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5 食

第一章 天の配剤

 城崎充がわたしを連れて行ってくれた店は洋食屋だ。長い歴史があるらしく造りは旧い。が、地元でずっと商売を続けて来た店だけに客が多い。行列はできていないが、店の中は満杯だ。

 前の客が食べ終わり、まだ食器が残っている角の席にわたしと城崎充が座る。その前に、晴れているので店内の引き戸近くに置かれた傘立てに城崎充がギターケースを置く。オーナー店主の妻かもしれない年老いた女店員がすぐにわたしたちの分の水のコップを持ち、やって来る。素早く食器を片づけ始める。

「充ちゃん、オーダーは……」

 ついで女店員が親し気に城崎充に話しかける。ついで、わたしの顔を失礼にならない程度に覗き込み、

「お連れさんも何にしますか」

 とわたしに訊く。女店員がテーブルの端に立てかけてあったメニューを手に取り、わたしに渡す。

「女性を連れて来るの、珍しいね」

 老女店員が城崎充に視線を戻し、問いかける。城崎充が何と答えようかと悩んでいると、

「まあ、お連れさんがいるのも珍しいか」

 老女店員が優しい声で城崎充に話しかける。それで城崎充が笑顔を見せ、

「まあね……」

 と答える。

「おれはオムライス……」

 続けて城崎充が老女店員に言う。一方のわたしは老女店員に手渡されたメニューを見、洋食屋に付き物のアレを発見したので、

「わたしはナポリタンをお願いします」

 本日三度目のイタリア繋がりを注文する。

かしこまりました」

 老女店員が言い、

「今混んでいるから少し時間がかかるかもしれないよ」

 と言葉を添える。

「……だってさ」

 それを受け、わたしを見遣り、城崎充が言うものだから、

「全然構いません」

 わたしが老女店員にそう答える。

 老女店員はわたしたち二人に一礼するとテーブルから去る。厨房に戻る前に老若二人の客から追加オーダーを受ける。

「馴染みの店なのね」

 わたしが城崎充に問い、

「昔バイトをしていた」

 ぶっきらぼうに城崎充が答える。

「あなたは、この辺りの出身なの……」

 わたしが城崎充のプライベートについて訊ねる。城崎充について、もっと突っ込んだことも訊いてみたい、とも思う。が、この店の込みようでは無理だろう。が、いずれ、あの曲の彼女について訊ねてみたい。けれども果たして機会は訪れるだろうか。

「出身じゃないけど、まあ、割と長く……」

「そうなんだ」

「ところで市原さんはナポリタンが好きなの……」

 唐突に城崎充がわたしに訊ねる。それで、わたしが説明する。

「何だか、懐かしくなっちゃって……」

「それは昔、よく食べてたってこと……」

「短大の学食でね。何故か気に入って……」

「ふうん」

「で、城崎さんはオムライスが好きなわけ……」

「この店のは上等……」

「バイトしていたくらいだから自分でも作れるでしょ」

「まあ、一応は……。でもデミグラソースが借りものだから……」

「ああ、この店のオムライスはデミグラソースなんだ」

「頼めば、ケチャップのも出るけどね」

「で、その場合はケチャップが逸品なんでしょ」

「うん、そんな感じ……」

 城崎充からわたしに返る言葉はぎこちない。が、ちゃんと会話が成立している。それでどうでもいいことを聞いたり、聞かれたりするうち、注文の品がわたしたち二人のテーブルに届く。五分まで待たされていないから早い方だろう。

「なるほどデミグラソースだ」

 城崎充の皿を覗き込み、わたしが言う。一方、わたしのナポリタンはごく普通のナポリタンに見える。

「いただきます」

 わたしははっきりと言葉を口にし、城崎充は無言で唱え、それぞれの皿の料理を口に運ぶ。すると、んん、これは……。

 ナポリタンを一口食むと、すごく美味しい。

「ひゃー、感動の味だ」

 店のナポリタンの美味しさを共有したくて、わたしが城崎充に小声で叫ぶ。

「具は玉葱/ピーマン/ハム/椎茸で、味付けはバターとオリーブオイルにケチャップを使っているのはもちろんだけど、ウスターソースと牛乳/砂糖もあるわね」

 わたしが分析すると城崎充が、えっ、と驚く。

「トッピングは粉チーズとパセリで見た目は普通だけど……」

 僅かの間の後、

「何それ、市原さん、魔法の舌……」

 城崎充が言うので、

「お料理研究会を舐めんなよ」

 わたしが答える。

「で、そっちも味見をさせてもらっていい……」

 速攻で、わたしが頼むと、

「ああ、ええ、どうぞ……」

 城崎充がわたしに自分のオムライスの皿を差し出す。中を覗き込むと、さすがに男だ。わたしよりも身長が高いだけのことはある。既に皿の中身が四分の一に減っている。

「では戴きます」

 わたしが城崎充からスプーンを借りる。スプーンの交換が、わたしは気にならない。そういったタイプの人間なのだ。ついでデミグラソースが程好くかかったオムライスを味見する。一口食んで、なるほど……、とわたしが心の中で膝頭を打つ。

「当たり前だけどデミグラソースが本格的……。小麦粉をバターで炒めて一度冷ましたルーに、子牛の肉と骨とミルポワ(註・玉葱/人参/セロリを組み合わせた野菜のこと)をを煮込んだフォン・ド・ヴォーを加え、アクを取りながら約半量まで煮詰め、更にマデラワインで風味をつけてある」

 わたしが言うと、

「市原さん、そこまでわかるわけ。すげーっ」

 城崎充が感心する。だから空かさず、

「料理のプロじゃないんだから、そんなこと、わかるわけないでしょ。一般的なレシピだよ」

 わたしが言い、城崎充に笑みを向ける。


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