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第二章 恋の揺籃
「峯村さんから電話は来ないか」
零がわたしを気遣い、
「こっちに気づいていないんじゃね」
わたしが状況を判断する。
「いくら何でも、もう家に帰ったかな」
「深夜零時過ぎだからね」
「あたしたちも寝るか」
「じゃ、パジャマを出すよ。わたしのだけど……」
「そうか。峯村さんは泊まれないからね」
「いや、彼の分があったにしても零にはブカブカでしょ」
「家では結構、男モノも着てるよ」
「零が着ると似合いそう」
「まあね」
「峯村さんって、身長は一七五センチメートルくらいだよね」
「うん。本人はそう言ってる」
「小さくはないけど、大きくもない」
「そういえば、零の元カレは大きかったわね」
「一八六だから、それほどでも……」
「いや、一般的に言って大きいだろう。スポーツ選手を別にすれば……」
「じゃ、そうしておく」
峯村聡との二度目の出会いは偶然だ。一度目に続き、二度目の偶然。これが『三度びお会いして、四度目の逢瀬は恋になります。死なねばなりません。それでもお会いしたいと思うのです。』となれば『陽炎座』か。
泉鏡花の『陽炎座』等を原作に鈴木清順が監督した映画作品だ。水の反射を媒介に生と死が繋がり入れ代わる。もっとも、わたしと聡との逢瀬は『陽炎座』のように生死を賭けたものではない。
……とは思うが、例えば零がいなければ、わたしが死んでいた可能性もゼロではないかもしれない。
一度目の偶然で、わたしはイヤリングを探してくれた聡の誠実さに感銘し、恋の入口に立つ。聡がわたしの何処に惹かれたのかは知らないが、聡もやはり恋の入口に立つ。そのまま何も起こらなければ、唯のときめきで終わっただろう。互いにそうなら、どんなに良かったことか。
けれども偶然は起こってしまう。それもまた神の祝福なのかもしれない。
あの日、わたしは会社の階段から滑り落ち、足を挫く。左足だ。労働安全衛生法上、会社には産業医が必要だが、医務室設置の義務はない。だから社内に保険室がない。
定時も近かったので早退を願い出ずに無理して自分の席まで戻り、仕事を続ける。時間を追うごとに当然ジンジンと痛みが増す。過去の経験上、骨が折れたとも思えないので更に我慢して仕事をしていると、やって定時だ。が、そんなときに限り、仕事が舞い込む。
「市原さん、これお願い……」
村松総務課長から稟議書の作成を依頼される。幸い、大した内容ではなかったので定時で帰る同僚たちを他所に休み時間内に手を付け、十数分後には完成。つまり残業時間前だ。村松総務課長に判子を貰いに行こうと一歩を踏み出すと左足がズキッ……。それで足が痛過ぎるが涙目で歩みを進め、何とか作業終了。その後の女子更衣室までの道程がまた辛い。
時間が微妙にずれたので女子更衣室に他の人間がいない。やっとのことで着替えを済ませ、あとはゆっくりとで良いから、と思いつつ、帰路に就く。そこに峯村聡が登場だ。 二、三の言葉の遣り取りがあり、
「じゃ、負ぶってあげますよ」。
何の躊躇いもなく聡が言う。
「ええ、でも……」
「こういう時は遠慮しないの……」
結局、聡に言い負かされ、負ぶられることに……。
「市原さんも恥ずかしいだろうから裏口に行こうね」
そう言いつつスマートフォンを取り出し、かけ始める。
「良く知ってるクリニックがあるから……」
速攻で予約を入れ、さらにハイヤーまで呼んでくれる。
「電車に乗れないでしょ」
そればかりか、会社の裏口に着いたハイヤーに聡も同乗する。
「だってさ、勝手を知らないところに案内するわけだから……」
最後は別のハイヤーでわたしをアパートまで送り届ける。だから労いのため、お茶に誘うが、
「簡単に男を部屋に入れるんじゃないよ」
聡が説教。その後、すぐに立ち去る。わたしの気持ちとしては親切な峯村聡に追い縋りたいが足が痛い。それで諦める。
二度目の偶然の内容は、そんな他愛もないものだ。一度目のときと大差ない。が、確実に二人の距離が縮まっている。わたしの粗忽も聡には可愛く見えていたのかもしれない。
「美緒、歯磨きはどうするの……」
思い出したように零がわたしに訊ねる。
「歯ブラシは買い置きがあるな。歯磨きは普通のと液体のとがあるから好きな方を使って……」
わたしが答える。
「わかった」
「ねえ、零、わたし一杯ひっかけてもいい」
「いいけど、その癖止めた方が良いと思う」
零がやんわりとわたしに意見だ。が、わたしが自分でわかっていると知っているから、それ以上は言わない。
「零を恋人にすれば良かったな」
だから感謝の言葉を込め、わたしが零に呟く。
「美緒さ、悪いけど、あたし、男の方が好きなの」
すると零がドキッとするほど色っぽい声と仕種で、わたしの申し出を全否定する。




