61 祝
エピローグ(夢の色彩)
「市原さん、お久し振り」
デザイン部に移り、暫く足が遠退いていたユア・タイム・ジュエリー本店O店舗に顔を見せると西園寺副店長が出迎えてくれる。
「Loversの売れ行は順調よ」
「ペアにするというアイデアは西園寺さんから頂きました」
「違うわよ。最初からそれは市原さんのアイデア。ただ自分では気づいていなかっただけで……」
「恐縮です」
「ペンダントTwisterとリングMemoryのデザインもいいわ。とくに、あのビーズの指輪を思い出させるMemoryは……」
「ありがとうございます」
「市原さんの個性なのね。ペンダントの方は二重に捻ったデザインなのにリングと合わせて違和感がないし……」
「西園寺さんにそう言っていただけると心強いです」
「ところで聞いたんだけど……」
西園寺副店長が声を潜め、わたしに問う。
「峯村さんとご結婚予定なんですって……」
「はい」
「峯村さんの離婚理由は知らないけど、また恋ができて良かったと思うわよ。奥さんの方も、そうなってくれれば尚更だけど……」
峯村燈子は自分の言葉通り、夫と別れ、今は息子と二人暮らしだ。聡の息子は最初の頃父親を怨んだようだが、峯村燈子が魔法をかけ、今ではわたしとの婚約を許している。わたしと聡、それに息子、壮太の三人で食事をしたこともある。
もっとも離婚を拒んだのは想像通り峯村聡だ。が、聡にも峯村燈子が魔法をかける。実際にどんな言葉を使ったのか不明だが、わたしには何となく見当がつく。その同じ言葉で、わたしも頑張れたからだ。
ユア・タイム・ジュエリー社のデザイン部に移り、ほぼ毎日、鶴岡部長にドヤされながら研鑽を積む。念願のLoversがペアセットとして再企画化され、UTJ社のヒット商品となる。理系の山木美千代とのコラボ商品、色を変えながら光るジュエリー(仮称・彩石)も進行中だ。
「はい、わたしもそう願っています」
西園寺副店長との打ち合わせを終えれば、もう定時だ。社に戻る予定もないのでO店舗を出るとmeatに向かう。が、その前に軽く食事を摂るため、ファーストフード店に入る。十数分後。ファーストフード店を出、上を見上げるとビルの屋外ビジョンに城崎充が映っている。ミニ・コンサートで歌っていた(怖くない方の)曲が音楽関係者に認められ、メジャーデビューを果たしたのだ。その曲が売れ、時計のCFに採用される。
元の形が良いのでスタイリストの手にかかれば完璧な美青年だ。昔の姿を知っているわたしが見ても手の届かない存在感がある。それで、あの曲なのだから、ギャップが受けたのかもしれない。逆に言えば、怖い曲が似合うスタイルに変われたわけだが、あの曲の二番はまだ封印されたままだ。
林玲奈とは付き合い続けている。事実上の恋人同士だが、林玲奈は城崎充の中に住むわたしに気づいてしまう。が、健気に、まるで気づかないふりをし続ける。わたしからかける言葉はないが、それが少しだけ心に重い。
「こんばんは……」
meatの少し重いドアを開けると、
「美緒さん、いらっしゃい」
連城マスターがすぐに声をかけてくれる。カウンターの中には佐々木零がいる。零は会社を辞める気はないようだが連城マスターとは付き合い始める。今ではmeatの手伝いもしている。
「美緒、蕪を買ってきてくれた」
当然、料理担当だ。
城崎充が売れたので、育ての親が経営するmeatの客足も相当伸びる。わたしが通っていた頃のmeatはパーティーでもなければ、すべてのテーブルが埋まらなかったが、今ではいつも満杯だ。その状態を今後も長く維持するのは大変だろうが、連城マスター(と零)には頑張って欲しい。
「はい、ご所望の品……」
「ありがとう。ところで美緒に吃驚すること言っていい」
珍しく零が興奮口調でわたしに問う。
「もちろん構わないけど……」
「あたしね、初めて二次通った」
「やったね」
その手の話ならば大歓迎だ。
「良かったじゃない、零……」
「これもみんなのお陰で……」
「いや、零の実力じゃん」
「それもあるけど、でも最終選考を通る自信がない」
「そのときは連城マスターと結婚したら……」
「えっ、美緒はあたしに夢を諦めろと……」
「違うわよ。奥さん目線でも小説を書けるようになれるってこと。想像じゃなくて、本当の奥さん目線で……。恋愛小説の購買層だと思うけどな」
「なるほど」
「じゃ、そうなったら俺と結婚しよう」
「いや、まだ最終選考を落ちるって決まったわけじゃないから……」
「美緒さん、零は、このところずっとこんな調子なんですよ。俺のこと、可哀想だと思いませんか」
「いや、別に思いません」
そうこうするうち、聡がmeatに現れる。わたしたちの婚約を連城マスターや零に報告するためだ。聡がmeatを訪れるのは初めてのこと。わたしの逃げ場所を知らない方が良いだろう、と最初は殊勝なことを言い嫌がっていたが、わたしが親友と友だちを聡に会わせたかったのだ。
「婚約者が来たわよ」
聡の到着に、わたしはすぐに気づいたが、零がわざわざ教えてくれる。
「いい男じゃない。美緒は昔からイメメン好きよね」
「いや、それって結果だから……」
「初めまして、峯村聡です」
わたしが零に答えたタイミングで聡が零と連城マスターに挨拶する。
「いえ、こちらこそ初めまして……」
零と連城マスターが声を合わせ、聡に言う。ついで全員がふうと息を吐き、緊張を解くと笑顔になる。
「もう少ししたら充と玲奈ちゃんたちも来るから……」
連城マスターが店の時計を見ながら、わたしに言う。
「美緒さんの婚約者の顔も見たし、安心もしたし、充たちが来るまで二人で呑んでいてください」
連城マスターが聡に言う。
「じゃ、お任せで、お願いします。聡もそれでいいよね」
「ああ、美緒に任せる」
暫くし、連城マスターがわたしに作ってくれたのはジンライムだ。聡にはサイドカー。それぞれのカクテル言葉は『色褪せぬ恋』と『いつも二人で』。
『二番のない曲』(了)




