私の日常2
「「ひなこたん、うぉぉー」」
「「ひなこたん、うぉぉー」」
土曜日の真っ昼間に響く怪しげな声。
宗教儀式のようです。
「皆さんいったん止めてくださいませんかぁ」
今日も今日とて頭から靴までフリルで一杯なかなさんがアヒル口にして困った顔をします。
さっきまで大声で叫んでいた人達はすぐさま叫ぶのを止めて綺麗に整列をします。
この人達なら軍隊生活でも生きていけそうです。
今日はかなさんにお呼ばれして、かなさんの所属するドルサー、"かなさんによるかなさんのためのクラブ"に来ています。
KKKです。よそ者は排除されます。
因みにクラブはclubですよ。前の小テストで出てきました。
「ゆかさん、りか。どうですぅ?」
メンバーの中の女の子のおっぱいがプルンプルンと揺れていてそちらに気を取られていました。
視線はそこから一ミリも動けなかったです。
「なんかたりませんね。これじゃあ私達の愛がひなこさんに届きません!」
りかさんがはっきりと言う。
「そうですぅ、そうですぅ。何か足りないのですぅ。ひなこさまへの愛はこんなにも溢れているのにぃ。表現出来ないなんてぇ」
かなさんが物憂げに言い、椅子にしなだれかかります。
それを見てKKKのメンバーが凄くおろおろしています。おっぱいも凄く揺れています。眼福です。
KKKのメンバーは絶対にひなこたんへの愛じゃなくてかなさんへの愛で溢れています!
「かな氏、そんなに気落ちしないでください。ゆか氏ならゆか氏なら。きっと答えを教えてくれる」
ちょっと、りかさん!
KKKのメンバーのすがるような視線が痛いです。
なんでりかさんもかなさんも凄く期待するような目でこちらを見てくるのですか。
どうする?
どうする?
こういう時は……
「ひなこたん可愛い!」
そうです、思考停止しましょう。
藤原 ゆか、さんちゃい難しいことわかりまちぇん!
「ゆかさんそうですぅ。私達の気持ちを伝えてなかったですぅ」
えっ、かなさん
「そうです、言葉にしなきゃ気持ちなんて伝わらない。100の行動より、1の愛の言葉を伝えないと」
えっ、えっ、りかさん
「ひなこたん可愛い」
「ひなこたん可愛い」
「ひなこたん、うぉーー」
「ひなこたん、うぉーー」
……
……
えーー。
まじでこの人達意味がわかりません。
助けてひなこたーーん。
この盛り上がりは隣の吹奏楽団がうるさいと文句言ってくるまで続いきました。
「今日はありがとうございます」
「楽しかったですぅか?」
「はい」
ひなこたん可愛いしか言ってないですけどそれはそれで楽しかったです。普段は大声で叫ぶと近所迷惑になりますから。
「また、来てくださいですぅ」
どうせ今は帰宅部ですし、私も学校内でアイドルサークルを立ち上げても良いかもしれません。
みんなでわいわいひなこたんを愛でるのは良いことです。
帰り道の大通りを歩いていると突然肩を叩かれました。
ナンパかスカウトだと思うので、無視したいのですが、無視して家まで着いてこられたことが有ります。
なので人通りの多くて安全なこの道路で対応するために振り向くと、そこに立っていたのは息を切らしたイケメンのおっさんです。人類の敵であります。
男は悲しいことに20歳越えたらおっさんです。経験談。
「どうしましたか?」
雰囲気的に良くナンパしてそうな男なので私は防犯ブザーに手をかけます。スカウトは会社の看板背負っているのでそうそう危険なことにはならないはずです。スカウトを騙ったナンパは一番危険ですが。
この防犯ブザーは茜が危険だからと持たせられたものです。
何回かお世話になったこともある安心安全の防犯ブザーです。抜くと自動的に位置情報とともに警察に通報されます。
「君、アイド」
「興味無いんで行きますね」
ナンパじゃなくてスカウトですか。予測が外れました。
スカウトなら無視しても大丈夫でしょう。
「ちょと、まってくれ」
男は私の肩を掴んでくる。
「きゃあー」
あれ、これは本当にスカウトですか?
私は防犯ブザーに両手を添えて直ぐに抜けるようにします。
「すまない。少し話を聞いてくれないかい?」
男は自分のしたことを理解したらしく、すぐに手を引きます。
「私、知らない人と長話するなって言われているんです」
「すまない。少しだけでも良い。話を聞いてくれないかい?」
男はいきなり土下座になります。
これは引きます。いきなりの土下座は引きます。
この男のスカウトテクニックか?考えろゆか、今年17歳になったピチピチJK(元男)兼アイドルオタク。
推しは川上 ひなこ!
ひなこたんは私の嫁!
よし何が何でも家に帰るぞ。家に帰ってひなこたんの抱き枕に頬をうにうにするんだ。
「すいません、わ」
「頼む、一緒にアイドルになってくれ」
まじで、このお兄さん何!帰らせてくれないのかな。熱血はゲームの中だけでいいよ!
断ったら男らしく潔く諦めようよ。
泣くよ。泣くよJK泣かせたら犯罪ですよ。中身おっさんですけど。
周りには着々と興味津々な野次馬の方々が集まってきて私の逃げ道を防いでいきます。
そこの方、スマホで写真とるのはNGです。プライバシーの侵害です。
びびりだから言えないですけど。
後門の虎、前門の変人。逃げ場は無い。
「あれ、何かのドラマの一シーン」
「別れを切り出したの?」
「告白だろ」
「二股かけてたんじゃない?」
周りのガヤガヤとした音だけが聞こえる硬直状態に陥ります。
お互い無言。
今すぐにでも帰りたい。
「うわー、おっさんがお姉さんのパンツみてる」
「あれがパパ活じゃない?」
小学生の無邪気な声。
私はスカートを抑え、男を睨み付けます。
男は焦りながら立ち上がります。
「まじで、JKにパンツみようとするの最低だな」
「やっぱり、三股してたんだよ」
周りの声が大きくなります。
私とこの男の間には嫌な沈黙が支配しています。
「見ようとしてないからな」
「……すまない名刺だけでももらってくれないかい?」
男は警察に捕まることを危惧してこの場所から立ち去りたいのか名刺を渡してきます。
名刺には、名前と大手の芸能事務所の名前がでかでかと書いてある普通の名刺であります。
「近藤 敦。少しでも興味を持ってくれたらいつでも電話をかけてくれ!いの一番にとるから!」
名刺を受けとると綺麗な一礼をしてそそくさと去っていっきます。
私も先ほど叫んだ小学生に名刺をあげるとその場からそそくさと去ります。
帰ってひなこたん成分を補充しなきゃ!
この後の帰り道で3回声かけられたがガン無視して、まいて逃げました。