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23 涙

第二章 恋の揺籃

 わたしは目に涙まで溢れさせていたようだ。自分のことなのに、わたしには自分がわからない。まったく自分のことがわからない。

「美緒さん、ごめんなさい」

 すると城崎充がわたしに謝る。わたしに謝る必要など一つもないというのに……。

「もう向こうを見ませんから泣き止んでください」

 城崎充が言葉を続け、零が黙って、わたしの両肩に手をまわす。方向的には零だけが駅ビルの方を見られる立場だ。

「あっ、誰か来た」

 だから聡の行動を追えるのだ。

「中年の女だ。少し派手だな。仕事柄、ジュエリーデザイナーかな」

「えっ」

 わたしが声を上げ、さっと振り向く。東山桜子ひがしやま・さくらこがそこにいる。見間違うはずがない。わたしと聡が出会うきっかけを作ったジュエリーデザイナーだ。

 ……ということは社用なのか。それとも東山先生に呼びつけられたのか。

 後にわたしは東山桜子が経営するジュエリーのチェーン店がK街に進出することを知り、その下調べの一環として聡が数日以上振りまわされたと理解する。が、あの日は何も知るわけがない。

「東山桜子だわ」

 わたしが零にジュエリーデザイナーの名前を告げる。

「零の言う通りジュエリーデザイナー」

「じゃ、社用か。可哀想に……」

「そうね」

「でさ、立ち去ったわよ。駅ビルから離れる方向へ……」

「だけど何をしに来たんだろう」

 涙顔のまま、声だけは普通にわたしが疑問を呈すると、

「店の下見でもしているのもしれませんね」

 心なしか作ったような優しい声音で城崎充がわたしに推測を述べる。

「最近、この街はお洒落になったから……」

 当時は何も思わなかったが、今にして思えば城崎充は預言者のようだ。あるいは人並外れた慧眼の持ち主か。

「とにかく、美緒。今のうちに駅まで歩こう」

 零がわたしに言い、

「充くんもありがとう。もう戻っていいから……」

 ついで城崎充に労いの言葉を贈る。

「でも美緒さんが……」

「充くんが誠心誠意、美緒を守ってくれるなら、あたしはキミに任せるよ」

「……」

「だけど今はまだ無理でしょ。だから、あたしが守るのよ」

 零が城崎充を説得し、ついで、わたしの顔を見る。だから、わたしは零に、うん、と首肯く。

「わたしの方こそ、ごめんなさい。不快な思いをさせて……」

 わたしが城崎充に頭を垂れる。

「美緒さん、頭を上げてください」

「じゃ、あたしたちは行くから……。また今度ね……」

 零がわたしの手を引き、K駅を目指す。わたしは零に手を引かれながら一度だけ、城崎充を振り返る。が、城崎充は既に逆方向に歩き始めている。だから城崎充の顔は見られない。

「先に化粧を直すか」

「そんなに酷い……」

「いや、そうでもない」

「殆ど化粧をしないからね」

「じゃ、逆に化粧を始めたら良いかもしれない」

「……」

「そもそも、そのためのモノでしょ。化粧って……」

 つまり零は違う自分を装えと、わたしに言いたいのだろうか。

「考えておく」

「でさ、取り敢えずトイレには寄ろう」

 最近では駅のトイレも綺麗だが、やはりデパートのトイレには負ける。それで駅ビルのトイレに向かう。聡は東山桜子と駅ビルから離れる方向に去ったので、まず顔を会わせることはないだろうという零の判断だ。

「まあ、会ったところで向こうが仕事じゃどうにもならないけどね」

 薄化粧を直し、わたしが用を足す。量は多くないが、お酒を呑んだのだ。

「充くんには悪いことをしたな。せっかく明るい顔をしてくれたのに……」

「あたしには暗い子には見えなかったけどね」

「今日は確かに……」

「影はあるけど……」

「零、これからどうするの」

「せっかくだから、美緒の家に泊まるか」

「寝るところがないよ」

「じゃ、美緒と一緒に寝る」

「そんなの三年前以来だね」

「だけど峯村さんの匂いが染みついているだよな」

「シーツと毛布を変えるから、それで妥協しない」

「うん。じゃ、それでオーケイ」


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