表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/61

38 希

第四章 刻の交錯

 日々の流れは速く、あっという間にジュエリー・デザインの締め切り日だ。十一月末日。紙でもメールにファイル添付でも応募できる。何方も宛先は総務部長だ。が、実際に応募作を整理し、選考委員に渡すのはわたしの仕事。

 えっ、と応募作の整理を村松課長に命じられたとき、わたしが驚く。が、確かに庶務をも兼ねた総務部員の仕事だから、わたしにまわって来ても不思議はない。

「じゃ、頼んだから……」

「これって、わたしが応募しちゃいないってこと……じゃないですよね」

「おっ、やっぱり市原さんは応募するのか」

「チャンスですから……」

「選ばれたら、もう総務部員じゃなくなるな」

「そういうことになっているんですか」

「だけど行くのはデザイン部じゃないよ」

「えっ、どういうことです」

「まあ、最終的にはデザイン部に行くことになるけどね。ぼくの口から言えるのはここまで……」

 謎めいた言葉を残し、村松課長がわたしの許を去ろうとする。

 ……と思ったが、何故か、もう一言をわたしに言う。

「社員の誰が応募したのかを最初に知るのは市原さんだね。それに応募作を最初に見るのも市原さんだ」

「内容が間違っていないかどうかを誰かがチェックしなければ審査委員に渡せませんから……」

「その通りだけど、結構辛い作業かもね」

 その言葉にキョトンとした顔を見せたわたしには気づかず、今度は本当に村松課長がわたしの許を去る。わたしは狐に抓まれたままだ。まさか、他人の応募作を見、わたしが絶望するとでも思ったのだろうか。無論、自分のものより優れたジュエリー・デザインを目の当たりにすれば、わたしはがっかりするだろう。が、わたしは諦めないことに決めたのだ。がっかり、こそ、寧ろ先に進むステップではないか。今回ダメでも次回には必ず審査を通ってみせよう、と頑張る原動力となるのだ。

「美緒、張り切っているね」

 久しぶりのデートで、わたしが村松課長の話をすると聡が言う。

「ところで美緒が応募したジュエリー・デザイン、ぼくには見せてくれないのかい」

「入賞したときに見てくださいよ」

「そうか、じゃ、愉しみにしてるよ」

「うん。わたしも愉しみです」

 その日の昼休み、既に完成させた自分のジュエリー・デザインを、わたしは自分のPCから総務部長宛に送付している。翌日には応募作のすべてがわたしの許に集まるから、少しヘンな気分だ。その日の定時までに、わたしは封書に入れられた紙の応募作も受け取っている。本社勤務の人間は直接総務部まで行き、応募用のポストに入れる。各支店の社員は郵送か、社内用の通箱かよいばこで送る。

 わたしが吃驚したのは応募総数が三十もなかったことだ。ひょっとして、わたしは全社員か、そこまでいかなくても七割以上の社員が応募するのでないか、と考えていたのだ。

 支店を含め、UTJ社には現在、約三百名の社員がいる。だから三十名では全社員の十分の一しか応募していない勘定になる。が、総務、経理、それにデザイン部の人員を除けば、あとは営業と取締役関連だ。デザイン部の人間が全員応募したとすれば、それ以外の部の人間は十名ほど。わたしには少なく思えるが、実際には、そんなものかもしれない。

「ああ、ぼくも出してないからな」

 わたしが応募総数の話をすると聡が言う。

「営業の人間で応募したのは、あっても少ないだろう」

「でも、それじゃ、悲しい」

「それは美緒がジュエリー・デザインを愛しているからだよ」

「そうかもしれないけど、ジュエリーを扱っている会社なのに……」

「自分でデザインしたものを売ることができれば、そりゃあ、無上の喜びかもしれない。だけど、はっきり言えば、ぼくはそんなことを一度も考えたことがない。誰かが考えた素晴らしいデザインのジュエリーをお客さまに届けたいだけさ」

「営業部の人間としては、それでいいんでしょうけど」

「美緒は敵の絶対数が減ったと思えばいい」

「その分、少数精鋭ですよ」

「美緒は自信がないの」

「わたしは自分に自信があるのかないのか、さっぱりわかりません」

「それならば、ある、と強く思えばいい」

「完成させたときには、もちろんそう思ったけど……」

「今は違うの……」

「遣り切った感はあるんですけど、自信とはまた違っているようで……」

「まあ、初めてのことだから……」

「そうですよね。いくつかのジュエリー・デザイン・コンテストがあるのに、わたしが応募したのは専門学校にいたときだけ……。社会人としては初めてだから……」

「良い結果が出るといいね」

「少なくとも一次選考の五作には残りたいです」

「そんなことを言わないで優勝しよう」

「もちろん、それが一番ですけど……」

 聡には言うが、わたしにはやはり遣り切った感しかない。けれどももし本当にわたしが優勝したら、ついで、そのデザインが商品になったら、わたしはそれを母に送りたい。わたしがまだ本当に子供だった頃、母にあげ、毀れてしまった、あの玩具の指輪の代わりに……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ