59 遇
第五章 想の汪溢
季節は巡り三月となる。
ユア・タイム・ジュエリー本社O店舗に勤めて一月になるが、わたしは竹田チーフの下についているので売り上げは殆んどない。けれどもゼロでないのは林玲奈が城崎充を引き連れ、リングを買いに来てくれたからだ。わたしが日曜日シフトの午前十一時過ぎのことだ。
ユア・タイム・ジュエリー本社O店舗では主として社内でも価格が高い商品を扱っている。が、一部に若者向けの低価格商品も置いてある。残念ながら数は少ないが……。
「こんにちは……」
林玲奈が城崎充とO店舗内に入り、わたしの姿を見つけるやいなや近寄り、声をかける。
「リングが見たくて……」
そう言い、わたしが担当するショウケースに目を遣り、林玲奈が顔色を変える。すると竹田チーフが、
「市原さんのお客さまのようだから、ご案内してあげて……」
とわたしに命じる。それでわたしがいつもの場所を離れ、店奥の若者向け商品用ショウケースに林玲奈と城崎充を案内する。すべてが税込み二万円以下の商品だ。
「ご予算はいかほどでしょうか」
わたしが林玲奈に問うと、
「出せて八千円かしら……」
「畏まりました。こちらの商品がご予算価格内の商品となります」
わたしが言い、ついで小声で、
「この店、基本的に高価格品を取り扱っているの。だから数が少なくて、ごめん……」
林玲奈に付け加える。
城崎充はわたしの濃い目のメイクに何かを言いたそうだが、黙ったままだ。
「美緒さん、お店では一段と大人の女性ですね」
それに気づいているのか、いないのか、林玲奈がそのタイミングでわたしを褒める。が、城崎充は意見が別らしい。
「それはともかく、わたしなら玲奈ちゃんには、これが似合うと思うな」
そう言い、シルバーのロジウムメッキのダイヤモンド・リングを林玲奈に見せる。
「きれい……」
「ロジウムメッキ・リングの弱点はメッキが剥がれることだから、わたしみたいな粗忽者には向かないけどね」
「そうなんですか」
「何処かに打つけるかしてメッキが剥がれたら、普通は買ったお店に持って行って再メッキしてもらうしかない。まあ、わたしは自分でメッキもできるけどさ。面倒って言えば面倒……」
「ああ、そうなんですか。わたしも、おっちょこちょいなところがあるからな」
「……とするとK10になるけどイエローゴールドかピンクゴールドがいいかな。こっちの方はメッキじゃなくて合金だから、傷はついても色は変わらない」
林玲奈に説明をしつつ、わたしが彼女に合いそうな商品を探す。
「K10でもゴールドはゴールドだから、ロジウムメッキのリングよりは細くなっちゃうけど……。これなんかは似合いそうね」
残念ながらダイヤモンド(人造)はついていないが、洒落た捻りが入った同じデザインのイエローとピンクゴールドを林玲奈に見せる。
「わたしには格好が良過ぎる感じがするけど……」
「とにかく、つけてから判断すればいいわよ」
そう言い、林玲奈にリングを渡し、わたしは他の商品を考える。が、O店舗には思い当たる他の商品がない。
「美緒さん、どうかしら……」
悩んだ末にピンクゴールドのリングを右の薬指に嵌めた林玲奈がわたしに問う。
「大変お似合いだとは思います。ですが、最後はご本人のお気持ちですから……」
わたしが言うと、
「城崎さんはどう思いますか。あたしに似合うと思いますか」
不意に林玲奈が、それまで無言の城崎充に意見を求める。すると城崎充が暫く林玲奈と薬指に嵌められたピンクゴールドのリングを見つめ、
「玲奈さん自身はどうなの……」
と口を開く。それに答え、
「可愛くて似合えばいいと思うけど、恥ずかしい」
林玲奈が口にする。
「いや、恥ずかしいことはないと思うよ。おれにはリングのことはわからないけど似合ってる」
わたしから顔背けるようにし、城崎充が林玲奈に言う。すると忽ち林玲奈の顔がパッと耀く。
「城崎さんがそう言うんなら、これにします。美緒さん、これください」
「代金は税込み六千二百円になりますが、宜しいですか」
「あっ、八千円ギリギリじゃないんだ。それなら、もちろんオーケーです」
「ではケースが選べますから、まずはこちらに……」
わたしが言い、林玲奈と城崎充をリングケースがある場所まで案内する。それから、わかってはいたが指のサイズを確認し、商品の支払いへの流れとなる。
「ありがとうございました」
ピンクゴールドの指輪を買い、城崎充に愉しそうに話しかけながら林玲奈がO店舗を去る。
「お疲れさま」
わたしが所定の位置に戻ると竹田チーフが労いの言葉をかけてくれる。
「若い友だちがいるのね」
「はい……」
「何か、初々しくて良かったな。恋人同士……」
「いや、それにはもう少し……」
「そうなんだ」
「でも春頃にはくっついているんじゃないかと思います」
わたしが竹田チーフにそう言った直後、O店舗に次のお客さまが現れる。その顔を見、わたしの顔に驚きが充ちる。
「ああ、市原さん、今日は出なんだ」
わたし同様、かなり驚いた様子で聡が言う。そんな聡の姿をすぐ横から眺めているのは、おそらく峯村燈子、聡の妻だ。




