その声は我が友・・・
「顔色が悪いよ、エリカ。休んだ方がいいんじゃない?」
「いいえ。緊張しているだけですわ」
「そうかい?辛くなったら私にいつでも言ってね?」
彼はそう言って私の髪にキスを落とした。ついにこの日が来てしまった。卒業式。十年前、私は前世の記憶を思い出した。この世界は私の一番好きだった乙女ゲームの世界。そして、私は婚約破棄されて、国外追放される悪役令嬢。なんとまあ、べたなことで。私の一番の親友ならば、「テンプレ乙wwwさっさと破棄して冒険者で一儲けするか、逆ハーでヒロインざまぁの二択やな!どっちにする?」とか馬鹿なことを言うんだろうな。その親友にも二度と会えない。変な子だったけれど、うん。滅茶苦茶おもしれ―女だったけれど、大好きよ。私貴方のことだけは絶対忘れないから。この世界で、私の望みを叶えてみせるんだから、そっちで応援していてよね。
私の望み。それはずばり悪役令嬢の私の婚約者、ハロルド・ジークフリート王太子と結婚すること。この乙女ゲーのメインヒーローだ。生前の私の人生で一番の推しキャラだった。金色の髪、ちょっとだけ垂れ目なグリーンの瞳、甘い顔立ちに蕩けるような声。王子様然としているのに、本当は照れ屋な所が可愛くて、私は本気でいわゆるガチ恋していた。生前彼と結婚できるなら死んでもいいと本気で思っていたぐらいだ。まあ、本当に死んだけれど。
プレイ当時は、悪役令嬢のエリカなんてゲームに特に必要ないと思っていたけれど、今はこのポジションに感謝した。だって、こんなに間近で早い時点で、推しに会えるんだよ?しかも婚約者よ?本当に神では?とはいえ、私は悪役令嬢なのだ。ヒロインではない。私は人の三倍は努力して、なおかつ本来ヒロインが辿るはずだったハロルド様ルートを悪いけれど先取りした。悪役令嬢のエリカじゃ難しいかなと思ったけれど、同じ方法が通じた。でも目の前に実在している人に対してゲームと同じことをするのもどうかなと思ったので、彼に対して生前何度も私が彼に掛けたかった言葉を伝えた。ゲームと少しだけ彼の性格は変わったけれど、この十年ずっと一緒にいた、支えた、分かり合えたはずだ。もし、ヒロインが彼を好きになってもきっと私を選んでくれるはず。
この乙女ゲームは学園が舞台になっていて、私とヒロインは十六歳で入学した。初めて見るヒロインは本当に可愛くて、今まであった自信がどんどんなくなっていくのを感じた。悪役令嬢は美人だけれども、彼女に比べたら・・・。ハロルド様は可愛いっていつも言ってくれるけれど、不安しかない。
私はもちろん、本来のゲームで行われるようないじめはもちろん行わなかった。けれども、なぜかヒロインへの嫌がらせは私がいくら止めても行われて、必ず私が犯人にされた。そのたびに、ハロルド様と私のお兄様が助けてくれた。私のお兄様もこれまたよくある話で攻略対象なのだ。お兄様との関係は原作と違い良好で、お兄様がヒロインに傾くことはないだろう。
「ハロルド皇太子殿下、あなたはその女に騙されている!」
「君は何を言っているんだい?」
言い合う攻略対象たちと、殿下とお兄様。卒業式という名の断罪イベント。ゲームの結末としては奇妙なことになった。ヒロインが誰を攻略するのか。ハロルド様が奪われてしまうことに震えていた私だったが、彼女が選んだのは全員攻略逆ハーエンドだった。
・・・・・・・・・・。
馬鹿!どうして!そう!変なところで!思い切りがいいのよ!そんなの現実的じゃないでしょうが!数多のweb小説で散々ざまぁカウンター食らってるじゃない!というかそんな修羅の道選ぶなんてあんたも転生者ね!テンプレ乙なんてもんじゃないわよ。悪役令嬢もヒロインも転生者なんて。絶対どっかに他にもいるんでしょ、転生者。どっかでこっち見ているんでしょ。モブだ、ラッキーですって?そうはさせるか、お前も巻き込んでやる!!
ふう。
ヒロインの攻略はあんまり上手くいかなかった。まず、幸運なことに嬉しいことにハロルド様とお兄様は彼女の虜にならなかった。これは本当に良かった私はこの十年これだけは阻止したかったのだ。だって大好きな人たちに責められて、国外追放はきつすぎる。
ヒロインは本当に転生者なのか怪しいぐらい、ゲームの知識に一部偏りがあるように見られた。そのせいで八人の攻略対象のうち、四人しか攻略できなかった。私が妨害した二人はともかく残り二人は、片方は中途半端に攻略されていたり、一人にいたっては手つかずといった感じだった。本当になんで全員攻略に手を出したのよ・・・。さすがに他の攻略対象までも気に掛けられないけれど、
正直勝ち負けとしてみたら私の勝ちなのではないだろうか。あちらも確かに有力貴族の青年たちを落としたが、あちらの四人分よりこっちの二人分が大きすぎる。これ以上大ごとになる前にどうにかしたい。私は彼女に和解を申し出ようと話しかけようとした。
「あっれれれーおっかしいな。ちゃんと大体の筋道はあってるはずなんだけどな。うーん、ちゃんと全員攻略もやっときゃ良かったな。リッカのやつがすぐ返せ返せいうし・・・。こちとら二年前にやったゲームじゃな」
「・・・今リッカって言った?」
「へ?」
声が震えた。私の生前の名前は真島エリカ。悪役令嬢と同じエリカ。そして、私を唯一リッカと呼ぶ人間がいた。
「え、エリカ様?」
「ワカ、私だよ。リッカだよ。わからない?もしかして違うの?」
急に様子が変わった私たち二人に場内はざわついた。男性陣も何事かと争いをやめ、こちらを凝視している。
「リッカ・・・?真島エリカ?本当に?」
「うん・・・。私だよ。あなたは鈴木若葉?」
「そうだよ。若葉だよ」
「「うわああああああああああああああん!!!!!」」
私たちは泣きながら抱きしめあった。周りの視線も顔中の化粧が落ちるのも気にならない。
「会いだがった・・・、会いだかっだよぉ」
「うぁっ、あだしだっで・・・うわーん」
「待ってまだ信じらんない・・・本当にワカなの?」
「いやあたしだよ。うーん、そんなに言うなら、じゃあこれは?リッカの二次元の初恋は忍〇まの滝夜〇丸先輩」
「あっ、本人だわ。ちなみにあんたの初恋はポ〇モンのコジ〇ウ」
「うん、そっちこそ本人だね。自分で言っといてなんだけれど、こんなんで本人確認されるの嫌だわ・・・」
「というかなんであんたまで死んでいるの、馬鹿。ずずっ」
「え?何リッカまさか死んだ時のこと覚えてないの。ゴホッ」
「????何それむしろあんた覚えているの」
「うん。私たち同じ電車乗っててそれで・・・。あー、思い出してないならその方がいいよ。嫌な死に方だったから」
「そうなんだ・・・」
二人同時に亡くなっていたとは思いもしなかった。良かった、気づいて。危うく友達を国外追放する―――――
「あっ!なんであんた全員攻略なんて選んでいるのよ。死ぬわよ!」
「え?そうなの?失敗すると危ない感じ?」
「そうよ!散々言ったじゃないの。その妙に冒険心強いの、少しは自重しなさいな」
「でも面白そうだったんだもーん。やっぱヒロインに生まれ変わったならさ、大恋愛したいじゃん?」
「しかも、なんか知識あやふやだし。悪役令嬢にいじめられるとこだけ絶対覚えてて、攻略対象の好きなものとか忘れてて、失敗してたでしょ。どうして筋肉キャラにクマちゃんあげてるの」
「ギャップ萌え的な・・・。というかさ、ハロちんとすごい仲良くなってない?やるじゃん!婚約破棄回避じゃん!」
「話逸らしたわね・・・。止めなさい、そのゲーム内で好感度が上がると呼べる名前を。公式がなんと言おうと私はその名前だけは認めないわ」
「なあ、エリカ?」
殿下が不安げに聞いてくる。しまった。皆のことを置いてきぼりにしてしまっていたわ。さて、一体これからどうすればいいのかしらね。何はともあれ、私にとってもうこの子はヒロインのリンダ・リーフじゃなくて、大親友の鈴木若葉。この子のやらかした後始末をしなくちゃ。昔からいっつもこうだわ。この子がやったのに結局最後は私が片付けるの。
「せっかく異世界に生まれ変わったんだからさ、面白いこといっぱいしようよ!リッカ!」
私に色んな世界を見せてくれるのも彼女。だから私はワカと――――
「とりあえず筋肉喫茶始めたいから、出資して。倍にして返すから」
・・・・・・・・・・。パチンコ通いのおっさんみたいなこと言うな。コイツ、殴っていいかしら。
***
リンダ・リーフ男爵令嬢によって引き起こされた婚約破棄事件は未遂で終わった。彼女自身がその場で全部自分が悪かった、エリカ嬢からの嫌がらせの事実はないと明言したからだ。しかし、彼女が四人の青年たちをたぶらかし、卒業式を妨害したのも事実。咎めは避けられなかった。彼女は社交界での追放を言い渡された。彼女への処罰がかなり軽いものになったのは、エリカ嬢からの嘆願よるものだった。国王は将来の王妃である彼女を信頼して、処分を軽くしたのだ。
青年たちは、それでもリンダとの愛を貫きたいと、彼女に告げたが、彼女はそれを望まなかった。彼女は元々面白そうだから、彼らにちょっかいを出しただけなのだと、謝罪した。青年たちにもそれぞれ婚約者がいたが、彼女達の彼らへの対応は様々で、きっぱりと婚約を解消するもの、慰謝料を嬉々としてぶんだくったもの、和解したもの、結婚してからも一生ブチブチ言われ続けたものがいた。
リンダは、青年たちとその婚約者の家に何度も謝罪に行った。その際はなぜか彼女から糾弾されたはずのエリカが必ず共におり、一緒に頭を下げて回った。青年たちと婚約者の家は婚約を滅茶苦茶にされたと慰謝料を請求してきた。その金額はすさまじいものであり、一介の男爵家に払えるものでなかった。その結果リンダは、男爵家から除籍され、平民となってしまう。
平民となり、一人巨額の慰謝料を背負うこととなったリンダを救ったのは、またしてもエリカ公爵令嬢だった。公爵家が慰謝料の全額を肩代わりしたうえ、彼女に自分の領地にある商会で働けるよう手配した。エリカは人々から、なぜ彼女にそこまでと言われると、「あの子が私の一番の友達だからです」としか答えなかった。二人はこの国一番の悪女と聖女と呼ばれるようになっていた。
商会で働くようになったリンダは、懸命に働いた。最初は悪女と呼ばれている貴族のお嬢様がこんなに厳しい仕事が続くわけがないと思われていたが、予想を覆し、彼女は大きな仕事にも小さな雑用にも真摯に取り組み、男社会である商会で認められていった。
そんな彼女に転機が訪れる新たに商会が作った服飾部門でトップを務めることとなったのだ。そして、服飾部門の最初の大仕事となったのが、エリカ公爵令嬢の花嫁衣裳の製作だった。公爵令嬢の理想は余りに高く、他の工房が諦める中、立候補したのがリンダの率いる服飾部門だった。彼女自らデザインと裁縫を行い、見事な衣裳を作り上げた。彼女の見たこともない新しいデザインに国中の女性たちは熱狂した。その効果はすさまじく貴族だけでなく一般向けの服も手にかけて一気に人気となっていった。
王太子妃のお抱えデザイナーというイメージがついたリンダは、商会を独立し、ベル商会という新たな商会を設立した。服飾以外にも飲食、美容、娯楽分野にも手を広げ、どんどん大きくなっていった。彼女は必ず新商品の試供品を彼女の友人であるエリカとかつて彼女が婚約破棄騒動でもめた彼女達に渡した。お詫びの意味もあったが、社交界の中心人物である彼女達という強大な広告塔を得るためでもあった。結果、彼女達との和解にも成功し、気が付けば彼女がかつて背負った慰謝料はとっくに超えていて、リンダは公爵家に三倍にして返したのだった。
リンダと王妃エリカの交流は、エリカが先に亡くなるまで六十年以上続いた。二人は互いを困ったときには必ず助けた。国が飢饉になれば、リンダが他の商人たちを先導して倉庫を開いたし、貿易路が塞がれればエリカが、相手国と交渉した。
一代で莫大な財を築いたリンダにはたくさんの男が求婚したが、恋人は作れども、ついには結婚することはなかった。二人は様々な事件に遭遇しては解決していき、度々世間を賑わせた。武勇伝の一つ、奴隷事件は今でも有名であり、そこでリンダが養子にした元奴隷の少年こそ後のベル商会会頭である。二人の活躍をモデルとした小説までも発行されたのだった・・・・・。
「なんて後々語られるなんてのどう???」
「いや、何勝手に私を先に殺してんのよ。しかも話盛りすぎでしょ。あんたの返した金は二倍よ」
「えー、いいじゃん。ちなみに私たちモデルにした小説は、本当に既にプロジェクトが動いてるよん。舞台は乙女エリーザがハルト様に一目惚れするシーンから・・・」
「は?それで私の名前変えたつもりなの?じゃあ、あんたの黒歴史の逆ハー大失敗で処刑寸前も書きなさいよ」
「そろそろ許してよー。私本当にリッカを国外追放する気なんてなかったんだってば」
「どうだか・・・」
「それにほら、慰謝料は確かに返したのは二倍だけど、イケメンだった軍団の皆さんの領地に工場建てたじゃん?雇用の確保じゃん?むしろ、私倍返しじゃん?」
「うん、まあそれは確かにね・・・。ていうか過去形で言うの止めなさいよ。今も皆かっこいいわよ。少なくともハロルド様とお兄様は」
「その二人はそうだけれども、二人ほど見る影もないじゃないの。こんなの聞いてない!」
「まさか、攻略対象が将来ハゲるとか、中年太りするとか分かるわけないわよ・・・。悲しいけれどこれが現実よ・・・」
「あ、そういやね。私の乙女ゲームヒロイン時代の本も書いているんだ、『悪女リンの華麗なる大恋愛♡』」
「また盛ってるじゃないのよ!しかもタイトルダッサ、名前まんま!」
「まあまあ、どうせこんなの売れやしないし・・・」
「フラグ立てるのやめて」
二人は、四十を過ぎていたが、美しい姿と賑やかな様子は変わらなかった。庭園には二人の笑い声がいつまでも響いていた。
若葉ちゃんの生前の趣味はコスプレ衣装作りでした。それを見越してエリカちゃんは動いたのです。言葉遣いは貴族令嬢と思えないほど悪いですが、面倒見だけはどこまでもいいです。
読んで頂きありがとうございました。