44 慮
第四章 刻の交錯
「いったい、どういう意味……」
城崎充の言葉に惑い、わたしが問う。
「社会規範にではなく、ご自分のお持ちに正直だという意味です」
彼らしい真剣さで城崎充がわたしに答える。
「モノは言いようか」
「美緒さん、自分で自分を茶化さないでください」
そう言い、わたしを見つめた城崎充の目は真剣そのものだ。その目の色に、わたしが少し気圧される。聡を見つめる自分の目を想像してしまう。一途に恋するという意味では、わたしと城崎充の立場は同じだ。違うといえば、わたしにはわたしに対する聡の立場があることか。
「そうね、悪かったわ」
「いえ、謝っていただかなくても……」
「ねえ、お酒が切れたわ。充くんのを貰えるかな」
「それは構いませんけど、せっかくマスターのカクテルがあるのに……」
「そんなことを言うとカウンター席に戻っちゃうから……。そもそも充くんのところに来たのだってマスターの頼みだし……」
「いい人ですよね」
「だけど人生が波乱万丈……」
「それでも、ずっといい人で……」
「いや、それはありえないから……。必ず、何処かで誰かを傷つけてしまうのが人生だから……」
「深いですね」
「充くんが浅いのよ」
「そうかもしれません」
「反論しないんだ」
「話は戻りますけど、相手が気づかなければ良いんでしょう」
「そんなに上手く行くはずがないわ」
「だけど、必ずしもそうとは限らない」
「まあ、連城マスターなら可能かもね」
「でしょ」
「一杯、貰うわよ」
言いつつ、城崎充の麦焼酎を、わたしが手酌でワイングラスに注ぐ。
「割らないんですか」
「最初はXYZとのミニ・コラボ……」
呑めば、舌に甘さがザラつく。奇妙な味だ。しかも当然のことだが甘さが薄い。
「これが案外、恋の味だったりして……」
「美緒さん、言ってる意味がわかりませんよ」
「知ってる。わたしにもわからないから……」
わたしは酒に酔い始めたのかもしれない。それとも、わたしが酔っているのは酒ではなく城崎充なのだろうか。心に思うと聡の顔が目の裡に浮かぶ。わたしは聡に対し、不倫をしている。たとえ身体の関係がなかろうとも……。それと同時に城崎充もユイさんに対し不倫をしている。そう解釈すれば、世の中、不倫だらけではないか。
「あたしも仲間に入れて……」
わたしがそんなことを考えていると佐々木零がテーブルに現れる。零はわたしの側ではなく、城崎充の隣に腰を下ろす。手に持っているのはコリンズグラスだ。
「二人とも陰気臭い顔をしてる」
わたしと城崎充を交互に見つめ、零が指摘。
「恋人モドキとも思えない」
「恋人モドキって……」
わたしが言い、
「だって、そうじゃない」
零が答える。
「どっちも相手に遠慮をしてるのよ」
「零は遠慮なしだからね」
「いや、そんなことないだろ。あたしは礼儀を弁えている」
「はいはい。そうだったわね」
わたしと零との漫才のような遣り取りを城崎充が目で追い、
「美緒さんと零さんって仲が良いですよね」
唐突に口を開くと、そんなことを言う。
「同じ男を恋さなかったからじゃないかな」
咄嗟に零が答え、
「零と張ったって敵うわけないじゃん」
わたしがそっと付け加える。
「世の中には美緒が好きなモノ好きもいるから……」
「そんなことを言うイイ女がクリスマスに友人とショットバーにいるなんて……」
「だけど今までに出会ったこともない人と話ができるのは面白い」
「まあ、それはあるかも……」
「連城マスターの昔の音楽友だちの一人が今では手作りの銅鍋職人やってるのよ」
「ああ、それで話し込んでたんだ」
「銅鍋っていいわよね。銅のビールグラスも良いけど……」
「でもドイツじゃビールは冷やして呑まないでしょ」
「エールは冷やさないからね。エールの香りは低温よりも常温付近の方が引き立つから……」
「日本はラガーで、しかもピルスナー・スタイルだからキレ/苦味/炭酸の爽快感は冷して活きるんだよね」
「あとアジアは高温多湿でビールに限らず冷たいものを飲みたくなる」
「ヨーロッパはアジアよりずっと冷涼な気候だからホットカクテルの種類が多い」
わたしと零が城崎充の存在を無視するかのように、そんな蘊蓄を傾けている。すると、
「はい。じゃ、そろそろプレゼントの交換会を行いますから……」
連城マスターがmeatのクリスマス客たちにアナウンスする。ついでmeatの照明が明るくなる。




