表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/61

6 詭

第一章 天の配剤

「お腹が一杯になったし、お酒が飲みたい」

 洋食屋、マイ・ディナーでの食事を終え、わたしが城崎充に強請ねだってみる。店を出、またあの公園の方に向かっている最中のことだ。

「今日はもう帰った方が良いですよ」

 けれども城崎充はそんなことを言う。

「わたしといてもつまらないか」

「いや、そういう意味じゃなくて……」

「だったら、お酒を付き合いなさいよ」

「……」

「ホラ、今のわたし、不幸せな顔をしていないでしょ。これは、あなたがくれた笑顔なんだよ。だから、わたしをもう一度不幸せな顔に戻したくないなら、もう少しくらい付き合ってくれたっていいじゃない。お酒を飲んだら、すぐ家に帰るからさ」

 思わず口にしてしまったが、我ながら滅茶苦茶な理論だ。

「仕方がない人ですね」

「そう、わたしは仕方がない人……。だから不倫もする」

「何も自分も責めなくても……」

「だって単なる事実だから……」

 けれども、そのタイミングでスマートフォンに着信があるとは……。城崎充の顔を覗き、わたしはどうしようかと惑う。が、我慢できずにスマートフォンを確認する。案の定、メールは聡からのものだ。

『ぼくが帰って暫くの間は気持ちが悪そうだったが落ち着いたよ。明日、空いていれば会おう。聡』

 わたしは聡にどう返事を返せば良いか。

「城崎さんは、わたしが断れば良いと思ってるんでしょ」

 わたしと聡の関係に無関係な城崎充に、わたしが無責任な言葉を放つ。

「……」

 城崎充はわたしの目を見つめるばかりで何も言わない。が、誰に訊いても答えは同じだ。不倫は悪い行為に決まっている。だから、わたしが城崎充の無言に勝手に答を見出す。すると城崎充の顔色が変わる。

 当然、その前にわたしの顔色が変わったのだろう。今、自分の顔に諦めの表情が浮かんでいることをわたしは知っている。偶然出会った城崎充に、わたしは何を求めたのだろうか。奇跡が起こり、わたしが聡以外の誰かを恋せば、自分が救われるとでも妄想したのだろうか。

 が、わたしに一歩近づいた城崎充が口にしたのは、わたしには意外な一言だ。

「人が人を好きになるのは人には制御できません。だから、もしも神がいるなら、それは神の領域だ。人にはどうにもできません」

 城崎充はわたしに何を伝えたいのだろうか。神が間違えた、とでも、わたしを慰める気だろうか。

「で、続きは……」

 わたしが城崎充に続きを促す。すると観念したように身構え、城崎充がわたしに言う。

「神がもし全能なら間違えることはありません。市原さんは神に祝福されたんですよ。ただし……」

「人には祝福されなかった、っていうわけね」

 わたしのその言葉に城崎充が無言で首肯く。

「だけど多くの人は、神様が間違えた、って考える」

「市原さんは詭弁だと思いますか」

 城崎充がわたしに尋ねる。だから、わたしが自分の考えを述べる。

「宗教の信者は神が人を作ったって信じてるけど、実際は人が神という概念を作ったわけでしょ。……とすると、わたしみたいに神のいない女には詭弁よね」

 わたしが城崎充に強く言う。

「でも正直言って救われたわ。ありがとう」

 ついで弱々しい声で、そう伝えてみる。内心では、これも詭弁か、と想いながら……。

「わたし、いずれは峯村聡みねむら・さとしと別れようと思ってる。それは本当……。でも、それが何時になるかはわからないし、それがわたしにわかる前に死んでしまうかもしれない。交通事故かなんかで……」

 すると城崎充の顔が歪む。

「あっ、ごめん……」

 すぐに悟り、わたしが城崎充に速攻で謝る。が、誤ってどうにかなるような問題ではない。わたしは気づかぬうちに城崎充を深く傷つけてしまったのだ。

「交通事故だったのね」

「詭弁ですよ」

「あなたはそうやって悲しみから逃れ出ようとしたわけね」

「だから詭弁だ」

「いいのよ、詭弁だって……」

 わたしが言うと城崎充が驚いたようにわたしを見る。

「だってさ、あなたはわたしを救ってくれようとしたから……」

「だけど救われましたか……」

「救われたわよ。ちゃんと……」

「嘘吐きなのは、おれではなく市原さんの方だ」

「若い坊やが年上のお姉さんに舐めた口を利くものね」

「坊や、って……」

「あなた、いくつなの……。実際のところ、二十三か四でしょ……」

「二十一歳……」

「ちっ、外したか。……って、若過ぎっ。大学生……」

「今は通っていません」

「そう」

「市原さんは、おれが大学に戻った方が良いと考えますか。勿体ないとか、世間一般のルートから食み出すから、という理由で……」

「じゃ、答える前に一つ訊くけど、城崎さんの神様はあなたに何て答えてるの……」

「おれの神は死にました」

「あらあら……。じゃ、わたしの神様に訊いてみるしかないか」

「市原さんは神のいない女じゃなかったんですか」

「ええ、そう。でもさ、さっき、城崎さんから神様をもらっちゃったから……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ