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36 凛

第三章 縁の胸懐

「充は、これからどうすんだ」

 連城マスターが城崎充に問う。

「午後はバイトです」

 腕時計を見ながら城崎充が答える。わたしも釣られて腕時計を見りと正午近い。

「充くん、バイトって何をしてるの……」

 わたしが城崎充に問うと、

「ガソリンスタンド……」

 城崎充が簡潔に答える。

「本当はコイツ、バイトなんかしなくても喰っていけるんですよ」

 連城マスターがわたしに教え、

「なあ、充……」

 と城崎充に声をかける。

「遠い親戚が亡くなって纏まった金を貰ったから……。でも使わない」

「最後の手段ですよ、それを使うのは……。おれだって、いつ怪我や病気をするかわからないし……」

「ふうん。しっかりしてるのね」

「更に歌の才能まである」

「それが本当なら嬉しいですが……」

「あるんじゃない、本当に……。まあ、わたしは音楽に関してはド素人だけど……」

「俺もあると思うよ。まあ、おれは音楽に関してはド素人じゃないけど……」

「マスターのは褒めて伸ばそうっていう作戦でしょ」

「そりゃ、何かの間違いで充が有名になったら俺が育ての親だからな」

「それだと全然褒めてませんよ、マスター」

「いや、これくらいがちょうどいい」

 連城マスターが城崎充に笑いかける。

「さてと、どこかで飯を喰って帰りたいところだけが、ムダ金は使えない。俺は家に帰って昼飯を食うよ。お二人さんはご自由に……」

 連城マスターがわたしと城崎充に言い置き、その場から去る。

「では、また今度……」

 無理に引き留めるのも何なので、わたしが連城マスターに別れの挨拶をする。

「来月もまたミニ・コンサートをしましょう」

 城崎充も連城マスターに呼びかける。すると連城マスターは後姿のまま右手を挙げ、城崎充の呼びかけに応える。

「行っちゃわね。充くん、お昼は……」

「良ければ美緒さんに付き合いますよ」

「だって二百円しかないんでしょ」

「いえ、バイトで稼いだ分があるから……」

「ああ、そうか」

「それに、おれはショットバーを経営してるわけでもないから、外食くらいしますよ」

「でもワンコインだけど……」

「旨かったでしょ」

「それはね。でも店名がマイ・ディナーだから、お昼はないか」

「それが、あるんですよ。同じワンコインで……」

「じゃ、あそこにしようか」

「美緒さんがそれで良いなら、おれは構いません」

 城崎充がわたしに言い、ギターケースを持ち、歩き始める。わたしも城崎充と一緒に歩き始める。が、何故か気持ちがしっくりこない。零の言葉ではないが、若いツバメを連れた有閑マダムの気分なのだ。あるいはマダムでなくても、かなり年上の城崎充には似合わない女の気分。わたしには、それが気恥ずかしい。

 言葉では何も言わないが、城崎充がわたしを慕っているのは間違いない。わたしは自分が城崎充の精神の支えになることを厭わないが恋人にまでなる気はない。わたしが心から愛しているのは残念ながら城崎充ではないからだ。

 わたしが単にラブ・アフェアを愉しむ類の女なら年下の男と平気で浮気をするかもしれない。が、仮にわたしが城崎充を愛するとすれば、そのときは本気で愛するだろう。決して浮気なんかではなく。

 だから、わたしは城崎充に訊いてみたくなったのだろうか。

「ねえ、充くん。ミニ・コンサートの間、充くんのことをずっとに見つめていた女の子がいたでしょう」

「さあ」

「うそ。絶対気づいていたはずだから……」

「林加奈さんのことですか」

「そう、そのカナさん。連城マスターから名前だけは聞いたから……」

「半年前に、この公園で歌い始めて以来、聴きに来てくれます」

「充くんのファンってことね」

「ありがたい存在ではありますが……」

「充くん、ファンとの交流会は……」

「そんなものはありませんよ」

「正々堂々と城崎充のファン第一号にしちゃえばいいのに……」

「あっ、それはもう言われてます」

「なんだ。案外ちゃっかりしてるんだ」

「でも、ただのファンですよ」

「いや、彼女の目は恋する女の目だったから……」

「しかし、たとえそうでも、おれには応えられません」

「まあ、充くんの心の中に誰かが住んでいるんじゃね」

 すると、わたしの言葉に動揺を受けたように城崎充がわたしを見、ついで、わたしに告げる。

「美緒さんの居場所が増えました」

「えっ」

「絶対忘れないと、あのとき誓ったはずなのに、結衣ゆいのことが少しづつ薄くなってしまって……」

 ダメ、その先は言わないで、とわたしが咄嗟に心で叫ぶ。が、現実とは残酷だ。

「その代わりに美緒さんのことが、おれの中で段々と増えていって……」

「無理よ、わたしには恋人がいるから……」

 晩秋とはいえ、昼の日差しの中にいるのに、わたしには辺りがまるで真夜中に思える。

「だけど苦しい恋なんでしょ」

「たとえ苦しくても、わたしが自分で選んだ恋だから……」

「美緒さん、やっぱり、おれ、一緒に飯は……」

「うん。わたしもそう思う。じゃあね」

 きっぱりとわたしが言い、くるりと城崎充と逆方向を向く。けれども数歩を歩んでから、もう一度くるりと半回転し、

「充くん、バイトを頑張って……。それから怪我にも病気にもならないで……」

 できるだけ凛として聞こえるように、わたしが城崎充に声を投げかける。


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