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第五章 想の汪溢

 連城マスターが城崎充に連絡を入れてから約十分後、当の城崎充がmeatに現れる。

「充、悪かったな」

 連城マスターが城崎充の遣いを労い、

「これくらいならお安いものです」

 城崎充が連城マスターに笑顔で答える。

「はい、ピザと餡饅……」

 ついで城崎充がわたしに所望の品を手渡す。が、その前に店内の傘立てにギターケースを立てかける。

「寒い中、ミニ・コンサートをしてたのね」

 紙箱入りの八ピース・ピザと餡饅一ヶを受け取り、わたしが城崎充に訊ねる。

「美緒さんは聞きたかったですか」

「あの歌の二番があるなら……」

「美緒さんが望むのならば作ります」

「無理はしなくていいから……」

「だって今の方がずっと無理で……」

 連城マスターの目の前だというのに城崎充が動揺し、わたしが慌てる。

「まあまあまあ、少し落ち着いて一杯呑もうか」

 だから、つい、そんなことを口走ってしまう。一方、連城マスターはまるで忍者のように気配を消している。

「充くんもお腹が空いて情緒が不安定なのよ」

 そう言いつつ、ピザの紙箱を開け、

「充くんに買って来てもらって言うのもヘンだけど、まあ、食べて……」

 すると城崎充が子供のように首肯き、一ピースのピザを取り分け、口に運ぶ。それに合わせ、わたしも一ピースのピザを口に運ぶ。

「今日は炭水化物の摂り過ぎだな。……って、昨日までが異常に少なかったわけだけど」

 それだけ言うと、わたしは他に言う言葉を失ってしまう。それで無言の城崎充をじっと見つめてしまう。睫毛が長く、とても綺麗だ。聡も美形な方だし、実はわたしは面喰いだったのかもしれない。そんな、どうでもいいことを考える。

 ピザを一ピース食べ終え、城崎充がハッとしたように自分自身を取り戻す。

「はい、これ……」

 すると即座に連城マスターが気配を戻し、城崎充にキープボトルとロックグラスと浄水器を経た水道水のタンブラーを渡す。ミネラルウォーターでないのは水道水の方が断然安いからだ。

「今日はお客さんが少ないだろうから、どこの席を使ってもいいよ」

 そう言い、連城マスターがわたしと城崎充をカウンター席から追い出す。連城マスターの気遣いだ。ハードな人生を送った連城マスターには、わたしの心の葛藤など、既にお見通しなのだろう。

「さっきは済みません」

 クリスマス会のときに二人で座った小テーブルに移動し、暫くすると、城崎充がわたしに謝る。

「充くんは、わたしに謝ってばかりだね」

 素直にそう思ったので言ってみる。他意はない。

「おれが子供だから……」

「年齢的には確かにわたしがお姉さんだよ」

「ならば、お姉さんとして聞いていただけますか」

「いいわよ。だけど本当に、お姉さんとしてだからね」

 この期に及んで、わたしは自分の偽りに苦笑する。今の言葉は自分自身に対するブレーキだから……。

「もう、あんなことはいいません」

「その話はいいから……」

 本当はわたし自身が聞きたくないのだ。城崎充のわたしへの告白を思い出すとき、わたしはその都度、城崎充を失ってしまうから……。

「おれには幼馴染の好きな人がいて、でも好きになる以前からお互いのことをすごく気に入っていて、自分たちも両方の親も、いずれ二人は結婚をするのだろうと思っていて……」

 城崎充がわたしに淡々と自分の過去を語り始める。

「おれの父親は海外で道路を作る仕事をしていて、単身赴任だったんですけど、子供の頃におれも母親と一緒に会いに行ったことがあって、でも父親が道路を建設した国で内戦が始まって、爆撃機が父親たちが作った道路の様々な個所を爆撃して、毀して、それで父親の精神が可笑しくなって、母が駆けつける前の晩に病院の窓から身を投げて、死んで……」

 やめて、とわたしの心が城崎充の話の続きを聞くことを拒む。が、わたしはその声に屈することはできない。何故なら、わたし自身が城崎充の話を聞くことを引き受けたからだ。彼の姉としてだが、最後まで聞いてあげなければ意味がない。

「続けて……」

 だから、わたしは城崎充に話を促す。

「おれの母親は気丈な人で、だから父の後追いをすることもなくて、父の死の後処理を済ませて、帰国して……。おれの幼馴染は子供ながらに、おれとおれの母親を慰めて、勇気づけて、やがて、おれの母親の顔に笑顔が浮かぶようにもなって……。けれども、それまでおれたちが暮らしていた海の近くの田舎町では仕事もなくて、おれの母親はおれを連れて、上京して、おれと幼馴染は初めて離れ離れになって……。それが十一年前の話で……」

「充くんが十歳のときか」

「そうです」

「続けて……」

「母親には資格があったので、私塾で英語を教えて、おれたちの生活は安定して……。けれども不幸なことに母親が膵臓癌を患って、一年持たずに急死して……。おれが大学に入った後のことで……。それでも自分の死期を悟った母親が、おれを親戚に託して……。だから、おれは金銭的に困ることなく大学には通えて……。だけど直接の身内を失くして、おれは凄く不安になって、だから、それまで年に一度か二度くらいの割合で会い続けてきた幼馴染に、こちらに出て来ないかと誘って……。それで田舎で短大を卒業して、あの頃は働いていた幼馴染が、こちらに来ることを決心して……。少しでも安いから高速バスを利用して、幼馴染がおれのいるこちらに向かい、迎えに行ったおれを見て、笑顔を浮かべて、おれの方に駆けだして……。おれの方も幼馴染の笑顔しか見ていなくて、車が近づいていることにまったく気がつかなくて、それで……」

「充くんの幼馴染が亡くなったのね」

「おれのせいなんです。結衣を上京させたのも、車に気がつけず死なせたのも……」

「充くん、自分を責めないで……」

「だって、どこから見ても、おれが悪いでしょ」

「ユイさんのご両親は、きっとそんなことを思ってない」

「そうなんです。本当にそうなんです。娘を失くして悲しいはずなのに、おれのことが憎いはずなのに、全然そんな顔を見せず、おれのことを慰めてくれて……。それが、おれにはまた辛くて……」

「その後、充くんを引き取った親戚の方も亡くなったのね」

 わたしがそう言うと城崎充がハッと息を飲む。

「ホラ、あの日に連城マスターから聞いたのよ」

「ああ……」

 城崎充が思い出したようだ。わたしが城崎充の二度目のミニ・コンサートを裏から聞いた日のことを……。が、城崎充の不安定な精神はすぐに過去に飛び、沈痛な面持ちでわたしに語り始める。

「おれは結衣が死んだ日、病院に運ばれるまでの僅かな間も、その後も、一生結衣のことを想い続けると決めて……。それがまだ、たった二年しか経っていないのに、おれは別の人のことを好きになってしまって……。そんな自分を、おれは自分で許せなくて……」

「赦せなければ赦さなくてもいいのよ。だけど、わたしは充くんが新しい恋をして、ユイさんは安心していると思う。残念ながら、充くんは振られちゃったから、ユイさんは、わたしのことを怒っているかもしれないけど……。でも、きっと充くんが次の人を愛せたことを喜んでいると思う。だって、そうならないとユイさんはいつまでも充くんを自分に縛りつけることになってしまうから……。実は充くんも内心ではわかっているんでしょ。結衣さんをこの世ではなく、あの世に=天国に送ってあげたいと思っているんでしょ」

「だって結衣を殺したのは、おれなんですよ。だから、おれは結衣を想い続けなければならないんです。なのに……」

 前よりも一層悲痛に城崎充がわたしに訴える。その気持ちは痛いほどわかるが、城崎充の考えを、わたしは受け入れるわけにはいかない。偶然の悪戯で、わたしがユイさん後初めての城崎充の想われ人になったが、彼には次の新しい恋を始めて貰いたいと願っている。それが城崎充を愛してしまった今のわたしの偽らざる気持ちだ。


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