39 守
第四章 刻の交錯
女の子なら誰でも一度は作る……とまでは言わないが、わたしも子供のときにビーズの指輪を作っている。ビーズとビーズ針とビーズ糸を用いる極一般的な指輪で四段重ねだ。たぶん小学校でクラスメイトの誰かがしてきたのを見、自分でも作りたくなったのだろう。ビーズの編み込みにテグスではなくビーズ針とビーズ糸を使ったのは母に習ったからだ。母も子供のときにビーズの指輪を作っている。その作り方を思い出したのか、あるいは誰かに教わったのか、わたしが強請った次の日にはもう教える準備が整っている。
ビーズの指輪の作り方など、今ではすっかり忘れてしまったが、当時真剣に作ったことだけは覚えている。わたしが粗忽なのは昔からなので何度も針を指に刺す。単純に一段ズレて積み上がるタイプと小さな輪っかが順繰りに繋がってできるタイプの二タイプを作ったはずだ。計四点か五点のはずだが、そんな指輪の数も忘却の彼方だ。
最後に作った輪っか順繰りタイプの指輪を、わたしは母にプレゼントする。最初に作った指輪に比べれば、出来は雲泥の差だ。が、そうはいっても子供の作。きっと歪だったに違いない。けれども母は喜んで、わたしの手作り指輪を受け取ってくれる。糸が切れ、指輪が毀れるまでの暫くの間、いつでも母は指輪をつけていてくれたのだ。一月以上、持ったと思う。母が毎日指に付けず、わたしが作った折り紙の箱に仕舞っていたら、恐らく何年も持ったと思う。
が、糸が切れれば、それまでだ。指輪が元のビーズに戻る。あのとき、わたしに根性があれば、もう一度指輪を母に贈ったかもしれない。けれども子供は移り気だ。母の嘆息を他所に、わたしはもう別のことに熱中している。やがて指輪のことを忘れてしまう。母も指輪のことを話さない。
そんなビーズの指輪のことを思い出したのは、母が入院したときだ。ありふれた虫垂炎だが普段が健康な人なだけに手術を恐れる。わたしが見舞いに行ったときには弱音を吐く。それまで、わたしが知らなかった母の一面かもしれない。
「お守りか何かがあれば安心なんだけど……」
可哀想なくらい気弱な母が病院のベッドにいる。
「お守りならもらって来るから……。何処のが良い」。
「何処のって、わかんないわよ」
「近くの神社ので良いなら、今度もらってくるから」
「そうねえ」
「元気を出しなさいよ。お母さんらしくもない」
「だって怖いもんは怖いし……」
「そりゃそうだろうけど、すぐに終わるわよ」
「終われば終わったで暫く痛いでしょ」
「それは仕方がないじゃん」
「アンタは自分が手術されるんじゃないから簡単に言えるのよ」
「それもそうだけど、お母さん、ビビり過ぎ……」
「だって怖いんだもん」
「初めての手術だからわかるけど、怖がっても仕方がないでしょ」
「アンタは冷たい子だね。一緒に怖がってくれればいいのに……」
「お母さん、子供みたい」
「怖いと子供に戻るのよ」
「何それ。まあ、わからなくはないけど……」
「アンタも一緒に盲腸に罹れば良かったのに……」
「まさか、並んで手術とか」
「それなら、お母さん、怖くない」
「お母さん、マジで大丈夫……」
「大丈夫じゃない。怖い……」
「困ったな」
「ああ、あれがあったら良かったのに……」
「あれ、って……」
「美緒が子供のときにお母さんに作ってくれた指輪……」
「ああ、ビーズの……」
「そう」
「毀れちゃったんだっけ」
「薄情ね。忘れたの……」
「いや、覚えてるよ。また作ろうか」
「でもさ、手術のときには外されちゃうでしょ」
「お母さんが要らないなら、わたしは作らないわよ」
「美緒には家のことを任せているから指輪はいらない」
「本当に……」
「うん。ところで今日の晩御飯は……」
「お父さんが鰤の煮つけを食べたいって言うから、それを作る」
「塩味を控えてよ」
「出汁を上手く使うから……」
「アンタ、料理は上手いからね」
「お母さんの方が全然上手いでしょ。じゃ、晩御飯の用意もあるから、わたし、帰るから……」
「美緒、お見舞い有難うね」