46 紅
第四章 刻の交錯
城崎充が丁寧にプレゼント化粧箱の包装紙を開ける。一方のわたしはビリビリと包装紙を破っている。日本ではプレゼントの中身を早く知りたい子供っぽい行為と見られがちだが、欧米では普通のことらしい。
「なるほどリップスティックか。しかも可愛らしいピンク色……」
城崎充のプレゼントは有名化粧品メーカーの口紅だ。
最近のヒット商品ではないが、数年前に流行ったモノだと思う。買う気になればドラックストアで簡単に買える。が、城崎充が口紅を買い、店員に差し出す仕種が、わたしには想像できない。出会いの最初にわたしが見たような無表情のまま、城崎充はピンク色の口紅を店員に差し出したのか。それとも最近よく見せる明るい笑顔を見せ、差し出したのか。
そのときの城崎充の態度も、わたしには想像できない。堂々としていたのか。それとも恥ずかしがっていたのか。わたしの想像の翼が思わず羽ばたいてしまう。城崎充と一緒に口紅を買いに行き、それを店員に差し出すときの彼の表情を観察したいと願ってしまう。
「ああ、マフラーだ」
一方、わたしから城崎充へのプレゼントとなった約二千円の品はマフラーだ。正確にはメンズ・ストール。モノクロのアーガイル・ストライプだ。
正直に言えば、わたしは城崎充が彼の細い首にストールを巻くところを想像しながら商品を選ぶ。もっとも、わたしは自分の買ったプレゼントが城崎充に当たるとは考えていない。meatに集まるメンバーにメンズが多いと踏んだから選んだまでだ。
「巻いても良いですか」
アーガイル・ストライプのストールを手にしたまま、城崎充がわたしに言う。
「もちろんいいわよ。そのためのプレゼントじゃない」
わたしが言うと、どこか申しわけなさそうな顔をし、城崎充がストールを首に巻く。
「こんな感じですか」
ストールを一周まわし、慣れた手つきでくるりと中に通し、締める。
「うん、いい感じ……」
本当に好い感じだったので、わたしが言うと、
「そうですか」
城崎充が少し照れる。
「ここで嘘を言っても始まらないから……」
「でも、さすがに暑いです」
「そりゃ、お店の中だから……」
そう言い、わたしが城崎充に暫し見とれる。佐々木零が近くにいたら、何いい感じになってんのよ、と舌打ちされそうだ。それで、わたしは、
「まあ、選ぶ時間がなかったから割と適当に買ったんだけどね」
と言ったのだろうか。
「ああ、それ、おれも同じです」
城崎充が少し恥ずかしそうに口にし、わたしの手の中にある口紅を見つめる。その視線に気づいたので、
「しかし、よくリップスティックなんて買えたわね。まあ、わたしも人のことは言えないけど……。交換会のプレゼントって、コップとかの小物とか、入浴剤とか、お菓子なんかが無難なのに……」
ストールを買ったのは数時間前だが、最初、わたしはチョコレートでも買おうかとアパートを出る。その気が変わったのは城崎充の顔がわたしの目の裡に浮かんだからだ。が、それでもプレゼントにチョコレートを買う選択肢は残っていたはずだ。けれども何故か、わたしは城崎充に似合いそうなストールを交換会のプレゼントに選んでしまう。
「本当、何故でしょう」
城崎充が首を傾げる。
「最初は何も考えずに、困ったな、っていう感じで、いくつもの店のウィンドウを見てまわったんです。そしたら急に、あの口紅の色が目に留まって……」
「充くん、買うの恥ずかしくなかった」
「恥ずかしく思う前にレジに差し出していました」
「ふうん」
「恥ずかしくなってきたのは、その後ですよ」
「なるほど」
「それでレジから目線を逸らすと、そこに林玲奈さんがいたから汗が出て来て……」
「同じ街に住んでいたら会うこともあるわね。彼女にも買ってあげれば良かったのに……」
「だって理由が……」
「いつもコンサートに来てくれて、ありがとう、でいいじゃない」
「だけど特別扱いするわけには……」
「わたしは特別扱いされているわよ」
「それは……」
「ああ、イジメてごめん。今のは八つ当たり。ところで彼女、今夜は来ないの……」
「マスターは誘ったみたいですが、別の用事があったんでしょう。クリスマスだし……」
「ご家族と祝っているのかな」
「さあ、おれには何とも……」
「だけど、連城マスターが誘ったってことは、彼女、未成年じゃないのか」
「今年二十歳になったそうです」
「わたしには高校生にしか見えなかったけどね」
「化粧っ気がないからじゃないですか」
「それを言ったら、わたしもそうなんだけど……」




