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42 愉

第四章 刻の交錯

 ショット・バー、meatへの移動中、佐々木零と会うかと期待したが、叶わず、わたしはmeatのドアの前まで来てしまう。逡巡するが、ここまで来て、それもないだろうと笑顔を作る。少し重いドアを開けると中に人が集まっている気配が伝わる。よし、今夜は愉しもう、とわたしが気合を入れ、meatのドアをぐいと開ける。喧騒も人熱れもないが店の温度が高い。

「美緒さん、いらっしゃい」

 連城マスターより先にわたしに声をかけたのは城崎充だ。無理をしたような笑顔を浮かべている。

「この前は済みません」

「謝ることじゃないわ」

「でも……」

「わたしはここに愉しみに来たの。だから、充くんも愉しんでくれると嬉しい」

 すると城崎充は深い溜息を吐き、

「優しいんですね」

「優しさは恐さだから信用しないこと」

「意味がわかりません」

「一生、わからない方が幸せよ」

 城崎充にそれだけを言い置き、連城マスターのいるカウンターに向かう。

「また来ちゃいました」

「美緒さんなら大歓迎だよ」

「マスター、零は……」

「あっちで、おれの昔からの知り合いと呑んでる」

 そう言い、連城マスターが中央の大きなテーブル席に目を向ける。前のミニ・コンサートのときにいた中年男の一人と零が熱心に話し込んでいる。そんな姿がわたしの目に映る。

「マスター、アタックするんじゃなかったんですか」

「まさか、冗談だよ」

「わたしには冗談には聞こえなかったですけど」

「人生色々だからね」

「慎重派なんですね」

「そこはね。で、美緒さん、今日は何から……」

「いきなりXYZから行こうかな」

 クリスマス・パーティーといっても特に趣向はないようだ。もっとも事前に二千円くらいのプレゼントを買い、持ってくるように言われている。つまり何処かでプレゼント交換会が催されるわけだ。それ以外は、照明がいつもより明るいくらいで普段のmeatと変わりない。

 わたしが来たことに気づいても零がテーブルから離れないので、わたしもカウンターに腰を落ち着ける。

「マスターに報告します。夢に一歩近づきました」

「本当。それは良かった」

「零から聞いていませんか」

「じゃ、さっきはワザと言わなかったんだな。思わせ振りな感じはあったよ。良い友だちを持ったね」

「いつも頼ってばかりで、わたしが申し訳ない」

「友だちはそんなことを気にしないから……」

「わたしが自分で気づけなくても零のことを助けてあげられるなら嬉しいと思います」

「そうだな。で、さっきのはジュエリー・デザインのことかな」

「はい。会社でコンテストがあって一次を通りました」

「そりゃ素晴らしい。一杯、奢ろう」

「お店の経営は大切ですよ」

「確かに、堤防も蟻の一穴、ならば、ショットバーもカクテル一杯、だろうな」

「……でしょ」

「でも、奢る」

「なら、いただきます」

「……ということで、はい、XYZ。お待ちどうさま」

「連城マスターのXYZだったら、絶対美味しそう」

 そう言い、わたしがグラスに口をつける。柑橘系の酸味と甘み、それを乱さない僅かな苦みが絶妙だ。

「美味しい」

「それは良かった。ところで美緒さん、充と何かあった」

「あった、ってほどのことは……」

「詳しいことには立ち入らないけど、少しは構ってあげてくれないかな」

「連城マスターが言うなら、そうしましょう」

 ついで、わたしがXYZが入ったカクテルグラスを持ち、城崎充が独り麦焼酎を呑む小テーブルに向かう。

「お邪魔するわね」

 城崎充の向かい席に座る。

「乾杯しましょう」

 そう言い、わたしがカクテルグラスを持ち上げる。すると城崎充が慌てて自分のロックグラスを持ち上げ、わたしのカクテルグラスに軽く合わせる。

 カチン……

「今日はクリスマスなんだよね」

「神様が生まれた日ですね」

「キリスト教の三位一体は常識的思考じゃ、ちっとも理解できないけどさ」

「ユングはそれに無意識であるところの悪魔を加え、四身一体説を提唱しました」

「ふうん。面白いことを知っているのね」

「前に本で読んで……」

「さっき連城マスターにも報告したけど、わたしの夢が一つ叶ったわ」

 わたしがそう言うと城崎充の目が嬉しそうに耀く。

「おめでとうございます。ジュエリー・デザインですよね」

「そう。社内のコンテストで一次審査を通ったのよ。でも、まだこれから……」


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