35 肉
第三章 縁の胸懐
のぞくまどがらすにうつる
りんかくうすいぼくのかお
たのしげににこにことして
きみのことをおもいだして
きみのえがおぼくのたから
きみのしぐさぼくをいやす
だけどぼくのほうはきみに
なにをあげられるのだろう
きみがすき かぜのひも
きみがすき あめのひも
きみがすき きついひも
きみがすき らくなひも
おもいでいつもきらきら
かたちをかえてそだつよ
ふるいおもいをすてても
あらたなおもいがくるよ
城崎充の曲の歌声がわたしの耳に届いている。
「あんなこと言われ続けたら、絶対惚れちゃいますよね」
さっき泣いたわたしがもう笑いながら連城マスターに言う。
「じゃ、惚れればいいさ」
「タイミングが合わなかったんですよ」
「今からでも遅くはないから……」
「本当にそうだったらいいんですけど……」
「思い続ければ嘘だって真実になるんだよ」
「……って、ずっと思い続けて、マスターはmeatを持ったんですよね」
が、わたしのその言葉に連城マスターは答えない。少し寂しそうな顔をわたしに見せただけだ。だから、わたしが問うたのだろうか。
「ところで、どうして店名がmeatなんですか」
「美味しそうで、いいじゃない」
連城マスターが答える。だから、わたしは少し残酷な一言を投げかける。
「残念ながら、わたしはこの一年間肉を食べていません」
「えっ、どうして……」
「一言で言うと肉を食べると汗が臭うからです」
「あーっ、それなら、わからなくもないな。俺の小学校のクラスメイトにも一人いたよ。今も美人だけど、昔も美人だった女でさ」
「最近、同窓会でもあったんですか」
「いや、もう二年以上前の話だけど……。市原さんに言われたら思い出した」
「同じ考え、いえ、体質の人っているんですね……って、みんなそうか」
「市原さん。meatってさ、狭義の意味では哺乳動物の肉なんだよ」
「マスター、店名の説明ですか」
「でさ、広義では家禽の肉を含むけど、魚肉は含まない」
「はい」
「でも、カニやエビなんかの肉は含む」
「その場合は、身、ですね」
「果物の果肉も含む」
「はい」
「で、転じると、話や議論などの要点や本質という意味になる。人の得意なことや強みの意味になる。本などの参考になる箇所の意味になる」
「はい」
「それから、スポーツだったらバットの打撃の芯、俗語でエッチなところではペニス。その他にも、ばか、とか、間抜け、の意味がある」
「そして、会う、を意味するmeetと同じ発音……」
「良くわかってるじゃない」
「ショットバーの店名がmeatだったら、meetの捩りじゃないかと誰だって勘繰りますよ」
「あるいは店主の頭が悪くて綴りを間違えたとかね」
「逆に、それはないんじゃないですか」
「そうかな」
「でも、お肉屋さんでmeetだったら、ちょっとは思うかな」
「ははは……。市村さんは面白いよね」
「美緒で結構ですよ」
「お店では、そう呼ぶから……」
結局わたしと連城マスターが小声で話し続けるうち、城崎充のミニ・コンサートが終わってしまう。最後の疎らな拍手も納まり、聴衆が去り始め、城崎充が帰り支度を始める。聴衆の中で最後まで残っていたのは例の少女だ。が、一緒にここまで来たらしい年上の青年(兄か……)に肩を叩かれ、名残惜しそうに去って行く。
「よっ……」
入れ代わりに、わたしと連城マスターが城崎充の許に近づく。
「ああ、マスター、それに美緒さんまで……」
明るい声で城崎充がわたしたち二人に応える。
「もう少し早く来ていただければ曲をお聞かせできたのに……」
「後ろで聞いてたよ。ねえ、市原さん……」
城崎充の言葉に連城マスターがわたしに言う。
「来ていたのなら、後ろじゃなくて、前で聞いてくださいよ」
「後ろで聞いても、すごく良い声で、良い曲で、良い歌詞だから……」
わたしが調子をつけ、城崎充に言うと、
「誉めても何も出ませんよ。それに今日の上りは、これだけだから……」
城崎充が言い、日の光に煌めく百円硬貨二枚を高々と掲げる。




