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風になったんです。

作者: ねーま

堂瀬信二の存在を日本国民全員が知ることになるのはまだ10年後の話。


俺は、ベランダにお気に入りの椅子を部屋から持ち出しそれを置いて、くしゃっとできるペットボトルに入った水を飲みながら街の喧騒をBGMにくつろいでいた。空に浮かんだ雲は紙に書かれた自由という文字より自由を表しているようだった。俺は、なんだか漠然とした不安に襲われた。その不安の正体は全くわからず、ただただ膝をがくがく震えさせて、無理に落ち着こうとしていた。そして、水を飲んで「俺って自由なんかな?」と雲のひとつの塊に問いかけてみた。だが当然、返事はなかった。


堂瀬信二と俺はなんの接点もない。


季節は冬。俺は18時前後から手袋もマフラーも身に着けず俺の住むアパートの近所を散歩していた。この町は残酷だ。俺の住んでいるようなボロアパート街、団地街を抜けると大きな家が建ち並ぶ大住宅街に出る。大住宅街は森で囲まれており、自動車などが通り抜けできないようになっている。上手いことできている。この辺を歩くとそう思うことが多い。野球のことはあまりわからないが、4打数3安打ぐらいの確率で。冬の18時は夏では考えられないくらいあたりは暗い。もう夜と言って良いだろう。住宅街の家々から漏れる灯りは、同時に何かしらの温かみを漏らしている。ある家に子供が扉の鍵を開けそして扉を開け、「ただいま」と言って家に入って行った。俺はそれを見て落ちている石ころを蹴っ飛ばした。そして蹴っ飛ばした石ころのそばに近よりその石ころに向かって「俺って幸せなんかな?」と問いかけてみた。だが当然、返事はなかった。


堂瀬信二はこの頃から絵を描き始めたらしい。


俺は大学の構内を1人で歩いていた。時刻は13時15分。大学内は昼休みで騒々しかった。騒々しいのは嫌いだが、昼休みということを踏まえているので1人で歩くことを苦に思わなかった。人が多い大学、人が多い昼休み。しかしそんな人が多い状態の大学の中にも必ず人がいない場所がある。そんな場所が自分はとても好きだ。俺はひねくれているかもしれない。そこに向かう際、向こうから俺が気になっている女の子が男の子と2人で歩いてきた。俺は、なぜか見ないように、というか気にしないように、気にしない振りをして歩いた。そしてその二人組と俺はすれ違った。すれ違った際、永遠にその子と深く関われないように感じた。感じたというか、でもそれは事実なのだろう。この時すれ違わなかったとしてもその子とは深く関われなかっただろう。でも、この時すれ違ったからこういう風に思ったのだろう。俺は、昼休みの予定に入っていなかったこの時自分がいた最寄りのベンチに腰掛けるという行動を取った。そしてこれも予定にない座ったベンチに対して「俺って誰かに愛されてんかな?」と問いかけてみた。だが当然、返事はなかった。


堂瀬信二はある絵画を描いて一躍有名になった。


俺は、たまたま手に取った雑誌に堂瀬信二のインタビュー特集が載っていたのを読んだ。今回賞を取った作品のタイトルは『自由』だそうだ。賞を取った絵は「自由」という札を持った男が草原の真ん中に立っていて、そのバックにはイキイキ育つ植物たちと綺麗な青い空とぷかぷか浮かぶ雲が描かれていた。堂瀬信二が言うに、「私が、ベランダでぼーっとしているときに見上げた空に浮かんでいる雲を見て、紙に書かれた自由より自由だなと感じたんです。それでこの作品に取りかかりました。」と雑誌に書かれていた。


おい、堂瀬信二よ、俺はおまえが絵描きになる前からその発想に辿り着いていたぞ。






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