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43 囁

第四章 刻の交錯

「どんなデザインをされたんですか」

 城崎充がわたしに訊ね、

「愛人かな」

 わたしが城崎充に答える。

「意味がわかりません」

「わたしも最初にその言葉が自分の口から出たときには意味がわからなかったわ」

「……」

「仲の良い会社の同僚に充くんと同じ質問をされたの」

「それで」

「考える間もなく『愛人』のイメージって答えてた」

「なんか危ないですね」

「うん、わたしも咄嗟に危ないって思ったから、英語のラヴァーのつもりで意味は恋人用……って言い直して」

「それって美緒さん自身ってことですか」

「無意識的にはそうなのかもしれない」

「……ということは最初のデザインイメージにはなかったわけですね」

「意識的にはね」

「だけど無意識では自分にエールを送っていた」

「だって他に誰一人、わたしにエールを送ってくれないじゃない」

「おれが送りますよ」

「無理しなくていいから……」

「美緒さんのためなら無理じゃありません」

「それが無理ってこと」

「……」

「悪いけど諦めて……」

「でも……」

「今のわたしに言えるのはそれだけ……」

「おれが何も話さないからですね」

「話にはタイミングってものがあるから、それは関係ない」

「……」

「わたし、充くんの恋人にはなれないけど、今のところまだ友人ではあるから充くんのタイミングで話したくなったら、いつでも聞くよ」

「優しいんですね」

「独りで抱えていないで、辛いのなら誰かに話せばいい」

「それはそうですけど……」

「わたしは他言をしない。充くんの許しがなければ零にだって……」

「美緒さんが信頼できる人間だってことは知ってます」

「まあ、自分のことを信用してくれるヒト限定かもしれないけどね」

「それは誰でもそうなんじゃないですか」

「無償の愛はない」

「断言はしませんが……」

「……ってさ、わたし甘言を弄して、案外、充くんをキープしてるだけかも……」

「それならそれで、いいんじゃありませんか」

「どうして……」

「美緒さんがおれのことを少しでも好きでいてくれる証拠だから……」

 城崎充に何気なくそう言われ、わたしの脳天がガツンと鳴る。

「一本取られた」

「でしょ」

「充くんと二年前に出会っていれば、今は恋人同士だったかもしれないわね」

「……」

「だけど仮定の話は所詮仮定の話……」

「でも、おれは美緒さんと出会えました。手遅れな時期だったかもしれませんけど……」

「そうね」

「だけど出会えました」

「天の配剤……」

「あるいは……」

「わたしはそうは思わないな。充くんが誰かと出会うのを強く求めていたのよ。偶々、それがわたしで申し訳なかったけど……」

「そんなことは……」

「だってさ、考えてもみなさいよ。九歳年上ってことは、わたしが小学三年生のとき、充くんは零歳なのよ」

「三十歳なら二十一歳ですから、大したことじゃありません」

「女が老けるのは早いのよ」

「おれが老けさせません」

「どうやって……」

「毎日、褒めます」

「じゃ、やってみて……」

「美緒さん、すごくきれいです」

「あっ、歯が浮いた」

「慣れてませんから……」

「でも人によっちゃ、そういうのって、いつまでも慣れないものなのよ」

「美緒さんは素敵です」

「どこが……」

「何処がって……」

「何だ、自分じゃ、わからないのか」

「済みません。でも心かもしれません」

「見たこともないくせに……」

「でも、おれには見えます」

 城崎充が主張するので、わたしは立ち上がり、小さなテーブル越しに彼の耳許に口を寄せ、

「大声では言えないけど不倫している女なんだよ」

 と囁いてみる。すると城崎充が今度は逆にわたしの耳許に、

「それだって心の綺麗さの表れです」

 と囁く。


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