2月は鬼の咆哮
今は6月ですので、季節外れなネタではありますが。
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暗い夜、家の前で豆を集めるユエの耳に唸る声が届く。
獣の咆ような、人の哮びような。
ふと、祖母の言葉を思い出す。
「2月3日には鬼がくるんだよ、だから豆を撒いて追い払うのよ。」
そんな日に、近いからと言って私の誕生日をまとめて祝った曾祖母、祖母に祖父、叔父に従姉弟。母に姉達はなんの恨みがあったのかとユエは思う。
私の生まれた2月は鬼がくるのか。と
「いつまで、やってるの。風邪を引くから早く入りなさい」
ユエの母は寒そうに腕を擦りながら、暗い中温かく光る玄関を後ろにそう声を張る。
ユエはそれに、一つ頷くと咆哮の聞こえた玄関とは反対の空を一度、振り返って遠くに光る何かに鬼を視る。
その間に薄情にも閉まった玄関の扉に向かって歩みを進め、拾い損ねた豆は雪解けと共に出てくるか、誰かの靴に入っているだろうと予想するのは鬼と違ってユエにとっては毎年のことである。
「鬼が鳴いたのよ」
そう、嘯くにはユエの心は鶏過ぎた。
ただ、そっと母に「鬼の鳴き声を聞いた気がするの」と頭の中で会話して、「それは、怖いわね」と返ってくるまでを脳ミソ劇場で上映するのである。
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その翌年。
ユエは昨年のように暖かい家の中ではなく雪の中、鬼がほえるのを待つ。
わん。
一緒に居た姉は豆を拾い終え、積もる雪を捨てるとすぐに家へと入ってしまっている。
ユエと共に居てくれるのはその場から動けない外灯だけだ。
待っているだけでも暇なのでとスコップに乗ってスケートボードの真似事をしたり、手袋が嫌いだからと脱いだその素手の熱で積もった雪に手形をつける。
ユエは可笑しな子にグレードアップした!
近所の人がどう思うだろうかと考える事の出来る年のユエは知らない人に声をかけられる所まで、脳ミソ劇場を上映する。
ユエが今年は吠えないのかと考えた所でお馴染みのお母さま。お母たま、お呼びでない?
ユエが風邪を引いても元気なのは一重にお母様のおかげだと、気が付くのは何時になることやら。誰かの有り難みを気が付くのは、いつだって無くなってからである。
「いつまで、やってるの。風邪を引くから早く入りなさい」
その言葉を聞いた行く年、今年のユエは温かいココアを作ろうと思い付く。
待っていた鬼はどこえやら、実に鶏な頭である。
今年もこうして鬼は泣く。
忘れられた偶像の者達はどこで、何をしているのか。少なくとも、ユエのココアに負けた咆哮は気にもしないのだろう。
翌朝、ユエは泣く。
鬼に追われたと。
前言撤回、少しは気にしたのかも知れない。
夢で良かったと喚くユエの心は暴れているのに、なんなら、顔も消して穏やかではないのに。
小心者のユエの口は閉じたまま。
小心者の阿保は口を開けば要らぬことをバカバカと、鬼でももう少し綺麗な言葉を話すだろう。
なにくわぬ言葉はいつも引用で。
「と言っていたわ。」
と言うのが阿保の限界。
ゆく年くる年。幾年か。
ユエの2月には鬼が吠える。
わん。
それは、犬。
グロロロロロロォォ。
それは、ペンギン。
ねこ。
猫だね。いや、人だね。
グオオオオオオ!!!
そうそう、これが鬼。
「あーあ。こんな日にも仕事に向かっているよ。」
そう、要らぬことを誰に向かって言ったのか。ユエは泣く。
いっそ、鬼に喰われてしまいたいと。
ここで上映、脳ミソ劇場。
「腹が減っているなら私を食べて」とユエ
「…」と鬼
「ええ、ええ。そうよね。分かるわ」とユエ
「…」と鬼
「え。いや良いのよ。拐ってちょうだい、未練はそうね、あの物語の続きはどうなるのかしら。あと、私が貰うはずのお給料の行方も気になるわ。」とユエ
「喰っていいのかい」と鬼
「ええ、ええ。勿論よ、痛いのは嫌よ一息ね」とユエ
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「おはよう」と上司。
おっと、これは現実。
翌朝、ユエは泣く。
今年は豆を食べてないと。
お前、向いてないよこの仕事。なに考えてるか分からない。なんで、こんな簡単な事も出来ないの。俺はお前の事信用してないから。いいから、謝って。謝れば言い訳じゃない。非常識。次でやっていけないよ。信じられない。どういう神経してるの。難しく事を言ってる訳じゃない。どうして、言えないの。たった一言どうして言えないの。よくも悪くも、なに考えるか分からない。どうして、考えられないの。どうせ、なにも考えて無いんでしょ。どうせ、お前は興味ないでしょう。駄目。意識が低い。意識してたならもっと上手く出来るよね。なんで、確認しないの。私も、よく分からない。好きじゃなきゃこんなこと言わないよ。なんで、周りを見れないの。仕事が変わって自分の事で精一杯なのはわかるけど一度経験してるんだから前の仕事の面もサポートして。あなたが言って。あなたがやって。やってみて、大丈夫だから。誰がやっていいっていったの。気を付けた方がいい。どうして、何度も同じ事やるんだ。俺の言葉を軽く見てるんだろう。気が付かえない。自分の事ばっかり。俺を少しは手伝ってくれたっていいだろう。自分の仕事を終わらせる事しか考えられない。あの人がいるときは、もっと良かったのに。あの子にかったから、あなたはあまり飲まないで。あなたから謝ってあげて。酷いよ、謝ってあげなよ。今年はまだ良くなったんだ。また、倒れるなよ。自分で救急車よんだんだって。心配だよ。謝って。みんなに謝って。あの人だって、何かあったと思うのね。だから、嫌いにならないであげて。ねえ、いまぶつかったでしょ。無意識なら、なおさら気を付けて。あの子見たいにな子を出したくないの。だから、今あなたを引き留めてるのよ。あの子はダメだった。どうして、悪いところばっかり似ていくの。あなたにもわかって欲しいの。どうしたらいいの。なんで、先に分からなかったの。だから、なんで。ねえ、なんで。私が言いたい事解っている?辛いよね。僕ももう、駄目かもしれない。私も耐えられない。私も不思議だった。俺はここまで、続けてきたんだからもう少し頑張ってもらいたい。君の納得できるようにしたらいいと思う。辛いなら辞めてしまってもいいんじゃない?言えるの?頑張って。どうせ、なにも考えて無いんでしょ。舐めてんの。その顔やめて。あの子は面倒だからあなたは我慢出来るでしょう。また、お前は。私は。「おはよう」
「鬼はーそとー。」
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