27 唇
第三章 縁の胸懐
「いいんですか。こんなところにわたしを連れて来て……」
綺麗な夜景を眺めながら、わたしが言う。
「いいんだよ」
峯村聡がわたしを見つめつつ言う。
「厭ならば来ないだろう……」
二人がいたのは展望台だ。
「それともスカイツリーの方が良かったかな」
当のスカイツリーが聳え建つ方角に移動し、峯村聡が呟く。
「あっちの方が高いし……」
「どちらでも、お供しましたよ」
「ぼくは殿様か」
「さあ」
「順路的に、こっちの方が近かったからな。それに、ぼくはこっちの方に馴染みがある」
わたしも峯村聡も東京都の出身だ。だから普通なら、子供の頃の遠足以外、東京タワーには向かわない。少なくとも、わたしの世代の多くはそうだ。峯村聡の世代は違うのだろうか。
「四国の親戚が上京して来ると昇りたがるんだ」
峯村聡がポツリと言う。
「今では違うが、中学の頃から、ずっとぼくが案内役でね。何度も昇った……」
「そうなんですか」
「うん。だから馴染みがある」
「わたしは何時だろう。小学校のときに一回来てるはずですけど、正確な日付は覚えていません」
「スカイツリーは、この前初めて行ったよ」
「息子さんにせがまれたんでしょ」
「まあ、そんなところ……」
「じゃ、すぐにはわたしと再訪したくないですよね」
「……」
「ごめんなさい」
「いや、いいんだ」
それから二人とも押し黙る。無言のまま、小さなスカイツリーを眺めている。
「次には向こうに行くか」
暫くして峯村聡がわたしに言う。
「また誘ってくれるんですか」
峯村聡の目を見、わたしが問う。
「自分でも困っているんだ」
「わたしも困っています。でも、あなたと一緒にいたくて仕方がありません」
「だけど、それはいけないことだ」
「でも今日、ここに誘ってくれました」
「断られたらどうしようかと心配をしていたよ」
「本当に……」
「本当だよ」
「だけど、あんな誘い方じゃ、仕事の話かと思います」
峯村聡はUTJ社内でわたしを見つけると、
『今日の夜、時間があるかな……』
と問うたのだ。期待はしたが、半分は仕事に関することか、と疑っても仕方がないだろう。
が、その後、社外で落ち合い、地下鉄で移動し、地上に出、見上げると東京タワーがある。明るいオレンジ色に輝いている。それで、わたしは自分の期待が正しかったことを知る。まだ手も握ったこともない相手だが……。
「済まない。しかし市原さんのスマートフォン番号を知らないからね」
「社内メールじゃ、サーバに証拠が残りますしね。誰かが調べるとも思えませんが……」
「そうだな」
「じゃ、わたしのスマホ番号を教えてあげます」
「ありがとう」
「でも峯村さんの番号との交換です」
わたしが言い、峯村聡とスマートフォン番号を交換する。
「eメールも入りますか。わたし、ラインとか好きじゃないから、連絡をするならeメールですよ」
「ならば、そちらも交換するか」
ついでメアドも交換する。
「もう戻れませんけど、いいですね」
わたしが峯村聡の顔を見ると強張っている。だから、わたしは言うべきことを付け加える。
「峯村さんのご家庭を毀すつもりはありません」
「わかっているよ」
「ただこうして時々会ってくれるだけでいいんです」
「市原さん……」
「二人でいるときは、その呼び方も止めましょう」
「じゃ、どう呼べばいいんだ」
「わたしは峯村さんを名前で呼びます。だから聡は美緒と呼んでください」
「美緒……」
「そう、それで結構です」
「何だか、照れ臭いな。いや、それ以上に怖いか」
「怖いのは、わたしも同じです。いえ、わたしの方が聡の数倍、怖いかもしれません。だけど、もう始まってしまったんです。『三度びお会いして、四度目の逢瀬は恋になります。』そうなってしまったんです」
わたしは『死なねばなりません。それでもお会いしたいと思うのです。』とは続けない。おそらく、あのときのわたしには、そこまでの覚悟ができていなかったのだろう。
「わかった」
峯村聡が静かにわたしに首肯く。その後、わたしは初めて峯村聡に抱き締められ、唇を奪われる。
いや、峯村聡ではないか。初めて聡に抱き締められ、唇を奪われる。




