7 神
第一章 天の配剤
わたしがそう言うと城崎充がまた驚いたような顔を見せる。
「おれが神様を市原さんに……」
戸惑うように自分で呟いてから少し笑う。
「で、市原さんの神様は何と……」
城崎充が興味津々の目でわたしを見つめる。だから、わたしは信託を告げる。
「あなたの場合も神の祝福よ」
しっかりとした声で……。
「この答ではご不満かな……」
少しだけ意地悪く、わたしは城崎充に言ってみる。聡と一緒にいるときには口にできないような言葉の雰囲気だ。わたしの方が城崎充より(かなり)年上という安心感……というか、余裕が醸し出す雰囲気だろうか。
「いえ、そんなことはない」
城崎充もしっかりとした声で、わたしに答える。
「おれも救われたのかな」
「さあ、それはあなたの気持ち次第……」
今度は少しだけ上から目線で、わたしが言う。何、この心地良さは……。わたしが惑う。が、わたしは薄々答えを知っている。人は複数の人間を同時に恋することができるのだ。たとえ、その恋に深さの違いがあるにせよ……。
「じゃ、お互いに救われたところで一杯呑みに行きましょうよ」
わたしが言うと城崎充が今度は首肯く。その仕種を見、わたしの笑顔が弾けてしまう。が、それとは別に先にすることがある。
『わかりました。では明日の同じ時刻に……。でも場所はKではなくSで……。M』
聡からのメールに返信し、ついで城崎充の顔を覗き込む。
「せっかく救われたのに、また地獄に逆戻り……」
「今、その話は止めましょう」
城崎充がぶっきらぼうにわたしに言う。が、その心根は暖かい。気づけば公園にはカップルたちが増え始めている。恋人たちの時間が始まっていたのだ。
「わたしたちも恋人同士に見えるかな」
そんな夜の公園の状況に、わたしがお道化て言うと、
「真面目な話、おれ、もう恋はできない」
誠実な声で城崎充が宣言する。
「……じゃ、ごっこ、ね」
「ごっこ、って……」
「それでいいじゃない。あなたとわたしは所詮他人。わたしにはあなたの本当の痛みはわからない。あなたにもわたしの本当の痛みはわからない」
「まいったな」
「その程度のことで参っていたら、この先生きていけないわよ」
「そんなことを言う人なのに、あのときは、やめて……、だなんて……」
「へへっ……」
「それに人懐っこい笑み……」
「あなたも、あと九年生きれば同じように笑えるわよ」
わたしが指摘すると城崎充が戸惑う。
「だけど、そんな顔をするようなら、もっと早いかもしれないわね」
すぐに、わたしがそう続け、
「だって、あなたは今、九年は長い、って顔をしたから……」
更に、わたしが付け加える。
「彼女のことを忘れる必要はないし、胸の痛みを失くすこともないのよ。あなたは笑っていいし、彼女とは別の理由で泣いてもいい」
「それも市原さんの神の言葉ですか」
真剣な表情でわたしを見つめ、城崎充が口にする。だから、わたしも城崎充に真剣に答える。
「信託でもいいけど、今のはわたしの想いよ。届けばいいけど……」
わたしが言った最後の言葉に城崎充は答えない。が、それでいいのだ、とわたしは思う。出遭って一時間で信頼関係など望めない。それがわかる程度に、わたしは大人だ。いや、出会ってすぐの信頼関係が信じられない程度に大人なのだろうか。
「届いても、簡単にどうにかできません」
暫く経ち、城崎充がそっとわたしに言う。だから、わたしもそっと、
「急ぐ必要はないよ」
そう呟き、爪先立つと、城崎充の左頬に軽く口付けをする。ハッとした城崎充に空かさず、
「姉の愛だよ」
と言葉を添える。
「市原さんってヘンな人だ」
戸惑うように城崎充がわたしをカテゴライズする。ついで大きく目を見開き、
「でも本当にいるのかな。市原さんはここに……。おれの妄想じゃなくて……」
城崎充が不安に充ちた声で呟く。それで、わたしは改めて気づいてしまう。ああ、この人は、これまでずっと一人だったのだ、と……。傍からは生きて動いているように見えても、心の扉を閉ざし、たった独りで彼女の供養をし続けていたのだ。
けれども詳しい事情を知らないわたしに余計な言葉はかけられない。だから、こんなことを言うしかない。
「仕方がない人の次はヘンな人で、さらに存在しないって、じゃ、ここにいるわたしはいったい誰なのさ」