37 望
第四章 刻の交錯
「どう、ジュエリーのデザインは進んでる」
会社で仲の良い同課の山木美千代がわたしに訊く。
「まあまあかな」
「せっかくなんだから頑張らないと……」
「もちろん、そうするわよ」
「でもさ。何かができる人っていいよね」
「山木さんはPCソフトの天才じゃない」
「出身が理系だったら珍しくもない」
「そうかな」
「大学で使って慣れただけ……」
「卒論は確か、青色LEDの研究だっけ……」
「わたしが作ったのは寿命が十分だったよ」
「えっ、そんなものなの……」
「部分部分を上手く接合できないと構造が崩れて、すぐに光らなくなるんだ」
「難しいんだね」
「うん。だから工業的に安定供給できるようにしたのは凄いと思う」
山木美千代がユア・タイム・ジュエリー(UTJ)社に入った理由の一つは就職活動で心が折れたからだ。出向く会社の先々で振られ続ければ、社会的に自分が要らない人間だと思わざる得ない。そんなどん底の気持ちのときに出遭ったのがUTJ社らしい。何よりも宝石やアクセサリーという夢を売る社業に憧れたと語る。
「でも、わたしは宝石のことには詳しくないし、自分を売り込むとしたらPCソフトくらいしかないから……」
と山木美千代は言うが、
「ちゃんと売り込みに成功したんだから立派なモノじゃない」
本心から、わたしはそう思っている。
山木美千代は他に半導体工場などにも受かったようだが、そちらの方の内定は辞退したようだ。
「結局自分の遣りたいことが何なのかわからなくて……」
「短大のときは、わたしもそうだったよ」
「だけどジュエリー・デザインに目覚めて……」
「子供の時のことを思い出しただけだけどね」
「いや、実行できるのが凄いよ」
「専門学校ではPCを良くクラッシュさせてさ」
「理系のPC詳しいのがソースを書き換え間違えて面倒な事態になるのと比べれば可愛いモノじゃない」
「山木さん、ウチでは重宝されてるよね」
「PC関連だけだけどね」
「経理のソフトも作ったんでしょ」
「いや、わたしが作ったのは単なるマクロ……。もっとも経理システムの立ち合いのときにはメンバーだったけど」
「社長が山木さんをメンバーに選んだんだよね」
「それを言ったら、わたしを採用してくれたのは社長だから……」
「いや、それを言ったら、一応社員全員がそうだから……。CADを入れ換えるときもメンバーだったよね」
「でもあれ、決断するのが遅かったと思う。新型選考メンバーに決まって前のCADを少し弄らせてもらったら、すぐにフリーズしたから……」
「動かなくなったの……」
「CPUの処理速度とメモリがもう一杯で、ジュエリー・デザインを少しでも複雑にすると忽ちフリーズする状態になってたわけ」
「効率悪そう」
「実際、効率が悪かったらしいよ。システムを入れ換えてからサクサクできるようになったって、デザイン部の飯室さんとかが言ってたから……」
「社長がケチじゃなかったら、もっと早く変えられたのにね」
「そこが経営者の辛い所なんじゃないかな。わたしには良くわからないけどさ」
「もちろん、わたしにも経営者のことはわからないよ。だけどさ、山木さん、実際にCADを使ってみて、自分でデザインをしてみようとは思わなかったの……」
「実は、そう考えたことはある」
「やっぱり……」
「でも止めた」
「どうして……」
「そりゃ、デザインの才能がないからに決まってる」
「わたしには、そうは思えないけど……」
「いや、全然違うから……。マネならできるよ。自分が好きなタイプを組み合わせることもできる」
「それって、もうデザインじゃ……」
「デザインって言えばデザインだけど何の創造性もない」
「……」
「自分のPCにそれっぽいCADソフトを入れてすぐの頃、これでいいじゃない、と思ったことはあるけど、デザイン部の人間のデザインとは格が違うと気づいたんだ。わたしの作ったモノじゃ、お客さまが喜ばない……」
「いや、そこまで酷くないでしょ。だって山木さんが自分で気に入ったデザインなんだから……」
「だから素人の真似事ってことなんだよね。それがわかったから転部届は出さなかった」
「……」
「わたしはジュエリー・デザインとは別の所で会社を愉しもうと思った。わたしに出来ることを生かして……」
「山木さん……」
「市原さんにジュエリー・デザインのスケッチブックを見せて貰ったあのとき、わたし、ハッとしたのよ。この人には才能があるって本気で思った」
「そう言われれば嬉しいけど、まだ庶務をも兼ねた総務部員だよ」
「チャンスはあるから……」
「もちろん、それは知ってる」
「わたしさ、市原さんがデザイン部に行って割と自由に作品を任せられるようになったら、市原さんと組みたいって考えているんだ」
「組む、って、どういうこと」
「今はまだナイショだけど、わたしにも貢献できるジュエリーやアクセサリーがあると思ってね」




