第一章 父の死
大野錦です。
さて、そんなわけで地味ながら長編ものに着手します。
カイをはじめとする、さまざまな人物が出ますので、彼らの活躍を見守り応援していただけると光栄です。
第一章 父の死
1
夕日を浴びて、二騎がさして急ぐでもなく、春を告げるさわやかな風が吹く草原の中にある整備された道をゆるゆると並行して騎行している。
両騎ともに、人も馬も軽装であるが、そのために両者が持つ、腰に差した大剣と馬の鞍にかけた大弓が大いに目立っていた。
片方が声をかける。その目線はまだ頭頂部に雪を頂い山脈をさしている。
「兄さん、そろそろ日が沈むぞ。もう村には近いが、少し急がないか」
そう声をかけたものはかなり若い。まだ少年といっていいくらいだ。年のころは十七と言ったところであろう。それにこたえる「兄」と呼ばれたものも若い。こちらも二十を過ぎるか過ぎないかといったところだ。
「そうだな。門の刻限はそろそろだ。少し急ぐか」
そして両者は馬の速度を上げた。
年若い兄弟の二人組なわけだが、若いのは顔だけといっていい。乗っている馬はかなりの良馬で、それを操る兄弟の技量。剣も弓も飾りでなく明らかに使い込まれている。そしてなんといっても騎乗姿からもよくわかる体格の良さだ。体つきは両者とも壮年のような力強さと、若者らしい熱量がこもった新鮮さが合わさった、そんな勇ましさがある。おいそれと両者に襲い掛かろうなどという無頼の輩はまずいないであろう。
目的地の村の門前まで、日が沈みきるまでにすぐについた。先ほどの山脈の麓附近である。
馬術の良さもあるだろうが、整備された道がなければ、ここまで早く着かなかったであろう。
このような辺境の村まで、このように道が整備されているのは、ひとえにお国の治世の賜物だと、兄弟は思う。
そして、二人は馬を下りた。村内では正規の役人でもない限り馬での移動は禁止されているからだ。
弟が門番に声をかける。門といっても木の柵で作られたもので、横幅こそ馬や馬車が通れるように広いが、高さは二尺(一尺=一メートル)しかない。そして弟は背伸びをすれば、この柵の頂点にあと少しで届くほどの背丈であった。
「ハイケ、おお、カイ、帰ってきたか!さぁ、入れ!」
ハイケと呼ばれたのが弟のほうで、このように背が高い。やや細身ながら体幹は服ごしでもしっかりしているのが分かる。ただその顔立ちは目鼻立ちが整っているが、少年っぽさをかなり残している。
しかし驚くべきは兄であるカイと呼ばれた若者だった。
その背丈は背伸びをせずとも柵の高さにほぼ等しい。衣類に身を包んでいてもよく分かる肩幅の広さ、胸板の厚さ、細く引き締まった腰回り、そして長く太い両腕と両脚。尋常ならざる偉容である。
しかし短かく刈った黒褐色の頭髪に無髭、弟と同様整った顔つきは、大きな明るい茶色い目が特徴的で、こちらもまだ少年期を幾分残しているので、これが逆に一層只ならぬ人物に他者には見えるのだった。
兄弟は門をくぐり、馬をひき、家を目指す。「急ごう」、とハイケが言ったのは、実は兄弟の家は村の一番奥にあるからという事情もある。村の人口は四百人程度だが、村自体は山脈の麓の開けた平地にあり、さらに各家々が大きい。
夕暮れ時だが、まだ村には人が外にいる。夕餉をもう終えたのか、準備のための外出か、村人は兄弟を見つけると(そもそも二人とも目立つ風貌である)、声をかけ、兄弟も無事帰郷した旨を告げ、あいさつをする。
日が完全に暮れたときに、家に着いた。
兄弟の家もかなり大きい。母屋と小屋、さらに馬小屋があり、ここには馬が二十頭以上は収容でき、さらにその奥には馬用の広大な牧場がある。これらすべての敷地面積を合わせると、カイとハイケの兄弟の家は村一番の広さを誇るのだ。二人は愛馬を馬小屋に収容し、剣と弓を小屋にしまうと、母屋へ入り、帰郷を告げた。
「おかえり。カイ兄さん、ハイケ。湯あみができるから、まず体を洗って着替えてね」
そう告げたのはカイの妹で、ハイケの姉にあたる、メイユだ。年はこの年に十九歳になる。ちなみにカイはこの年に二十歳。ハイケは十七歳になる。
「おかえり!おかえり!」
元気な子供たちの声が奥から聞こえ、次々に子供たちが現れる。四人の弟妹達だ。まず、双子の兄弟であるシュキンとシュシンはこの年に十四歳になる。おどおどと出てきて、メイユに寄り添う女の子はこの年に九つになるセツカ。そして末っ子である男の子のグライはこの年に六つだ。最後に現れたのは七兄妹の母親であるマイエ。にこにこと微笑みグライを抱きかかえ、カイとハイケにメイユ同様風呂を勧め、旅をいやす夕食の用意を告げた。
長兄と次兄は笑顔で、母親と兄妹たちの迎えに従った。
風呂に入り、旅の疲れを洗い落とし着替えた二人は、夕食の宅ではなく、彼らの父親の部屋へ入った。帰郷を告げるということもあるが、父に会うにはまず清潔であらねばならなかった。
なぜなら、彼らの父親は床に寝たきりの病人であったからだ。
2
この一家の主である、七兄弟の父親は名はガリン、姓はウブチュブクという。当年で五十三歳になるわけだが、生来体が弱かった訳ではない、いやむしろ三年前までは「地上に敵なしの勇者」、「無敵将軍」と渾名された優れた武人であり軍指揮官でった。それが三年前に敵国との一戦で全軍が敗北必死なったとき、ガリンは自身の一軍を殿として、全軍の退却を成功に導いた。
それだけでなく、自身が最後尾に残り、自身の率いる兵士たちを一人でも多く逃すために一人奮戦した。最終的に敵軍は追撃を諦めた訳だが、その乱戦の場でガリンは一人敵兵の死屍累々の中、息も絶え絶えで全身に大きな傷を覆い横たわっていた。
同僚の将軍が部下にガリンの捜索と救出を頼まなければ、ガリンはその場で死んでいたであろう。いや瀕死のガリンを救い医師に診せたときも、医師は手の施しようがない、これはそのうち死は免れないだろう、と言ったほどである。
ところがこの歴戦の勇士は奇跡的に一命を得たのだ!
ただし、二度と戦場で戦えない体となってしまったが…。
それ以降、ガリンは軍籍を離れ、この自宅での療養となったわけだが、やはり傷は深く完治せず、時が経つにつれて身体のいうことが次第にきかなくなり、半年ほど前からほぼ一日中寝たきりの状態となってしまったのだ。
二人は静かに父の部屋に入り、静かに帰郷の報告をした。床に就いていた父親は半身を起こした。
「帰ってきたか。全部売れたか?」
「はい、全部売れました。それと俺とハイケの『手続き』もお役所にて済ませました」
「そうか。その話は明日じっくり聞こう。早く食事をして、今日はもう休め」
売れたというのは馬のことで、兄弟はこの村をはじめとする一帯を治める都市へ馬を売りに行っていたのだ。行きは二十頭以上の馬を引き連れていたので、武装していたのである。二人はまた静かに父の部屋を出て、食卓の場へと向かった。
翌朝の七の刻(午前七時)、一家九人は食卓で大きな机で朝食を囲んでいた。
ガリンは左手の指が二本欠損し、さらに右腕は毒矢の影響であまり自由に動かせない。左脚も自由に動かせず、引きずるように歩く。つまりこの部屋自体にくることが困難なのだ。しかし自室で介護され食事を受けるより、今日のように家族が揃っている限り家族皆とこの広い部屋で食事をするのがガリンの楽しみなのだった。
「カイ、ハイケ。で、何時になるのだ?」
父はおよそ両腕が不自由とは思えぬほど、机の上に並べられた食事を取り食べる。危うさも無い。だが、流石にゆっくりとしているが。
「俺は七月の初日から六カ月の調練となります。ハイケは七月の中ごろに試験を受けます」
「そろそろ四月になるから、あと三カ月か」
ガリンは手を拭き、酪奬を飲みながら長男に鋭い視線を向けた。
「カイよ。お前がそれを言いだしてから、もう何年も繰り返し言っているが、軍務に就くというのは厳しいことだぞ。これも何度も言っているが、その六カ月の調練は戦士になるためでなく、輜重兵となるための調練なのだ。毎日朝日が昇ってから暮れるまで、陣営を築き、食事の用意をし、重たい荷物を運ぶ調練の繰り返しだ。そして、それに耐え正式の輜重兵になったからといって、更にそこから正規の兵士なれる保証はないのだ。…分かっているな」
「はい。でも父さんはそうなって正規の兵士になり、将まで登りつめたのでしょう?」
ガタン!と音がした。ガリンは立ち上がったのだ。そしてその背丈はカイとほぼ同じである。さすがに肉は落ちているが、半ば寝たきりの病人とは思えぬピンとした姿勢であった。
「これも何度も言っているが、将ではない。その手前の大隊指揮官だ。お国の制度を知らぬはずはなかろう」
その顔は痩せこけ、黒褐色の髪は半分以上白くなっているが、眼光は鋭い光をしていた。カイと同様の大きな明るい茶色の目。まるで真夏の、人を焼けさせそうな熱気を送る太陽を思わせる目であった。
ウブチュブク家の属する国は、国名を「ホスワード帝国」という。国名が帝室の姓にあたる。そして、建国されて百五十年ほど経つのだが、建国期に功のあった将がそのまま貴族化して軍権を握り、民からの志願兵はたとえどんな功績を立てても、将軍になれないという、「将は貴族がなるもの」という厳しい制度を維持しているのだ。
将は一万以上の兵を動かせるが、大隊指揮官はその将の直近の部下という位置づけで、最大で五千名の兵を受け持つ事ができる。ガリンは「無敵将軍」と渾名されていたが、実際は数千の兵士を率いる一指揮官であったのだ。しかし、一兵卒からそこまで登りつめたのは、ガリンの武勇と指揮能力の非凡さを証明するともいえるが、また逆に将として一万以上の兵を率いる身であれば、三年前の退却戦で生死をさまよう重傷は負わなかったであろう。
いずれにしても現行のホスワード帝国の制度ではカイはどんな努力し、運に恵まれようと、将にはなれないのである。
一方、ハイケは志願兵の手続きをしたわけではなかった。ガリンは座ってハイケに声をかける。
「役人の試験に受かったら、そのままムヒル市の役人になり、そのままムヒルに住むのか?」
「はい。おそらくはカリーフ村へは公用か休暇でしかもう戻れないでしょう」
カリーフはこの村の村名。ムヒルとはカリーフ村を含むこの辺り一帯を治める都市名である。先日カイとハイケが馬を売りに行った都市だ。そこで兄弟はムヒルの市庁舎で、カイは志願兵の手続きを、ハイケは役人なる試験の手続きをしたのであった。
役人の仕事は色々ある。例えばカイとハイケは馬を売りに行ったが、その際、盗賊の盗難にあわないように、「馬を売りに行く際に武装が許させる」などという手続きと証明書なども管轄する。
つまり役人や兵士でない限り、民衆が武装するとのは役所の許可が必要となるわけだ。ハイケはそういった手続きの処理をはじめとする様々な事案の仕事に就くつもりなのだ。
3
ホスワード帝国は一見、貴族が特権を享受している様に見えるが、その実民衆に様々な施策を施している。これは歴代の皇帝が一部を除いて有能続きで、さらに軍人貴族も官僚貴族も汚職や堕落したものが少なく、彼らも建国期以来有能なものたちが多かったからだ。これは単に皇族や貴族たちが高潔というより、そうならざるを得ないという事情もある。帝国は北と西と南にホスワードと同じくらいの強大な帝国に囲まれていて、遊興などにふける暇がないのだ。たとえどんな有力貴族であれ、内政外交軍事どれかに就き、身を粉にして邁進するのが、貴人の務めという国風があった。
その内の一つに教育がある。ホスワードの民衆は七歳から十二歳まで無料の教育が受けられる。その教育の場はすべての都市や村にあり、カリーフ村にもある。
ただ教育といっても簡単な文字の読み書きや初歩的な計算を学ぶだけの場所で、大半の庶民の子弟は十二歳を過ぎると、何かしらの職に就く。大抵は親の職を継ぐ。農業や手工業や牧畜などだが、民が最低限の教育を持っていれば、たとえ実家が困窮していようとも、何かの奉公に出れるので、極力職に就かない流民を出さず、国力を維持し大きくしようというのがその狙いだ。
それとは別に有料の学院がある。これは市や少し大きな村にしかなく、ここでは十三歳から入れて、より専門的な教育を受けられる。さまざまな技能も身に付けられるので、裕福な民は無料教育を終えた子供をほぼ学院に通わせる。十八歳まで学院にいられることができ(毎年授業料を払わねばならないが)、大抵はその前に専門的な技能を身に付けて卒業し、より安定し高給が得れる職に就く。カイとメイユとハイケはすでに学院で、それぞれ自分の得意とする技能や知識を身に付け卒業していた。双子のシュキンとシュシンは現在この学院に通っている。
カリーフ村には学院はなく、学院はカリーフ村とムヒル市の間にある、ほぼ市といっていいくらいの大きな村にある。カリーフ村から歩けば約一刻(一時間)といったところだ。
カイは主に武芸と軍事を学び、メイユは家政全般を学び、そしてハイケは政治をはじめ様々な学問を修めた。特にハイケは学院が開校して以来の有数の英才と言われた。
ハイケは幼い頃から、本を読むのが好きだった。父ガリンは武芸一辺倒の自分の子供の中に学問に興味を持つ次男を奇妙に思いつつもそれを尊重し、恩賞を受けるごとに様々な本を買い与えてあげた。
その一方で、ガリンは子供たちが幼いころから、武芸や馬術を教えた。メイユにも同じく教えた。母マイエは娘にまで武芸を教える夫にあきれたが、皆素直に父の武芸の教えを受けた。
いうまでもなく、この父の武芸の訓練で目覚ましい成果を得たのは長男カイである。十二・三歳になるころにはガリン以外のどの村の男よりも強くなっていたし、馬術や騎射の腕もガリンすら唸らせるものだった。
ハイケが学問を愛好し、兵士でなく役人を目指したのも、兄にはとてもかなわない、というものあっただろう。それでもハイケの武勇も十分に目を見張るものがあるのだが。
ガリンが武芸を子供たちに教えたのは、自分と同じ軍務に就いて欲しかった訳からではなかった。ただ自分に万が一の時があった場合、自身で身を守る術を教えたかっただけである。また馬術は馬の飼育という生活の糧として伝えていたのだ。しかし、カイが明らかに父と同じ道を歩むこと目指していることが、教示のうちにカイのその大きな明るい茶色い目の光に、ガリンには見て取れたのである。
大きな机には質素ながらも、かなりの量の食事が並んでいる。硬パンとチーズとハムという保存性の高い冷たいものと、暖かい卵料理と野菜スープだ。村にある数少ない食料品を売る店から、買ってきたものから用意したものだ。また少ないながらも果物が並んでいる。飲料は酪奬。これがウブチュブク家の基本的な朝の食事だ。昼食は朝と基本的に変わらないが、前日の夕食の残りが新たに調理され、さらに添えられることもある。夕食は一番豪勢で、これも朝の食事を基本に茹でるか焼いたソーセージ、季節にもよるが、近くの河原で取れた鱒や鯉の揚げ物や鮎の姿焼き、鹿または羊とジャガイモやニンジンやタマネギやキャベツなどの野菜の入ったシチュー、そして麦酒や葡萄酒や蒸留酒も出る。もっとも一家で酒類を嗜むのは父親と長兄だけだが。
父親と長兄と次兄が話し込んでいる中、騒がしいのは双子のシュキンとシュシンである。一家の中で一番騒がしいのがこの兄弟なのだが、母マイエから早く食事を終えて、学院に行く準備するよう促されている。
「おい、シュキン!そろそろいくぞ!」
「わかってよ!それよりシュシン、ちゃんとあいさつ!父さん、母さん、みんな。行ってきます!」
二人の着いていた机の上は食べかすが大いに残り、後片付けをする母親にため息をつかせた。村にはシュキンとシュシンと同じく学院に行く子供が他に数人いるので、村の門前で待機している馬車で学院のある村まで行く。カイとメイユとハイケも学院時代同様だった。幼いセツカとグライは果物を食べたりや酪奬を飲んでいる。暫くしたらセツカはメイユに連れられ村の学校へと行く。これが今のウブチュブク一家の朝の日常だった。
村の学校も学院も九の刻(午前九時)に始まる。八の刻の近くになると、シュキンはシュシンは村の門前へ、程なくしてメイユがセツカの手を繋いで村内の学校に送り帰ってくる。
母が片づけや衣類の洗濯をし、父が自室にて安静にしている時、兄妹の年長組はそれぞれ仕事に取り掛かった。
メイユは主に村の人達から頼まれた。衣類の修繕をしている。その対価は些細なものである。学院で家政全般を習ったメイユは、その気になれば貴族の邸宅の住み込みの使用人として、極めて安定した生活を送ることもできる。だが当人は既に別の将来を決めている様だ。カイとハイケは馬の飼育や厩舎の整備をしている。シュキンとシュシンを学院に送った馬車の馬もここの産駒だ。
そして十二の刻になると、メイユはセツカを迎えに行き。それから半刻(三十分)後に双子の兄弟を除いた昼食が始まる。学院は十五の刻まであり、昼食は学院側から提供されるのだ。
午後はカイは武術の訓練か馬を駆け騎射をする。騎射では的に当てるだけでなく、時には取りすぎないよう兎や鹿を刈っては村の精肉店に売る。また河原で釣りをし、夕食用の獲物を得ることもある。ハイケは大好きな読書。もっとも天候が悪い日はカイもおとなしくハイケの読書に付き合ったり、時には二人で時世を語り合う。メイユは夕食の買い出しついでに各家庭を回り、困ったことがあれば、無償で手伝っている。母マイエは家の掃除をしているか、セツカと共に夫の看病をしている。
そのうち双子の兄弟が帰ってくると、一気に家がまた騒がしくなる。さぁ!夕食だ!
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ウブチュブク家は特別裕福でないが、九人の家族が日々食うに困るような困窮はしていない。その一つが馬売りなわけだが、それ以上にガリンの長年の軍歴による給与と恩賞が生活の基盤になっている。
いや、むしろ大隊指揮官まで務め、武勲赫々たるガリンは本来与えられる恩賞を全て貰っていたら、王侯貴族とまではいかなくても、豪邸を建てて使用人を雇えるほどの暮らしができたであろう。
しかし、彼は一小隊の部隊長時代から、自身に与えられる恩賞は一部だけ貰い、大半は部下に分配していた。三年前の戦傷で軍籍を退く時も、功績によりかなりの額の恩賞を与えられそうになったが、ガリンは拒否したほどある。結局これも大半は戦死した兵の遺族に渡すようにという条件で、ごく一部を受け取るということで折れた。
別に清貧や質素を旨としている訳ではない。一家が困窮せず、子供たちに高い教育を与えられる程度の生活ができれば、十分だとガリンは考えていた。そして、それだけでもこの帝国の大半の民衆より、十分余裕のある暮らしといえるのである。
さて、人口約四百人のカリーフ村の成人男性の大半が就いている職業は杣夫、つまり木こりだ。山々の麓の村なので、山に入り一日に約二十本ほどの木を伐る。一気に何十本と伐採せず、且つ伐採する場所は山々を三十ほどの区画に分け、一年でその区画だけ伐採し、次の年に別の区画へ移るという計画的な伐採だ。
乱獲で、村を囲む山々をはげ山にしてしまったら、夏は大雨による土砂、冬は大雪による雪崩が起こるだろう。さらには山々に住む鹿などの動物も住むところもなくすだろう。これは何百年も前から続くカリーフ村の木の伐採の伝統だった。
必然的に木材の伐採量よりも、木々の村への運搬と適切な長さと大きさに纏める作業が、中心的な仕事となる。それらを纏めた木々は一部を村の燃料用として、大半を例の学院のある村 - ハムチュース村 - へ馬車で運ぶ。ハムチュース村は人口三千を超え、家具職人をはじめ多くの木を使った仕事をする者たちが多くいる。こういった職人たちに木々を売るのだ。カリーフ村にある幾つかの馬車もハムチュース村で作られたものだ。
その他は少数ながら、畑や家畜の仕事などについている者や、パンやハムやソーセージやチーズなどの食料品を作る職人もいる。
ガリンはこの村の出身ではない。妻であるマイエはこの村の出身であり、もう隠居しているがマイエの父はかつてカリーフ村の村長をしていた。二人が出会ったのは木を伐採する山の中にとある塔があるためだった。
カリーフ村を含む州は州の都市名と同じムヒル州に属する。ホスワード帝国は大体正四角形の形をしていて、東は大海、北と西と南に同程度の帝国と境を接している。ムヒル州は帝国の北西 - 特にかなりの西側 - に位置するが、数十年前まで、ムヒル州は特に西の大国とほぼ境を接していた。そのため見張りの兵士の駐屯地して塔があったのだが、ホスワード帝国のここ数十年の政戦攻略が実り、国境は大きく西に広がり、この塔は無用のものとなったのだ。
ところが二十五年ほど前に、この塔に数十人の盗賊が住み着くようになった。流民を出さないよう努力しているホスワード帝国だが、それでも流民はどうしても出てしまう。
一部隊の隊長をしていた当時のガリンはこの盗賊の根城となった塔の攻略を命じられ、それを見事果たしたのだが、その恩賞が奇妙というか独特なものであった。ガリンはホスワードの最も北西の辺境の出身であり、それも親や親類が亡くなり住むところがなく、十七の時に兵士になった身である。それを以前から危惧していたとある将軍 - ガリンに塔の盗賊の討伐を命じた将軍 - は恩賞として、当時のカリーフ村の村長であるマイエの父親に頼み、カリーフ村のかなり広大な土地をガリンに与えた。
村人にしても、ガリンのような勇士が住人としていれば、再び盗賊が近辺に根を張る心配もしなくて済むので、この決定を歓迎した。ほどなくしてガリンは村長の娘であるマイエと結婚として、家庭を持つ身となった。
年の半分以上を軍務、残りをカリーフ村での穏やかな生活。子宝にも恵まれたが、周知のように三年前の戦傷で軍籍を離れ、村での療養生活に入ったガリンだが、やはり村民たちはウブチュブク家みんなに暖かく接していた。
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二カ月が過ぎ六月に入ろうとしていた。カリーフ村は初夏の陽気で、年で一番爽やかな空気に包まれる。年で一番太陽の日が長い時でもある。そして七月に入ると八月の中頃までは、どちらかというと暖かいというより、炎熱となり日中に日の射すところにいると汗が止まらなくなる。またこの時期は時折激しい豪雨も起こる。
しかし、八月も終わりを告げようとすると、日が暮れるのが急速に早くなり、涼しい北風が些細ながら吹き始める。九月の中頃から、日が暮れればやや肌寒くなり、十月も半ばを過ぎると日中でも吐く息が白くなり始め、北風は本格的な冷気をはらむ。十一月の中頃から雪がちらちらと舞い落ち初め、十二月の初めから三月の初め頃まで、週に一回か二回、多い時には三回以上大雪に見舞われるので、カリーフ村の辺り一帯は雪に一面埋まるという程ではなくても、それに近い白い世界に閉ざされる。
しかし今は六月の初夏の瑞々しい気候だ。しかしウブチュブク家ではそんな爽やかさはなく、陰鬱な気配に包まれていた。
ガリンの容体が急速に悪化しだしたのだ。
四月の中頃から、徐々に体の動きが悪くなり、五月に入るともう歩行が困難になり、体を動かすことは元より、食もほとんど取れず、話すことさえ苦痛となっていった。
当然、カイは医師をムヒル市から呼び、診てもらったが、四月の終わりごろの診察では「そもそもこのような重傷を受けて、三年も生きていること自体が奇跡だ。もって一カ月でしょう」と言われた。カイは帝都の名医を呼ぼうとしたが、それはガリンが止めた。
「もうこれ以上は意味はない。そろそろ俺の命の火は消える。たとえどんな医師でも無益だ。死にゆく俺より、これから新しい人生を送るお前たちのほうが大事だ」
六月に入り数日にして、ガリンはほぼ意識不明の状態となり、床(ベッド)に一日中横たわったままの状態となった。食は全く受け付けず、たまに水を求めるように口が動くだけだった。
家族もこのころになると覚悟を決めた。八日に定期的に呼んでいるムヒル市からの医師に診てもらい、その労に報いて金銭を渡した。この医師が来る時には、何時も一人の若者がついて来る。医師の助手ではなく、ムヒル市で役人をしている若者で、名をタナスという。現カリーフ村の村長の息子で、この年に二十一歳になる。そして彼は半年ほど前、メイユとの婚約を両家から認められていた。
年齢的にも近いカイとハイケとも幼い頃から仲が良く、特にハイケが役人になるきっかけを作った若者である。善良で学問を愛し学院を出てからは、本来は村の先生をしたかったそうだが、ダメもとで受けた役人試験に受かったという経歴を持つ。役人としての出世欲はなく、将来的にはやはり学院の教師をしたい様だ。そんな根の優しい若者に幼い頃からメイユは恋心を抱き、またタナスも同様だった。両親であるガリンもマイエも両者の仲を快く認めた。
夜遅いので、医師はタナスに連れられ、タナスの家 - カリーフ村の村長の家 - へ宿泊する。
そして部屋で寝込むガリンを除く家族全員が居間に集まって、話し合いを始めた。
「父さんはおそらく、今週中に…、いや明日明後日にも身罷れるだろう。父さんが俺に何時も言っていた通りに、葬儀は簡素なものとする。埋葬地もすでに準備済みだ…」
カイが明瞭だが、静かに皆に言った。そして母親を見つめてさらに静かにだが、力強く言った。
「母さん、父さんの容体が本格的に急変したら、知らせるから、今日は…、いや、今からずっと休んでいて欲しい。父さんが危なくなったら、ずっと傍にいなければならないのは母さんだから…」
マイエは長男の言うことに素直に従い、自室としている寝床へグライを連れて、休みに行った。
「ハイケ。今から俺とタナスとで父さんの容体を交代で見る。タナスにはすでに頼んである。今日は俺が明日の朝まで父さんの傍にいるから、お前も今日は休め。そしてメイユ、申し訳ないが家のことはお前に一任する。お前ももうセツカと休め」
ハイケは自室に、メイユもセツカを連れて自室へと行った。
「シュキン、シュシン。お前たちも休め。明日もちゃんと学院に行くのだぞ」
目に涙をいっぱいにためた双子はおとなしく二人の自室へといった。
カイは家族みんなが寝静まるのを確認すると、父親の部屋へ入り、父の傍に椅子を置きそれに座り、ただ半ば死んだ様な父親の容体を確認していた。たまに水差しでガリンの口元に数滴水をやる。
翌日の朝、ガリンの傍にはカイからハイケに変わり、そして夕刻にタナスが例の医師と共に傍らへと変わった。
6
六月九日の夜の八刻。ガリンは突然意識を回復した。タナスと医師は仰天したが、それは命の最期の灯火が燃え尽きる、最後の瞬間である事を両者は即座に知悉した。
連絡を受けたカイはすぐに母親を呼び、部屋にはガリンとマイエの二人きりにした。
二人だけで、話し合いたい事が存分にあるはずだというカイの配慮だった。
一刻ほどして、マイエが家族全員とタナスと医師を呼んだ。ガリンの最期の言葉だ。まず医師に感謝の意を伝えた。そしてガリンは大きく息を吐き出し嘆息した。
「あぁ、俺は幸せな人間だ。すべて武器を持ち俺や俺の部下たちに向かってきた者どもとはいえ、俺は数多くの人間を殺してきた。そんな俺が家族に看取られ死のうとしている。これが幸福と言わずして何と言うのか」
そしてメイユとタナスに話しかけた。
「お前たちは俺の葬儀が済んだら、すぐに結婚しなさい。喪などというものは必要ない。タナスよ、娘を頼むぞ。メイユよ、幸せになるのだぞ…」
両者は静かに頷き、ともにガリンの両手を握り、そして離れた。
「シュキン、シュシン。お前たちの明るさはそのままウブチュブク家の明るさだ。遊びは大いに結構だが、たまにはハイケを見習って学問もよくやるのだぞ」
ガリンは双子の頭をそれぞれしばらく撫でて、笑顔を作った。シュキンとシュシンはまるでお互い先に泣いたほうが負けという具合に涙をこらえて、頭に添えられる父の掌を感じた。あんなに大きく力強かった父の掌が弱まったことに一層泣きそうになる双子だった。
「セツカ。メイユは結婚して、時期にこの家を離れる。何時までもお姉ちゃんの傍にいておどおどしていたら、メイユお姉ちゃんは新しい暮らしを安心してできないぞ。強くなれとは言わんが、もう周りに甘えることは許されん」
「わたし、メイユお姉ちゃんみたいになる!お父さんとお母さんの子供だもん。セツカは強くなる!」
「そうか。いい子だ」
そう言って、ガリンはセツカの頭を撫でた。
「グライ。すまないな。お前とは一番一緒に接したのが短かった。だがお前には立派な兄と姉たちがいる。カイたちの言うことをよく聞くのだぞ」
「お父さん!」
そう言うと、グライはガリンの床に飛び乗って、布団ごしにガリンの上にしがみついて泣いた。それを優しく引き剥がそうするハイケに声をかけた。
「ハイケ。いいんだ。それより試験がんばれよ。お前なら、必ず受かるし、何より出世もできると俺は思っている。お前のような学問好きな息子を持ったことは、俺はとって本当に誇りなんだ」
「父さん…」
ハイケはそれ以上言葉が続かなかった。なぜ自分は学院時代に医術の道へ進まなかったんだろう、という後悔の念が出てきた。
「カイよ。兵士という俺と同じ道を歩むが、今俺のこのような状態が兵士になって直ぐになる可能性がある、というのは十分に分かっているな」
「はい、それは何十回と聞いています。それを覚悟して俺はやはり兵士になりたいです」
「いいか、お前には一番きついことを事前にしてある。数カ月前に俺の上官だった将軍に、もし『カイ・ウブチュブク』というものがいて、兵士、ましてや指揮官としての才なくば、即座に解雇し帰郷させよ、と手紙を送ってある」
「…」
「分かっているな。お前の歩む道は決して、明るいものでも、ましてや偉大なことでもない。ウブチュブクの息子だから、という恩恵も受けないように手紙の一文にも強く記載してある」
「むしろ、それこそ俺の望むことです。ウブチュブク家の名誉を汚さず、いやむしろ新しい名誉を築く覚悟です。それができないと上に判断されても、這いつくばってでも俺の道を進みます」
この種の会話はカイがガリンに兵士になると告げた直後から、何度となく交わされたやり取りだが、ガリンはこういったことを聞くと「それは甘い」とか「軍務はお前の思っているものでない」、などと怒鳴り返すのが常だった。しかしこの時は違った。
「その言葉を忘れるなよ。お前が勇敢で覚悟もった男だということは、俺も十分に分かっている。…あぁ、少し話し疲れた。休ませてくれないか…」
カイの命で、父の部屋はカイとメイユとハイケが残った。ガリンの上にしがみついていたグライはいつのまにか寝てしまい、マイエに抱きかかえられて部屋を出て行った。
カイは妹と弟をそれぞれ見て言った。
「メイユ。父さんが言ってた通り、葬儀が終わったら、タナスと結婚するんだ。さすがに葬儀直後とは言わないが、落ち着いたら一緒になるんだ。いいな」
「…はい」
「ハイケ。俺もこの家ではある意味、お前のことを父さん以上に誇りに思っている。お前ならきっとどんな高官にまでなれると信じているよ」
「カイ兄さん…。確かにいい役人は民のためになるよ。でも真に民を守るのは父さんや、兄さんがなろうとしている兵士だ。本当に誇りなのは父さんや兄さんだよ。俺にはとてもできることではない」
「…分かった。二人とももう寝なさい。俺はずっと父さんを診ている」
二人は顔を見合わせ、兄が固い決意で父の最期を看取るのを感じたので、素直に部屋から自室へと戻った。時刻は翌一刻を過ぎていた。
その日の朝の五刻過ぎたあたりから、家族が一人一人、ガリンの部屋へ向かおうとすると、戸の前にカイがその大きな体で仁王立ちしていた。現れる家族一人一人にやさしく声をかける。
「父さんは亡くなったよ。つい四刻半頃だ」
家族全員が集まったところで、ガリンの部屋に入り、その静かな遺体を囲むように皆ただ立っていて、無言だった。涙や大騒ぎはこの勇士に最期を送るのに相応しくないと、幼少のシュキン、シュシン、セツカ、グライも本能的に察した。暫くしてカイは母であるマイエを残して、皆に部屋を出て居間への集合をかけた。
「俺とハイケが今から村長の家に行って、父さんの死を知らせる。メイユ、すまないが皆のことを頼む」
そう言うとカイとハイケは村長の家へ向かった。医師を連れてきてその死を確認する意味もあった。
ホスワード帝国歴百五十二年六月十日、ガリン・ウブチュブク。享年五十三歳。十七で一兵卒として軍務に入り、五千人を指揮する将校にまで登りつめ「無敵将軍」とまで国内外にまで名を轟かせた男の、これが最期だった。
7
その日の内にガリンの葬儀と埋葬は行われた。出席者は一家以外では、前カリーフ村の村長夫妻であるマイエの両親。現カリーフ村の村長夫妻とその息子であるタナスと、例のムヒル市から来た医師。そして三十代前半位の夫婦と思える男女がいて、男の方は涙をこらえていて、妻である女性に慰められていた。
この男は少年時代からガリンに従卒として仕えていた。ガリンが軍籍を離れると、ガリンの紹介でムヒル市の衛士をしていたが、死期を悟ったガリンが子供たちの年長組が家を出ていくので、自分の家のことを住み込みで頼めないかと依頼し、彼はそれを即座に承諾し、半月ほど前に衛士を辞めマイエの両親の家に夫婦で暮らしていたのだった。
この元従卒は定期的にガリンを見舞ったり、カイとハイケと共に馬の世話などをしていたが、これから彼がこの家の馬の飼育の担当をすることになるだろう。葬儀が終わり埋葬を済ませると、男はカイに言った。
「ご子息殿。ウブチュブク隊長の家のことは、このモルティにお任せください」
「モルティさん。こちらこそ申し訳ない。父が生きてあったころは父の身辺の世話をし、父の死後は残された家族を世話をしてくれるなど、あなたの様な方はまたといない。本当によろしくお願いします」
「ご子息殿。私は幼少時に身よりなく、隊長に引き取られ、身辺の世話を仰せつかった。もしあの時に隊長に拾われていなければ、それこそ野垂れ死にか、野盗になっていたでしょう。今、こうあるのも隊長のおかげ。何も気になさることはありません」
ガリンの死から五日が経った。この日はカイの兵士募集の出立日である。調練は帝都近郊で七月一日から六カ月間行われるが、その場所へは馬車と水路と徒歩で行くので、早めの出立となった。自身の愛馬で行くことは許されていない。
そして、さらに七月十日はハイケがムヒル市に役人の試験を受けに行く。受かればそのままムヒル市に住むことになる。
メイユとタナスの結婚は七月二十日と決まった。ハイケはおそらく出席できるだろうが、カイは兵士としての調練の真っ最中にある。
六月十五日、カイは家の門前で、家族一人一人に挨拶をした。まずは家のことを頼んだモルティ夫妻に改めてお礼を言った。
母のマイエに向き直る。母の身長はカイより頭一つと更にもう半分以上は低い。といっても彼女は平均的な女性の背丈だ、カイが大き過ぎるのだ。カイはやや中腰になって母の手を握って言った。
「母さん。俺が兵士になるのをずっと反対していけど、やっぱり俺は父さんみたいになりたいんだ。母さんにはまた苦労や心配をかけてしまうね」
「あなたは昔から、自分で決めたことは意地でもやり遂げる子だからね。もうずいぶん前からこういう日が来るのを覚悟してたよ。でも辛くなったら何時でも帰ってきていいんだよ。ここはお前の家なんだから」
母の手を放すと、次にメイユに目線を移した。彼女の背丈も母より少し大きいというくらいだ。絶世の美人というわけではないが、黒褐色の髪は綺麗に束ねられていて、目の色はやや灰色っぽい茶色である。色白くどちらかといえば細い方だが、深層の令嬢というような華奢や儚げさは感じられない。だが十分に人目を引く健康的な美人である。
「タナスと仲良くな。次に合う時はお前たち二人の子供もいるかな?」
「カイ兄さん。調練は六カ月でしょう。まさか一人前の兵士なるまで帰ってこないつもり?」
「うん…。多分そうなるな」
次にハイケの肩にカイは巨大な手を置いた。ハイケは明るいふさふさした茶色い髪と沈着な黒褐色の目をした見た目どおりの理知的な若者である。
「お前の行く道は俺より、厳しいかもしれないな。だがこの前も言ったがお前なら立派な役人になれるよ」
「役人といっても色々あるからね。ひょっとしたらカイ兄さんが出世して一軍の将になったら、俺がその参軍になるということもあり得るかもよ」
カイは苦笑して「そうなると面白いな」、と言い、次は両手を双子のシュキンとシュシンの頭に置いた。カイの手で両者の頭はすっぽり覆われる。
「悪がきども、あまり母さんやモルティさんを困らすなよ」
「うん!モルティさんから馬術をいっぱい教えてもらうんだ!」
「俺たちもカイ兄さんの様に兵士になる!」
「さっきハイケ兄さんが言った様にカイ兄さんが将になったら、俺たちはその部隊長になるんだ!」
両者の身長は母親を追い抜き、メイユにほぼ近い。ともに短くした褐色の髪と褐色の目。そしてよく日に焼けた健康そのものといっていい少年たちだ。
「ちょっとさっきから何を言っているんだい。お前たちみんな軍務に就くというのかい?」
母のマイエは呆れて嘆息した。
そしてカイはセツカとグライをそれぞれ同時に片腕で抱き持ち上げた。これにはモルティはびっくりし、この若者に主人ガリンの若き頃の姿を重ねた。セツカとグライは年齢相応の体格だ。それを同時に片方の腕だけで、さながらコップでも持ち上げる様な自然な抱きかかえ方だった。
「セツカ、グライ。元気でな。次ぎに会う時はこんなことができないくらい大きくなれよ」
両者は元気に頷くとそれぞれカイの両頬に接吻をした。
こうしてカイは家族皆に一時の別れを告げると、カリーフ村の門前の馬車に乗った。荷物は最小限であり、武器は携帯していない。まずムヒル市へ行き、そこから更に帝都方向へ向かう馬車や、水路による船を乗り継いでいく。ただし行程の五分の一ほどは歩きだ。すでに事前に道順は決めていて、しかる場所に宿屋があることは、既に調べ済みである。
馬車が出発し、カイは心中に色々なことに思いを巡らしていた。まだ父の死から一週間と経っていないのだ。
だが、これは既に自身で決めた道。父と同じく一兵卒から父と同じ大隊指揮官。いやむしろ尊敬する父をも超えて、将を目指す。
太陽のように輝く大きな薄い茶色の目には、その決意の光に溢れ、馬車の中で座っていても、その姿勢は自然とピンとなった。
ホスワード帝国歴百五十二年六月十五日、カイ・ウブチュブクの軍務への第一歩の日であった。ちょうど一カ月後にカイは二十歳の誕生日を迎える。
第一章 父の死 了
いやー、書いててホント地味だなーと思います。
第二章はさらに地味です。
ちなみに第二章のタイトルは「調練と大陸概要史」です。
ひたすら毎日汗水たらして訓練するだけの内容です。
こんな夢のない話、誰が読むんだ!?
地味ランキングなんてあったら、一位取れるかな?
あと更新ですが、毎日数行描くだけのペースなので、多分今年で三章までしかあげられません。皆様の応援があれば、モチベとなり、毎日の数行が数百行になるかもしれません。(現時点(20/9/11)で、二章の終わりに近づきつつあります)
応援、改めてよろしくお願いいたします。
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