9 耀
第一章 天の配剤
わたしがmeatのバーテンダーに言った『光るモノ』とは蛍光を発する酒類のことだ。いくつかの種類があるが、カクテルの場合は主にトニックウォーターが蛍光を発する。が、どこのトニックウォーターでも良いわけではなく、シュウェップス社かカナダドライ社製のものでないと光らない。それらのトニックウォーターは成分にキナ抽出エキスを含み、それが蛍光を発するからだ。
単体ではウィスキーが光る。詳細はわからないが、年代物ほど明るく光るようなので、琥珀色を生み出す熟成樽からの溶出成分が要因かもしれない。が、ビールが光るので発酵成分の方が由来かもしれない(わたしの感覚ではビールを蒸留したのがウィスキーだ。日本酒を蒸留したのが焼酎であるように……)
日本酒も光るが余り強くない。また種類によって光り方が異なる。酒の発酵が進んだ醸造酢はかなり明るく光る。が、酢の主成分である酢酸は光らない。醸造酢に含まれるアミノ酸などの旨味成分が光るのだろう。
一方、ファンタスティック・レマンは日本酒ベースのカクテルの名だ。創作したのは『ミスター・ハードシェイク』の名で親しまれたバーテンダー、上田和男。スイスのジュネーブで開かれた世界カクテル・フェスティバルに出品し、銀賞に輝く。原料は日本酒(五/十)、ホワイトキュラソー(三/十)、キルシュ(一/十)、レモンジュース(一/十)、トニックウォーター(適量)、ブルーキュラソー(二バースプーン=十ミリリットル)だ。
作り方は、まず日本酒、ホワイトキュラソー、キルシュ、レモンジュースをシェーカーに入れ、氷を加えてシェークし、四から五個の角氷を入れたコリンズグラスにシェークした材料を入れ、トニックウォーターを満たし、最後にブルーキュラソーを底に沈める。客にはマドラーを添えて出す。カットレモンを飾る場合もある。
日本酒は種類によって光り方が違うから、使用する日本酒によって、ファンタスティック・レマンの蛍光は若干変わるはずだ。
「お待ちどうさま」
そう言い、バーテンダーがわたしに提供したのはファンタスティック・レマンとマドラーと小さな懐中電灯ほどの大きさのブラックライトだ。
「当てて良い」
わたしがバーテンダーに問うと、
「当てなきゃ、出した意味がないでしょ」
という当然の返答。
「日本酒に紫外線を当てるのは味を変えるからご法度って言うけど、まあ、それは保存のときの話だから……」
と付け加える。
「で、充はこれ……」
バーテンダーがロックグラスに入れた透明な酒を城崎充の前に置く。
「それは何……」
わたしが問うと、
「ただの麦焼酎……」
バーテンダーが答える。
「安いの……」
「まあ、そんなところ……」
バーテンダーがわたしに答えたタイミングでアルバイトらしい若い男の店員がテーブル席に座った客のオーダーをバーテンダーに告げる。邪魔もできないので、
「ホラ、見ていて……」
城崎充の肩を叩き、ファンタスティック・レマンの方に顔を向けさせる。
「ジャーン」
自分で効果音を発し、ブラックライトのスイッチを入れ、コリンズグラスのファンタスティック・レマンに当てる。すると、
「ほおっ……」
城崎充が感心する。自分の目の前でファンタスティック・レマンが薄っすらと光り耀いたからだ。
「トニックウォーターを増せばもっと良く光るけど味が変わるからね」
わたしが言うと、
「でもギラギラ耀くより全然いいです。名前もファンタスティックだし……」
「ファンタスティック・レマンね。レマンはレマン湖のこと。スイスとフランスに跨る中央ヨーロッパで二番目に大きい三日月型の湖。で、漢字だとこう書く……」
そう言いつつ白いポシェットから大きめの付箋とボールペンを取り出し、『寿府湖』と記す。
「旧字体だと、こう……」
続けて『壽府湖』と記す。
「何だか江戸時代みたいだ」
「充くんは江戸幕府を連想したのかな」
「おれの知ってるレマン湖はディープパープルのスモーク・オン・ザ・ウォーターの歌詞に出て来るヤツですよ」
「ゴメン。わたし、その辺りは明るくないんだ」
「スイスのモントルーまでアルバムの録音に来たロックバンドのメンバーの一人がフランク・ザッパとマザーズ・オブ・インヴェンションというロックグループのコンサートを聞きに行ったら、観客の一人が打ち上げ花火みたいなものを天井に打ち上げ、それが大火災に繋がるんです。その様子が突端となる歌詞で……。歌詞の中では火事の原因は a flare gun となっていますが、実際には観客の一人が rocket-flare を放ったようです。作詞したイアン・ギランは a flare gun を照明弾の意味で使っていて、またフランク・ザッパ自身はa bottle rocket または a Roman candle とインタビューの中で証言しています」
「ふうん。悪いけど、さっぱりわからない」
「日本でも人気がある曲だから、美緒さんも聞けばわかりますよ」
「じゃ、それも、いずれ……」
「じゃ、いずれ……」
ブラックライトを消し、わたしと城崎充がグラスを合わせ、乾杯する。
「会社じゃないから、お疲れさま、じゃないわよね。ねえ、充くん、何に乾杯する……」
わたしが問うと、
「では、お互いが神に救われたことに……」
城崎充が味な言葉をわたしに返す。
参考 スモーク・オン・ザ・ウォーター問題 http://sueme.jugem.jp/?eid=1167