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32 慰

第三章 縁の胸懐

「厭よ。聞きたくない」

 零が脅すので、わたしが釘を刺す。

「ダメ、黙って聞くの……」

 が、零に説教を止める気はないようだ。

「美緒に今相手が想い切れないなら、この先ずっと、好き、が大きくなるよ」

「うん」

「だから、それに合わせて辛さもずっと大きくなる」

「そうね」

「奥さんと離婚して、わたしと結婚して……って言うのはルール違反の言葉だけど、つい口から出てしまう」

「わたしは言わない」

「あたしも、まさか自分がそんなことを口にするとは思わなかったわよ」

「零が……」

「あたしと美緒は違う人間だけど、友だち関係が長いから似ているところもあると思う」

「うん」

「だから美緒も言うと思う」

「そうかな」

「断言はしないけどさ」

「わかった。できるだけ気をつける」

「でさ、それを言うと相手は美緒に返事ができなくなり、更に自分の家族のことを心に強く思い浮かべる」

「そうね」

「相手の家族への想いが更に強くなれば、最悪その場で、キミとは別れる、と切り出される」

「……」

「それで美緒が泣き始める」

「今でも話を聞いているだけで泣けてきそうだよ」

「彼と会えない土曜日と日曜日に家族連れを見ただけでも涙が出る」

「そうね……」

「それで家族に心配されるか、最悪バレる」

「うそっ……」

「うそじゃないわよ。それで、その頃になれば相手の方でも家族に行動を疑われ、最悪バレる」

「それは零のケースだね」

「実際はもっと複雑だったけどさ」

 美緒がハスキーな声でそう言うなり、急にわたしから顔を背ける。

「零、まさか、泣いてる」

「泣いてないよ」

 が、零自身の言葉とは裏腹に、わたしに向き直った零の目には涙が溢れている。

「零……」

「別れて二年経っても、この為体ていたらくだぞ。吹っ切ったつもりでも吹っ切れないんだぞ。だから止めちまえ……。不倫なんて苦しい恋に未来はないから……」

「わかってる」

「いや、美緒にはわかってない。あのとき、あたしもわかってなかった。だから美緒にだってわかるはずがない」

「零……」

「けれど美緒にもわかる日が来るんだからね。間違いなく来るんだから……」

「覚悟しておく」

「美緒、他に相手はいないの……」

「そんなに都合よく、いるわけないでしょ」

「会社の同僚とか、新入社員とか」

「あっ、零にはまだ言ってなかったけど、今の彼、会社の人。二歳年上……」

「ふうん。だけど同じ会社にいたなら前から知ってたわけでしょ」

「一応はね」

「それが急接近したわけか」

 零がわたしと峯村聡との経緯いきさつを聞きたいのだろうと察し、わたしが話す。

「なるほど。基本的にはいい人なのね。美緒と不倫はしちゃったけどさ」

 わたしが峯村聡とのことを零に打ち明けると首肯きながら零がわたしに言う。

「でも美緒、真面目な人間の方が大変だよ」

「かもね」

「彼が自分の家族のことを愛しているなら余計に……」

「わかってる。彼が一生懸命働くのは家族を養うためで、わたしのためじゃない。それはいいの……」

「いずれ、良くなくなる日が来るから……」

「じゃ、それを先送りにする」

「力強いわね。美緒はそんな子じゃなかったはずなのに……」

「それは、わたしにも不思議……」

「ねえ美緒、いずれ他に好きな人ができたら、どうする気……」

「そんな先のことなんて、わからないよ」

「新しく恋した人を利用してでも不倫は終わらせた方がいいからね」

「だから先の話はわからないって……。だけど零って、そんなに心配性だったっけ」

「さあ……」

「それに、せっかくお酒のおツマミを持って来てくれたのに大して減ってないし……」

「あの、それさ、会社に持って行きたくないから、ここに置いていく」

「うん。じゃ、もらっておく」

「しかし、お酒の方は空いたねーっ」

 零が言うので、零とわたしで半分ずつ呑み、空になった四合瓶をじっと見つめる。

「そろそろ寝ないと……」

 キッチンの時計を見れば午前二時近い。明日、起きれるかな、と心の中で思いつつ、

「零は何時に起きればいいの」

 と零に声をかける。

「七時でも間に合うけど、もっと早い方が良いな」

「じゃ、目覚まし時計は六時にセットしておく」

 零に言い置き、わたしが奥の部屋に移動する。目覚まし時計をセットし、ベッドを整える。寝相が悪いからアパートに引っ越すとき、わたしは思い切ってセミダブルを買っている。だから歯を磨き、零にパジャマを手渡したとき、言ってみる。

「零、厭じゃなければ一緒に寝ない」

 すると零が即答する。

「美緒と一緒に寝るのって、高校生以来じゃないかな」


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