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49 賞

第五章 想の汪溢

「えーっ、市原美緒殿、貴殿はユア・タイム・ジュエリー株式会社主催の第一回社内ジュエリー・デザイン・コンテストにおきまして銀賞を受賞されました。それをここに賞し、賞状及び金一封を授与いたします」

 予め、つまり本日授賞式の三日前に結果を知っていたとはいえ、月曜日に行われる本社全体朝礼の席で社長に表彰されれば嬉しさも一入だ。

「なお市原部員からはデザイン部への転部希望が前々から提出されており、そのことも踏まえ、本人の同意があれば、現在在籍している総務部から一時的に販売部へと移動していただき、本社のジュエリー及びアクセサリー等をお客さま目線から見直すという業務にチャレンジしていただきたいと考えております。販売部で一定期間――現時点では未定ですが――、研鑽を積まれ、その後、折を見てデザイン部へと転部していただきます」

 社長の口から次に紡がれた内容も、わたしは先週の金曜日時点で知っている。正確には総務部の村松課長に呼ばれ、大志田おおしだ部長の許へと出向き、そこで転部の意向を問われたのだ。

「市原さんは労安法などの法律にも詳しいし、付き合いのいあるデザイナーさんからの評判も良い有能な務部員だから、こちらとしては手放したくないのだが……」

 わたしの目を見、大志田部長が言う。

「しかし、わたしには市原さんの将来の成功を阻む権利はない」

「はい」

「どうするかね」

「あの、答える前に一つ質問がありますが……」

「言ってみなさい」

「どうしてデザイン部に行く前に販売部に行くことになるのですか」

「わからないかな」

「……」

「実は、わかっているのだろう」

「ええ、薄々は……」

「ウチはシステムが特殊だからね。デザイン部を希望して入社した社員で選ばれた者は最初からデザイン部に入る。他の部を経由して入る例は稀だ」

「はい」

「だが多くの同業他社は違う。デザイン部に相当する部署を持つ多くの会社はジュエリーデザイナー希望の新入社員をまず販売部に送る。何故かといえば、会社の商品としてのジュエリーはデザイナーのモノではないからだ。それはお客さまのモノ。……此処までは良いかね」

「はい」

「ジュエリーを購入するお客さまの中には当然、高級ブランドの商品だからそれを買う、そういったブランド志向のお客さまもいらっしゃる。けれども良く考えて欲しい。優れたデザイナーがデザインしたジュエリーだから素晴らしいのだろうか。お客さまにとって、それが似合わなければ、決して素晴らしいモノではないのではないか、ということをだ。単品としての見た目が如何に素晴らしかろうと、お客さまを輝かせることができなければ、そんなジュエリーに価値はない。ブランド力によって自分たちのジュエリーをお客さまに売りつけるのは会社の傲慢だ。そうは思わないかね」

「思います」

「……とすれば必要なのは、お客さま目線とわかるはずだ。高級感があり、清潔感があり、そして何よりも掛け替えのない一人一人の違った個性を持つお客さまにぴったりと合う幅の広いジュエリー・デザインが必要なんだ」

「はい」

「ウチの会社は創業時に副社長がその役を引き受けた。今でこそ多くの人々に名を知られるようになったが、創業当時、ユア・タイム・ジュエリー社はまったく無名だ。専属のデザイナーも吉田副社長しかいない」

「そうだったんですか」

「そうだよ。だから即急にデザイナーの数を増す方策を採った。その教育には副社長が当たった。余裕があればデザイナー希望の社員を販売部で働かせたかった、とわたしは今でも思っている。だが余裕がない。余裕がないからデザイナーを他社からヘッドハンティングすることもできない。急いで新人を育てるしかなかったのだ」

「だけど副社長は凄く有能なデザイナーだったって話を良く聞きます。副社長だけではダメだったのですか」

「吉田副社長は今でも間違いなく有能だよ。けれども所詮一人だ。多種類のデザインをカバーしきれない。ジュエリー・デザインには伝統的な部分も多いが、多分にIT的なところもあってね。多くの者が時代に取り残されてしまうんだよ。当時どんなに有能なデザイナーであっても……」

「そうなんですか」

「ジュエリーもファッションの一部だから時代が巡ることは確かにある。しかし、ただ巡りはしない。スパイラルとなって常に高みに昇っているのだ。少なくとも、わたしはそう思っている」

「わかりました。わたし、販売部に行きます」

「市原さんは入社以来、販売部の宮野課長から非公式に転部を誘われ続けていただろう。そして断り続けた」

「ご存知でしたか」

「飲み会のとき、宮野課長から聞かされたからね」

「済みません」

「わが社の総務部員として有能な市原さんに欠点があるとすれば、そこだな」

「欠点ですか」

「宮野課長の誘いに乗り、販売部に転部届を出さなかったことだ」

「もしも、わたしが販売部に転部届を出していたら……」

「様子を見て、わたしが市原さんをデザイン部に推したはずだ」

「そんな……」

「残酷な言い方かもしれんが、市原さんは自分で自分の首を絞めていたんだ。まあ、誰も教えてくれなかったことだし、市原さんに気づけなくても仕方なかったともいえるが……」

「わたしが自分で自分の首を……。それで、いつまでもデザイン部に転部できなかったと……」

「市原さんは、きみにアドバイスをしなかった、わたしを責めるか」

「そんな……ことはできません。わたし自身が悪かった、と今胸に落ちました」

「そうか」

「はい」

「それならば、わたしは喜んできみを販売部に送り出そう」

「ありがとうございます」

「市原さん、きみは夢の端緒を摑んだんだ。決してその手を放すんじゃないぞ」


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