ばされた。管の穴の直径は十寸(十センチ)はある。

 長大な皮の管は船体の横についている箱型の装置に繋がっていた。この装置は大きな取っ手(ハンドル)が付いており、兵が二人係りでこの取っ手を上下動させていた。装置の下は銅製の管が垂直に水面深く沈んでいる。つまりこの装置は喞筒(ポンプ)で、川の水を汲み上げ管の先端まで水を大量に送る装置であるのだ。

 中央の超大型船には左右六つ付いていて、二十艘の大型船には四つだ。

 計、八十六の(ホース)が勢いよく川の水を射出し、向かってくる火船に対して浴びせる。


 燃え上がったホスワードの無人の火船は次々に消火されていく。船頭で火船目掛けて(ホース)を持ち水を撒く兵たちは、火船には火薬が含まれ爆発するのでは、と怖れていたが、如何やら火薬は仕込まれてなく、ただ火のみだと分かり、次々に消火していった。

 アヴァーナの策は順調に進んでいた。此のままホスワードの全水軍を正面からこの連結した水上要塞が引き受け、其の間に後方にいる中型船五十艘と小型船二百艘以上を北上させ、包囲するというものだ。

 アヴァーナは火船の全ての鎮火が終わり次第、水上要塞の全てに矢と投石機の連射の準備を命じた。

 小型とはいえ二百艘の火船の鎮火である。更に北風もあり、アヴァーナの座する指揮席まで、煙と焼け焦げた木と藁の臭いがしてきた。隣席のファーラが「陛下、一時船室にお戻りに為りますか?」、と尋ねたが、アヴァーナは口元を侍女から手渡された豪奢な絹の布で覆い、ファーラの提案を拒否した。

「あのアムリートが陣頭に現れると謂うのだ。煙が酷いからと部屋に篭る訳にはいかぬ」

 そんな煙で覆われた水上要塞に衝撃音とかなりの揺れがしたのは、この直後である。

 アヴァーナは当初、煙に紛れてホスワードの軍船が石を射出しているのか、と思ったが、そうではなく混乱は前面ではなく、左右から発せられていた。



 アムリートは火船団が鎮火されていくのを確認すると、二艘の特殊大型船をテヌーラの水上要塞の左右其々側面に回らせた。

 一艘は突入部隊としてレナが率いる女性部隊五十騎と、カイが率いる歩兵部隊五十名。そして船体防衛に七十五名の近衛隊。

 一艘は突入部隊としてオッドルーン・ヘレナトが率いる女性部隊五十騎と、ヴェルフ率いる歩兵部隊五十名。そして此方も船体防衛に七十五名の近衛隊が乗り込んでいる。

 両船の操作指揮官である二名は曾てカイとヴェルフが小隊指揮官だった時の部下たちで、彼らは小隊指揮官に昇進の後にボーボルム城で長らく勤務していた。元々操船が巧みな為、この地に任命されたのだが、其の間に更に腕を上げている様だ。即座に目標とする水上要塞の左右に回り込み、一番外側のテヌーラの大型船の側面に突撃して、移動式の船首を敵船に架けた。

 左右から五十の軽騎兵が船首より突撃し、其れに続き防備は皮の帽子と胸甲、鉄の小手や脛当てなど最低限のみだが、手にした武器は巨大な戦斧や鎚矛(メイス)を持った五十名の兵が突入する。


 甲板上に現れた軽騎兵は周囲を走り回る。この事態に驚くテヌーラの兵たちは逃げ惑うか、武器を取り迎撃に出ようとするが、馬蹄に蹴散らされ、船上より水中へ落とされる者もいる。

 其れよりもテヌーラ兵を慌てさせたのは、続いて突入して来た五十名の兵である。彼らは先程の喞筒(ポンプ)の装置を巨大な戦斧にて壊し、また甲板上にある攻撃装置を次々に壊していく。

 その為テヌーラ兵は突入してきたホスワードの歩兵に狙いを定めたが、彼らは一人一人が信じがたい戦士であった。特に彼ら指揮する男たちは一際巨躯で、彼らの振るう一撃で数人の兵が戦闘不能にされる。

 テヌーラ側から見て一番の左の大型船の左舷から突入したのが、レナとカイの部隊で、一番の右の大型船の右舷から突入したのが、オッドルーンとヴェルフの部隊だ。

 突入部隊は其のまま一直線に水上要塞を攻撃しながら横切り、其々もう一方の味方の特殊大型船に乗り込み退去する、という手順だ。つまりカイたち歩騎百名はヴェルフたちが乗ってきた船を目指す。


 カイは両手で先端部分に斧が付いた鉄製の長槍を振り回す。槍の長さは二尺(二メートル)を越え、重量は先に斧が付いている為に八斤(八キログラム)を越える。其の一振りで甲板上の攻撃装置は壊され、目前のテヌーラ兵は一度に何人も吹き飛ばされる。また槍を取り軽騎兵に攻撃しようとする者がいれば、カイは即座に相手の槍を弾き飛ばし、槍を失ったテヌーラ兵に其のまま斧の面でしたたかに打ち据える。其の兵は顔面が血塗れに為って倒れ込む。

 水上要塞の左右より、五十の騎兵が縦横に甲板上を巡り、五十の歩兵が次々に甲板上の兵を殺傷し、攻撃装置を壊していく。

 ヴェルフは右手に八十寸(八十センチメートル)を越える巨大な鎚矛(メイス)を持ち、左手に半ば盾代わりに巨大な戦斧を持っている。どちらも四斤を越える重さだ。抜刀したテヌーラ兵の剣の一振りを戦斧で弾き、喞筒などの装置を鎚矛の一撃で破壊する。更にテヌーラ兵の中に突撃して、両手の武器を存分に振るい、鎚矛の一撃で頭部が破壊される者、戦斧の一振りで手足が吹き飛ぶ者が続出した。

 そして、甲板上を走り回る軽騎兵はレナとオッドルーンの指揮により、繋がっている桟橋を渡って次の船に乗り移り、其れに続いて歩兵部隊も乗り移る。

 こうして左右から突撃した両部隊はほぼ同時に中央に位置する旗艦である超大型船に達した。

 甲板上に百騎と百名の兵が揃っても、尚余裕のある広さである。

 この時、ホスワードの鎮火された火船の煙はもうほぼ無くなっている。


 先の戦闘でも船上に騎兵隊を突入させていた事を知っていたアヴァーナは、立て続けに命を発した。全船の乗員には各船に架かっている桟橋を壊し、外側の大型船の船腹に突き刺さった二艘の敵船の破壊。そしてこの超大型船の乗員八百名には、このホスワードの歩騎二百の鏖殺である。

 アヴァーナがよく見ると、騎兵は全員女性の様だ。

女子(おなご)どもの曲芸はもう終わりだ!あやつ等を皆殺しにしろ!」

 船内から次々にテヌーラ兵が甲板上のホスワード兵に向かってくる。其れを見たヴェルフはカイに言う。

「おい、この辺りが潮時だな」

「あぁ、この船の奴らより、桟橋が壊されるのが危ない」

 両部隊は其のまま擦れ違って、予定通り直進して特殊大型船への退却を始めようとした。

 其の時である。レナが弓に矢を番え、超大型船の奥の楼閣上に座するアヴァーナ目掛けて、次の様に言ってから矢を放った。

「覚えておけ!テヌーラの女帝。今後、我らホスワードに手を出すと、此れだけでは済まさぬぞ!」

 楼閣上に居たテヌーラの近衛隊の兵が咄嗟にアヴァーナを抱え押し倒した。其の直後に、レナが放った矢がアヴァーナの豪奢な指揮席の頭を預ける所に突き刺さった。

 悲鳴を発したのは隣のファーラ・アルキノで、アヴァーナは自分を押し倒した兵に礼を述べ、兵は押し倒した非礼を詫びる。

 恐らく大陸の長い歴史でも一国の女帝に対して、相手国の皇帝の義妹が直接攻撃した、と云う事例は前代未聞であろう。

 この一件でマグタレーナ・ブローメルトはホスワードの歴史上に於ける屈指の英傑として名を残す事に為る。


「レナ。打ち取る事に拘るな。急ぐぞ!」

 カイの声でレナは騎兵を率い、先ずは桟橋を破壊しようとしているテヌーラ兵の一斉騎射を命ずる。

 其の間カイは槍を振るい、群がるテヌーラ兵を次々に殺傷していく。

 騎兵隊は桟橋を渡ると、また次の桟橋を壊そうとしているテヌーラ兵に騎射をする。

 歩兵部隊は其の後をテヌーラ兵を蹴散らしながら、後に続いて行く。

 既に混乱状態だったテヌーラ兵は為す術もなく、ただただホスワード軍の直進を許す。

 最も外側。つまり脱出用である特殊大型船の附近では、ホスワードの近衛隊とテヌーラ兵の白兵戦が行われていた。

 レナはまたも一斉騎射を命ずる。

 驚くべきことに混戦状態だというのに、矢は全てテヌーラ兵に刺さり。ホスワードの近衛隊は安堵して叫ぶ。

「マグタレーナ様!早くお入りください!」

 レナたちは入り口となっている船首を伝い、特殊大型船に全員乗り移った。

 しかし、レナはカイたち歩兵部隊が全員乗り移れるように、船頭付近で馬上より援護射撃を行う。

 其のお陰もあって、カイたち歩兵部隊も全員乗り移る事に成功した。

 近衛隊も皆戻り、即座の点呼で全員の無事を確認すると、カイは下の二層目にいる乗員たちに告げる。

「全員無事に乗ったぞ。脱出だ!」

 二層目から長い丸太が前方から二本飛び出し、敵の船腹に当て、其のまま押し続け刺さった触角を外すと、即座にこの特殊大型船は離脱していった。


「ヴェルフたちは大丈夫かな?」

「あの人たちは私達より、ずっと強い部隊だから大丈夫よ」

 レナがそう言ったのはオッドルーン率いる騎兵五十名は全てシェラルブクの女性だからだ。

 レナの部隊は三十名がホスワード女性で、二十名がシェラルブク女性だ。

 水上要塞から離れていくと、ホスワード水軍の本隊が正面から火矢や石を放ち、攻撃しているのが分かる。テヌーラ側は攻撃装置がカイたち歩兵部隊に因って、多くが壊された為に反撃が出来ず、攻撃を一方的に受けている状態だ。各所に火の手も上がっている。

 やがて、後方に居たテヌーラの中型船が、ホスワード水軍本隊と水上要塞の間に入り、両者の戦闘となった。本来これらテヌーラの中型船はホスワード水軍を包囲する為のもので、この様に正面から使用するのはテヌーラ側の本意ではない。

 更に其の周囲では、ホスワードの小型船とテヌーラの小型船の戦闘が起こっている。

「カイ。小型船の援護をしないと。数は我々の方が少ないから、船上にて矢を射て少しでも小型船の負担を減らすべきよ」

「そうだな。恐らくヴェルフも同じ事を考えている筈だ」

 カイは船の操作指揮官に小型船同士の戦闘場所へ進攻する事を指示した。


 ホスワード本隊の水軍は大型船が十艘、中型船が二十艘で、水上要塞に割って入ったテヌーラの軍船は中型船が五十艘である。

 だが、水上要塞を守る事を優先して、横切る様に船腹を晒しながら現れたので、整然と揃ったホスワード軍に好い様に打ちのめされた。

 如何にか船体を正面に向け反撃に出るが、其の間に既に十艘近くが沈められてしまったので、戦闘はテヌーラ側が不利に陥っていった。

 アムリートは旗艦としている大型船の船頭に立ち強弓を放つ、放たれた矢は先端に火が点いていて、その火矢の準備は副官のハイケがしていた。無論この大型船には矢や石を射出できる装置が各所に備えられている。だがこのアムリートの火矢も十分に効果的だった。

 皇帝が旗艦の船頭で強弓を放つ様を見たホスワードの将兵たちは、先の騎兵突撃の興奮と相まって士気が高まり、ラースもナポヘクも自船より強熱な攻撃をテヌーラの船団に加えた。


 ホスワードの小型船は二百艘だが、テヌーラの小型船は其の数を上回る。然もテヌーラの小型船の半分近くは矢や石を射出できる装置が備えられている。小型船同士の戦いはホスワード側が次第に不利になっていった。

 其処に二艘の特殊大型船が現れた。其々甲板上には女子部隊五十名と歩兵部隊五十名、そして近衛隊七十五名が弓を持ち、テヌーラの小型船に矢を放っていく。両特殊船はお互いの無事を此処で確認し合う。

 更に操船で其のままテヌーラの小型船に体当たりして、ホスワードの小型船の苦境を救う。

 暫く経つとカイとヴェルフの歩兵部隊五十名は、水上に投げ出されいるホスワード兵の救出に専念する事にした。

 ファイヘル・ホーゲルヴァイデは水面上に木片を抱え漂っていた。其処へ特殊大型船の一層目の大窓から太い(ロープ)が垂れ下がってきた。

「早く掴むんだ!こちらで引き上げる!」

 そう大窓から顔を出し言ったのが、カイ・ウブチュブクだと気付いたファイヘルは暫しの躊躇の後、縄を掴み救助された。彼の小型船はテヌーラの小型船を三艘沈める事に成功したが、其の直後に船体に石弓に因って大穴が空き、水没してしまったのだ。

 カイはファイヘルを救うと、付近のファイヘル指揮下の兵たちの救出をしている。

「どの様な状況下でも、一人でも多くの命を救うのがお前のやり方なのか…」

 渡された毛布に包まったファイヘルは呟いた。曾てこの言葉を彼はカイを罵倒するのに使ったが、この時の呟きは何を意味してかは、ファイヘル自身でも分からなかった。

 戦闘は次第に収束していく。テヌーラの小型船は南へ進路をとり退却して行き、水上要塞は連結していた鎖を解き、各自やはり退却して行く。テヌーラの中型船団は主君であるアヴァーナの旗艦が安全な所まで退却するまで、ホスワードとの全滅覚悟の戦闘を続けていたが、其れを見たアムリートは即座に戦闘を中止させ、全船をやや北へ戻した。テヌーラの中型船団は水上に浮かぶ仲間を収容し、其のまま南へと逃げて行った。

 こうしてホスワード軍とテヌーラ軍のドンロ大河における水戦は終わった。ホスワード帝国歴百五十五年五月二日の午後五の刻と半(午後五時半)過ぎである。

 ドンロ大河の西に太陽が沈み始め、空は半ば夕焼けとなっていた。


第十四章 大海の騎兵隊 後編 了

 という訳で、題名の様にやりことはやり切りました。

 そんなわけで、ここで終わりです!

 とはならず、お話はまだまだ続きます。

 なるべく陰惨な方向にならないように、手綱をしっかりつかみますが、

 これからはちょっとずつ主要登場人物の死が出てくるかもしれません。



【読んで下さった方へ】

・レビュー、ブクマされると大変うれしいです。お星さまは一つでも、ないよりかはうれしいです(もちろん「いいね」も)。

・感想もどしどしお願いします(なるべく返信するよう努力はします)。

・誤字脱字や表現のおかしなところの指摘も歓迎です。

・下のリンクには今まで書いたものをシリーズとしてまとめていますので、お時間がある方はご一読よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
■これらは発表済みの作品のリンクになります。お時間がありましたら、よろしくお願いいたします!

【短編、その他】

【春夏秋冬の公式企画集】

【大海の騎兵隊(本編と外伝)】

【江戸怪奇譚集】
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ