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53 舞

第五章 想の汪溢

「お疲れさま。お昼休憩に入っていいわよ」

 竹田チーフがわたしと数名のスタッフに命じる。O店舗自体は昼休みの間も営業を続けるので店員の休みはシフト制だ。もっとも生産工場や交番の巡邏または臨床検査センターのような職場ではないから真夜中のシフトはない。が、当然のように、土、日、休日のシフトがある。

 わたしがここまでを思い返せば、あたふたとしていた印象しかない。竹田チーフが接客し、わたしが命じられたジュエリーやアクセサリーまたはリングを陳列ケースから取り出し、竹田チーフに渡す。それからお客さまと竹田チーフの攻防、いや、夢繋ぎが始まる。

 同じ意味をお客さまに伝えるにしても、竹田チーフが選ぶ言葉はとても優しい。優しいという言い方が正確でなければフレンドリーあるいは親身だろうか。

 竹田チーフは美人だが正直言えば顔が少し怖い。表現を変えればクール・ビューティーで近づき難い雰囲気がある。が、お客さまが所望する商品の担当が竹田チーフであるならば、お客さまは竹田チーフに声をかけなければならない。もしもそのとき、竹田チーフが少しでもクールな接客をすれば、竹田チーフのクール・ビューティーな印象は変わらない。けれども竹田チーフは言葉の最後をふわっとさせることで、その印象を変える。わたしは目の前で魔法を見せられたも同然だ。

 例を挙げれば、竹田チーフは自分が発した言葉の最後に「よ」や「ね」を付け加える。お似合いです、と伝えたいとき、お似合いですよ、または、お似合いすね、と表現する。大変お似合いですよ、と言葉に装飾を加える場合もある。謂わば、言葉のジュエリーか。

 他では、お客さま(あるいは相手が顔見知りのお客さまの場合は〇〇さま)には、こちらのファッションリングがお勧めです、と伝えたいとき、お客さまには、こちらのファッションリングのような淡い色のものがお勧めですね、のように特徴を示しつつアレンジする。

 けれども、いつでも言葉をふわりとさせれば良いわけでもない。きつく言うのはご法度だが、お客さまが二つのジュエリーをどちらにしようかと決めかねているときには明確に一方を推す。お客さま自身が決めかねているように見えても実は答が出ている場合が多いからだ。けれども、その答に自信がないから他者にはお客さまが決めかねているように見えるのだ。だから、お客様が決めた答を強く推す。他方にブレさせるような発言をしない。

 宝飾品専門店の店員が強く推せば、お客さまは自身の判断が正しかったのだ、と安心できる。それで気持ち良くジュエリーを購入し、気持ち良く身に纏うことができるのだ。

「ああ、やっぱりそうですよね。わたしも、そうだと思っていました」

 そんな言葉を、お客さまが竹田チーフにかけ、気持ちを伝え……。

 が、もちろん、それを行うためには、お客さまの考えている答を店員側が見抜かなければならない。もしも店員側が、お客さまの答を間違えると、お客さまの逡巡が続き、結局は何も買わずに店を出て行ってしまう。

 竹田チーフに連れられ、数人のO店舗員たちと昼食を摂りに出かけた際、わたしは思い切って自分が解釈した竹田チーフの振舞いを本人に話す。

「今わたしが言った内容で合っていますか」

「市原さんは勉強家ね」

「そんなことはないですが……」

「前のチーフから私が教わったことよ。もちろん口ではなくて行動から……」

「そうでしたか」

「でも私は気づくのに半年かかった。逆に言えば、前のチーフに半年間、居心地の悪さを与え続けた。更に気づいてから、それができるようになるまで数ヶ月もかかった」

「えーっ、竹田チーフでも、そんなにかかるんですか」

「それまで、そんなふうに生きてこなかったからでしょうね。でも市原さんは違う」

「そんなことはありません。わたしだって同じです」

 その場に同席した他の三人の店員たちは困ったようにわたしと竹田チーフとの会話を聞いている。そのうち、それぞれの注文品が届き、食べ始める。体力を使う立ち仕事だから、がっつり系としたいが、接客商売なので臭いがきついモノを食べられない。後で歯を磨き、息清涼カプセルを飲むにしてもだ。それで必然的に和食が多くなる。

 わたしは少しでも栄養を摂ろうと、とろろ麦飯を選ぶ。饂飩や蕎麦を選んだものは薬味の葱を加えないで食す。

 因みに、庶務をも兼ねた総務部員だったときのわたしの昼食はお弁当だ。けれども職場が変わり、お昼がお弁当ではさすがに浮くだろう、と暫く外食をする決心をする。だから竹田チーフに質問もできたわけだ。

 四方山話をしながら食事を終え、竹田チーフが一足先に化粧室に向かうと店員の一人がわたしに問う。

「市原さん、早速、竹田チーフに目をかけられた、ご感想は……」

「いや、わたしなんて、そんなことないです」

「ジュエリー・デザインをできる人って他のこともできるのね」

「いえ、本当に、そんなことはありませんから……」

「いいわよ、別に謙遜しなくても。どうせ、わたしたちには売り子しかできないんだから……。ねっ、みんな……」

 転部理由がアレだったので、職場でハブられる予想をしなかったわけではないが、こうまであからさまだと呆れるしかない。が、販売部は実力の世界だ。わたしが売り上げを伸ばさない限り、彼女たちに自分を認めさせることはできないだろう。

「先輩方には、これから大変お世話になります。何卒宜しくご指導、ご鞭撻をお願いいたします」

 だから、わたしは自分より年下の販売部の先輩たちに深く頭を下げ、自分の方が目下であるという立場を言葉と行動で伝える。


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