平石わかばはくじけない
side 平石 わかば
初めまして、平石わかばです!
地下アイドルやっています!
今日は初めての私の所属するグループ、ピーチの単独ライブです。緊張で心臓が飛び出しそうです。
ですが、私の大大大~大親友であり、この道に引きりずりこんだ張本人であるゆかちゃんが今日見に来てくれます。
先ほど別れてまた来てくれます。
観客なんてゆかちゃんだけでいいんです。そもそも他の人に見られる嫌いですし、他人嫌いですし。
だけど最近、悲しいことにゆかちゃんは見に来てくれませんでした。原因は多分、ここの地下劇場入るに3000円もするからなのですが……。
高いです!
ゆかちゃんは毎回ただで良いのに……。
私の給料から天引きして毎回チケット貰えるように交渉してみるのもいいかもしれません。
それならゆかちゃんは毎回見に来てくれるはず。
うん。きっと来る。
ゆかちゃんはあの日の言葉を覚えていてくれているかな?
5年前 小学6年生
「やーい、わかば。これは今日から俺のものだ」
幼なじみのひろとくんが私の筆箱からめざとく新品のボールペンを奪っていきます。
ママが久しぶりに買ってくれた、ラメがボールペンにコーティングされていて光によって七色にキラキラ光るお気に入りのボールペンです。
取られないように使う時以外は筆箱の奥深くに隠しておいてあったものです。
「…ぅー……」
私はひろとくんに何も言い返すことは出来ません。
ひろとくんは当たり前のように私のボールペンを自分の筆箱にしまってしまうと、興味が無くなったのか男子グループの元に向かいます。
この光景は幼稚園から続いているいつもの光景です。
「また、わかばちゃん。ひろとくんに可愛いこぶってる」
ひろとくんのことが好きな、みきちゃんが私の筆箱を払いのけます。
「あ、ごめーん、当たっちゃた」
嫉妬や妬みが込もった声、少しも謝罪の意思は入っていません。
筆箱が宙にまい、それと同時に筆記用具があたりに散らばります。
筆箱の中から出た筆記用具は何回も下に落とされていてぼろぼろになっています。
「あっ、ごめーん、私、目が悪いから踏んじゃた」
別のひろとくんのことが好きな女の子は鉛筆を踏んづけて芯を折ります。
プラスチックのものが割られなかっただけでも今日は良かったのかな。
鉛筆の芯なら削ればもと通りになるし。
私は筆記用具を一人でもくもくと拾います。
誰も助けてくれるひとなんていないです。
みきちゃん達はもう私のことがどうでもいいのか、ひろとくんを見てきゃーきゃー言ってます。
「わかばきん、つけんなよー」
別のところでは無邪気に悪気もなく当然のように男子が遊んでいます。
私はどうしたら良いのでしょうか?
先生に言ってもひろとくんがこのクラスのリーダーだからかまともに取り合ってくれません。
親はお兄ちゃんのことで頭が一杯で、私のことなんて気にしてもいません。
お兄ちゃんは親に誉めてもらおうと自分のことで必死。
誰も私のことを気にかけてくれせん。
私はどうしたら良いのでしょう?
先生が入ってきて、がやがやしながらみんなが席について、いつものくだらない1日が始まります。
今日はなんと転校生がくるらしい。
私には関係無いだろうけど、いや、みんなの興味が転校生に向いて、いじめが少しでも減ればいいなー。
「ゆかちゃん、入ってきて」
その時、私は見たんだ。この世の天使を、教会に飾ってある以上の神々しい存在を。
「藤原 ゆかです。皆さん宜しくお願いします!」
ゆかちゃんがペコリと頭を下げるとみんな、一斉に固唾を飲んだのがわかりました。
男子も女子も顔を真っ赤にしています。
私も顔を真っ赤にしているんでしょう。
「ゆかちゃんは、じゃあ、わかばちゃんの隣ね」
先生の言葉が一瞬私の頭の中に入ってきませんでした。
ゆかちゃんと隣。私なんかでいいのでしょうか?
ゆかちゃんは先生に言われたとおり、私の隣の席に座ろうとこちらに歩いてきます。
ゆかちゃんとの距離が近づけば、近づくほど、私の心臓の鼓動が早くなるのがわかります。
初めての感覚で私はどうすればいいかわかりません。
ゆかちゃんは席に座るとこちらを向いて。
「これから宜しくね! 後、わかばちゃんのツインテール凄く似合ってるね。無茶苦茶可愛い!」
ゆかちゃんの無邪気で曇りげの無い満面笑みに私の頭はショートしてしまいました。
私の体は銅像のように動きません。
何か喋りたいのに、口は自分の思うように動いてくれません。
先生が出ていった後、ゆかちゃんがみんなに囲まれるまで私の体は動きませんでした。
ゆかちゃんと一緒に受ける最初の科目は国語の時間でした。ゆかちゃんは教科書もっていないため、私の教科書見るために体を近づけてきます。
ゆかちゃんからは凄くいい花の匂いが私の鼻腔に充満します。先生の話は全くと言って良いほど耳に入ってきません。
ゆかちゃんの髪を耳にかける仕草が可愛い。
周りを見渡すと今日は教科書の文を立って一人ずつ音読していく授業のようです。
人前で話すのが苦手な私は大嫌いな授業です。
読まないといけない文はあまり長くないので淡々と進んでいきます。
ゆかちゃんの番になりました。
ゆかちゃんは音をたてず、すっと立ち上がります。
周りのみんなも教科書から目を離し、ゆかちゃんを見ます。
声ははきはきと一語一語聞き取りやすく、綺麗で心地良く耳に馴染みます。もしゆかちゃんの声で授業受けたらいつもの何倍も頑張れそうです。
聞き惚れていたらいつの間にか終わってしまいました。もっと長く聞いていたかったです。
ゆかちゃんの次は、私の番です。
いつもより頑張れそうです。
私もゆかちゃんみたいにはきはきと音読しようと意気込みます。
「…おばば………」
最初から噛んでしまいました。
周りからの視線が痛い。声はかすれた空気が出るだけでほとんど出ません。
目尻に涙がたまっていきます。
必至に言葉を紡ごうとしますが体はゆうことをきいてはくれません。
ゆかちゃんがいきなりたち上がりました。
「わかばちゃん、一緒にゆっくり音読しよう!」
そういうと、私の顔にゆかちゃんの顔が近づいてきます。
心臓がばくばくいっています。
みんなの目は全く気にならなくなりましたが、ゆかちゃんから目が離せません。
「わかばちゃん、いくよ」
ゆかちゃんは私に合わせ、一字一字ゆっくり話していきます。
いつもだったら早く終わらせたくてなるべく早口で読むのですが、今はこの時間を終わらせたくありません。
一秒でも、一瞬でもこの時間が長く続いてくれれば良いです。
ですが悲しいことに終わりはきます。
教科書から目を上げて周りをみると、みんなの視線はきらきらと輝いています。
私には向いていないとわかっています。でも、なんだか凄く嬉しいです。
ゆかちゃんが来てから私へのいじめは無くなりました。
いじめの原因となったひろとくんをゆかちゃんが目の敵にしていたため、ひろとくんが私に近づけなくなったためです。
時々、ひろとくんが私に話しかけたそうな雰囲気を出していましたが私は無視しました。
あんなにいやだった学校も楽しくなりました。
ちょっとだけ、いや結構、ゆかちゃんにべったりだったけど。ゆかちゃんも私にべったりだったから大丈夫だと思います。
中学3年生の文化祭で私達のクラスはみんなの前で歌と踊りをしました。
凄く楽しかったです。
その夜、ゆかちゃんと話しているとゆかちゃんが
「わかばちゃんってみんなの前で歌と踊りをしているとき、凄く嬉しそうだよね」
「…そんなことないよー…」
恥ずかしいし、あんまり人の視線は好きじゃないです。
「アイドルとか似合ってるね」
ゆかちゃんのきらきらした目に私は目を反らしてしまいます。
「私、わかばちゃんがアイドルになったら凄く応援するから」
私はその言葉で心臓が跳ねた気がしました。
私は高校受験が終わってなんとなくなんとなくだけどアイドルオーディションに応募していました。因みにゆかちゃんには内緒にしていました。
アイドルのオーディションは基本的に歌と簡単な踊りを見るだけでした。歌はそもそも上手い自信はあったし、踊りはゆかちゃんから借りたひなこたんっていうアイドルのものを参考に練習していました。
数日後に合格通知が来ました。
親は私がアイドルになることを二つ返事で了解しました。
アイドルになっても私には興味ないのかな……。
そして、ゆかちゃんに合格通知を見せました。
ゆかちゃんの顔は驚愕、喜び、不安とつきつぎに変わっていきました。
「わかばちゃん、ちょっとその紙見せて」
ゆかちゃんは私から合格通知を受けとるとネットで何やら調べ始めました。
「大丈夫。わかばちゃん、私に相談してくれたら良かったのに…」
ゆかちゃんが頬を膨らませます。
可愛い。
「…だって…驚かせたかったもん」
「可愛い」
ゆかちゃんが抱きついてきます。
最近育ってきたゆかちゃんの胸が顔にあたりなんかふかふかして気持ち良いです。
「わかばちゃん、アイドルおめでとう!!私がわかばちゃんファン第1号だね。すっごく、応援するから!」
より強く抱きしめられます。息が出来ないけど、気持ちいい。段々眠くなってきました。
「あれ、わかばちゃーん」
私達はこの一年で着々と実績を積み重ねていき、やっと地下劇場で単独ライブ出来るようになりました。
大抵の地下アイドルの場合は単独ライブまでいけずに終わるので、私達のグループは今波に乗っていると思います。
ゆかちゃんとピーチのメンバーのおかげでここまでこれました。
だから私はゆかちゃんに見てもらって喜んでもらいたい。
「わかばちゃん行くよー!」
リーダーの声がする。
「うん!」
じゃあ、ステージに行こう。
ゆかちゃんはどこにいるかな?